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第四章
第72話 久しぶりのデート
しおりを挟む父との電話から約1ヶ月、漸く全科目の試験が終わり、昨日から試験休みに入った。
そして、今日は父と久しぶりのデート、それも、バンクーバーでは人気のアクティビティであるホエールウォッチング。
私は子供の頃から水族館が好きだった。水の中で泳ぐ色とりどりな綺麗な魚達はいつまでも見ていられたし、イルカやシャチのプールは観ているだけで癒された。
そのエピソードを知っている伊織パパが、私がバンクーバーに来てすぐ連れて来てくれたのが、市内観光ではなくホエールウォッチングだった。
船が港を出航してすぐに、魚を追いかけたアシカが船の横を通ったり、航路標識の上で寝そべって日向ぼっこをしていたりと、水族館では見られない野生の海獣達を見ることができた。
そして、船が沖に進むに連れて、どんどんと景色が変わり雄大な自然の素晴らしさを目の当たりにすると、なんだか自分が抱えている悩みなんてちっぽけな取るに足りないものだなと思えるようになった。
自然と涙が零れ、涙と共にひとつずつ心の澱が流れていき、心に抱えていた傷が癒されていくのを感じた。
心身ともに素晴らしい体験が出来て大満足だったのだが、ただひとつ心残りがある。
こんな事はなかなかない珍しい事らしいのだが、運悪くこの時のクルーズではクジラやシャチには出会うことが出来なかった事。
アラスカが近い事からバンクーバー沖には餌となる魚が豊富で、クジラも沢山の種類がいるし、定住しているシャチの群れもあるそうだ。だから少し沖に出るとすぐに、クジラやシャチに遭遇できる筈なのだが……
この時は遥遠くの潮吹き以外、全く見ることが出来なかったのだ。
と、言うことで、今回またホエールウォッチングを体験出来るチャンスをくれた父には心から感謝している。
前回港で出会えたアシカ達にまた再会出来る喜びと、今回こそは前回出会えなかったクジラ達に出会えたらいいなという期待を胸にして、待ちに待って迎えた今日の日。
楽しみ過ぎて迎えの時間よりもずっと早く目が覚めてしまった私は、気持ちが高ぶりすぎて二度寝する気にもなれず、そのまま起床する事にした。
父との待ち合わせは7時。
ホエールウォッチングの船の出航は9時。
バンクーバーの港から隣のバンクーバー島のビクトリア港を経由して、クジラやシャチで有名なトフィーノ沖まで行き、また戻ってくる3~4時間程度の船旅だ。
解散後は、シーフードの美味しいレストランを予約してくれたとの事で、実はそれも楽しみのひとつだったりする。
ベッドから降りると、いつものようにカーテンと窓を開けて深呼吸をする。
ひんやりとした早朝の空気を胸いっぱいに吸うと、少し気持ちも落ち着いてくる。
目を開けて空を見上げると、雲ひとつない青空、快晴である。
前回出会えなかったリベンジを果たすには持ってこいの天気だ。
気分が高揚して、ワクワクが止まらない。
壁の時計を見ると6時を過ぎた頃。
そろそろ支度を始めようと、部屋を出て洗面所に向かう途中、末っ子の恵也くんの部屋から毎朝恒例の「Wakey-wakey!」という可愛らしい声が聞こえる。今日の担当は聞こえた声から次女の美理亜ちゃんだとわかる。
洗面所で顔を洗って歯を磨いた後、恵也くんの部屋を覗き込むと、むにむにとむずがっている恵也くんと楽しそうに鼻歌を歌いながらカーテンを開けている美理亜ちゃんが目に入る。
微笑ましい光景に自然と頬を緩めて見ていると、こちらに気が付いた美理亜ちゃんが弾ける笑顔で飛びついてくる。
「Hi コノ!Good morning!」
「Mornig ミリー。」
美理亜ちゃんに挨拶をしていると、とてとてと末っ子で甘えん坊な恵也くんがやってきて、シャツの裾をツンツンと引いた。
「Pick me up…コノ。」
か、か、可愛い……
こてんと首を傾げ上目遣いでお強請りをする恵也くんにキューンと胸を撃ち抜かれ、彼の求めるままに抱き上げると、まだ寝惚けている恵也くんは私の肩に額をグリグリと押し付ける。
「Good morning, sleepy head.」
私の腕の中で幸せそうにうつらうつらする恵也くんの背中をポンポンしながら、美理亜ちゃんと手を繋いでそのままリビングダイニングへ連れて行くと、長女の真理亜ちゃんはリビングのテレビの前で知育番組を見ていた。
「おはようございます。」
恵也くんをダイニングのチャイルドチェアに座らせながら、キッチンで朝食の支度をしていた浬々ママにそう声をかけると、浬々ママはくるりと振り返りにっこり笑って挨拶を返してくれた。
「おはようコノ。今日だよね?お父さんとのお泊まりデート。」
「あ、はい、そうなんです。もうすぐ迎えに来るかと思います。」
そう、実は今日のデートはお泊まりなのだ。
先日の父からの日程連絡のメッセージには続きがあった。
『これは試験後のご褒美だよ。
積もる話もあるしたまにはゆっくりしたいので、ちょっと良いホテルを取りました。そちらの保護者には連絡済みなので安心して泊まりの支度してきてね。』
まさかホエールウォッチングだけでなくホテルまでとは思わず、初めこの文章をみて目玉が飛び出るかと思った。
そして、伊織パパと浬々ママに確認をすると、メッセージに書き添えられていた通り既に連絡済みで、ふたりからは「久しぶりなんだからゆっくりしておいで」と背中まで押されてしまった。
とはいえ……
この歳になって父とのお泊まりデートはちょっと照れくさいなぁと思っていると、オレンジジュースを片手にやってきた浬々ママが、テレビに釘付けなふたりの娘をダイニングに呼びながら私に訊ねた。
「お迎えは何時にくるの?」
「7時です。」
何となく気恥しさを感じつつ、オートミールを恵也くんの口に運びながら返事をすると、浬々ママはちらりと時計をみて「Oh!」と言って手を叩いた。
「それは大変!あと20分ないわね!じゃあ早く支度しないと!コノは…もう朝ごはん食べてる暇なさそうね。そしたら、車で食べられるようにお父さんの分と合わせておにぎり作っておくから。ほら、急いで!」
「あ、そうですね。ありがとうございます。」
そう言って手に持った恵也くんのスプーンを浬々ママに渡して立ち上がった。
「あ、動き易いだけじゃダメよ?ちゃんオシャレして可愛くしないと。」
浬々ママはスプーンを受け取りながらにっこり笑顔でそう言ったが、思ってもいなかったその言葉に思わず私は首を傾げた。
父と遊びに行くのにオシャレする必要性を感じないし、それに今日はホエールウォッチングなのだから、動きやすい軽装でいいと思っていたのだが……
「はは、父とだしTシャツとデニムで行こうと思ってました……」
乾いた笑いを零しながらそのまま思っていた事を口に出すと、浬々ママはやれやれと肩を竦めて言った。
「ダメダメ。例え父親でも異性と久しぶりに会うんだから、ちゃんとしないとね。メリハリって大事よ?」
「えと……そう、いうものですかね?」
「そそそ。そういうものよ。」
にっこりと嫣然と微笑まれて念を押されて……
これって半ば強引に衣装の変更を求められている!?
気が付いた時には既に遅く、プライマリーの最高学年の真理亜ちゃんに手を引かれ、クローゼットの前で着せ替え人形状態だった。
あーでもないこーでもないと選ぶことが1数分、結局、当初の予定のTシャツとデニムは辞めて、白のバルーン袖のトップスに胸下切り替えのふんわりとしたキャミソールタイプのピンクベージュのサロペットスカート、アウターはボリューム袖でショート丈のニットカーディガンを合わせる事で落ち着いた。
着替えを済ませ髪を軽く纏めると、荷物を持って部屋をでる。
リビングで待つ浬々ママから朝食のおにぎりを受ける時に最終チェックをしてもらったのだが、
「あらあら!コノ、とっても可愛いわぁ!」
「コノ、So Cute!」
と浬々ママだけでなく、真理亜ちゃんや美理亜ちゃんからも大絶賛の嵐で、出発前から恥ずかしいやら照れくさいやらでひと騒動だった。
そして、約束の7時の少し前、インターホンが鳴った。
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