魔力のいらない世界であなたと

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1章

5話

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ようやく手を離してもらうと変わった服を渡された。
ありがたく受け取るがこれはどうやって着るのだろうか。
生地が厚めのチュニックのようだが頭を通せる所がない。

「どうした?」

「すみません...。着方がわからなくて....」

「あ?嘘だろ?」

「ここに腕を通すのはわかるのですが頭は何処に....?」

「.......貸せ。着せてやる。とりあえずここに腕通せ」

言われた通り腕を通すとすっぽり被せられ視界が暗くなる。
頭を押されたと思ったら視界が元に戻った。

「えっ!?」

着せてもらった服は少し大きめで袖からは指先しか出なかったが、それよりも通る筈のない所から頭がでた方が驚きだ。

首元を触っても破れておらず、あろうことか伸びた。

「当たり前だろ。ゴムなんだから」

「ゴム....?」

ズボンと下着もゴムというものでできているようで少し大きめのサイズにもかかわらず腰紐がなくともずり落ちたりしなかった。

引っ張ったりして服をまじまじと見ていると視界の端で男性が顔を背けたのが見えた。

その行動で未だ名乗っていなかったことに気づき慌てて腰を折る。

「名乗るのが遅れてしまい、大変申し訳ありません。私はミーファ・クロエルと申します。この度は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます」

「そんな畏まらくていい。俺は進藤律しんどうりつだ」

「シンドウリツどの、でよろしいでしょうか?」

「...律でいい。敬語もいらん」

でも、命の恩人を呼び捨てにするのは躊躇われる。歳も私よりは上だろう。

「....では、リツさん、と呼ばせて頂きます。話し方は癖のようなものですのでご容赦ください」

「好きにしろ。それより身体は大丈夫か?」

「あ、はい。下半身に多少違和感はありますが他はなにも。リツさんが治してくださったのですか?」

「あー?俺が治せる訳ねーだろ。ってか違和感の原因俺だぞ。昨日のこと覚えてないか?」

違和感はリツさんが原因?昨日のことって....。え、待って...、そういえばさっきの夢の前にとんでもない夢も見たような気が....!

「あ、あれは夢では.....」

「ねえな。悪い。覚えてなかったなら夢ってことにしときゃよかったな」

即否定されて顔がかあっと熱くなる。

「す、すみませんっ、てっきり夢だと...!見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありませんっ」

夢だと思っていたのに現実だったなんて....!
確かに生々しかったけど....!
感触を思い出してしまいさらに顔が熱くなる。

「全然見苦しくなんてなかったけど?むしろすげーよかった。でもハルトってやつじゃなくて悪かったな」

「も、もう忘れてください.....」

一刻も早く記憶を消去してほしい。
あの時の私はどうかしていたんです。

「ふっ、無理だな。それより身体大丈夫なら風呂入るか?その間にメシの用意しとくし」

「あっ、いえ。そこまでお世話になるわけには....。ただ、ご迷惑でなければ私が倒れていた場所まで案内してほしいのですが...」

「それはかまわねえが....」

私の顔を見て考え込んでしまった。
なにか不都合でもあるのだろうか。

ちょっと待ってろ、と言ってまた奥へと行ってしまった。

「やっぱ輪ゴムしかねえわ。ちょっと痛いかもしんねーけど我慢しろよ」

言っている意味がわからず首を傾げるとリツさんはふっと視線を逸らした。

「コレ、地毛なんだよな?」

近づいて来たと思ったらすっと髪をすかれる。

「....はい」

「勿体無いが目立つから結ぶぞ。後ろ向け」

「はい?」

先程からなにを言っているのか理解ができない。
勿体無い?こんな髪色、嫌忌の対象でしかないのに。

肩を掴まれくるっと後ろを向かされた。
髪を纏める手が時折頸を掠め、その度にぴくりと反応してしまう。

髪を誰かに結んで貰ったことなど初めてだ。
しかも痛くしないよう気遣ってくれているのがわかるほどの優しい手つきでどうしても緊張しまう。

「うっし、あとこれも被ってろ」

そう言って頭に何かを被せられた。

「これは...?」

「ただの帽子だ。取るなよ」

取るなと言われたので触って形を確認するが随分と変な形をしていた。
頭の方は高さがほとんどなく、前に出っ張りがある。
これは何のために被るものなのだろう?

確認する前に歩き出してしまったため大人しく後に続く。
だが、歩き出した直後にピキっと腰が痛み、咄嗟にリツさんの背中にしがみついてしまった。

「す、すみません」

「....いや、大丈夫か?」

「大丈夫です。少し驚いただけなので」

歩けない程の痛みではない。

外は寒いからと外套を渡されたがまだ底冷えするような寒さではなかったはずだ。
だがリツさんが扉を開けた瞬間、冷たい風がびゅうっと入ってきた。

「!?」

「うー、今日は風が強いな。帽子飛ばされないように押さえとけよ。寒くないか?おい、ちゃんとコート着ろよ」

リツさんがいろいろ言っていたがあまり頭に入ってこない。

こんなに一気に気温が下がるなんて....。
これも魔物の暴走スタンピードとなにか関係が....?
それに火を焚いている様子もなかったのに部屋の中が暖かすぎる。

ぐるぐると考えていると腕を引っ張られたので、考えるのは一旦中断した。

外へ出ると見たことのない光景が広がっていた。

な、んだ...、これは....。

四角い形をした建物が所狭しと並んでいる。
木々はほとんどなく、見える範囲に森もない。

「おい、行くぞ」

再び腕を引っ張られたが異様な光景に目が離せなかった。

混乱するなか、さらに扉が自動で開いたように見え目を見開く。

扉の先は行き止まりだ。
それなのにリツさんは扉の向こうへ進んでいく。
腕を掴まれているので当然私も後に続いた。

この後はどうするのだろうか。
天井を見てみるが進めそうな道はない。

すると、後ろで再び扉が自動で閉まりぎょっとした。

閉じ込められた!?

「あのっ、リツさん、これは....わっ!」

突然動き出し、咄嗟にリツさんの腕をぎゅっと握ってしまった。

「あ、エレベーター苦手だったか?」

「エレベーター...?これは...自動で下に移動しているのですか...?」

「もしかして乗ったことないのか?どんだけ田舎から来たんだよ」

田舎....ではなかった筈...。
ここはおかしい。何かがおかしい。
脳が警鐘を鳴らす。

反射的に左腰に手を当てるがいつもそこにある筈の物がない。

っ!しまった!

「リツさん!すみません、私の剣を知りませんか?」

「剣?....あー、そういやあ鞘はあったな。取りに戻るか?」

「....いえ。大丈夫です」

鞘だけあっても意味がない。
それにもう一度この箱のようなものに乗るのも躊躇われた。

けれど武器がないのは心許ない。
体術の心得は多少あるが魔物相手には圧倒的に不利だ。

リツさんはこの辺に魔物はいないと言っていたし、それを信じるしかないか...。
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