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7話 生徒会長マルク:思い出は虫と美少年
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生徒会室の窓に向かって頭に巻いたタオルをいじっていた王太子は、アレリアに振り返った。
せわしなく動いていた手は、いつの間にかマルクの頭の上に見事なタオルの薔薇を咲かせていた。その薔薇は繊細で美しいものだったがそれ故に反応に困る。王太子なのに何頭に載せてるんですか変なのー! と笑っていいのだろうか?
彼はそのままアレリアにずんずんと近づいてくる。
思わず後ずさると、すぐにアレリアの背にドアが当たった。
構わずマルクはアレリアを追い詰めてドアに片手をついた。
「……アレ姉」
超至近距離から見下され、アレリアはドキっとしてしまった。
整った顔は言わずもがな、長いまつげも金髪で、差し込む光にキラキラしている。引き締まった肉体とお顔の整い具合だけならいい匂いがしてきそうだが残念だが汗臭い。残念。しかもマルクはそういうのに無頓着。でもそういう人間らしさがまた魅力ともいえる……多分。
(殿下、いつの間にかこんなに背が高く……)
始めて会ったのはアレリアが七歳の時で、マルクはまだ五歳だった。
そのときはまだアレリアのほうが背が高かったのに、いつの間にか、余裕でアレリアより高くなっていた。
それに出会ったとき以来、厄介な自称婚約者くらいにしか思っていなかったが、こうして近くで見てみると確かに高貴な美形である。でも頭にタオルの薔薇を咲かせている。
「アレ姉。俺がアンタに最初に贈ったプレゼント、覚えてるか?」
マルクの形のいい唇が動き、囁くようにそんなことを言った。
アレリアは思い出そうと目を細める。
アレリアが七歳のとき、ステヴナン家が運営する領地に王家の方々が視察にやってきた。
旅行の道程にステヴナンの領地があったというだけだが、それでも相手は王家である。歓待しないわけにはいかず、田舎領にしては頑張っておもてなししたのだ。
といってもそれは大人の話。子供であるアレリアは、最初の気合を入れたご挨拶の席に参加にして以降、特に何もすることもなく、王家の接待に忙しい両親にも放って置かれて暇だった。暇すぎて広い庭の花の香りを一つ一つ嗅いで回っていた。
そこを呼び止められたのだ。
アレリアが振り返ると、そこには一人の美少年がいた。その男の子のことは今でも目に思いだせる。輝く金の癖っ毛は太陽に照らされて、太陽そのもののように輝いていた。金髪に青い瞳の整った顔立ち、そして仕立てのいい服。
後にマルク王太子六歳だと判明するが、そのときのアレリアの印象としては、見たことのない男の子だけど上品な身なりをしている=王家のお付きの貴族かな、くらいのものであった。
まさかマルク王太子が好奇心のまま誰にも悟られぬよう見知らぬ屋敷を黙って自由に探索していたとは思いもしなかった。
彼がズボンのポケットから何かを取り出して、大事そうにアレリアに手渡したのも思い出せる。
そこまで明確に思い出してから、アレリアは現在目の前にいる十七歳の頭にタオル花を載せた美少年マルクに眉根を寄せて呻くように答えた。
「虫…………」
幼き美少年マルクが大事そうにアレリアの手の中に渡してくれたのは、足がたくさん付いた虫だった。もちろん生きていてアレリアの小さな手の中で蠢いたものだから、小さきアレリアは悲鳴をあげたものである。
「虫だ。ああそうだ虫だ。だがその前に贈ったものがある。それは俺の心だ」
知らんがな。
「あんたを始めてみたとき、俺は我が目を疑ったんだ。こんな綺麗な人がいるなんて、とな。すぐに結婚を申し込んで、許諾されたときに俺は舞い上がった。勝った、と思ったね。人生に勝ったって。なのにあんたは何をしてもそっけなくて……。だから俺はあんたの心を手に入れるためならなんでもすると決めたんだ」
「それが人を巻き込むことなどなんとも思っていない婚約破棄騒動や、わたくしの人生を勝手に景品にした剣闘大会だというのですか?」
「そうだけど? 何か問題が?」
「……いえ、いいです。わたくしからは以上ですわ、殿下」
思わずアレリアは眉間を揉んだ。
人の心とかそういうものが基本的に分かってない人に何を言っても無駄だろう。こいつに分かるように言う労力が面倒くさい。
「あのさ、アレ姉はみんながこの剣闘大会本気になるとでも思ってんのか?」
と、意外なことを言い出した。
「俺が主催し、俺が婚約者の婚約権を掛けたんだぞ。みんな忖度して負けるに決まってるだろ」
「は……? 最初から八百長狙いだというのですか?」
「当たり前だろ。ここは貴族や騎士の子弟が通う学園なんだぞ。いくらなんだって次の王様であるこの俺に、お遊びの剣闘大会で本気で掛かってくるアホな貴族階級がいるわけないだろ。もしマジで来そうな奴がいたら調べて裏から手を回して金でも渡しときゃいいしな。それに仮に俺以外の奴が優勝したとして、俺以外との婚約を俺が認めるわけないよな? 絶対にアレ姉は取り戻す」
呆れた人だ……。
「ではなんのために剣闘大会なんか」
「リヒャルト対策に決まってんだろ。あいつに『アレリアはマルクの婚約者だ』と認めさせさえすればいいんだ。そのための茶番さ、この剣闘大会は」
人に迷惑をかけているのに、それを反省するどころか更なる非常識で周りを巻き込んでいくなんて。
そんなの……、許せない。
「そううまくいきますかしら。リヒャルト殿下も大会に出場なさるようですわよ」
マルクの鼻を明かしたい一心で、アレリアはそれを言ってしまった。
「なに? あいつ影が薄いくせにそんなことを?」
「大会に出場するしないは影が薄いのは関係ないでしょう……。とにかく、リヒャルト殿下もわたくしとの婚約を望んでいますわ」
今世は『もう結婚も恋もしない』と決意したアレリアではあるが、それでもマルクなんかともう一度婚約するくらいなら、リヒャルトの方が何倍もマシであることは分かる。とにかくマルクとだけは嫌だと強く思う。
「ふん、恐るるに足らず、だ。大会で正式に打ち負かしてやる。これでも俺激強なんだぜ? それに引き換えあいつの剣の腕なんて大したことな……あれ、そういえば聞いたことないな?」
ドアに着いていた手を離すと、イライラした感じでマルクは生徒会室を歩き回り始めた。
「どういうことだ? 各国の王子の剣の腕なんて噂になるのが当然なのに。しかも同じ学園にいるってのに聞いたことないぞ……」
などとぶつぶつ言っている。
どうやらリヒャルトの強さは未知数なようだ。
それに大国の皇太子ともなれば裏から手を回す買収も通用しないだろうし、マルクにとっては予想外のダークホースらしい。
というか、リヒャルトがアレリアにプロポーズしたところにマルクだって立ち会わせていたのだし、リヒャルトが剣闘大会に出場することくらい予想しておけるだろうに、それは思いつかなかったのか。
「……いろいろと調べてみるか。一週間あれば対策もできるだろ」
もしかしたらリヒャルトが出場するということは直前まで伏せておいたほうが良かったのかもしれない、とアレリアが後悔し始めたときには、すでにマルクは次の行動に移っていた。
なにやら本棚を見渡している。
「えーと、確かここに……。アレ姉、面白いか?」
「え? なにがです?」
話が突然すぎて空の彼方にぶん投げられた気分である。
「これこれ」
と、マルクは頭の上のタオルで作った薔薇の花を指さした。
「笑ってくれるかと思って作ったんだけど」
「わら……。え? 笑う? え?」
どういう反応をしたらいいのだ、これは。
「あ、これだこれ。じゃあ出てってくれアレ姉。やることが出来たから」
と頭にタオル薔薇を載せたまま、目の高さにある本棚から分厚い本を引っ張り出すマルク。
場の流れとかそういうものが皆無。
とにかくマルク王太子には一貫性がない。いや、あるにはある――アレリアへの執着がそれだ。
背筋がゾクッとした。
前世の教訓があればこそ、有り難いことにこいつを好きにならないようにすることができた。
こんなのと結婚などしたら、とんでもないことになる。
★★★
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彼はそのままアレリアにずんずんと近づいてくる。
思わず後ずさると、すぐにアレリアの背にドアが当たった。
構わずマルクはアレリアを追い詰めてドアに片手をついた。
「……アレ姉」
超至近距離から見下され、アレリアはドキっとしてしまった。
整った顔は言わずもがな、長いまつげも金髪で、差し込む光にキラキラしている。引き締まった肉体とお顔の整い具合だけならいい匂いがしてきそうだが残念だが汗臭い。残念。しかもマルクはそういうのに無頓着。でもそういう人間らしさがまた魅力ともいえる……多分。
(殿下、いつの間にかこんなに背が高く……)
始めて会ったのはアレリアが七歳の時で、マルクはまだ五歳だった。
そのときはまだアレリアのほうが背が高かったのに、いつの間にか、余裕でアレリアより高くなっていた。
それに出会ったとき以来、厄介な自称婚約者くらいにしか思っていなかったが、こうして近くで見てみると確かに高貴な美形である。でも頭にタオルの薔薇を咲かせている。
「アレ姉。俺がアンタに最初に贈ったプレゼント、覚えてるか?」
マルクの形のいい唇が動き、囁くようにそんなことを言った。
アレリアは思い出そうと目を細める。
アレリアが七歳のとき、ステヴナン家が運営する領地に王家の方々が視察にやってきた。
旅行の道程にステヴナンの領地があったというだけだが、それでも相手は王家である。歓待しないわけにはいかず、田舎領にしては頑張っておもてなししたのだ。
といってもそれは大人の話。子供であるアレリアは、最初の気合を入れたご挨拶の席に参加にして以降、特に何もすることもなく、王家の接待に忙しい両親にも放って置かれて暇だった。暇すぎて広い庭の花の香りを一つ一つ嗅いで回っていた。
そこを呼び止められたのだ。
アレリアが振り返ると、そこには一人の美少年がいた。その男の子のことは今でも目に思いだせる。輝く金の癖っ毛は太陽に照らされて、太陽そのもののように輝いていた。金髪に青い瞳の整った顔立ち、そして仕立てのいい服。
後にマルク王太子六歳だと判明するが、そのときのアレリアの印象としては、見たことのない男の子だけど上品な身なりをしている=王家のお付きの貴族かな、くらいのものであった。
まさかマルク王太子が好奇心のまま誰にも悟られぬよう見知らぬ屋敷を黙って自由に探索していたとは思いもしなかった。
彼がズボンのポケットから何かを取り出して、大事そうにアレリアに手渡したのも思い出せる。
そこまで明確に思い出してから、アレリアは現在目の前にいる十七歳の頭にタオル花を載せた美少年マルクに眉根を寄せて呻くように答えた。
「虫…………」
幼き美少年マルクが大事そうにアレリアの手の中に渡してくれたのは、足がたくさん付いた虫だった。もちろん生きていてアレリアの小さな手の中で蠢いたものだから、小さきアレリアは悲鳴をあげたものである。
「虫だ。ああそうだ虫だ。だがその前に贈ったものがある。それは俺の心だ」
知らんがな。
「あんたを始めてみたとき、俺は我が目を疑ったんだ。こんな綺麗な人がいるなんて、とな。すぐに結婚を申し込んで、許諾されたときに俺は舞い上がった。勝った、と思ったね。人生に勝ったって。なのにあんたは何をしてもそっけなくて……。だから俺はあんたの心を手に入れるためならなんでもすると決めたんだ」
「それが人を巻き込むことなどなんとも思っていない婚約破棄騒動や、わたくしの人生を勝手に景品にした剣闘大会だというのですか?」
「そうだけど? 何か問題が?」
「……いえ、いいです。わたくしからは以上ですわ、殿下」
思わずアレリアは眉間を揉んだ。
人の心とかそういうものが基本的に分かってない人に何を言っても無駄だろう。こいつに分かるように言う労力が面倒くさい。
「あのさ、アレ姉はみんながこの剣闘大会本気になるとでも思ってんのか?」
と、意外なことを言い出した。
「俺が主催し、俺が婚約者の婚約権を掛けたんだぞ。みんな忖度して負けるに決まってるだろ」
「は……? 最初から八百長狙いだというのですか?」
「当たり前だろ。ここは貴族や騎士の子弟が通う学園なんだぞ。いくらなんだって次の王様であるこの俺に、お遊びの剣闘大会で本気で掛かってくるアホな貴族階級がいるわけないだろ。もしマジで来そうな奴がいたら調べて裏から手を回して金でも渡しときゃいいしな。それに仮に俺以外の奴が優勝したとして、俺以外との婚約を俺が認めるわけないよな? 絶対にアレ姉は取り戻す」
呆れた人だ……。
「ではなんのために剣闘大会なんか」
「リヒャルト対策に決まってんだろ。あいつに『アレリアはマルクの婚約者だ』と認めさせさえすればいいんだ。そのための茶番さ、この剣闘大会は」
人に迷惑をかけているのに、それを反省するどころか更なる非常識で周りを巻き込んでいくなんて。
そんなの……、許せない。
「そううまくいきますかしら。リヒャルト殿下も大会に出場なさるようですわよ」
マルクの鼻を明かしたい一心で、アレリアはそれを言ってしまった。
「なに? あいつ影が薄いくせにそんなことを?」
「大会に出場するしないは影が薄いのは関係ないでしょう……。とにかく、リヒャルト殿下もわたくしとの婚約を望んでいますわ」
今世は『もう結婚も恋もしない』と決意したアレリアではあるが、それでもマルクなんかともう一度婚約するくらいなら、リヒャルトの方が何倍もマシであることは分かる。とにかくマルクとだけは嫌だと強く思う。
「ふん、恐るるに足らず、だ。大会で正式に打ち負かしてやる。これでも俺激強なんだぜ? それに引き換えあいつの剣の腕なんて大したことな……あれ、そういえば聞いたことないな?」
ドアに着いていた手を離すと、イライラした感じでマルクは生徒会室を歩き回り始めた。
「どういうことだ? 各国の王子の剣の腕なんて噂になるのが当然なのに。しかも同じ学園にいるってのに聞いたことないぞ……」
などとぶつぶつ言っている。
どうやらリヒャルトの強さは未知数なようだ。
それに大国の皇太子ともなれば裏から手を回す買収も通用しないだろうし、マルクにとっては予想外のダークホースらしい。
というか、リヒャルトがアレリアにプロポーズしたところにマルクだって立ち会わせていたのだし、リヒャルトが剣闘大会に出場することくらい予想しておけるだろうに、それは思いつかなかったのか。
「……いろいろと調べてみるか。一週間あれば対策もできるだろ」
もしかしたらリヒャルトが出場するということは直前まで伏せておいたほうが良かったのかもしれない、とアレリアが後悔し始めたときには、すでにマルクは次の行動に移っていた。
なにやら本棚を見渡している。
「えーと、確かここに……。アレ姉、面白いか?」
「え? なにがです?」
話が突然すぎて空の彼方にぶん投げられた気分である。
「これこれ」
と、マルクは頭の上のタオルで作った薔薇の花を指さした。
「笑ってくれるかと思って作ったんだけど」
「わら……。え? 笑う? え?」
どういう反応をしたらいいのだ、これは。
「あ、これだこれ。じゃあ出てってくれアレ姉。やることが出来たから」
と頭にタオル薔薇を載せたまま、目の高さにある本棚から分厚い本を引っ張り出すマルク。
場の流れとかそういうものが皆無。
とにかくマルク王太子には一貫性がない。いや、あるにはある――アレリアへの執着がそれだ。
背筋がゾクッとした。
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