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溺愛
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「ふふ、飲むの下手くそだねぇ。あぁ溢れてる溢れてる……」
ルキは両手にカップを持っていたが、鎖のせいで手が思い通り動かないのである。なので彼は上手く飲めずに、頬に紅茶をかけたり服の襟にこぼしたりしながら一生懸命クピクピ啜っていた。
ミシェルはコンロの前に立ちながら、その格闘する様子をニコニコ見つめていたが。このままだとルキがうっかり火傷をしていそうなので、その手からカップを取り上げる。
それを視線で追い困った顔をするルキの腰を抱え上げ、彼が座っていた椅子の上にミシェルも座った。自分の膝の上にルキを置き直す。
カップをルキの届かない位置に持ち上げながら、ルキの顔を覗き込んだ。伏せた睫毛の隙間から金色が、おずおずとこちらを見上げてくるのを見つめ返す。
粉っぽいホワイトピンクの肌をした美青年は、とんでもなく端正な好男子に優しい表情を向けられている事に驚いた。幻想の世界に住む神鹿に、甘やかな意地悪をされている気持ちになった。神話のようなロマンスにドキドキしてしまう。
「の、飲ませてください♡」
「はいどうぞ。髪の毛入らない様に気を付けるんだよ」
ルキがしなだれかかりながらお願いするのを、ミシェルは彼の唇にカップを近付けることで応える。
自分で飲む事がままならないのなら、飲ませてくれる旦那様におねだりをすれば良いだけだ。こうして過保護にして、甘える習慣を植え付けることは大事だと思う。
「おかわりあるからね。あ、その飲み方にするの?すごい…唇が赤ちゃんみたいだ……。」
ルキはミシェルに持たせたまま、カップに唇を付けてチマチマと吸いながら飲む。手を使う事を放念したみたいな、雛鳥みたいな、完全にミシェルに依存した飲み方だ。
ミシェルはそれをポカンと見つめて、勝手にキュンとする。
予想外の高成果だ。ミシェルはてっきり、この子は自分で持ちたがると思っていたのである。ルキの事だから、ミシェルにカップを支えてもらいながら、自分で下から持ち上げるだろうと予想していたのだ。
それなのに。
ルキはミシェルが急に意地悪をしないだろうと、自分の飲みやすい角度を保ってくれるだろうと信じきっている。
とんでもない甘たれだ。
こういった分かりやすい変化は好ましい。
「そうだ。良い時間だし、ついでにお昼ご飯を食べちゃおっか。良い香りがするでしょ?クロワッサン好きな人~」
「わっ、はぁい♡」
「いいお返事だね。お口も上手に開けるかな?」
あの日に沸いた膨大な怒りは収まっていないし、絶対に許さないと思う。
勘違いされる様な行動を取った自分にも悪い所はあったのだろうが、ただ、自分がルキの立場だったらキスの方に疑問を持っていたと思う。位置が悪くてそう見えたのかな、とか、脅されて迫られたのなら助けてあげなきゃ、とか。現にあの時だって、角度のせいでキスに見えただけだろうし。
キスをしていない可能性をまずは考えて欲しかった。自分は愛されていると自覚を持っていて欲しかった。ルキ以外を好きになる可能性なんて、万に一つも無いのに。これはロマンス物語なんかじゃなくて、執着サスペンスなのに。
愛情を疑われた事がミシェルをひどく傷付けたのだと、ルキには理解して貰わなければならない。
要するにルキは、ミシェルからの愛情を信じきれていなかったのだ。
この長々とした物語の結論は、結局こんな単純な話に尽きる。
「小さくちぎってあげるからね。はい、あー」
「あー♡」
「あ、こら。指を舐めないの。ふふ」
最近は反省の介もあって、従順な態度を示す様になってきたと思う。
一度失敗したのだから、昔みたいに戻すつもりは無かった。
この失敗とはルキの裏切りではなくて、ミシェル自身の行動を指している。
ルキは仕事を通して、自身の存在意義を示そうとしていた。
そんな事しなくても可愛いから充分なのだが、スラム出身の引け目もあるのだと思って……ミシェルはルキの好きな様にやらせてやっていたのだ。
優秀だと褒めると喜んだから難しい仕事も教えてやったし、それでもまだ不安そうだったから、ミシェルはルキがいないと困るみたいに「演出」もしてあげた。ミシェルの困った事や出来ない事をルキが補えると、この子はなんだか安心するみたいだったから。
ミシェルの「抜けている」原因はそれである。
何も出来なくたって追い出しやしないのだが……マ、こんな事でルキが落ち着くならば構わないと考えていたのだ。
がしかし。それは結果として不確実だった。
ルキの安心はたった一つの勘違いで揺らぐ程に、とてつもなく脆かった。
失敗した。
あれでは足らなかったし、アプローチを間違えた。
ルキに必要なのは能力では無くモルヒネだったし、承認では無く溺愛だった。「何でも出来て偉いね」ではなくて、「何も出来なくて可愛いね」と言ってやる必要があったのだ。
無知な子供のままでいさせれば良かった。ミシェルの名前だけ教えてやれば、それだけで良かったのに。
文字通り一人では生きて行けなくなる程に甘やかして、囲んであげなければならなかったのに。
「……はやく牙もなくなると良いねぇ」
今はまだ反省が必要だから、厳しくする時もあるけれど。それが終われば、きっと世界一甘やかしてあげようと思う。
せっかくお嫁さんになってくれたのだし。
その為にも、早くこの子を"正常"に戻してあげたい。
ルキは両手にカップを持っていたが、鎖のせいで手が思い通り動かないのである。なので彼は上手く飲めずに、頬に紅茶をかけたり服の襟にこぼしたりしながら一生懸命クピクピ啜っていた。
ミシェルはコンロの前に立ちながら、その格闘する様子をニコニコ見つめていたが。このままだとルキがうっかり火傷をしていそうなので、その手からカップを取り上げる。
それを視線で追い困った顔をするルキの腰を抱え上げ、彼が座っていた椅子の上にミシェルも座った。自分の膝の上にルキを置き直す。
カップをルキの届かない位置に持ち上げながら、ルキの顔を覗き込んだ。伏せた睫毛の隙間から金色が、おずおずとこちらを見上げてくるのを見つめ返す。
粉っぽいホワイトピンクの肌をした美青年は、とんでもなく端正な好男子に優しい表情を向けられている事に驚いた。幻想の世界に住む神鹿に、甘やかな意地悪をされている気持ちになった。神話のようなロマンスにドキドキしてしまう。
「の、飲ませてください♡」
「はいどうぞ。髪の毛入らない様に気を付けるんだよ」
ルキがしなだれかかりながらお願いするのを、ミシェルは彼の唇にカップを近付けることで応える。
自分で飲む事がままならないのなら、飲ませてくれる旦那様におねだりをすれば良いだけだ。こうして過保護にして、甘える習慣を植え付けることは大事だと思う。
「おかわりあるからね。あ、その飲み方にするの?すごい…唇が赤ちゃんみたいだ……。」
ルキはミシェルに持たせたまま、カップに唇を付けてチマチマと吸いながら飲む。手を使う事を放念したみたいな、雛鳥みたいな、完全にミシェルに依存した飲み方だ。
ミシェルはそれをポカンと見つめて、勝手にキュンとする。
予想外の高成果だ。ミシェルはてっきり、この子は自分で持ちたがると思っていたのである。ルキの事だから、ミシェルにカップを支えてもらいながら、自分で下から持ち上げるだろうと予想していたのだ。
それなのに。
ルキはミシェルが急に意地悪をしないだろうと、自分の飲みやすい角度を保ってくれるだろうと信じきっている。
とんでもない甘たれだ。
こういった分かりやすい変化は好ましい。
「そうだ。良い時間だし、ついでにお昼ご飯を食べちゃおっか。良い香りがするでしょ?クロワッサン好きな人~」
「わっ、はぁい♡」
「いいお返事だね。お口も上手に開けるかな?」
あの日に沸いた膨大な怒りは収まっていないし、絶対に許さないと思う。
勘違いされる様な行動を取った自分にも悪い所はあったのだろうが、ただ、自分がルキの立場だったらキスの方に疑問を持っていたと思う。位置が悪くてそう見えたのかな、とか、脅されて迫られたのなら助けてあげなきゃ、とか。現にあの時だって、角度のせいでキスに見えただけだろうし。
キスをしていない可能性をまずは考えて欲しかった。自分は愛されていると自覚を持っていて欲しかった。ルキ以外を好きになる可能性なんて、万に一つも無いのに。これはロマンス物語なんかじゃなくて、執着サスペンスなのに。
愛情を疑われた事がミシェルをひどく傷付けたのだと、ルキには理解して貰わなければならない。
要するにルキは、ミシェルからの愛情を信じきれていなかったのだ。
この長々とした物語の結論は、結局こんな単純な話に尽きる。
「小さくちぎってあげるからね。はい、あー」
「あー♡」
「あ、こら。指を舐めないの。ふふ」
最近は反省の介もあって、従順な態度を示す様になってきたと思う。
一度失敗したのだから、昔みたいに戻すつもりは無かった。
この失敗とはルキの裏切りではなくて、ミシェル自身の行動を指している。
ルキは仕事を通して、自身の存在意義を示そうとしていた。
そんな事しなくても可愛いから充分なのだが、スラム出身の引け目もあるのだと思って……ミシェルはルキの好きな様にやらせてやっていたのだ。
優秀だと褒めると喜んだから難しい仕事も教えてやったし、それでもまだ不安そうだったから、ミシェルはルキがいないと困るみたいに「演出」もしてあげた。ミシェルの困った事や出来ない事をルキが補えると、この子はなんだか安心するみたいだったから。
ミシェルの「抜けている」原因はそれである。
何も出来なくたって追い出しやしないのだが……マ、こんな事でルキが落ち着くならば構わないと考えていたのだ。
がしかし。それは結果として不確実だった。
ルキの安心はたった一つの勘違いで揺らぐ程に、とてつもなく脆かった。
失敗した。
あれでは足らなかったし、アプローチを間違えた。
ルキに必要なのは能力では無くモルヒネだったし、承認では無く溺愛だった。「何でも出来て偉いね」ではなくて、「何も出来なくて可愛いね」と言ってやる必要があったのだ。
無知な子供のままでいさせれば良かった。ミシェルの名前だけ教えてやれば、それだけで良かったのに。
文字通り一人では生きて行けなくなる程に甘やかして、囲んであげなければならなかったのに。
「……はやく牙もなくなると良いねぇ」
今はまだ反省が必要だから、厳しくする時もあるけれど。それが終われば、きっと世界一甘やかしてあげようと思う。
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