龍使いの姫君~龍帝の寵姫となりまして~

卯月八花

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第10話 人間と龍の味覚

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巫貴妃ふきひ様、お待たせいたしました」

 と、家麗さんの声がした。
 見れば手に茶器をのせた盆を持ってきたところだった。

 そういえば、丹花茶たんかちゃをお願いしてたんだったっけ。

「ありがとう、家麗さん」

「どういたしまして。龍様も、どうかお召し上がり下さいませ」

『いやっほう、丹花茶だ!』

 嬉しげな真琉の声。
 それを見た私も、なんだか嬉しくなって口元がほころんでしまう。

 家麗さんに出された茶器ティーカップには、うす赤に染まった上品なお茶がたゆたっていた。
 しかしそれを見た私は嫌な予感を覚えた。

「家麗さん、これ……」

「はい、丹花茶です。毒味はもう済ませてあります」

 家麗さんはお湯に戻した丹花の花を皿に乗せ、おそるおそる真琉の前に差し出した。

「ど、どうぞ、龍様」

『うわーい! 見てよ水氷。にっがいにっがい丹花茶だよ!』

 はしゃいでいた真琉だったが一口でぺろりと食べてから、空気が変わった。

『……うん。丹花茶だよ』

 言いたいことは分かる。苦さが足りないのだ。

「うふふ、龍様。どうですか? 上等品の丹花茶です……よ……」

 家麗さんの言葉が尻つぼみになっていく。龍の声が聞こえなくても顔色は分かるみたいね。

「あっ、あのっ、龍様。なにかお気に召さないところがありましたでしょうか……?」

「あ、ううん。家麗さんは気にしなくていいのよ」

 が、すでに家麗さんは涙目である。

「言ってください、お願いします」

「でも……」

「至らないなら直します! そのためにもどうか! 私に答えをお与えください!」

「あ、うん……。あのね、これ龍には上品すぎるっていうか……。真琉はうんと苦いのを期待しててね……」

 家麗さんが煎れてくれたこの丹花茶、人間にはいいんだけど、高級品すぎて龍にしてみたら圧倒的に苦みが足りないのよ……。

「すみません! 煮出して! 煮詰めてきます!!!」

「待った待った家麗さん、そんな涙目にならなくても。大丈夫だから!」

「うう、だって丹花茶を飲んだ龍様が悲しそうな顔をなさるんですもん。気の利かないわたしが悪いんですぅ~」

『しょうがないよ家麗。僕らが苦いのが好きだなんて知らなかったんでしょ? だから泣くことはないってば』

「家麗さん、真琉も泣かないでっていってるわよ」

「いいえ、悪いのは未熟なわたしなのです!」

「龍と人は違うんだから。そんなに思い詰めることないわよ」

「それでも申し訳ありません!」

『あっこれ、ちゃんと味わったらおいしいかもしれない。うん。薄味のなかにほんのり苦みがあって……人間ってこういうのを上品って思うんだなって、そういう文化のかほりがいいよね、うん』

 真琉が困ってるわね。よく分からない擁護までしちゃってるわ。

「こ、こんど、出入りのお茶商にうんと苦い丹花茶たんかちゃを注文します! それで挽回させて下さい、龍様!!!」

「出入りのお茶商ねぇ……」

 うんと苦いのを頼んでも、結局野性味のない上品な丹花茶になる予感しかしないわね。後宮に出入りするような高級なお茶商なんだし、そもそも粗雑な丹花茶なんて取り扱っていなさそうだわ。
 それは家麗さんにも分かったのだろう。悔しげに下唇を噛んでいる。

「ううう、こうなったら私が直接市場に買い付けに行きます。それでいちばん苦いやつを買ってきますぅ……」

「あら? 後宮女官って後宮の外に出られないんじゃないの?」

「あ……」

 彼女はしまったというように口を手で押さえた。

「あの、今のは聞かなかったことに……」

「うふふー」

 あらまぁ。
 こんなの笑っちゃうじゃないの。ほんと可愛いなあ、家麗さんって。

「聞かなかったことにしてあげないでもないかなー」

 家麗さんの表情がぱあっと明るくなった。

「本当ですか!?」

「ええ、もちろん。でもその代わり交換条件があるんだけど……」

「交換条件、でございますか」

「うふふふふふー」

『わぁ、水氷すいひょうが典型的な悪い顔してるう』

 真琉ったら失礼なんだから。まあ、事実だけどね。





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