上 下
24 / 118
第二章 誰にも渡しませんわ

第24話 足音

しおりを挟む
「ようこそ起こし頂きました。オーディック様、シュナイザー様」

 フレデリカは最近は連日の様にやって来る事が多いオーディックとシュナイザーを屋敷に迎え入れながら恭しく頭を下げる。
 ディノは騎士団勤めの為、非番の日にしか来れないが、自身が子爵であるオーディックと宰相の息子であるシュナイザー、領地を離れこの王都の貴族学校に入学し寮住まいのカナンに加えて悠々自適なホランツ達は来ない日が無いくらいローズの元にやって来ては、お喋りをしながらお茶を飲んで帰って行く。
 学生でありローズの従弟のカナンはほぼ毎日来ていたのを除けば、以前はここまで頻繁に来る事は稀で、特に五人が揃う機会なんて事はそうそうある訳では無く、例外的にホランツが来る日は大抵皆が揃うと事は有ったが、基本それぞれがバラバラにやって来てはローズの相手をして帰って行くと言うのが慣例であった。
 それが、先日の伯爵出立の日からは競い合った様に皆が訪れる。
 そんな毎日にフレデリカは自身とローズの二人だけの幸せな時間が削られる事にストレスを感じていた。

「皆様お忙しい身なのですから、お嬢様の為と言えどここまで連日お屋敷に来て頂かれては、逆に皆様のご迷惑にならないかと恐縮の至りです。お嬢様も心配されておられましたわ」

 ラウンジに案内する途中、フレデリカが後ろを付いて来るオーディックとシュナイザーにそう告げた。
 上辺だけを取ると、いかにも二人を気遣っている様に聞こえるが、よく聞くと意味が逆な事が分かる。
 分かり易く噛み砕くと『毎日来るんじゃねぇよ、このすっとこどっこい』と言う感じだ。
 本来こんな事を一介のメイド風情が貴族の子息に対して言おうものなら追放の憂き目に遭ってもおかしくない暴言では有るが、それなりに付き合いが長いローズの幼馴染である二人とそのお付きのフレデリカ。
 以前からわがままローズの相手をさせられているフレデリカに対して、幼馴染として申し訳無いと言う気持ちと、たまに裏で愚痴を聞いてやっていたりしていた事も有り、またフレデリカが少々厄介な性癖の持ち主と言う事も看過していた為、特に怒る様子も無い。
 それどころか、少々不思議な顔をしていた。

「おいおい、フレデリカ。今まで俺達が来たら、その間はローズから解放されるってんで喜んでたじゃねぇか」

 子爵位を持ちながら、比較的誰にでも砕けた言葉で喋るオーディックは、フレデリカに対してもその姿勢を崩さない。
 それに他人の使用人と言う事も大きいのだろう。

「それは異な事を仰います。私は今までずっとローズ様の僕でございますよ?」

 その答えにオーディックとシュナイザーは飽きれたと言う顔をした。
 ただ、フレデリカが変わってしまった理由は自分達も痛感している。
 それはやはりローズの心変わりによるものだろう。
 いや、心変わりと言うよりも、別人と言って良い。
 イケメン達も最初はその通り別人かと思ったが、オーディックは性悪になる前の無垢なるローズの姿を感じ取り、シュナイザーには誰も知らない胸の内に秘めていた歪んだ承認欲求の元始を言い当てた。
 それらの事を知っている者はローズしか居ない。

 もし偽物が本物のローズを監禁し尋問によってそれらの事を聞き出したとしても、それぞれ自らの内に秘めた思いなどは一緒に過ごして来た月日でしか知る事は出来ないだろう。
 逆説的に言えばそれがローズがローズである証拠と言えた。
 勿論、今の態度が演技である事は薄々感づいているが、それは今までの態度を改め生まれ変わろうとしている為と思っている。
 何故ならば、そこに悪意を感じられなかったからだ。
 突然その行動に走った真意は分からない。
 本当にローズが語った通り、夢でのお告げによる改心で有るのかもしれない。
 しかし、今ではそんな事関係無い。
 今のローズは少なくとも純粋に皆と仲良くなりたいと言う気持ちで溢れていた。
 変わり始めて一週間程経った今、自分達も屋敷の者達もその事を十分理解している。
 だから、皆今のローズの事が大好きなのである。

 だが、これらはローズの事情を知らぬ者達の勝手な推測。
 今の中のローズの人は高校教師の野江 水流。
 確かに肉体はローズであり、野江 水流としての意識が覚醒する前日までは性悪伯爵令嬢のローズであった。
 しかし、今はローズとしての記憶をゲームから知った程度しか持っていない。
 ローズが物忘れが酷い設定と、ゲーム中では明確に提示されなかったお話の影響を受けやすいと言う裏設定のお陰で、何とか綱渡りしながらローズを演じているだけである。
 ただ、皆の推測の中には真実も有った。
 それは皆と仲良くなりたいと言う気持ちである。
 これには嘘偽りも無い。
 これに関して野江 水流自体、当初はイケメンだけ仲良くなればいいと思っていた。
 没落する伯爵家の回避は保険で、最悪没落したら没落したで誰かが嫁に貰ってくれれば良いとさえ思っていたのだった。

 目指すべき目標は主人公をバッドエンドに叩き込む事!

 その筈だったのだが、ここ数日この世界で生活し、また歴史や文学を学んでいる内に生まれ持っての人好きな性格、そして常に人の前に立ちリーダーシップを発揮して来た性格からか、いつの間にか目的と手段が入れ替わり、この屋敷、いやこの国、ひいてはこの世界の人達と如何に仲良くなるかが目標となっていた。

 とは言え、それはそれこれはこれ。
 取り巻きイケメン達の甘いお喋りは楽しみたいし、主人公をバッドエンドに叩き込む事は忘れていない。
 なにせ、相手も転生者の可能性が有るのだから。
 しかも、自分が悪役令嬢にも拘らず、五十周して数値がカンストし最強状態であるこの世界を基と成すゲームの主人公なのだ。
 そんな不公平許せる訳も無い。
 とは言え、いまだ使用人達との間に距離が有ると思い込んでいる野江 水流にとって、主人公の登場は不安の種どころか恐怖の果実以外の何物でも無かった。

 ゲーム開始前のローズとの劇的な出会いの回想から始まるこのゲーム。
 今の所は主人公が現れる様子は無いものの、ゲーム開始である青草の月まで残り一週間を切った現在において今日明日とも知れないその登場に『かかってこいや!』と闘志を燃やす野江 水流ことローズであった。


「まぁ、良くいらっしゃいました。お待ちしておりましたわ、オーディック様、それにシュナイザー様。とても嬉しく思います」

 それはそれとて、今日もイケメン達と楽しくお茶会。
 ローズは満面の笑みでフレデリカに連れられてラウンジに入ってきた二人を招き入れた。

 先日よりローズへの想いに劇的に変化が生じている二人はその笑みに心身共癒やされる。
 本来、従来の様な数日置きの来訪においても、日々貴族として父より任されている業務の数々の合間を縫って無理に時間を作っていたものだったにも拘らず、ローズに焦がれてからと言うもの寝る間も惜しむ勢いで業務に励み、無理矢理時間を作ってるのであった。
 全てはローズと会う為に。

「フレデリカ。お前の主人はあぁ言ってるが?」

 オーディックがからかう様にフレデリカに言った。
 フレデリカは少々憮然とした顔で『それはよろしゅうございましたね』と返す。
 オーディックはフレデリカの悔しそうな態度に満足するとラウンジの中に入っていった。

「やぁ~、君達も来たんだね~」

「いらっしゃい、お兄ちゃん達~」

 既にラウンジに来ていたホランツとカナンが来訪した二人に挨拶をする。
 とは言え、ホランツとカナンはオーディックとシュナイザーの事を笑いながらも少々『このお邪魔虫』と言う顔をしている。

「最近忙しいんだろ~? 無理しなくて良いんだよ~。ローズの相手は僕達でしておくからさ~」

「はっ、これくらいどーって事無ぇよ。なぁ、シュナイザー?」

「あぁ、寧ろ癒され……ゲフンゲフン。なんでもない」

 シュナイザーが持ち前のドジスキルを発揮しかけた所で言うのを止めたが既に遅い。
 周りのイケメン達に笑われて赤面する。

「まぁ、お世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます。シュナイザー様」

 一人ローズだけは上機嫌。
 今までの人生で『元気一杯な野江さんの近くにいると、こっちも元気になるよ』と言われた事は多々有ったが、乙女としてはそんな一種の栄養ドリンク的な扱いを『何か違う』と思っていた。
 しかし、今の『癒される』と言う言葉、結局意味は同じではあるが、乙女的に180°真逆。

 Good! Good! Very good!

 そう『イケメンフェスト in メイデン・ラバー feat.シュナイザー様』の開幕である。

 栄えある第一回イケフェス in MLより数える事、五回目の開催となる今回。
 度重なる大成功を収めた事によって、今回は予算枠が大幅に増資されており規模を拡大してお送りする。
 動員数も前回までの五倍以上! 総勢五千人を超える野江 水流による飲めや歌えのイケメンを称える大大謝恩際。
 会場を見ると既に熱気はムンムン、気合十分、まるでカウント3の七色爆弾。
 胸滾る熱いBombs! Hartbeatは最高潮! この暴走は誰にも止められない!

 ざっと会場を見渡すと第四回イケフェス in MLよりも金髪頭が目立つので、どうやら今回増員された野江 水流の大半はローズで有る様だった。
 訓練場で鍛錬を始めた事もあり、心身共にローズ寄りになって来ているのだろう。
 あと数回しない内に、会場は金色の野に姿を変えるかもしれない。

「皆ーーー! 盛り上がってるーーーー!!」

「Yeeeeeeaaaaaaahhhh!!」

 さすが五回目となると完全シンクロ息ピッタリのオーディエンス達。
 当初は野江 水流とローズ達との間に多少のいざこざが発生した事が有ったが、現在では完全に意気投合して肩を組み合う間柄だ。

「今回は特別ゲストをお招きしちゃったわよーーーー!」

「Yahoooooooooooooooo!!」

「じゃあ、紹介するわね! じゃじゃーーーん!! シュナイザー様ですーーーー!」

 司会の野江 水流の掛け声と共に舞台にはスモークが焚かれ幾本ものスポットライトがその中央を照らし出す。
 ドラムロールが鳴り響く中、舞台の中央が開き、奈落から何者かかが昇降装置によってせり上がって来た。
 その人物こそ貴族の中の貴族! 長髪黒髪ニヒルな二枚目!

「やぁ、皆。今紹介に預かった俺様キャラことシュナイザーだ」

「Kyaaaaaaaaaaaa!! シュナイザー様ーーー!!」

 そのOKP俺様キャラパワーに当てられた野江 水流&ローズ達はあまりの興奮に気を失う者も続出している。

「野江 水流、そしてローズ達よ。君達は私の癒しのオアシス。この権謀術策渦巻く貴族界において君の存在は私の力となり心の糧となる。これからも私の為に輝いていて欲しい」

「勿論ですぅぅぅーーー!! ビバ! シュナイザー様ーーーー!!」

 会場の皆だけでなく司会の野江 水流も号泣しながらシュナイザーの言葉に声を上げた。


……………………………………。
…………………………………。
………………………………。
……………………………。

そんな感じで一人盛り上がるローズ。
この平和な日々がいつまでも続くようにと願うばかり。

しかし、その平和を脅かす足音は確実に近づいていた。


   ◆◇◆◇◆


「ふぅ、やっと辿り着いたわ。ここがシュタインベルク伯爵のお屋敷ね!」

 ここは伯爵家の敷地の門の外、一人の少女が遠目に見える屋敷を見ながら嬉しそうに声を上げた。
 その格好は町娘と言ったところ、およそこの屋敷に似つかわしくない出で立ちだ。
 門番が怪訝な顔をしてその少女に話し掛けた。

「お嬢さん、何か用なのかね?」

 すると少女は嬉しそうに頷き、斜め掛けのカバンから封筒を取り出した。

「門番さん、この度、この方からご紹介に預かりましてこの屋敷に奉公に来ました。すみませんがこの書状を執事長にお渡し願えませんか?」

 門番はそんな話は聞いていない為、少し怪しんだが、取りあえずその書状を手に取り、封蝋の紋章を確かめる。
 その紋章を見る門番の目は、最初の内は訝しげに目を細めていたのだが、その紋章が何を表すのか知るにつれてみるみる見開かれていった。

「こ、これはっ! 分かったすぐに届ける。そうだ、お嬢ちゃん。名前はなんて言うんだね?」

 門番の問い掛けに少女が笑顔で答える。
 
「私の名前は、エレナです。よろしくお願いしますね」

「ふむ、エレナと言うのか。すぐに取り次いで来るから、そこで少々待っておきなさい」

 門番そう言うと書状を持って屋敷の方に走り出す。
 エレナと名乗った少女は、その後ろ姿を微笑みながら見詰めていた。

「フフフッ、ここがお屋敷。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...