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第一章
第17話 感情の所在
しおりを挟む夏休みが終わり新学期が始まると、またいつもの日常が戻ってきた。
そして、今日も相変わらず朝早くから朝練の為…と言うのは建前で、本当は香乃果達と通学時間をずらす為なのだが…まだ薄暗いうちに家を出る。
強い陽射しに照らされて暑かった夏も終わり、ようやく早朝晩は涼しくなってきたところだ。
とはいえ、学校に着く頃にはまだ9月ということもあり残暑が残っていてだいぶ気温も高くなってきていて、まだ何もしていないのにじっとりと汗ばんでシャツが張り付く感じが気持ちが悪い。
俺はクーラーの効いた更衣室を目指して、一目散に階段を駆け下りると更衣室に飛び込むと、背負っていたリュックサックを投げ捨てた。
汗で張り付いたワイシャツの前をはだけさせて火照った身体にパタパタと扇いで風を送ると、ひんやりとした空気が心地よくて思わず声が出る。
「ゔぁー……生き返るわぁ~。」
俺はそのままワイシャツを脱ぎ捨て上半身裸になると、冷たいスポーツドリンクをごくごくと飲みながら小上がりに無造作にどかっと座った。するとその衝撃で目が覚めたのか、既に着替えを終えて横になって寝ていた梶原が迷惑そうにもそもそと動いた。
「……ぅるさ、い…」
「お、悪い起こした?」
「…ん……てか、今何時?」
梶原は気怠げに上体を起こしてグググッと伸びをしながら心底眠そうに言うと、徐に俺の手からスポーツドリンクを奪い、喉を鳴らして飲んだ。
「もうすぐ6時45分。てかさ、お前いつもはやくね?一体いつも何時に来てんの?」
「…んー……大体6時過ぎにはいつもいる。」
「へ?6時って……それ、早過ぎじゃね?てか、ここで寝るならもう少し遅く来ればいいのに……」
「…まぁそうなんだけどね。家族が起きてくる前に家出たいから。」
梶原は苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、俺から奪ったスポーツドリンクを一気に飲み干し、空になったペットボトルをゴミ箱の方へ投げた。ペットボトルは梶原の手を離れると、綺麗な放物線を描くように弧を描きながらぽすんとゴミ箱に落ちる。
家族が起きてくる前って…
何か事情があるのだろうが……
そうは言ってもここは私立の学校だ。家族関係に問題があればここに通う事はないだろうし……
俺と梶原は最近ようやく友人らしく付き合えるようになっては来たとはいえ、流石にこういったセンシティブな話題に無遠慮に踏み込めるまでは打ち解けているわけではない訳で……
この場合、突っ込んで聞いてもいいものだろうか、それとも聞き流した方がいいのだろうか、正解がわからず閉口している俺をチラリと一瞥した梶原が一瞬寂しそうに顔を歪ませポツリと呟いた。
「ま、そんな事お前にはどうでもいいよな。」
「え?そんな事って……」
「じゃ、俺はそろそろ道場行くわ。」
梶原の言葉の意味が分からず聞き返そうとしたが、梶原はそれを軽くいなし深く息を吐いた後、サッと身なりを整えるとそれだけ言い残してさっさと更衣室を出ていった。
呼び止める間もなくひとりポツンと取り残された俺は、閉じられた扉を茫然と眺めながら喉まで出かかった行き場のない言葉を飲み込み、暫くその場を動けずにいた。
「瀬田じゃん。おはー。」
閉じていた扉が開き先輩や部員達が入ってくると、そろそろ朝練が始まる時間だ。漸く俺も重い腰を上げて更衣室から道場に歩を進めた。
剣道場に入る前に向かいの弓道場に視線を遣ると、的前に梶原が立っている姿が目に入る。
すっと伸びた背筋がやはり綺麗だなと思った反面、先程梶原がふと見せた寂しそうな表情が頭に浮かんできて、何だかやるせない気持ちになった。
◇◇◇
朝練が終わり着替えを済ませると、いつもの様に朝食を購入するため購買部へと向かった。
小さなコンビニの様な購買部は朝練終わりの生徒でごった返していて、俺は人混みを掻き分け何とか焼きそばパンとコーヒー牛乳を手に取り会計待ちの列に並んだ。
毎度の事ながら、朝練後のこの混み具合はなんとかならないものかと嘆息しつつも漸くレジで支払いを終えると、パンとコーヒー牛乳を手に廊下の方に目を遣る。
すると、ちょうど香乃果が深澤と連れ立って購買部の前を通りかかった。
ひと月ぶりに見た香乃果は肩までだった髪が肩下まで伸びて、しばらく見ないうちに何だか大人びた雰囲気になっていた。俺の目の前を通り過ぎるその横顔が綺麗で、不覚にもドキリと心臓が跳ね上がる。
「このっ…!!!」
俺の口から自然と香乃果の名前が溢れようとした時、香乃果の隣に立つ深澤と目が合い、ハッとした。
その時、深澤はこちらをチラリと見た後、隣の香乃果の頭を撫でると蕩ける様な笑みを向けるとワザと香乃果の表情が見える様に立ち位置を変えてきた。
そして、そこから見えた深澤に心からの笑顔を向けている香乃果の表情から、俺にはもう声を掛ける資格が無いことを悟った。
俺は何をしようとしていた?
場所も状況も弁えずにあろう事か香乃果に声を掛けようとした自分勝手な行動に呆れて嘲笑するしかない。
それと同時に、ジリジリと焼け付くような胸の痛みを感じたが、全て自分が招いた事なのだからと、俺は去り行く香乃果と深澤の後ろ姿を見送りながら、湧き上がって来る言いようのない感情の所在を探していた。
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