【R18】初恋やり直しませんか?

夢乃 空大

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第四章

第93話 幸せから一転

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「香乃果。」


 お風呂後からの食べさせあいの食事が終わり、渉に背中から抱きしめられたまたふたりでベッドで微睡んでいると、渉がいつになく真剣な声で私の名前を呼んだ。

 私がくるりと振り向くと優しい眼差しで私を見つめている渉と視線がかち合った。


「香乃果。今まで色々あったけど、今すっげぇ幸せ。」


 渉ははにかむように笑ってそう言うと、私を抱きしめた。
 渉の背中に腕を回し渉の胸に頬を寄せると、渉は私の髪を梳くように頭を撫でる。

 幸福感に包まれほぅと息を吐く。


「うん。私も、辛いことも沢山あったけど、今、一緒に居られる事が幸せだよ。」


 言い終わると今までの事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 胸がぎゅっとなり、いつの間にか流していた涙を渉は指で拭うと、私を抱き寄せベッドに横たえた。


「香乃果、泣かないで。好きだよ。」


 涙で濡れる頬にキスを落とす。

 私を覗き込む渉の瞳がゆらゆらと揺れていて、ふと、なんだか渉も今にも泣き出してしまいそうだな、と思い、手を伸ばして渉の頬に触れる。


「渉だって……相変わらず泣き虫だね。」

「うっせ。これは嬉しい涙だから泣いてるうちには入らねぇよ。」


 口調こそ乱暴だけど、愛情を湛えた目を愛おしそうに細めて私を見つめると、頬に触れた私の手にそっと自分の手を重ね目を閉じた。


「なぁ、香乃果。ふとおもうんだけど、俺らさ、なんで許嫁になったんだろうな。」


 遠い目をしてポツリと溜息と共に漏らした渉の言葉に、私は一瞬固まった。


「……え?それってどういう意味?」

「どこからどう見ても犬猿の仲だった俺らなのに、両親ズはなんで俺らをくっつけようとしたのかなって思ってさ。」

「それは……」

「まぁ、そのおかげで……」


 苦笑いを浮かべながら言う渉の言葉の続きは、頭が真っ白になっていた私には届く事はなかった。

 遠くで渉が何かを言っているが、


 "なんで許嫁になったのか"


 その言葉だけが、グルグルと私の頭の中を回っていた。


 親が決めた事だ、とか、幼い頃の約束が……とか、色々と理由があったのだが、渉は何一つ覚えていなかったのだろうか。
 それとも、それ程までに当時、私と許嫁になるのが嫌だったのか。

 先程まで甘い時間を過ごしていたのにいきなり何を言い出すのか、と気持ちが急転直下した。

 心も身体も結ばれたのに?
 今更そんなこというのは何故?

 先程までの幸せな気持ちは消え失せ、マイナスな思考が心にぽとりぽとりと染みを作っていく。
 そして、気が付くと心が真っ黒に染まっていた。

 今にも叫び出してしまいそうだったし、渉の胸を叩いて思いっきり詰ってやりたかった。

 でも、いざやろうとすると身体が動かなくて、そんなこと出来なかった。

 代わりに出たのはたった一言だけ。


「私は嬉しかったんだけどな……渉は……」


 ……違ったのかな?


 ポツリと呟くと、私は渉へ投げかける言葉を途中で飲み込み口を噤む。
 言ったってしょうがない事だと、ふるふると顔を振ると、渉は、ん?と不思議そうに私の顔を覗き込んだ。

 目を閉じ深い溜息と共に当時へ思いを馳せると、意図せずポロリと口から言葉が零れる。


「…うん、そう、だったね。その頃の渉は、穂乃果が好きで……穂乃果と、付き合ってたんだもんね……私となんて、嫌だったよね……」

「この、か……?」


 言い終わると同時に涙が一筋零れた。



 ◇◇◇



 思い返せば、私と渉が許嫁になった一番大きな理由は、私達の両親…母親達だった。

 幼馴染で親友で、いつも4人で連んでいた両親達は、結婚してからも家族ぐるみで仲良しで。
 だから、自然と子供同士も仲が良くて、特に私と渉と聖はいつも一緒だったし、両親に将来は聖か渉のどちらかと結婚するんだよと言われていたから、私も自然とそうなるものと思って育った。

 幼い頃から私は渉が良かったのだが、何故か両親は初めは、私と聖を許嫁にと考えていたそうだ。
 だけど、幼い頃に行ったピクニックの日に、渉が私を望んでくれて、その日から両親公認の(仮)許嫁となり、そして、晴れて渉が中学生になった時に正式に許嫁になった、はずだった。

 幼い頃からずっと一緒で、誰よりも何よりも近くにいたのだから、恋愛よりも強い絆がある、私はそう思っていたし、許嫁となったのだから、これから渉と恋愛が出来ると胸を躍らせていたのだが……

 現実はそうはならなかったのだ。

 その頃の私達の関係は、幼い頃とは違い良好な関係とは言い難かった。
 会えば嫌味の応酬から口喧嘩に発展するような事も多々あったけれど、そこには家族や幼馴染としての情が確かにあったと思う。

 それが一転、許嫁になった途端、渉の態度は変わった。
 毎日の登校は別になり、こちらから話しかけても気の無い返事しかなく、嫌味も返してくれなくなった。

 そこには一切の情もないように感じられなくなる程……

 渉は私を拒絶して心を閉ざしてしまったのだ。

 それでも私は、未だに幼い頃の渉をそのまま引き摺っていて、距離が出来たことも心を閉ざしてしまった事も思春期真っ只中故の一過性の事と思い込んでいた。

 反抗期も落ち着いて来れば、少しずつその距離は埋まると信じていたし、私が耐えればきっと元に戻ってくれる、そう信じていた。

 今思えば、能天気にも程があるが……
 それ程まで、大好きな渉と許嫁になれたことがただただ嬉しくて堪らなかった。

 だけど、そんな私を待っていたのは、それまでよりも更に辛い日々だった。
 私が努力すればする程、日を追う事に渉の心は頑なになっていき、一向に歩み寄ろうとしない渉の冷たく冷めた態度に何度も心が傷付け折れられたか。

 それでも私は毎日めげずに声を掛け、ひたすら振り向いてもらえるように努力したのは、偏に渉を好きだったから、これからもずっと一緒にいたいからだったし、そのためなら今は辛くても頑張って耐えようと思っていた。

 それなのに……

 許嫁になってから1年程たったあの日、理由もわからずに一方的に拒絶されてしまい、抱いていた希望は早々に打ち砕かれてしまった。

 それからの日々は絶望の毎日だった。

 朝起きれば隣からの生活音で渉を意識せざるをえなかったし、顔を合わせたくなくて登校時間をずらせば母親から要らぬ詮索をされ、学校では校舎が同じなのでふとした時に渉が目に入る。

 辛くて泣きたくても、日中はまだ人の目があったからまだマシだった。だけど、夜になりひとりになるとダメだった。

 辛くて辛くて……
 痛くて苦しくて……

 急に淋しさが襲って来て毎晩辛くて泣いて過ごしていた。
 何度も泣きながらこの辛さを吐き出しいと思った。だけど、私達家族の関係を考えると、誰にも話せなくて苦しかった。

 渉から言われたのは『距離を置きたい』で、決定的に『別れたい』『許嫁を解消したい』と言われた訳でもなかった事、また、渉の両親からも許嫁解消等の話がきていなかった事、それらを鑑みて、相手も関係を精算するつもりはない事だけが救いだった。

 そもそも、未練タラタラな私からは、この出来事を親に話す事は出来なかった。
 でも、このまま行けば、恐らく許嫁関係は解消になるだろうし、いずれは話さないといけない事はわかっていた。

 何日も何日も悩んで……
 そうして、やっと母親に相談しよう、と思えた矢先、事件が起こった。

 夏休みに入ってすぐ、母親と穂乃果がショッピングに出かけた時だった。

 たまたま部活が早く終わって帰ってダイニングで麦茶を飲んでいた時、リビングのローテーブルの方からバイブ音が鳴っている音が聞こえて近くに行くと、ローテーブルの上に穂乃果のスマホが置いてあった。

 穂乃果がスマホを忘れていったのかな?と思い、スマホを手に取ると、次の瞬間電話がかかって来て見えたスマホの画面に私は言葉を失った。

 そこには頬を寄せ合いはにかんだ表情のふたりの仲睦まじいツーショット写真が表示されていたのだ。

 写真に写る渉の表情から穂乃果を想っているという事は明白で、その瞬間、頭を鈍器で殴られたようにガンガンと痛み、激しい動悸に襲われた。


 電話は1度切れまた直ぐにかかってきたので、私は震える指で通話ボタンを押した。


「……もし、もし…?」


 そう言うと、次の瞬間、穂乃果の可愛らしい声が受話口から聞こえた。


「あ、もしもし、お姉ちゃん?お姉ちゃんだよね?今外にいるんだけど、お姉ちゃんは家だよね?あぁ……良かった。ケータイ落としたかと思ってさぁ。」


 穂乃果は外出先でケータイが無いことに気が付いて、電話を落としたのではないか、と心配で電話したと言って笑った。


「家にあるなら安心した!お姉ちゃん、申し訳ないけど、ケータイを部屋に置いて来て貰える?」


 申し訳なさそうに言う穂乃果に

 どうして渉と?
 渉とはいつから?

 と、問い詰めてしまいそうだった。だけど、そんな事今聞いても仕方ないし、外出先で聞けるような状態でもなかった。

 私は気持ちを抑え込み、何とか平静を装いながら、わかった、とだけ答えた。

 そして、通話を切り電話を終えるとまたロック画面に戻り、ふたりのツーショット写真が表示されると、心が壊れてしまいそうになった。

 確かめたい。
 間違いであって欲しい。

 目の前のスマホのロック解除のボタンに指を当てた。

 どうせパスワードがかかっていて中を見ることなんて出来ない事はわかっていたのに、そんな事を思う程追い詰められていた。

 いくつかパスワードの目星は立っていたし、解除出来れば……

 思わずスライドしそうになったが、寸でのところでとハッと我に返ると、情けなくて涙が出た。

 勝手に人のスマホを見るなんて……
 やっぱりダメだ。

 私は手の中のケータイを握りしめると、ドロドロとした感情を押し込めるように深い息を吐いた。

 中を見たいと言う思いを打ち消すように頭を緩く振ると、私は穂乃果の部屋に向かった。
 そして、部屋入ると、スマホをコトリと穂乃果の机に置いて踵を返した。

 それで終わるはずだった。

 それなのに……

 その時、運命の神様は酷く残酷なイタズラを仕掛けたのだ。

 穂乃果のスマホからブルっと短いバイブ音が鳴り、机の上のスマホに視線を向けると、スマホの画面は先程と違う画面になっていた。

 え?ロックがかかっていない?
 いつもはロックがかかっているはずなのに……

 再度近くに寄ると、何故か穂乃果のスマホの画面はホーム画面に切り替わっていた。

 手が当たってロック解除ボタンをスライドしてしまったのか……

 スマホを机に置いただけ、それだけなのに、理由はわからないが、とにかく目の前のスマホはロックが外れていた。

 不思議な気持ちと同時に昂揚する気持ちでスマホの画面を凝視していると、ふと、机の引き出しがうっすら開いている事に気が付いた。

 ドクンと心臓が跳ねあがり、ドキドキと強く拍動している。
 見てはダメと心が警鐘を鳴らしていた。

 それなのに……

 見てしまった。
 そして、息が止まった。

 そこには見覚えのあるイニシャルの付いたイルカのキーホルダーがあった。

 それがお揃いのものである事に気が付くのにはそれ程時間はかからなかった。
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