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第一章 黒猫の恋
第35話 突然の同棲宣言
しおりを挟む着替えを済ませカフェで軽くブランチを取ると、その足で弦の車に押し込められ、気が付くと私は自宅マンションの前に立っていた。
……もちろん弦と二人で。
私の腰はしっかりガッチリと隣にいる弦の腕にホールドされている。
この既視感はなんだろう……
最近全く同じシチュエーションを体験した気が……
うん、そうね。昨日は弦のマンションだったね……
昨日から、押し寄せる大波に攫われるように、色々な出来事が起こった気がする。
若干キャパオーバー気味な私は、つい昨日の出来事なのに遠い昔のように感じていたのだが、先程からバシバシ感じる危機感により、これは紛れもなく昨日の出来事なのだと否が応でも実感せざるを得ない。
ただひとつ、昨日と違うのは、私の隣の男が最高潮にご機嫌な事。
訳がわからずぐるぐると思考が混乱する中、えらくご機嫌な弦に対して、反面私の気分はどんよりである。
想いを伝え合い、晴れて恋人同士となったのは日付が変わってから。
すなわち今日なのだが……
ていうか、付き合って初日から同棲ってどうなのよ?!
何故に初っ端からアクセル全開フルスロットルで飛ばす?!
若干暴走気味の恋人の事をチラリと見るが、当の本人は鼻歌を歌い出す始末。
これはもう、考え出したら余計に混乱してドツボにハマるヤツだ。
早々に考える事を放棄して、気持ちを切り替える。
とりあえず、引越しとか非現実的な事を言ってる弦の発言は横に置いておいて……今は必要最低限の荷物だけ用意して、少しずつ荷物の整理もしないといけないから、暫くは弦の家と自宅と行き来すればいいだろう。
簡単に荷物まとめるだけなら、物の数分だし……
そう思って、弦にはここで待ってて貰えるように伝えると、
「却下だよ。」
と、にっこり笑顔で即答…華麗に一刀両断にされて、白目になる。
しかし、ここで引いて全てがなし崩しになるのだけは嫌だし勘弁して頂きたい私は、魔王のような邪悪さを纏い始めた恋人に、めげずに再度アタックしてみる。
「あのぅ…やっぱりここはひとりで行けるから……」
「だぁめ。却下だよ。」
予想通りの回答が返ってきて、恐る恐る横にいる弦を見上げると、優しく私を見つめる視線とぶつかる。思わず引き攣った笑顔を向けると、弦からにこりと笑顔を返されて、心臓にクリティカルヒットする。
う、うぐっ……やるな。
どうやら私はこの笑顔を向けられるのが弱いようだ。
だけど、ここで引き下がる訳にはいかないので、きちんと強めに主張したいことは主張しようと固く心に決める。
うん、心を強く持て!私!
そう思うも、隣のにこにこ顔を見ると、さっきの威勢はどこにやら…口から出る言葉は弱々しく威勢のない言葉になる。
「あの……車で、待ってて……」
「却下。」
車の中でも散々断ったのに、ほぼ無理やり付いてこられて、挙句ここでもサラリと笑顔で却下される。
グズグズしている私に弦は綺麗な笑顔で、さぁ行くよ、と言い、更に腰に回された腕で促された私は、抵抗を諦めて渋々足を進めた。
学生の頃から10年近く住んでいる3階建築40年のマンションは、弦の豪華なタワーマンションと比べるのが恥ずかしいくらい、ボロい。もちろんオートロックもエレベーターもなく外階段のみ。
その階段を上がって2階の角部屋が私の部屋だ。
ここまで付いてきたということは、恐らく部屋にも入るつもりなのだろう。
あの豪華なマンションと部屋を見てしまうと、流石に私の狭い部屋に上げるのは気が引けてしまう。
どうしたものかと悩みながら、重い足取りで階段を上り部屋の前まで来ると、私は意を決してくるりと弦の方に向き直った。
落ち着かせるように深く息を吐くと、先程同様、主張したいことを主張すべく勢いに任せて一気に言う……
「ここで待っ……」
「うん、却下。いい加減諦めて?」
言い終わらないうちに、またもや綺麗に却下をされる。
でも、私も引けない。あの部屋に弦を入れるのは忍びないのだ。
「ぐぅ……狭い…よ?」
「んー、気にしないよ。」
最後の抵抗とばかりに、呻くように呟いてみるも、にっこり笑顔で言い切る弦を見れば、一歩も引く気がないことは明白だ。もうこれは腹を括るしかないだろう。
弦の言う通り諦めた方が良さげな雰囲気に、思わず溜息が出た。
仕方ない、私が意を決して鍵を差込みドアを開けて玄関に入った。
チラリと後の弦を見ると、キョロキョロと物珍しそうに辺りを眺めている。
そりゃあの高級マンションの一室に比べたらここはウサギ小屋のようなものだろう。なんだか居た堪れなくなってきて、後ろの弦に向き直り申し訳なさそうに、声をかける。
「狭いですが…どうぞ。」
「はい、ではおじゃまします。」
にっこりご機嫌な弦を伴って部屋に入ると、何もかも金曜日の朝のままだった事に気が付いた。
慌ててローテーブルの上に散らかっていたメイク道具と資料を片付けていると、弦は部屋の中を勝手に物色し始める。
まさか、あの憧れの猫実マネージャーが恋人になり、そして私の部屋を訪れるとは夢にも思ってもいなかったので、ベッドの上も起きた時のまま……
今朝の弦の家での働きを思い出すと、私のこの女子力のなさは流石にまずいと思う。弦が他の所に気を取られているうちに、ささっと急いでベッドを整え、部屋着を洗濯物の籠にぶち込む。
脱衣場から戻ってくると、弦はベッドサイドのチェストの中を何やらガサゴソとまさぐっていた。
その中には、ここに引越してきてからの光熱費の払込票や家計簿などの書類関係や、契約書関連しかはいっていない……はずなので、弦が見てもさほど面白い物など入ってないはずだ。
「特に何も面白いものはないかと思うんだけど…」
「うーん、面白いというか、俺は名月の事を知らなすぎるから、もっと名月のこと知りたくてつい色々見ちゃうよねぇ……」
「そういうもの?」
「うん。そういうもの。俺は名月の全部を知りたい。名月は?俺の事知りたくないの?」
「そりゃ……知りたいけど…まだ時間はたっぷりあるし、おいおい知っていけばいいかなって。」
「ふぅん。余裕だね。俺なんて6年も片思いしてたから、余裕なんて全然ないよ。一刻も早く名月の全部を俺の物にしたいのに。」
そう言いながら、チェストをガサゴソまさぐっていている弦の顔は、何時になく真剣な表情だった。
だけど私は、弦がこの書類達に私のどんな事を見出したのか…さっぱりわからなかった。
書類を見て楽しんでいる?いや、それは流石にないだろう。そもそも書類なんてみても面白味のかけらもないのだから、その線は無いとして……もしかして、何かを探しているのだろうか。
もしや、元彼の痕跡?
弦の独占欲と嫉妬心は昨日の夜、嫌という程思い知らされている。
もう無いとは思うが、誠治の物が出てきたらどうしようと内心冷や冷やしていたその時、弦が何かを見つけたように声を上げた。
「あ、あった。」
「な、何があったの?」
ドキリと心臓が跳ねて背筋に冷たい物が走り、緊張で声が震える。
「ん?あぁ…そうだな。ねぇ、名月、もう帰ってこないと思うから、片付けはいいから必要な荷物だけ纏めてくれる?いい?」
弦は私の質問には答えず、徐にスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
目を凝らして見ると、手に持っているのはこのマンションの契約書だ。
えぇ……いつの間に?
先程まさぐっていたチェストの中にあったのだろうか。
とりあえず、元彼関連のものではなくホッと一安心するも、なんだか嫌な予感がバシバシする。
ど、どうしよう…これってもしかして外堀を埋められてる??
気がついた時には、時すでに遅しだ。
間違いなく弦は、確実に外堀を埋めにかかっている。
私があわあわしている間に、とんとんと話は進み、弦が不動産屋と話をつけてしまい、来週には有利な条件で解約の運びとなっていた。
話が終わり通話を切ると、青くなっている私に弦はにっこりと綺麗な笑顔を向ける。
「はい、これで終わり。家具家電と不用品は処分してくれるらしいからそのままでいいって。さあ、名月、さっさと荷物詰めちゃおっか。」
や、やる事が早すぎる……
相変わらず出来る営業マンは仕事が早い。そして、卒が無い。
まさに、退路を絶たれるとはこの事か、と身をもって理解する。
鮮やかな手腕には脱帽だが、しかし、ここで問題がひとつ。
私はまだ、弦と一緒に住む事を了承していないのだ。
それなのに、勝手に引越しを決められた上に、いきなり家まで解約され帰る家がなくなるとか……
せめて了承をとってからにして欲しい。進め方が些か強引ではない?と思い始めて来た。
若干の不満を含んだ視線でチラチラと弦を見ると、私の視線に気が付いた弦がふわりと優しい笑みを向けた。
「ん?なぁに?」
ぐぬ……ここで絆されたら、この後も同じ轍を踏むことになる。
「あ、あの……私まだ一緒に住むっていってな……」
勇気を振り絞って思っている事を伝えると、その途端、部屋の中にブリザードが吹き荒れたかのように周りの空気がピシリと凍りつく。
恐る恐る顔を上げると、物凄く不機嫌極まりない表情の弦がいた。
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