サイコパス魔女だけど、風の魔王に溺愛されたから彼を利用することにしたよ。自分から彼を愛することはないだろうね

卯月八花

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3章 夢かと思った

13話 誰が、誰のものなのか、はっきりさせよう

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★13 誰が、誰のものなのか、はっきりさせよう

 ワタシは風の魔王アスタフェルに不都合な『何か』だ。それは教えてもらえないという。
 それはいい。奴のいうとおり、敵に情報を与えるのは悪手でしかない。

 ただ、何も知らされず、ワタシを不都合としているこいつと結婚し、一緒にいるなんて。
 そんな危険なことできるわけがない。

「やはり――」

 アスタフェルが椅子から立ち上がると、ふわっと、清浄とすらいっていい純粋な風の魔力が湧き上がった。
 銀色の光がふわりと奴にまとう。その光がキラキラと結晶し、捩れた角と四枚の純白の翼を現した。銀の光はまだなお奴を覆っている。

「力づくで奪うしかないようだな、ジャンザ」
「一介の魔女襲うのにそれとは、余裕なさすぎじゃないか?」
「ぬかせ。お前にはそれだけの価値があるということだ」

 その言葉にどういう意味があるのか、判断はできない。奴にとって不都合であるワタシの正体についての言及が、それとも……ワタシを欲する魔王の欲か。

 ワタシも椅子からゆっくりと立ち上がり、アスタフェルとテーブルを挟んで向かい合った。
 やはり、相手は危険な魔王だ。妙に馴れ馴れしくしてくれはしたが、それは危険な猛獣がたまたま尻尾を振っていたまでのこと。
 牙でも、爪でも、魔力でも。いつでも気分次第で奴はワタシの喉元を掻っ切れる。

 大丈夫、こんどは急には襲われないさ。
 ワタシは呼吸を意識して楽にし、奴を見つめた。

 白銀の髪は未だお下げにして背中に垂らしているし、普段着らしい薄紺色の上衣を帯で締めた異国風の服もそのままだ。
 それでも捻れた角と四枚の純白の翼があるだけで、彼本来の威圧感に身動きができなくなる。

 創世神話にすら登場する魔王。もとを辿れば魔属性とはいえ神々の一柱。悠久の時を経てなお存在する、風そのもののような男。

 大丈夫……。奴が強ければ強いほど、ワタシは奴には負けない。
 ワタシは軽く奴を指差した。

「オマエがワタシを奪うだと?」

 どちらがご主人サマか、その空っぽな頭に刻み込むといい。

「残念ながら、事実は逆だ。オマエがもうワタシのものなんだよ」
「………!!!!!!」

 空色の瞳を大きく見開き、息を呑むアスタフェル。
 真の名を明かした自分のアホさ加減に気づいたか。できたら最初から気づいてほしいものだが……。

 奴の魔力を取り出しそれを研ぎ澄まし巧妙にかつ精確に戻し、鋭敏な感覚ごと破壊してやればいい。

 ワタシにはそれができる。
 問題は、どこまで奴が痛みに耐えられるか、だ。

 が……。
 奴はくるりと背を向けた。

 同時に魔王の魔力の高まりがすっと解除された。
 奴は四枚の純白の翼の生えた背を少し前かがみにし、手で胸を押さえていた。まるで胸の高鳴りを押さえようとする乙女のように。

 ……ていうか見たからなワタシ。
 オマエ背を向ける直前、ニヤけただろ。

 はー、ふー、はー、ふー、と魔王の荒い深呼吸が聞こえた。それから顔をパンパンと両手で叩く。

 よしっと小さな声がして、振り返る。

「言っておくが、俺の顔が紅いのは今叩いたからだ!」
「……あっそう」

 子供かコイツは。

 宣言通り、奴は顔が紅かった。本当にもう、耳まで紅潮している。色が白いからよく映える。空色の瞳すらほんのり染まっているように感じた。
 本当に表情がころころ変わる――あれ、なんかこの話題は思い出さないほうがいいような気がする。なんでだろ。

「やっやはりがわ……うんっ、げほっ。やはり分が悪いようだな」

 声がひっくり返っていたため、咳払いして今度はわざわざ低い声で言い直した。

「真の名を教えたのは失策であったか」
「当たり前だろアホだろオマエ」
「しかし覚えておけジャンザ、こういうことには必ずいい面と悪い面があるものだ。それを魔王ともなれば当然知っている。こうしてお前のそばにいられるのは明らかに良い面だ。気づいているか、お前魔力を使っていないであろう」

 それだ、それ。
 ワタシは奴の真の名を知っているため、奴と分かちがたくなってしまっている。奴がこの世界にいる限り、奴のことを自動的に維持してしまうようになった――はずだ。

 ワタシのように魔力が低いものでは魔物を維持しきれない。それが魔王クラスの大物になれば尚の事。ほんの数秒維持し続けただけで、ワタシの魔力は回復不可能なまでに消費される……はずだった。
 だからこそ、師匠はワタシが召喚魔法を使うのを禁じた。

 なのにアスタフェルはここにいるし、ワタシは魔力の消費を意識していない。
 だからてっきり夢だと思っていたんだ。アスタフェルに逢えたことを。
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