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第一章 遭難編

第9話 襲撃 宣教という名の奴隷狩り

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解熱剤や栄養補給剤が功を奏したのか、ピンターは徐々に回復し、3日後には、いつものピンターの笑顔が戻った。

ピンターの笑顔が戻ると、暗かった家の中に灯りが灯ったようだった。

「ピンター、元気になって良かったな。」

俺が語り掛けるとピンターは

「兄ちゃんが、薬もってきてくれたんだよね。」

「そうだな、薬が効いたな。」

笑顔で俺が頷く。

「いや、そうじゃないだろう。あの時、ソウの手が光った、あの光はクトカン様の出す光と同じだ。」

とブラニさんが話に入ってきた。

「ソウには、クトカン様と同じ力があるのだろう。」

クトカン様の力?俺にはそんなものないはずだが・・

「しかし、ピンターが助かって良かった。全てソウのおかげだ。ソウは我が家の神様だよ」

「そんな大げさな、ブラニさんこそ俺の命の恩人じゃないですか。」

俺はブラニさん一家に恩義を感じていたし、ピンターが助かったのは心から嬉しかった。

ピンターが病気から生還したこと、俺がクトカン様のような力を発揮したことは、狭い村にあっという間に広まった。

俺は、ピンターが治ったのは、AEDや解熱剤の効果だと思っていたが、実際は違っていた。

ある時、腕を骨折した村人が俺の元に現れて、治療をせがんできたので、傷薬を渡そうとしたところ

「神の加護を与えて下さい。」

と無理な要求をしたのだ。

クトカン様の治療は「神の加護」と言うらしい。

そんなことができるはずもないと思いながらも、試しにピンターの時と同じように両手をかざして

「この人の怪我を治したい。」

と念じたところ、驚いたことにピンターの時と同じように、両手が輝いて、その光が怪我した部分を覆った。

そして怪我が治った。
それ以降、何人かの怪我を治療したところ、俺は村人から

「ソウ様」

と呼ばれるようになり、更には女性人気も上がったようだ。
そして俺は、現実を見つめなおした。
遭難からの出来事、特に

『二つの月』
『大ウミヘビや大カマキリ』
『現代文明が存在しないこと』
『俺の不思議な治癒能力』

これらのことから考えると、ここは、やはり異世界だ。

 もう一つ忘れていた。

『俺が男前だと言われ、女性にもてること』

これら全てを総合すると、おそらくここは俺が居た世界とは異なる他の世界だろう。

漫画や小説にある、異世界への移転が実際に起こったのだ。

どうしてこの世界に迷い込んだのかは、わからないが、原因は飛行機が巻き込まれた、あの赤と青の渦だろう。

あれが何かわかれば、もしかしたら元の世界へ戻れるかもしれない。

ヒナ達と合流して、いつか元の世界、日本へ帰ろう。
そんなことを考えていたところ

「ソウ様、神殿へ、お礼に行きませんか?」

ブルナが声をかけてきた。

「ブルナ、お願いだからソウ様って呼ぶのをやめて、他人みたいで嫌だ。ソウって呼んで。」

ピンターを治療して以来、ブルナまでが俺のことを様付けで呼び始めた。

「いえ、ソウ様は、神の加護の持ち主です。呼び捨てに出来ません。」

呼び名を変えそうにない。

「神殿って何よ、何処にあるの?」

「月の神の神殿は、裏山の頂にあります。ピンターを助けてくださったお礼に今から参拝するので、ソウさまもご一緒にと思いまして。」

と少し顔を赤らめた。

じつはブルナは、俺に好意を持っているらしい。
ピンターから聞いていたし、日ごろのブルナの態度をみれば、鈍い俺でも少しは感じることができていた。

常日頃ブルナの視線を感じるし、俺がそれに気づいてブルナの方を見ると、ブルナは顔を赤くして視線を逸らすことが何度もあった。

これって、あれだよね。漫画なんかのシチェーション。恋する乙女の描写だと思うのだが

俺は、女性に好かれたことが無かった、・・たぶん。
もてたことが無かったのでピンターから

「ブルナねえちゃん、兄ちゃんのこと好きだよ。」

と聞かされた時、半信半疑ではあったが、とても嬉しかった。

誰かに好かれるのは嬉しいし、特に美少女から好かれて嫌な思いをする男はいない。

ただ気になるのはピンターが

「ねえちゃんブスだけど、心は優しいからね、お願いね。」

と言ったことだ
ブルナがブス?とんでもない。
ブルナは目鼻立ちが整った美少女で、大きく黒い瞳がとても神秘的な魅力ある女性だ。
ブスなんて、とんでもない。

「一緒に行くよ。」

俺がブルナに返事をしたら、ブルナは、とても嬉しそうだった。

ブルナと連れ立って裏山に登り、結構大きめの神社といった感じの建物にたどり着いた。

村から神殿まで歩いて30分程度だ。
ブルナの説明によると、この神殿は「月の神の神殿」で、村人たちは月の神を信奉しているそうだ。

 月の神は

『マザー』

と言うらしい。

ブルナが神殿に向かい、膝をついて祈りを捧げ始めた。
俺も真似をして膝をつき、両手を合わせて祈った。

「ピンターを助けてくれて、ありがとうございました。」

二人で祈りを捧げた後に帰ろうとして、村の方向を見た時、村の沖合に大きな船が何艘か見えた。

ブルナも俺と同時に船を見つけたらしく少しの間、目を凝らして船を見ていたが、突如

「大変、村に知らせなければ。急いで!」

と山道をかけ降り始めた。
山道を降りる途中、村の広場に設置された鐘が激しく鳴った。

(何?どうしたの?)

「ブルナ何?」

「たぶん、奴隷狩りの船です。」

奴隷狩り?この世界には奴隷制度があるのか?
俺達が村に辿り着いた時には、すでにあちこちの住宅が炎に包まれていた。

村の広場では、金属製の鎧や盾、槍や刀を装備した兵士が村人を一か所に集めているところだった。

俺とブルナは、建物の物陰から、ブラニさんたちを探したが姿はなかった。

広場の周辺には、何人かの村人が血を流して倒れていた。

広場を迂回してブラニさんの家に着いたところ、ちょうどブラニさんが、ピンターを抱えて、ラマさんと共に、家を出てくるところだった。

「ソウ、ブルナ、無事だったか、早く逃げるぞ、」

「はい。あいつら何です?」

「あいつらはゲラン人だ。俺たちを家畜以下だと思っている。」

詳しいことは分からなかったが、ともかく敵が攻めてきたということは理解できた。

俺はブラニさんに続いて山沿いを走り、村落の東側にある入り江に向かった。

普段は、村落のすぐ北にある港を使っているが、非常時のために東の入り江に船を隠しているそうだ。

 「とまれ。抵抗するなよ!」

雑木林を抜けて、海岸線へ出ようとした時、そいつらと出くわしてしまった。
上半身を鎖帷子で覆い、金属製の兜、盾、剣か槍を装備した戦士と思わしき人が約5人。
その中の何人かは、青い月の文様が入った旗を掲げている。

「全能の神ヒュドラ様の名において命じる。その場に跪き、祈れ、そして我らに従え。」

兵士ではなく、神官の服のように見える着衣を身に着けた男がそう告げた。

「くっ、」

ブラニさんは、周囲を見渡した。
ブラニさんと俺だけなら、逃げることのできる間合いとスペースがあるが、ピンターやラマさんは逃げきれないだろう。

「わかった抵抗しないから乱暴するな。」

ブラニさんはそう告げながら俺の耳元にささやいた。

「隙を見て逃げろ、できればブルナとピンターを頼む」

そう告げて神官に向かって歩き始めると

「今だ。」

と言いながら、神官に体当たりをした。

(え、え、どうしよう・・・)

狼狽したが、ブルナとピンターの手を取って元来た道へ引き返した。

「ぐあー!!」

ブラニさんの悲鳴に振り返ると、ブラニさんのどちらかの腕が宙を舞っていた。
切られたようだ。

「とうちゃん!!」

ピンターが叫ぶ、

「早く行って!」

ラマさんが追いかけてくる兵士に立ち塞がるように、手を広げた。

「かあちゃん!!」

俺は、母親にすがりつこうとするピンターを抱えてブルナと共に走り始めた。

ブラニさんとラマさんが、命をかけて時間を作ってくれたおかげで、一度は兵士たちの追跡から逃れた。

村へ戻ったが村中兵士だらけ。
裏山に隠れようと参道に入ったところで、先ほどとは別の兵士達に見つかってしまった。

兵士は5人組で、顔立ちはいずれも西洋風、瞳は青く鼻は高い。

「お、ガキだ。捕まえとくか?」

兵士の一人が、他の兵士に言った。
島の言葉ではない。
逃げようかとも考えたが、子供連れでは逃げ切れないと判断して投降することにした。

「逃げません、抵抗しませんから乱暴しないで下さい。」

その場に跪いた。
ブルナもピンターもそれにならって跪いた。

「お、こいつ異教徒のくせに、ゲランの言葉がしゃべれるぞ。」

一人の兵士が近づいて来て俺を嘗め回すように俺を見た。
兵士の言葉は島の言葉とは違うが、なぜだか俺は理解ができた。

れいの「言語理解スキル」のおかげだろう。

兵士のうち、ずんぐりむっくりの体形の男が、ブルナに近づき、いきなりブルナの胸を鷲掴みにした。

「キャー、イヤー!!!」

ブルナが悲鳴を上げた。

「異教徒にしては良い体だし、いい声で鳴く。ブフフ」

その男は下卑た笑い声を上げた。

「ねえちゃん泣かすな。」

とピンターが、その男に体当たりした。

「なんだ?家畜が何か言っているぞ、家畜の言葉は、わからねぇよ。」

と言いながらピンターの腹を蹴り上げた。
ピンターは、その場で悶絶した。

「ピンター」

ブルナが涙をボロボロこぼしながらピンターに駆け寄る。
俺は、生まれて初めて他人を

『殺したい!!!』

と思った。
しかし、その前にピンターだ。
ピンターを抱き上げて兵士達に背をむけ、兵士たちに気が付かれないように注意をしながら「神の加護」でピンターを癒した。

「ピンター苦しい真似をしていろ。」

ピンターに小声でそう告げた。

何故かわからないが、「神の加護」を兵士たちに知られたくなかった。

「その位にしとけ、ヒュドラ様の奴隷を傷つけるな。」

隊長らしき男がそう言った。
俺たちは後ろ手に縛られて、村の広場まで連れていかれた。
広場には、多くの村人が集められていた。

しかし、ブラニさんとラマさんの姿は見えない。

「聞け、異教徒達よ。」

神官風の男が、村人を前にしゃべり始めた。

「お前達は、これから異教徒の身でありながらヒュドラ様のしもべとなって働く栄誉が与えられる。大人しく我らに従うのだ。」

と言い、部下の一人を見てあごをしゃくった。

「ダニク、成人の男から順番に処理しろ。」

「はい、聖なるグンター様、おおせのままに。しかし人数が多いので神石を使ってもよろしいでしょうか。」

「まかせるが、無駄使いするな。」

「はい。」

ダニクと呼ばれた男は、顔中に入れ墨のある不気味な雰囲気の男だった。
ダニクは縛られた村人の一人に近づくと

「聖なる青い月よ、我に力を与えたまえ、ドレイモン。」

と、なにやら呪文を唱えた。
呪文を唱えられた対象の村人には一見何の変化もなかったが、よく見ると右手首に腕輪のような形で、黒い入れ墨が入っていた。

同じように村人数人に呪文をかけた時にグンターが

「試せ。」

と一言発した。

「はい。」

ダニクは、すぐに答えて村人二人に対して

「殴り合え。」

と島の言葉で命じた。
村人は、ダニクの声にすぐ反応して、本気で殴り合った。
片方の村人が気絶したのを見て。

「止めろ。」

と村人に命じた。
止めさせなければ、死ぬまで続けていたかもしれない。

気絶してない方の村人は、

「ああ、ドリゴ・・」

涙をボロボロ流していた。
倒れているのは友達のようだ。

「よろしいでしょうか?」

ダニクがグンターを見た。

「相手を心配しているぞ。かかりが浅いのではないか?沢山いるのだ、一人くらいかまわない。やれ。」

「はい。」

ダニクは立っている方の村人に対して

「弱い方はドリゴというのか?友達か?」

村人は答えた。

「はい。もう許してください。手当させてください。」

涙ながらに訴えた。

「そうか、ドリゴを殺せ。」

と言いながら短剣を村人に渡した。

「い・・・」

村人は、嫌だと言いかけたようだが、言葉にならず、苦悶の表情を浮かべながらグンターから短剣を受け取った。

短剣を受け取った村人は、ぎこちない動作で倒れたドリゴを、またいで腰を下ろし、逆手に握った短剣をゆっくりと、ためらうようにドリゴの胸に充てた。

その時ドリゴは胸の違和感に気が付いたのか、目を覚まし、自分の胸を刺そうとしている村人の手を下から握り、あらがおうとした。

「タマン、止めろ。何しているんだ、止めてくれ。」

短剣を持たされた男は、「タマン」というらしい。

「止まらないんだ、止められないんだ。」

タマンはそう言いながら、ドリゴの胸に短剣を沈めていった。

「やめて、死ぬ、死ぬ、死んでしまう。」

自分の胸に、ゆっくりと沈んでいく短剣を見ながらドリゴは必至に抵抗した。

「ごめん、ドリゴ、ごめん。ぁぁぁっぁ」

『ピシュー』

血の噴水がタマンの顔にかかる。
ドリゴの動きが完全に止まった。

「ぐあーああぁぁぁ」

苦悶の表情のタマンは、自分の喉に短剣を押し当てようとする。

「自殺は許可しない。」

ダニクが命じた。

タマンの表情は人形のようになった。

「いかがでしょう。」

再びダリクがグンターを見た。

「いいだろう。」

そういってグンターは神官服を翻し、その場を去った。
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