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第三章
第70話 覚悟
しおりを挟むそして、気が付くと俺はベッドで朝を迎えていた。
瞼は重く、喉が焼け付くように痛い。
どうやら泣くだけ泣いて、涙も声も気力も枯れ果てるまで泣いたら、いつの間にか気を失うように眠っていたようだ。
喉を潤したくてキッチンに向かう為のそりと重い体を起こすと、物音で俺のワーキングチェアには腕を組んだまま眠っていた兄が目を覚ました。
「大丈夫か?」
そう言うと、兄はスポーツドリンクのペットボトルを投げて寄こした。
「……だい、じょうぶ。」
俺はひりつく喉で絞り出すように答えると、受け取ったペットボトルを開けた。
そのまま、ごくごくと一気に飲み干すと、カラカラに乾いたスポンジのような俺の身体にぬるいスポーツドリンクがじわじわと染み渡っていった。
飲み終えてふぅと一息吐くと、兄が心配そうに訊ねた。
「何があったか、聞いても……?」
俺は軽くこくりと頷くと徐にデスクの側まで行き、ノートPCを開くと俺はそのまままたベッドへ戻り腰掛けた。
昨夜、香乃果のメールを開いたままの状態で閉じたPCは、電源ボタンを押すとすぐに復帰し昨夜の画面が表示される。
「……これ、香乃果から?読んでいいの?」
画面に表示された香乃果からのメールを見た兄は俺にそう問いかける。
俺が黙って頷くと、兄はわかった、と一言だけ言い、視線をPCの画面に移した。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
じっくりと時間をかけて香乃果からのメールを読み終えたのか、徐に兄が独り言のようにポツリと呟いた。
「Their situation is extremely complicated……か。」
「えっ……?」
「何でもないよ。しかし、ここまで拗れるとは……本当マジで穂乃果何してくれてんだよ。」
そう吐き捨てるように言う兄の声に顔を上げると、兄は苦虫を噛み潰したような顔をしていて、メールの内容を見た時にどう思ったのかは、目の前の兄の表情で何となく察する事が出来た。
「……ねぇ、聖兄。もうダメなのかなぁ。」
メールから感じた香乃果の思いが、俺の勘違いであって欲しい、そう願いながら兄に問いかける。
兄は何かを言おうと口を開き、しかし直ぐに何か思った事があったのか、目を瞑ると唇をギュッと結び口を閉ざすと難しい顔をして考え込んでしまった。
「聖兄……?」
恐る恐る声をかけると、兄はハッと我に返り目の前の麦茶を飲み干した後、ふぅと長い息を吐きながら顔を上げた。
「あ、あぁ。うん……ごめん。なんて言っていいかわかんないけど……状況的には厳しいかもね。」
兄の言葉に、兄もメールから俺と同じ事を感じたのだと理解すると、側頭部をガンと殴られたような衝撃を受け、目の前が暗くなった。
「やっぱり……」
呆然とそう呟くと、一瞬兄は痛々しそうな目で俺を見た後、一言言った。
「うん……今は、ね。」
「今は?」
俺が目を瞬かせると、兄はにっこり笑って頷いた。
「そう。今、は。」
「え、それは……どういう事?」
笑顔の意味が本気でわからなくて身を乗り出して訊ねると、兄は姿勢を崩して力を抜いた格好を取って答える。
「実はさ、香乃果にはアレの事話してないの。だから、誤解さえ解ければ……大丈夫だと思う。」
「誤解……を、解く?どうやって……」
「もうすぐ会えるじゃん。」
「え?」
戸惑う俺に兄は被せるようにゆっくりともう一度言った。
「だから、もうすぐ会えるでしょ?香乃果に。」
パッと顔を上げた俺と兄の視線が絡むと、兄は一呼吸置いて続ける。
「その時にちゃんと説明して、気持ちを伝える、それしかないでしょ。それでも五分五分……とにかく当たって行くしかないよ。」
兄の言うことはもっともだし、それしかないのはわかっているが、今までのすれ違いやこの状況を考えると、それでも最悪の事態が頭を過ぎり気後れして腰が引けてしまう。
「でも……それでダメだったら……」
俺の弱気な言葉に兄は心底呆れたような顔をして言う。
「そんなの今考えてもしょうがなくない?ていうか、ダメだったとしても何度だってぶつかっていくしかないでしょ。それともいっかいこっきりで諦めるわけ?」
「そ、それは……ない、けど……やっぱり不安で……」
どこまでも弱腰な俺の発言に、流石に温厚な兄の顔にも若干イラつきの色が見え始めた。
そんな兄は大きくひとつ溜息を吐くと、俺に言い聞かせるような口調で言った。
「はぁ……だったらさ、うじうじ悩悩んでないで少しでも香乃果の気持ちを取り返せるように何か考えた方がいいんじゃないの?時間は有限だよ?わかったらさっさと動く!」
◇◇◇
あれから1ヶ月、俺はなんとか落ちきってしまったメンタルを立て直し、伝えるべき事も伝える覚悟も決めた。
同時に、俺の気持ちを伝えても受け入れられないかもしれない事も……
例え俺に気持ちがなくても、受け入れられないと言われても、受けて入れて貰えるまで諦めるつもりは毛頭ないけど。
色々と覚悟が決まったからには、全力でぶつかるつもりだし、きちんと準備もしっかりしてきた。
それなのに、今になって不安に押し潰されそうになるとは……
俺は雑念を振り切るように、最終準備をする。
小一時間程で、トランクの中身の確認とパッキングが終わった。
あとは、手荷物として機内に持ち込む物を確認する。
パスポート、航空券、ガイドブックに翻訳機。
ハンカチにティシュに……
スマホに財布と両替したアメリカドルとカナダドル。
それから……
机の上にある小さなリボンの付いた小箱。
それらひとつひとつをボディバッグに詰めてジッパーを上げると、漸く出発の支度が終わり肩の力が抜け、眠気が襲ってくる。
俺はそのままベッドに倒れ込むようにして布団に入ると、余程緊張していたのかすぐさま眠りの国に誘われた。
そして、その夜、俺は香乃果の夢を見た。
幼い頃、一緒に花冠を作った時の幸せな夢を……
夢の中の香乃果は、幸せそうなはにかんだような笑顔を俺に向けていた。
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