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17話 秘剣の鎖剣、あと運命、ぶん回す
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地面の整備やら選手の準備やらで小一時間を置き、さて決勝戦である。
まずはトランペット隊が入場し、華々しくファンファーレを奏で上げる。場が荘厳かつ大いに盛り上がったところで選手達の入場だ。
いい人仮面は双剣を持っていたが、前試合までしていた鉄の篭手をしていなかった。
そのときになってアレリアはリヒャルトがいい人仮面に忠告していたのを思い出した。
リヒャルトの姿が見ているまさに目の前で消えたことへの衝撃と彼が求められる役割と持つ才能の乖離さに想いを馳せすぎて、その他がすっ飛んでしまっていたのだ。
先ほどリヒャルトは、ざっとまとめると、剣一本にしたらいいんじゃない? といい人仮面にアドバイスしていた。その理由はどうも『剣二本だと重いから』のような感じであった。
しかしいい人仮面にとってのあの二本の剣はただの剣ではなく、犬牙剣・犬爪剣の名の通り、彼女の牙と爪なのである。
犬が牙と爪、その二つの生来の武器を使うように、彼女にとっても犬牙剣と犬爪剣は絶対に必要なものだから、これは自分的には外せない……というような感じであった。
だからリヒャルトに、一本にしたらいいんじゃない? と言われても、結局一本にはできなかったようだ。
しかしせっかくだから忠告は活かしたい。そうだ軽くするんならこれ取ろう、ということで鉄の篭手をキャストオフしたのだろう。
対するマルク王太子だが、白い胸当てと具足を男子制服の上に付けてるというまあまあの軽装、そして片手に剣、もう片手にはなにやら鎖を束ねてぶら下げていた。
「あら、鎖剣とはまた珍しいのを持ってきたわね」
とは隣に座った猫耳夫人の解説である。
「この前取りに来てたのってあれだったのね。あの子いろんな武術に興味持っちゃあ習得に熱中するんだけど、すぐに飽きて次の目新しい武術に行っちゃうのよね。だから城にすんごい数の珍しい武器があるの。でも一応、そのすべてを使いこなすことはできるのよ。ある意味天才よね」
城とか言ってるし。
この自称猫耳夫人の正体がなんとなく分かってきたアレリアである。
実はアレリアは何回か彼女に会ったことがある……ということを一応正体を隠している人間相手にいっても仕方ない。本人から明かすまでは初対面として振る舞おう。
なんて考えるアレリアをよそに猫耳夫人の解説は続く。
「あの鎖剣ね、ここからうんと南の方の武器なんですって。剣の柄の先に長い鎖が付いているから剣も普通の剣より小振りでね。鎖をぐるぐる回すから普通の長さだと使いづらくなるそうよ。あの子に鎖剣を教えてくれた旅の師匠がそう言ってたわ。その人がまた物凄い大酒飲みでね、でも豪快で面白い人だったわー」
マルクが誰に珍しい武術を習ったのか知っている。しかもマルク王太子殿下を『あの子』呼ばわり。
というかこの夫人、正体を隠すなら隠す、明かすなら明かすではっきりしてほしいものだ。
「あの……、ところで試合に使われるのって、さっきから見てて思ったんですけど、あれみんな本物の武器ですよね?」
「ええ、そうよ」
「危ないですよね? 試合用の模造剣とか……せめて殺傷能力の低い練習用の剣なんかを使ったらいいと思うのですが……ただの学園内の剣闘大会ですわよ? 王太子殿下まで出ているのに。なんでみんな本気の武器なのでしょうか。特にあの鎖剣って、あれ殺意すごいんですけれど……」
「本物の剣を使わないと面白くないでしょ? 大丈夫よ、この大会に出るような子たちはみんなそれなりに剣の修行を積んでいる子たちだから。ちょっとやそっとじゃ怪我なんかしやしないわ」
そんなものなのか。危ないな……と納得しかけたのだが。
「それに、一人くらい死人が出たほうが大会も盛り上がるってものじゃなくて?」
「ええっ!?」
物騒な猫耳夫人の言葉に思わず我が耳を疑ったとき、試合が開始された。
猫耳夫人の言のとおり、マルクは長い鎖をぐるぐると身体の横で回し始めた。重い分銅が付いているらしく、回転は鋭い。風切り音がアレリアの席まで聞こえてくる。
マルクは回転する鎖を、相手をおちょくるように前に回したり反対側に回したりしている。
二本の剣を構えたいい人仮面だが、ぶん回される長い鎖を警戒して随分と距離を保ったまま様子を見ている。
「珍しい武術の利点よ。対戦すると相手が怯むの。いい人仮面くんも二刀流で珍しいけど、珍しさならうちのマルクに敵う者など居はしませんわ。この勝負、珍しさ勝負ならマルクの勝ちよ。そしてその覇気の差は、それだけで大きなアドバンテージとなる」
マルクはリヒャルト対策をしてこの大会に臨んだはずだ。
その対策が、これなのだろうか。
珍しい武術によるアドバンテージ。確かに得体の知れない相手への対策としては適っているような気もする。こちらも得体を知れなくしてしまう、という相殺作戦である。
が……、アレリアは何故か、マルクがもっと他の対策をしているように思えてならなかった。
何にせよ、リヒャルトは準決勝で負けている。
決勝戦の今戦っているのは、リヒャルトを下したいい人仮面だ。
本来ならリヒャルト以外の選手はマルクに忖度して手を抜いて負けるよう求められるのだが……、仮面を付けた正体不明の騎士に暗黙の了解など通用しない。
だから、いい人仮面にリヒャルト用の対策が回されている可能性は高い。
「いい人仮面さん……」
どんな策が講じられているのか。大したものでないといいが、マルクのことだから多分大したものだろう。
どうかご無事で。
マルク殿下も、怪我などしませんように。
「あら、やっぱりアレリアさんはいい人仮面くんに勝ってもらいたいの?」
「……分かりません、本当に。なんだか何も考えられなくて……」
「この試合であなたの運命が決まるのよ? 贔屓の選手の勝利を神に祈るくらいはしてもいいはずだわ」
「神に……祈る……」
前世の運命は、信じた人に裏切られて処刑されるというものだった。
今世はどうなのだろう。ここに来て本当に分からなくなってきた。
マルクから離れることができるのか、それとも彼と再婚約するのか。それとはまったく違うのか。
それでも運命は、きっとアレリアの後ろには存在しない。常に前に広がっている。
しっかりと、前を向こう。
「……運命は、自分でなんとかしますわ。だから今は自分の運命よりも……あのお二人が怪我なく試合を終えられますようにと、それしか考えられません……」
まずはトランペット隊が入場し、華々しくファンファーレを奏で上げる。場が荘厳かつ大いに盛り上がったところで選手達の入場だ。
いい人仮面は双剣を持っていたが、前試合までしていた鉄の篭手をしていなかった。
そのときになってアレリアはリヒャルトがいい人仮面に忠告していたのを思い出した。
リヒャルトの姿が見ているまさに目の前で消えたことへの衝撃と彼が求められる役割と持つ才能の乖離さに想いを馳せすぎて、その他がすっ飛んでしまっていたのだ。
先ほどリヒャルトは、ざっとまとめると、剣一本にしたらいいんじゃない? といい人仮面にアドバイスしていた。その理由はどうも『剣二本だと重いから』のような感じであった。
しかしいい人仮面にとってのあの二本の剣はただの剣ではなく、犬牙剣・犬爪剣の名の通り、彼女の牙と爪なのである。
犬が牙と爪、その二つの生来の武器を使うように、彼女にとっても犬牙剣と犬爪剣は絶対に必要なものだから、これは自分的には外せない……というような感じであった。
だからリヒャルトに、一本にしたらいいんじゃない? と言われても、結局一本にはできなかったようだ。
しかしせっかくだから忠告は活かしたい。そうだ軽くするんならこれ取ろう、ということで鉄の篭手をキャストオフしたのだろう。
対するマルク王太子だが、白い胸当てと具足を男子制服の上に付けてるというまあまあの軽装、そして片手に剣、もう片手にはなにやら鎖を束ねてぶら下げていた。
「あら、鎖剣とはまた珍しいのを持ってきたわね」
とは隣に座った猫耳夫人の解説である。
「この前取りに来てたのってあれだったのね。あの子いろんな武術に興味持っちゃあ習得に熱中するんだけど、すぐに飽きて次の目新しい武術に行っちゃうのよね。だから城にすんごい数の珍しい武器があるの。でも一応、そのすべてを使いこなすことはできるのよ。ある意味天才よね」
城とか言ってるし。
この自称猫耳夫人の正体がなんとなく分かってきたアレリアである。
実はアレリアは何回か彼女に会ったことがある……ということを一応正体を隠している人間相手にいっても仕方ない。本人から明かすまでは初対面として振る舞おう。
なんて考えるアレリアをよそに猫耳夫人の解説は続く。
「あの鎖剣ね、ここからうんと南の方の武器なんですって。剣の柄の先に長い鎖が付いているから剣も普通の剣より小振りでね。鎖をぐるぐる回すから普通の長さだと使いづらくなるそうよ。あの子に鎖剣を教えてくれた旅の師匠がそう言ってたわ。その人がまた物凄い大酒飲みでね、でも豪快で面白い人だったわー」
マルクが誰に珍しい武術を習ったのか知っている。しかもマルク王太子殿下を『あの子』呼ばわり。
というかこの夫人、正体を隠すなら隠す、明かすなら明かすではっきりしてほしいものだ。
「あの……、ところで試合に使われるのって、さっきから見てて思ったんですけど、あれみんな本物の武器ですよね?」
「ええ、そうよ」
「危ないですよね? 試合用の模造剣とか……せめて殺傷能力の低い練習用の剣なんかを使ったらいいと思うのですが……ただの学園内の剣闘大会ですわよ? 王太子殿下まで出ているのに。なんでみんな本気の武器なのでしょうか。特にあの鎖剣って、あれ殺意すごいんですけれど……」
「本物の剣を使わないと面白くないでしょ? 大丈夫よ、この大会に出るような子たちはみんなそれなりに剣の修行を積んでいる子たちだから。ちょっとやそっとじゃ怪我なんかしやしないわ」
そんなものなのか。危ないな……と納得しかけたのだが。
「それに、一人くらい死人が出たほうが大会も盛り上がるってものじゃなくて?」
「ええっ!?」
物騒な猫耳夫人の言葉に思わず我が耳を疑ったとき、試合が開始された。
猫耳夫人の言のとおり、マルクは長い鎖をぐるぐると身体の横で回し始めた。重い分銅が付いているらしく、回転は鋭い。風切り音がアレリアの席まで聞こえてくる。
マルクは回転する鎖を、相手をおちょくるように前に回したり反対側に回したりしている。
二本の剣を構えたいい人仮面だが、ぶん回される長い鎖を警戒して随分と距離を保ったまま様子を見ている。
「珍しい武術の利点よ。対戦すると相手が怯むの。いい人仮面くんも二刀流で珍しいけど、珍しさならうちのマルクに敵う者など居はしませんわ。この勝負、珍しさ勝負ならマルクの勝ちよ。そしてその覇気の差は、それだけで大きなアドバンテージとなる」
マルクはリヒャルト対策をしてこの大会に臨んだはずだ。
その対策が、これなのだろうか。
珍しい武術によるアドバンテージ。確かに得体の知れない相手への対策としては適っているような気もする。こちらも得体を知れなくしてしまう、という相殺作戦である。
が……、アレリアは何故か、マルクがもっと他の対策をしているように思えてならなかった。
何にせよ、リヒャルトは準決勝で負けている。
決勝戦の今戦っているのは、リヒャルトを下したいい人仮面だ。
本来ならリヒャルト以外の選手はマルクに忖度して手を抜いて負けるよう求められるのだが……、仮面を付けた正体不明の騎士に暗黙の了解など通用しない。
だから、いい人仮面にリヒャルト用の対策が回されている可能性は高い。
「いい人仮面さん……」
どんな策が講じられているのか。大したものでないといいが、マルクのことだから多分大したものだろう。
どうかご無事で。
マルク殿下も、怪我などしませんように。
「あら、やっぱりアレリアさんはいい人仮面くんに勝ってもらいたいの?」
「……分かりません、本当に。なんだか何も考えられなくて……」
「この試合であなたの運命が決まるのよ? 贔屓の選手の勝利を神に祈るくらいはしてもいいはずだわ」
「神に……祈る……」
前世の運命は、信じた人に裏切られて処刑されるというものだった。
今世はどうなのだろう。ここに来て本当に分からなくなってきた。
マルクから離れることができるのか、それとも彼と再婚約するのか。それとはまったく違うのか。
それでも運命は、きっとアレリアの後ろには存在しない。常に前に広がっている。
しっかりと、前を向こう。
「……運命は、自分でなんとかしますわ。だから今は自分の運命よりも……あのお二人が怪我なく試合を終えられますようにと、それしか考えられません……」
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