9 / 118
第一章
第7話 仲違い
しおりを挟むあの初等部校舎前での出来事の後、渉と顔を合わせるのがなんとなく気まずくて、体調が悪いと言って登校時間をずらしてもらって数日経った。
あの時、渉に対して言ってしまった言葉が胸に棘のように刺さったままで、ここ数日間モヤモヤした気分が晴れない。
そんな私の気持ちを知らない母親はそろそろみんなと一緒に登校してはどうかと言ってきたし、長期間の体調不良の言い訳もキツくなってきた。
いくら気まずいからと言って、いつまでも避け続けるわけにもいかないのはわかっていたので、観念して腹を括った朝、久しぶりにみんなと同じ時間に登校する事にした。
「あら、このちゃん、もう体調は良くなったの?」
穂乃果とお母さんと一緒に玄関を出ると、先に玄関先で待っていたお隣の由紀ママが私の顔を見るやいなやニコニコと声を掛けてくる。
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい。」
私は由紀ママの方を向いてそう答えると、その横の渉と目が合って、ドキリと心臓が跳ね、あまりの気まずさに思わずふいっと目を逸らしてしまった。
すぐにまずいと思いもう一度渉の方へ視線を戻したが、その時には渉は下を向いて俯いていた。
気まずい…非常に気まずい。
だけも、気まずいけれども声をかけないわけにはいかないと思った私は意を決して恐る恐る渉の傍に行き、挨拶の声をかけようと口を開きかけたその時、俯いていた渉がパッと顔をあげた。
「ほの、おはよ!ほら手繋ごう。」
え?ほの?
私は、渉が開口一番に発した言葉に吃驚して固まった。
いつもなら、「このちゃん、おはよ。」とにこにこしながら飛びついてくるはずの渉が、弾ける笑顔で穂乃果を呼び私の横を素通りして穂乃果の方へ駆け寄って行った。
「うん、わっくんおはよ。ゆうちゃんも手繋いで。さぁ幼稚園にしゅっぱーつ!」
穂乃果はそう言うと反対の手を優と繋いで、3人でてくてくと歩いて行ってしまった。
私はその後姿を見送りながら、一瞬何が起こったのか理解が出来ず目をパチクリしていると、横に立ったニヤニヤ顔の聖が揶揄うように私向かって話しかけてきた。
「あーあ、何やってんの?渉、あの事、相当怒ってるみたいだね。香乃果さ、この間のこと渉にちゃんと謝った方がいいんじゃない?このままだと、渉を穂乃果に取られちゃうよ?」
やっぱり怒っているよね……
わかってはいたが、聖に言われて再認識するとちょっぴり凹む。同時に何も言わずに素通りされた事に対してなんだかイライラしてくると、意地っ張りな私はそこで張らなくてもいい意地を張りたくなってしまう。そして、隣でなんだか面白そうにしている聖に対しても沸々と怒りのようなものが湧いてきてつい大きな声が出てしまった。
「う、うるさい!私は悪くないもん!あれはわがまま言った渉が悪いんじゃない!な、なんで私が謝らないといけないのよ!」
「ふぅん。ま、いいけど……そういえば、渉、あの日は泣いてたけどね。次の日からケロッとして、あんな感じだよ。」
「あんな感じって…?」
「ウザいくらい“このちゃん”だったのに、一転して“ほの”って。それで、ここのところほのにベッタリ。」
渉はやれやれと首を傾げながらそう言うと、私の手を取り、校舎へ向かって歩き出した。
そうか、今は穂乃果にベッタリか…それだけ私は渉のことを傷つけてしまったのだろう。それともこの数日の間に何があったのだろうか。渉の気持ちを考えると胸がチリチリと傷んだ。
どうしたらいいのかわからないまま俯いて歩いていると、横の聖が此方に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でポツリと呟やいた。
「ただの喧嘩ならいいんだけどね…なんだかそれだけじゃない気がするなぁ……」
◇◇◇
私が初等部に上がった年のゴールデンウィークの初日。
普段忙しい父親達が、珍しく朝早起きをしてきたと思ったら、急に「たまには子供達と体を使って思いっきり遊びたい!」と言い出し、急遽隣の家族とお弁当を持ってみんなで一緒に近所の土手にピクニックに行くことになった。
午前中は、父親達とボール投げをしたり、鬼ごっこをしたり、土手滑りをしたりと思いっきり走り回って楽しく遊んだのだが、言い出しっぺの父親達がなんとも情けないことに午前中でバテてしまい、お弁当を食べた後は子供達だけで遊ぶことになった。
「あまり遠くには行かないようにね。」
父達はそう言うと、レジャーシートの上にごろんと横になった。
大人が離脱した後のリーダーは最年長の聖を中心に土手でかくれんぼをすることになり、始めに聖が鬼をやった。
「みんな隠れて。数えるよ、いーち、にーい、さーん…」
数を数える聖の声を遠くに聞きながら、見渡す限り拓けた土手下の広い原っぱをぐるりと見回すと、登れそうな程大きな木が見えた。私はその木にアタリをつけてそちらに向かって走ると、緑の原っぱの中に一部だけピンクの絨毯のように、一面薄いピンクの可愛い花が咲いている場所が見えた。
あまりの綺麗さに思わず立ち尽くしていると、いつの間に隣に来たのか、穂乃果の鈴を鳴らしたようなコロコロとした声が隣から聞こえた。
「うわぁ… ピンクのじゅうたんみたいね、お姉ちゃん。」
にこにこと可愛らしい笑顔でそう言うと、穂乃果は隠れ場所を探して走って行った。
その後ろ姿を呆然として見ていると、聖の声が聞こえた。
「もういいかぁーい?」
「ま、まぁだだよー!!!」
その声にハッとした私は、急いで隠れ場所の木の方に走った。
土手と言う拓けた場所でかくれんぼをするのは無謀だったようで、あれからそんなに時間も経たないうちにあっさりと全員見つかり、無謀なかくれんぼはあっという間に終焉を迎えた。
あまりにもあっさりと見つかってしまった為、鬼を変えてもう一度やるか、というと…
「ほの、別のことしたい!」
一番声の大きい穂乃果がそう言うと、他の年少組達も声を揃えて別の遊びがいいと言い出した。そうなると、次に何して遊ぶか、と言う問題が出てくる。
遊具もないし子供だけでできる遊びは限られており、土手滑りやボール遊びなどは大人が居ないと出来ないので、一度両親の所に戻ることにした。
両親の元に戻ると、春の暖かい日差しの中、大きな木の下の少し木陰になっている場所で、父親達は母親達に膝枕をして貰って気持ち良さそうに爆睡していた。
その様子を見て空気を読んだ年長者の聖が子供達の視線を逸らすべく、近くの土手の斜面の白くなった一角を指差して言った。
「あそこにシロツメクサが咲いてるから、みんなで花冠作ろうか。それで出来上がったら、大事な人とか気持ちを伝えたい人にあげる、どう?」
聖はそう言うと、私の方をチラリと見て片目を瞑ってウインクをした。
もしかして、これは聖が作ってくれた渉と仲直りする為のチャンスかもしれないなと思った。
「はなかんむりー!ほのも作りたーい!」
「よーし、じゃあ決まり。みんな行こう!」
穂乃果が楽しげに声を上げ聖の腕に絡み付いたのを見て、渉も負けじと穂乃果を追いかけて行く。
ちょっと癪だけど、此方に視線をやる聖にこくんと頷いた。それだけで、意図が伝わったことを理解した聖はにこりと笑みを浮かべて、穂乃果と渉を引き連れてシロツメクサが群生している場所へ向かってスキップしながら歩いて行った。
ふぅと一息付き横を見ると、おっとりしている優が置いてきぼりを食らったのかどうしたらいいのかわからないと言う表情でオドオドと立ち尽くしていた。
「うちらも行こっか。」
そう言うと私は優の手を取り三人の後を追った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる