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第二章 奴隷編

第14話 イツキ 杉下樹

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ヒナ達は、飛行機が不時着した島の北側の港町にたどり着いていた。

港町へ来る途中で出会った、アランという宣教師の説明でヒナ達の飛行機が不時着した島はブサラ島という名称だということを知った。

他にも

ブサラ島を含め、この付近一帯は、ゲランという国の植民地だということ。

どうやら、この世界に日本が存在しないこと。

ヒナ達の世界にあるような化学文明は、存在しないということ。

この国にはヒュドラ教という宗教があって、それ以外の信仰は異教徒として認定されること。

異教徒として認定されれば、奴隷以外に生きる道がないこと。

等、ある程度の知識を得ていた。

「日本が存在しないというのは、確定的な事実ではなかったし大陸に渡れば、もしかすると日本の事を知っている者がいるかもしれない。」

アランのその言葉に少しの希望を託して、大陸へ渡航することを決断した。

更にアランの助言で、まず、ヒュドラ教に帰依し、信者になってからでないと大陸に渡れないと判断して、今港町の教会へ向かっている。

木村や清江をはじめ、ほとんどの生徒が生きぬいて日本へ帰るために、ヒュドラ教に入信する決意を固めた。

しかし、生徒の中の一人「篠原喜美代」だけは、ヒュドラ教への入信をかたくなに拒んだ。

篠原は、カトリック教徒だった。

「先生、私、死んでも自分の信仰を捨てることができません。」

「でも篠原さん、形だけでいいのよ?日本へ帰れば元の信仰を守ることができますよ。」

清江が篠原を説得する。

「篠原、さっき見ただろう?紐で縛られて船に乗る奴隷の人たちを、あんなふうになりたくないだろ?」

木村もキミを説得する。

「良いのです。私、主を見限るくらいなら奴隷になります。」

篠原は、恍惚とした表情をしている。

「何よ、このクソ女。神に身を捧げる自分の姿に酔ってやがる。なーにが『良いのです。』だ。よかねぇよ。お前が奴隷になるのは勝手だけど、お前が奴隷になったら木村もキヨちゃんも、前へ進めないだろうが、わがまま言うな、クソ女。」

キリコが啖呵を切った。

「え、え?」

篠原は、目を丸くした。
図星だった。

篠原喜美代は、信仰を守ろうとする自分の姿そのものに酔いしれていた。

「篠原、お前、奴隷って何するか知っているか?女は大抵、娼婦だぞ。娼婦。男相手にあんな事や、そんな事、お前に出来るのか?娼婦。」

リュウヤが追い打ちをかけたことで、篠原は何も言えなくなった。

「一緒に行こう、な、篠原」

篠原は、無言で頷いた。
木村は心の中でキリコとリュウヤに感謝した。

アランが、先導して教会で神父に面会した。

アランから説明を受けた神父は、ヒナ達一行に対して順次洗礼を行い、大陸の協会本部への書状をくれた。

アランの進言で、教会へのお布施も忘れなかった。
お布施は、金貨10枚だった。

教会へ来る前にヒナ達一行は、港の南側にある街へ行き、生徒たちが持っていた腕時計や、アクセサリーを換金していた。

嫌がる生徒もいたが、生徒全員の持ち物をグループの共有財産として、木村と清江が管理し、必要な時に換金するという話し合いができていたのだ。

換金した現地の金貨は総額300枚、金貨10枚が街の人たちの平均月収らしい。

その日は街中の宿屋へ分散して宿泊した。

「ヒナ、ソウ君のこと考えているの?」

宿の中の一室でウタがヒナに話しかけた。

「うん。さっき港でソウちゃんが居たような気がして、そのことが頭から離れないの。」

「大丈夫よ、きっと生きている。ソウ君が死ぬわけないっしょ。」

「そうね。」

ヒナに少し笑顔が戻った。

「ところでヒナ、あんたアキト君に気があるでしょ。」

突然のコイバナ

「なによ、突然。そんなことないわよ、そりゃアキト君かっこいいけど、私、そんなんじゃないわ。」

ヒナは少し恥じらった。

「あ、やっぱり、でもね、アキト君、良い噂ばかりじゃないから気を付けてね。」

ヒナは首をかしげた。

「え、どういうこと?」

「悪口になるから滅多なこと言えないけど、何人もの女子生徒に手を出してるって噂よ。」

アキトは生徒会長で、品行方正、スポーツ万能のイケメン。

ヒナには、そんな認識しかなかった。

「それ、噂でしょ。噂」

「うん、噂だけど、火のないところにナントカね。」

ドンドン♪

ドアがノックされた。

「はーい。誰ですか?」

「俺、俺、ヒナ、ウタ、開けてくれ。」

レンの声だ。
ドアを開けるとレンとイツキが居た。

「入っていいか?」

レンが尋ねる。

「襲わないなら、いいわよ」

ウタがおどける。

「襲わねーよ、ウタだもん。」

「何よ、それー、失礼の最上級ね。」

ウタがレンのすねを蹴る。

「何の用?」

ヒナが尋ねる。
レンとイツキが部屋の中へ入り、椅子に腰かける。

ヒナとウタはベッドに腰かけている。

「今後のことだけどな、どうするかって。」

レンは不安な表情をしている。

「今後も何も、私たちに選択肢はないでしょ?先生達についてくだけよ。」

ヒナが返事した。

「そうだけど、大陸に渡るとソウを探せないだろ?」

ヒナにカマキリの死体を見た時の不安が蘇った。

「うん。そうね。だけど前回、勝手に行動して皆に迷惑かけたでしょ。大陸までは先生たちと一緒に行動して、自分たちの立場や、身の置き所がはっきりしたら、もう一度戻ってくるわ。この島へ。」

ヒナは、この数週間で成長していた。

遭難当初は、木村達大人に自分の身の安全を任せきりだったが、不時着場所から、この港町まで生死をかけた行軍を続けているうちに少し大人になった。

「自分の命は自分で守る。他人に迷惑をかけずに生きていく。」

そんな感情が育っていた。

「ヒナさん、大人になりましたね。僕も見習うべきでしょうね。」

イツキが感心していた。

「僕もヒナさん同様ソウ君を信じています。ソウ君は、絶対生きている。僕はあきらめません。いつか必ず、ソウ君と一緒に日本へ帰るんだ。」

そこにいる全員がイツキの言葉にうなずいた。




イツキは生まれた時から病弱だった。

ほんの少し生活環境が変化しただけで、すぐに高熱を発し、両親を心配させた。

イツキの父親は日本でも有数の総合商社の役員だった。

病弱なイツキを心配しつつも、仕事から手が離せず、イツキの世話を妻に任せきりにしていた。

イツキの母親は、旧華族の出身で、なんの苦労も知らず育った女性だったが、イツキと同様、病弱だった。

しかし、イツキに対する愛情は本物で、父親のイツキに対する愛情不足を補ってもあまりあるものだった。
 
イツキは健康上の理由から自宅で学習することが多く、ほとんど小学校へは通えなかった。

学校へ通えないのだから、友達もできず、休日も自宅で過ごすことが多かった。

イツキが8歳、小学2年生の時だった。
自宅の窓から寂しそうに外を眺めるイツキに母親が気付いた。

「イツキちゃん、どうしたの?またどこか具合が悪いの?」

「いいえ母様、どこも悪いところはないです。ただ皆のように、お外で遊びたくて。」

「ごめんなさいね。イツキちゃんをもっと丈夫に生んであげればよかったのにね。今は無理だけど、イツキちゃんがもう少し健康になれば、私がお外へ連れて行ってあげる。いっぱい遊んであげるから、それまでは我慢してね。」

イツキは無理して笑顔を作り、母親に向ける。

「はい母様。僕は頑張って元気になりますから、母様も健康になってください。」

イツキは母親が病弱なことを知っていたし、そのことをとても心配していた。

イツキの健康状態は成長するにつれ良くなっていったが、逆に母親は日に日に衰弱していった。

イツキが小学校5年生の頃、母親は他界した。

「母様、僕が健康になったら、いっぱい遊んでくれるっていったのに、どうして・・・どうして・・・」

イツキは声を出さずに泣いた。
声を出さなかったのではない。

大きな声を出したことがなかったのだ。
大声で泣きたかったが、大声での泣き方を知らなかったのだ。

皮肉なことに母親の死後、イツキは健康になり、他の同年の子供と同じように中学校へ進学した。

中学校へ進学してもイツキには友達がいなかった。

友達が欲しいとは思っていたが、病弱で小学校時代も友達ができず、内気なイツキには友達の作り方がわからなかった。

イツキの健康状態を気にした父親が、車を手配して登下校させていたことも、イツキに友達ができない一因だった。
イツキが何度断っても運転手は、

「お父様のご命令ですから。どうか私を困らせないで下さい。」

と逆にイツキを困らせた。

ある雨の日、学生服を着た男の子が傘もささず、道端で学生服を脱ぎだし、段ボール箱にかけるのを車中から見かけた。

(何をしているのかな?こんな雨の中)


「運転手さん、止めて。」

運転手は、ためらいながらも車を路肩に止めた。
イツキは珍しく勇気を出して、男の子に話しかけた。

「何をしているのですか?」

男の子はイツキを振り向いた。
その顔には見覚えがあった。
名前は知らないが、同じクラスの子だ。

「あーん?なんだ?」

「いや、この雨の中傘もささずに、大丈夫かなと思って。」

「ああ、心配してくれてるんか。アハハ。俺は大丈夫さ、それよりこいつらが雨の中、泣いてたもんだからよ。」

男の子が段ボール箱にかけた自分の学生服をめくった。

『『『ミュアー ミイー』』』

子猫が3匹、箱の中で泣いていた。

「さて、どうすっかねぇ、俺んちは狭くて飼えないし。だけどこのままじゃ死んじゃうし。困ったねー。」

男の子は本当に困っているようだ。
子猫の事を本気で心配しているのだろう。
イツキは少し考えたが、

「あのー もしよければ、僕の車で家まで送りましょうか?飼い主が見つかるまで僕の家に置いてもいいですよ。その猫。」

「おおーそうか、そりゃ助かるわ、お前いい奴だな。」

男の子は、はじけるような笑顔をイツキに向けた。

イツキも嬉しかった。
生まれて初めて他人と本音の会話をしたような気がした。

イツキとソウの初めての会話だった。

その後3匹の猫は、チョロ、ピースケ、プチとなずけられ、ソウ、ヒナ、イツキの家族となった。




ヒュドラ教に帰依してから3日後、一行は、アランの手配で大陸へ渡る大型船に乗り込んだ。

「アランさん、本当にお世話になりました。ありがとう。」

清江がアランに礼をした。

「いいえ、キヨさん達にも、神の加護がありますように。」

アランも答礼した。

船旅は順調だった。
ヒナ達一行は一週間程で、大陸に到着した。

下船するヒナ達が最初に見たのは、白い煙を吐き続ける、浜辺の工場群だった。
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