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第二章 奴隷編

第26話 奴隷購入 猫人族の少女

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塩田を脱獄した夜、俺たちは鍛冶屋のオヤジさんの宅で宿泊した。
 
翌朝、俺はオヤジさんの用意した朝食を済ませてから、一人で鍛冶屋を出た。

ブルナが売られたという奴隷商「ベスタ」に会うためだ。
出かける時には、獣化した。

奴隷の証、腕の入れ墨は消えていたが、用心のために体形や顔つきを変えておきたかったのだ。

オヤジさんから聞いた話では、「ベスタ」という奴隷商人は、ゲラン国の首都ゲラニに本拠地を置いていて、各都市に支店を持ち、この街「ブテラ」にも支店を構えているそうだ。

オヤジさんが教えてくれた道順通り、人通りの多い繁華街を迂回して町はずれのテント小屋まで来た。

看板も何もなかったが、オヤジさんの言う通り、汚い黄色の幌がけの建物は周囲に無かったので、ここが目的の場所だろう。

「ごめんください。」

テントの入り口から声をかけた。
テントの中は薄暗いし、中からは汚物がすえたような嫌なにおいが漂ってきた。

「はい、いらっしゃいませ。」

テントの中から眼鏡をかけた小柄な中年の男が出てきた。
その男は、シルクハットをかぶり、燕尾服を着て手にはステッキを持ち、一見ひ弱そうに見えるが、相当の魔力をもっているように思えた。

魔物に例えるなら「インプ」「小悪魔」といった感じだ。

「ベスタさんにお会いしたいのですが。」

「そうですか、あいにくベスタは不在です。今は本店におりましてしばらくはこちらに来る予定がございません。」

「本店と言うと、首都のゲラニでしょうか?」

「左様でございます。しかし、私でよろしければご用件を承りますが。」

さてどうしたものか、俺は少し悩んだ。
ダニクの言ったとおり、ベスタという奴隷商人は実在した。

ブルナがこの奴隷商経由で、どこかに売られた可能性は高い。

この燕尾服の男に対して、ドレイモンを使うのも一つの手だが、この男は、魔力抵抗が高そうな気がする。

奴隷商なのだから、ドレイモンは使えるだろうし、その対抗力もあるはずだ、俺のドレイモンはレベル1なのでレジストされる可能性は、高い。

敵意を見せて失敗すれば、元も子もなくなる。
ここは、穏やかに話し合ってみよう。

「実は、ここで売られたはずの奴隷を探しているのですが、売り先を教えていただけないでしょうか。」

「そうですか、何かわけがあるようですね。しかし残念ながら、商品の流れについては、企業秘密で、当店の信用にもかかわること。無暗に、お教えすることは出来かねます。」

「そうでしょうね・・・」

俺は予想通りの返答に、少し落胆した。
どうしよう、ドレイモンで勝負をしてみるか・・・
そう考えた時

「お客さん、相当お強いようですが、店先で暴れるのはご勘弁くださいね。」

燕尾服の男は俺の心を見透かしたように笑いながらそう言った。

まてよ、この男は

「無暗に教えることはできない。」

と言ったな、それなら

「暴れませんよ。それより先ほど、貴方は「無暗に教えることはできない。」

とおっしゃいましたね。何か良い知恵をお持ちですか。」

燕尾服の男は眼鏡をキラリと光らせた。

「もちろん、ございますとも。当店は顧客を大切にします。ですから貴方様の欲する奴隷の売り先についてはお教えできませんが、もし貴方様が、当店の顧客であれば、転売交渉を私が貴方様に替わって行うこともできますよ。」

そうか、つまり俺の代理でブルナの買主に売買交渉を持ちかけてくれるということだな。
金なら何とかなる。

「それなら、お願いしたいです。」

「よろしゅうございます。代理で転売交渉いたしましょう。ただし、貴方様が当店の顧客になっていただければの、お話ですね。」

「顧客になるって?」

「そうですね、今から当店の商品をお買い上げいただければの話です。」

(何?つまり俺に奴隷を買えってこと?)

奴隷を買うなんて嫌なんだけど、ま、買ってから解放してあげればいいだけの話だよね。

「わかった、買おう。どの奴隷を買えばいいの?」

「はい、ありがとうございます。お買い上げになる前に約束通り、貴方様のお望みの奴隷の売り先を探しましょう。奴隷の名前や年齢はわかりますか?」

「名前はブルナ14歳クチル島出身だ。」

俺からブルナの名前を聞いた燕尾服の男は、懐から分厚い帳簿を取り出して調べ始めた。

取り出した帳簿の大きさは、燕尾服の懐には入り切らない程の大きさだ。

おそらくマジックバックに収納されていたのだろう。

「はい。ブルナ14歳、クチル島の異教徒。ありましたよ。買主はと・・・」

(ブルナ見つけたぞ、必ず助けるからな。)

「買主の詳細をお教えするわけには、まいりませんが、買主は、首都ゲラニにお住まいですね。本店扱いになるでしょうから、紹介状をお書きしましょう。それでよろしいですか?」

「わかった、それで頼む。もう一つ、ブルナの今の仕事は何だ?」



「詳しくはお話しできませんが、労働奴隷ですね。容姿のランクがDになっていますので、娼婦としての価値はなかったようです。・・・おっと、少ししゃべり過ぎました。今のは、ご内密に。」

俺は少し安心した。

ブルナが娼婦として働いていたとしたら、ピンターに説明のしようがなかったところだ。

しかし、容姿がDランクとはどういうことだろう?ブルナはどうみても美少女なのに。

ブルナ転売の為のための紹介状を書いてもらう前に、約束通り、この店の奴隷を買うため、店の奥へ案内された。

店の奥には猛獣を閉じ込めておくような檻がいくつも並べられていて、その一つ一つに人が閉じ込められていた。

若い男や、女、年寄りもいたし、子供も居た。
当たり前のことだが、いずれの人も覇気が無く、どんよりとした目をしていて薄汚れた布をまとっているだけの貧相な姿だった。

俺は、心の奥底から、込み上げてくる怒気を一生懸命抑えていた。

(こんな子供まで・・・)

人間は、此処まで汚く下劣なことができるのか、同じ人間なのに、自由も尊厳も奪い去り、獣のように檻に入れ、獣のように扱うなんて。

しかし、いくら俺が、怒ってもどうしようもないことだった。
この世界には、この世界のルールがあり、そのルールを俺一人の力で捻じ曲げることなどできないのだから。

もし、今この場で人狼の力を解き放って、この子達を助けたとしても、それは一時の自己満足で、世界全体の奴隷を解き放つことなんてできないのだから。

「いかがなされました?ご気分がすぐれないご様子で。」

燕尾服の男が俺の顔を見て、そう言った。

「なんでもないよ。どの奴隷を買えばいいの?」

「どのような目的でお求めですか?」

「目的なんてないよ、でもできれば子供の奴隷がいい。」

ここにいる全ての奴隷を開放してやれないのなら、体力が劣り、生存率の低い子供を助けてあげようと思ったのだ。

「それでは、これなどいかがでしょう。」

燕尾服の男が示す檻には10歳くらいの女の子が入っていた。

その子は他の奴隷と同じように薄汚い布を身にまとい、檻の隅で膝をかかえて怯えるようにこちらを見ていた。

「おみかけのとおり、やせ細っていますが、その分、お安くできますです。それに、このあたりでは珍しい種族ですので、希少価値はございます。」

「おい、出てこい。」

燕尾服の男が命じると檻の片隅にうずくまっていた女の子が、檻から出てきた。

その子は一見して人間の女の子だったが、よく見れば、少し違う点があった。

髪の毛から少しはみ出た耳は、いわゆる猫耳で、お尻には尻尾があったのだ。

 女の子は、命令通り檻から出てきた。

ほんの僅かな布を身にまとい、体は小刻みにふるえ、肩を丸めながら恐る恐るこちらを斜めに見上げている。

「ご挨拶しなさい。」

燕尾服の男が女の子に命じた。

「ルチア・・・」

この子はルチアという名前らしい。

「いかがでしょうか、これは獣人ですが、どちらかと言えば人間寄りで、このとおり人語も解します。お得ですよ。」

獣人なのか、それにしても燕尾服の男が、女の子のことを「これ」と物扱いしたことにますます腹が立った。

「いくらだ。」

俺は不機嫌に尋ねた。

「はい、初めてのお取引でございますので、勉強させていただきます。金貨300枚でいかがでしょう。」

娼館で働くテルマさんの身請けの代金が金貨300枚だと聞いていた。

それからすれば妥当な値段かもしれない。

鍛冶屋の親父から魔剣の代金として金貨300枚を受け取っていたので、手元に代金があるにはある。

しかし、この金はテルマさんを身請けしようと思っていた金だ。

俺は少し悩んだ。
この子を買うのか、テルマさんを身請けするのか、・・・
この子を買えばブルナの行方を探すことができる、しかしテルマさんは、その間、娼館で苦労することになる。

 考えた挙句、

「わかった買おう。」

燕尾服の男は、少し驚いたようだ。

「これは、これは、ありがとうございます。」

燕尾服の男が驚いた理由は俺にもわかっていた。
おそらく、代金を値切りもしなかったことに驚いているのだろう。

俺は、値切るのが嫌だった。
値切るということは、俺までもがその子を商品として扱ってしまう様に思えたのだ。

おそらく、値切ればある程度は代金が安くなったかもしれない、それでも、値切らなかったのは、この世界に存在する「奴隷」というシステムにささやかながらでも抵抗したかったからだ。

 くだらない自己満足かもしれないが、それでもよかったのだ。

「早速のお買い上げ、ありがとうございます。それでは命令権の譲渡を行いますので、貴方様のお名前をお教えください。」

女の子を俺に譲り渡すには、ドレイモンの術者であろう燕尾服の男が、女の子を俺の支配下に置くため、俺の名前を女の子に告げて主人として認識させる必要があったのだ。

「イヤ、ドレイモンは自分で施せるから、お前はこの子を解放リリースするだけでいい。」

「左様でございますか、それならば、代金を受け取り次第、開放致しましょう。」

俺は懐に手を入れ、懐のマジックバッグから金貨を取り出して燕尾服の男に渡した。

「ほほう、素晴らしいアイテムをお持ちですね。もしよければお譲り願えませんでしょうか。」

俺はマジックバッグを見られたくなかったので懐からは出さなかったが、300枚もの金貨を懐から取り出せば、容易にマジックバッグの存在が、ばれてしまったようだ。

「取引とは関係ないだろう。いらぬ詮索はしないでくれ。」

俺は不機嫌に答えた。

「これは、失礼いたしました。しかし、貴方様は、さぞ名の通った方なのでしょうね、その立ち振る舞いといい、大金のかかった取引で駆け引き無しで綺麗に商談を成立させるなど、いやはや・・
私感服いたしました。ホーホッホッホホ。申し遅れましたが私グブタと申します。今後ともお見知りおきを」

「能書きは良いから早く解放してくれ。」

「はい、わかりました。」

グブタは女の子に手をかざした。

『リリース』

「これで、この子は貴方様の物です。早めのドレイモンをお勧めします。逃げるかもしれませんしね。」

その後、グブタから首都ゲラニの本店に居るはずのベスタへの紹介状を受け取りグブタのテントを後にした。



女の子を連れてまず雑貨店に行き女の子の服装を整えた。
女の子は汚れた布切れを巻き付けていただけだし靴も履いてなかった。

そのままでは、あまりにもかわいそうだったので、真っ先に雑貨店で身なりを整えたのだ。

俺は女の子の服など買ったことが無かったので、雑貨屋のおばちゃんに、全てを任せた。

「あんちゃん、これでどうだい?」

店の奥から着替えを済ませた女の子が出てきた。
グブタのテントに居た時は、何日も荒野をさまよってボロボロになった子猫のようないで立ちだったが、店から出てきたその子は髪の毛も綺麗にとかし、ヒマワリ模様のワンピースにサンダル。

手に虫取り網でも持たせたら、夏休み中の小学生のような爽やかで可愛い見た目になっていた。

「綺麗になったな。体の汚れも落としてくれたのか?おばちゃん」

「ああ、こんな小さな子が、あんなに汚れていちゃいけないよ。かわいそうだろ?」

おばちゃんは、責めるような目で俺を見た。

どうやらシャワーも浴びせてくれたようだ。

「そうだね。ありがとうよ。おばちゃん。」

おれの心は少し和らいだ。
俺は少し多めに洋服の代金を払って雑貨屋を後にした。

(さてこの子をどうしようか・・)

これから先のことを考えれば、逃亡者の俺達と行動を共にさせるには忍びない。
かといって、ここで放置すれば、どんな悪い奴に出会ってしまうかもしれない。
最悪の場合、また奴隷として売られるかもしれないな・・・

その時

「グー、グギュル」

とルチアから腹の虫の泣く音が聞こえた。

「お腹すいてたのか、そういや俺も腹が減ってきたな。」

ルチアを連れて少し歩いていると、肉串を焼き売りする屋台が見えた。

タレをまぶして炭火の上でジューっと音を立てる肉串の香りが鼻孔をくすぐる。

ルチアは、この匂いを遠くからかぎつけたのかもしれない。

「食べるか?」

俺はルチアに尋ねたが、ルチアは返事をせずに下を向いている。
もう一度、尋ねた。

「ルチア、この肉串を食べたいか?」

やはりルチアは下をむいたまま返事をしない。

(怯えているのかもしれないな・・)

「ルチア、誰も叱ったりしないから、正直に答えなさい。このお肉を食べたいという気持ちがあるのかな?・・・いいんだよ正直に言って。」

ルチアは、恐る恐るこちらを見上げて、ゆっくりと頷いた。

「オヤジさん、今焼けてる肉、全部おくれ。」

肉串を大量に仕入れて鍛冶屋へ戻った。


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