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第四章
第94話 本当の気持ち
しおりを挟むイルカのキーホルダーが渉のリュックに着いていたものと同じものだと気が付いた瞬間、ズキリと頭が痛んだ。
そうだったんだ……
今思えば、スマホを忘れたのは態とだったのかもしれない。
それから、スマホのロックが外れていたのも、部屋にケータイを置くように言われたのも。
全て穂乃果の計画通りだったとしても、その時の私にはそんな事知る由もなくて、ただ、事実として、目の前にはロックの外れた穂乃果のスマホとお揃いのイルカのキーホルダーがあった。
覗き込んだホーム画面の待受には、頬を寄せ合っていたロック画面とは違って、恋人繋ぎをして繋がった男女の手が写っていた。
目の前の状況が受け入れられなくてグルグルと思考は定まらず、ドクンドクンと心臓は早い鼓動を打ち続けた。
ダメだ……
いけない……
そう思う気持ちと、真実を知りたいという気持ちがせめぎ合っていた。
そして、気が付く。
ふたりの腕にはお揃いのミサンガが巻かれている事に……
途端に、カッと頭に血が上る。
ふつふつと黒い感情が湧き上がってきて、僅かに残っていた良心や罪悪感は吹き飛んでいた。
気が付くと私は震える手で再度穂乃果のスマホを手に取り、アルバムを開いていた。
そのまま私はアルバムの写真のサムネイルをスクロールして確認した。
アルバムに家族との思い出写真の他に、渉単体の写真や一緒に写っている写真…明らかにふたりきりのデートで撮った写真が沢山あり、ショックを受けた。
それだけでもかなりのダメージがあったのだが、私の手は全部確認するまで止まらなかった。
アルバムを見終わると、次にメールBOXを確認した。だが、メールBOXには特に目欲しいものは何もなく、渉との主なやり取りはメッセージアプリだったようだ。
メッセージアプリを開くと、一覧のトップには見慣れた渉のアイコンがピン留めされていた。
緊張で手が震え、ドクドクと心臓が脈打つ。
これをタップして開ければ……
悩む事数分、結局私はアイコンをタップ出来なかった。
写真やお揃いのキーホルダー
それだけで私の心を抉るには十分で、それ以上確かめる勇気がなかったのだ。
ふぅと息を吐いて、私は穂乃果のスマホを閉じると、机に置いて部屋を後にした。
私も母親達も幼い頃の言葉を鵜呑みにして、嫌だと意思表示をしていた渉の気持ちを照れているだけ、嫌な態度も全部思春期のせいだとして見ないふりをしていたが、いつの間にか、渉と私の気持ちは違うものになっていたという事を、穂乃果のスマホを見て目の当たりにして、私は漸くそれを理解して絶望した。
そして、その絶望から目を逸らす為、私は当時想いを寄せてくれた彼に逃げたんだ。
渉の事を好きなままでいい、利用してくれて構わない、と言ってくれた優しい彼を私は浅はかにも利用するだけ利用した。
そして、私は最後の最後に、彼の気持ちを受け入れられなくて、傷付けてその手を離した。
あれだけ酷い事をしたのに、航くんからは今でもたまにメールが来ていて、未だに友人だと言ってくれている。
だけど、当時の事を思うと、結局の所、航くんに対しての罪悪感は今でも消えていない。
この状況で、果たして今のままの関係を続けていいのだろうか、とモヤモヤした気持ちがあるのも確かで……
まぁ、いちばんダメなのは私のこの中途半端な気持ちなのだが……
そういった私の中途半端さと私と渉のスレ違いが穂乃果や航くん、そして両親達まで巻き込んで、結果的にみんなを傷付けてしまったのだと思うと、胸がぎゅうっと締め付けられるように痛んで、痛くて痛くて仕方なかった。
思い出したくなんてなかったのにな……
当時…その頃は既に穂乃果が介入していたので、例えそれが渉の本当の気持ちじゃなかったとしても、少なくともその当時は私は嫌われていたのだ。
本心ではなかったと、聖の話を聞いて頭では理解をしたけれど、過去の事だから…とは割り切れないし、傷付いた分、まだ心の方は受け入れられないのだな、と改めて自覚すると、やり場のない思いが込み上げてくる。
ほんの少し前まで幸せの絶頂にいたのに、今は辛く悲しい思いに心が塗り潰されていた。
それにしても……なんでいきなりこんな話しなければならないのだろうかと、思ったらなんだかふつふつと渉に怒りが湧いてくると同時に気分は最低辺まで落ち込んだ。
正直、渉の意図が見えないし、この流れになった意味だって未だにわかっていないけど、その表情を見る限りではきっと私を傷付けようとか、そう言った悪意も他意もない事だけは理解出来たし、もしかしたら、本当は最初から会ったらこう言う話をするつもりだったのかもしれない、という考えが頭を過ぎる。
そう考えると、吃驚する程ストンと腹落ちした。
だけど、頭では理解できたけれど、気持ちはモヤモヤとしたまま。
あからさまにしゅんとして落ち込む私を見て、渉は慌て出す。
「香乃果?」
名前を呼ばれて上目遣いに腕の中から渉を見上げると、不安げな顔をしている視線とかち合う。
「ねぇ、香乃果。どうしたの?」
「……なんでもない……」
私がパッと視線を外すと、渉は慌てたように眉根を寄せて心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「なんでもなくないでしょ?」
「なんでもないってば。」
無自覚な渉の言葉にだんだん悲しくなってきて涙が滲んできた。
渉はオロオロしながら私の顔を両手で包み込み困ったように言った。
「泣いてんじゃん。なんもなくないでしょ?俺、なんかした?」
「なんで許嫁になったんだろうって、さっき。渉は穂乃果と付き合ってたし、私と許嫁なんて嫌だったんだよね?」
溜息ひとつ落として言った私の言葉に渉は瞠目すると、私を抱き寄せくるりと身体を反転させて渉の方へ向き直させる。
「え、え、なんで?!なんでいきなりそんな事言うの?!」
渉は私の肩に手を置くと、慌てたような口調でじっと私の顔を見据えて言った。
「なんではこっちのセリフだよ。渉がいったんじゃん……なんで許嫁にって……」
渉は私の言葉を聞いて一瞬ぽかんとした顔をした後、即座にハッとした顔をすると、否定するようにブンブンと手を顔の前で振りながら慌ててる。
「いやいやいやいや!!!それ、そういう意味じゃなくて……」
「じゃあどういう意味よ?」
私は渉の言葉を遮ると、肩に置かれた手を払いジト目で睨めつけた。
渉は低く唸るような声を上げると、バツが悪そうにガシガシ頭を掻きむしって言う。
「……確かに、あの時は勘違いして、ほの…穂乃果の事が好きだと思い込んでたから、なんでって思ってたけど……」
「ほら、やっぱりそうなんじゃん。」
自分で言わせておいてショックを受ける。
やっぱり渉は穂乃果の事を想っていた……
わかってはいたけれど、ハッキリと本人の口からそう言われると、思っていたよりもかなりの衝撃で、涙がポロポロと零れた。
「いや、だからね!そうじゃなくてさ!ちゃんと聞いて?!」
渉は吃驚して一瞬ギョッした後、直ぐに私の顔をクイと持ち上げて、真剣な顔で私を見つめて、ハッキリと告げた。
「俺が言いたかったのは、逆の意味!あんなに仲の悪かった俺らをあの時、両親ズが約束通り許嫁にしてくれてよかったって、今ではそう思ってるって事を伝えたかったの!俺の言ってることわかる?!」
渉の必死な勢いに押されえ、私は泣きながらコクコクと頷くように縦に振った。
「あとね、穂乃果とは……あの…付き合ってなかったから!それだけは信じて?」
私の両肩をガシッと掴み真剣な瞳でじっと私を見つめると、食い気味に言った。
渉の言葉は嘘ではないと直感でわかった。
だけど……
じゃああの時のツーショット写真は?
お揃いのミサンガやキーホルダーは?
聞きたい事が沢山あって、それを素直な気持ちで受け入れる事が出来ずにいた私は、つい可愛げのない返事をしてしまった。
「でも…好きだったんでしょ?ほののこと。」
私は言い終わると、口に出した事を若干後悔した。
過去の事とは言え思い出すとどんどん惨めな気持ちになり、気持ちも落ち込んでいった。じわじわと涙がせり上がってきて視界が揺れる。
「ご、ごめっ……なんでもないの。可愛くないこと言ってごめん。」
私はくるりと渉に背を向けると、感情の収めどころがわからなくなって声を殺して泣いた。
だけど、渉の前でなんでもないという言葉は何も意味を成さなかったのか、ポロポロと涙を零す私の背中を渉は優しく摩ると、ふわりと抱きしめた。
「香乃果…こっち向いて?」
渉は困ったような懇願するような…そんな声で私の名前を呼んだ。
「なぁ、香乃果…お願いだから。」
耳元で吐息とともに再度名前を呼ばれ、身体をくるりと反転させられる。私がふいっと顔を逸らすと、渉は今にも泣き出しそうな瞳でじっと私を覗きこんできた。
「泣かないで…香乃果。ちゃんと話すから。」
「わかってるよ!渉のせいじゃないって……だけど…わかってるけど……でも、やっぱり、あれは渉の本当の気持ちだったんじゃないかって考えちゃうの!穂乃果が愛されてて、私は嫌われてたって考えちゃうの!」
感情のままそう告げると、私はリネンを掴むと頭から被って、声を上げて泣いた。
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