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第二章 奴隷編

第22話 ダニク やっとだ、うれしいぜ。

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「ドルムさん。」

「なんだ。」

俺は、テルマさんと再会した翌日の夜、ドルムさんに声をかけた。

「今夜、やろうと思います。」

俺は、その日ダニクを倒してブルナの行先を聞き出し、ドレイモンをコピーするつもりだった。

ダニクには、ドレイモンの術者として、俺を含め、奴隷化された人々を術者の権限を使用して開放させるつもりだったが、場合によっては、ダニクを殺すことも考えていた。

ダニクを殺せるかどうかは、ダニクの力量次第だが、今の俺なら、身体能力も、スキルもダニクのはるか上を行くはずだ。

問題は、ダニクつまり「人間」を殺す覚悟が俺にできるかどうかだ。

ダニクのやったことを思い出せば、憎悪がつのり、殺せるとは思うのだが、俺はまだまだ元の世界の感情、16歳の高校生の俺から抜けさせていない部分がある。

 その点が少し不安だ。

「そうか、くれぐれも慎重にな。お前が死ねば、ピンターは一生奴隷だし、俺も故郷に帰れない。頼むぞ。」

「兄ちゃん、必ず帰ってきてね。」

ピンターが不安そうな眼を向ける。

「大丈夫だよ、ピンター。必ず迎えに来るから、大人しく待っていろ。今日はドルムさんの傍を絶対に離れるな。」

「うん。」

「ドルムさん。ピンターをお願いします。」

「任せておけ。」

俺は、何時ものように鉄格子を変形させて外へ出た。

教会の中は、いつも以上に静かで、空気が痛いくらいに張り詰めていた。

俺の神経が研ぎ澄まされているから、そう感じるのだろう。

耳に神経を集中する。

礼拝堂の中から、引きずるような足音が聞こえる。
ダニクだ。

他にも、教会の奥の部屋から話し声が聞こえたが、警備兵のようだ。

俺は、足音を殺して、礼拝堂へ近づいた。

正面の扉をゆっくりと開けて祈りを捧げている男に近づいた。

「ダニク」

ダニクは振り返った。

「誰だ?」

「今すぐ、奴隷全てを開放しろ。さもなくば・・」

「ほう、俺のドレイモンに抵抗出来たのか。すごいな、お前。」

ダニクは、俺の腕に視線を向けた。

なぜだか笑顔を浮かべ、喜んでいるように見えた。

「そうだよ。俺には、お前の命令は届かない。殺そうと思えば、今すぐに殺せるぞ。」

「そうだろうな。ドレイモンに抵抗出来る程の力があるなら、俺を殺せるかもしれないな。しかし、奴隷解放は出来ないぞ。」

ダニクは立ち上がり、こちらに一歩、近づいた。

俺は後方へジャンプしながら、自分の手をダニクにかざし麻痺の魔法、パラライズを放った。

青い光を伴ったパラライズは、ダニクを直撃したが、ダニクには、何の効果も無く、火の魔法ファイヤボールを打ち返してきた。

 パラライズの効果が無いのは、ダニクの魔法抵抗値が高いからだろう。

俺は、ファイヤボールを避けつつ、マジックバッグからショートソードを取り出した。

もちろん、魔法効果が付与された魔剣だ。

魔法攻撃が効かないなら、物理攻撃だ。

着地して、直ぐ床を蹴り、ダニクに向かってショートソードを突き付けた。

ダニクは、それを左に避けつつ、手に持った杖で、払った。

俺は、剣が払われた力を利用して剣で弧を描き、体を一回転させて、ダニクの右肩を袈裟に切りつけた。

以前の俺なら、こんな芸当は出来なかったが、ドルムさんの剣技スキルをコピーしたおかげで、頭で考えるより体が先に動いた。

ダニクの右肩に剣が食い込んだが、切り裂くことは出来なかった。

魔剣で切りつけたのだから、ダニクの体が二つに裂けても可笑しくなったのに、ダニクは物理抵抗も高いらしく、怪我した程度で済まされた。

ダニクは右肩に手を添えて何かつぶやいた。

ダニクの肩の傷が塞がる。

 ヒールだ。

「ダニク、諦めろ。今ので実力の差がわかっただろう。大人しく奴隷化を解け。」

やはり俺は、心の奥で人を殺すことをためらっているようだ。

今一つ思いきれない。

「だから、それは出来ない。俺を殺すしかないな。」

ダニクはまたしても笑った。

俺は、左手をかざして、風魔法のウインドカッターを複数発生させ、いろんな角度からダニクを狙った。

いくつかのウインドカッターがダニクを直撃して、ダニクは体制を崩した。

俺は、床を蹴ってダニクに接近し、剣でダニクの腹部を狙った。

剣道でいう「抜き胴」だ。

ダニクは自分の杖で防御しようとしたが、俺の魔剣は、ダニクの杖を切断し、ダニクの腹を切った。

それでもダニクは倒れなかった。

ダニクが後ろに下がりながら懐から何かを取り出した。

俺はダニクの動作を警戒して自らダニクと距離を取った。

ダニクは、懐から取り出したものを自分の体の前に掲げ、何かを唱えた。

ダニクが取り出したものは、拳より一回り小さな青い球体だった。

ダニクが何かを唱えると共に、その球体は輝き始め、青い光を放出した。

放出された光は、全てダニクの身体へ吸収された。

光を吸収したダニクは、怪我を負う前の鋭い動きに戻った。

おそらく、先ほどの光の影響で全回復したのだろう。

「さぁ、来いよ。俺を殺してみろ。仲間を救いたいのだろ?俺を殺さなければ、その望みはかなわないぞ。」

ダニクが一歩前に出る。

俺は覚悟を決めた。

ダニクの言う通りだ。

この世界では、殺さなければ、殺される。

仲間を助けるためには誰かを殺さなければならない。

それが普通なんだ。
ここは日本とは違うんだ。

(生きるために、日本へ帰るためにダニクを殺そう・・・)

俺は、出力を最大にして、今自分が出せる最大限のファイヤーボールをダニク向けて放つと同時に、ファイヤーボールを隠れ蓑にしてダニクの横方向、部屋の隅へ飛んだ。

壁を壊すくらいの勢いで部屋壁のコーナーを二度蹴り、三角飛びの要領で、ダニクの背後からダニクの背中を切りつけた。

切りつける時には高熱をイメージして剣にまとわせた。

『ザシュ!!』

ダニクの背中が裂け、ダニクは、その場に倒れこんだ。

俺が、ダニクを覗き込むとダニクは俺の顔を見て笑っている。

「やっとだ。うれしいぜ、殺せよ。」

俺は、ダニクのドレイモンをコピーしたかったし、ブルナの行方も聞き出したかったので、ドレイモンコピーの為に、倒れているダニクの手を握った。

ダニクの手首には、腕輪の様な二重の入れ墨があった。

「そうだったのか・・」

ダニクの身の上を悟った。

「マザー、ダニクをスキャン、ドレイモンをコピーして。それからブルナの記憶が無いか、ダニクの記憶をたどってくれないか?」

『了解しました。いずれも可能です。』

ダニクの記憶が、俺の脳に映像として流れ込んだ。

 幼い頃の家族との楽しい思い出

  母親と妹の笑顔
  戦争の光景
  グンターとヘレナに奴隷にさせられ  
   た記憶
  拷問の日々

そして、

母親と妹を自分が奴隷にして、殺し合いを命じた場面。

俺は、苦しかった。悲しかった。痛かった。
心が・・・

こんな酷い人生って、あっていいのだろうか。
俺はダニクが

 「やっとだ。嬉しいぜ、殺せよ。」

と言った事の理由が充分理解できた。

ダニクは、自らが奴隷で、グンターやヘレナの命令に従っていただけだった。

あの残虐な行為もグンターの命令で行っていたし、自らの家族をも奴隷にして、あげくに殺し合わせた。

 それを拒否することもできず、自殺することすら、禁じられていたのだ。

「ダニク・・・」

「早く、殺せよ。・・・」

俺は、ダニクに対して状態回復のスキルを使った。

ダニクの魔法抵抗は高く、俺の状態回復スキルと自己の魔法抵抗の相乗効果で、ダニクがドレイモンから解放された。

ダニクの手首から、ドレイモンの証、入れ墨が消えた。

「・・・・・何をした?」

俺はダニクにヒールをかけながら、こう言った。

「お帰りなさい。」

ダニクは目を見開き、自分の手首を見た後、大粒の涙をボロボロとこぼし、声を上げて泣いた。

「ダニク、あんたの記憶を勝手に見たよ。すまなかったね。そして、つらかったね。しかし、苦しみは、もう終わりだよ。」

ダニクは、泣き止んで俺を見つめた。

「ありがとう。でも、もういいんだ。俺のやったことを考えれば、俺だけが、のうのうと生きていられない。これでやっと、全てから解放される。」

(自殺なんてするな。)

と言いたかったが、あんな凄惨な体験をした者にかける言葉は見つからなかった。

「ただ、死ぬ前にやることが、いくつかある。」

ダニクの目に鋭さが戻った。
グンターとヘレナのことだろう。

「ダニク、その前に少し教えてくれ。あんたの記憶でブルナが誰かに売られたのは、理解したが、誰に売ったんだ?」

「クチル島の娘か?それなら娼館か、奴隷商人のベスタに売ったよ。すまなかったな。」

奴隷商人のベスタ、その名前を記憶した。

「わかった。それと、今まで奴隷にした人々を開放してくれ。」

「わかったが、奴隷が多すぎて加護の力が足りない。この街周辺にいる者だけでも良いか?」

「ああ、それで良いよ。」

ダニクは目を閉じて

「リリース」

と唱えた。

 ピンター達が解放されたかどうかは、わからなかったが、今のダニクの状態なら、俺に嘘をつく必要も無いだろう。

「ダニク、グンター達に復讐するのか?」

「ああ、復讐と言うよりは、俺や母さんや妹のような者を、今後作り出させないようにしたいだけだ。」

ダニクは俺を向いた。

「ところで、あんたは、何者だ?ドレイモンを破る者なんて、今までいなかったぜ。」

「俺か?多分信じてくれないだろうが、別の世界、日本という国から来た日本人だ。」

「いや、信じるよ。お前と同じ黒髪で日本という国から来たという人々がこの教会に通っている。知り合いなら、早く逃がしてやれ、いずれヘレナ達に利用されて、殺されるか兵士にされるだろう。」

ダニクの言う、日本人はヒナ達の事だった。

ダニクの説明では、今は丁寧に扱われているが、なぜだか日本人全員が加護の器が大きくて、色々な加護を発動させているし、器が育っている。

器と言うのは、生き物の体内にある加護の力を溜めて置ける容器で、さっきグンターが全回復に使った青い球がそれだ。

ここに通う日本人は、将来、グンターの兵士にされるか、兵士に向かない者は、殺して、器を取り出されるらしい。

器と言うのは、神の加護のエネルギータンクらしく、殺してそれを取り出せば、「神石」と呼ばれる、エネルギーの蓄積装置、つまりスキル行使のバッテリーとして使われるらしい。

「だから、早く逃がしてやらないと・・・」

ダニクが説明をしている時に、

「そこまでよ。」

と誰かが言った途端、青い光が、ダニクを襲いダニクの右手が宙を舞った。

「まぁ、おしゃべりな家畜ね。いつのまに主人に逆らえるようになったのかしら?」

ヘレナが礼拝堂の入り口に立っていた。

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