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第二章 奴隷編

第37話 テルマさん救出 私は大丈夫

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以前立てた俺達の計画は

1 何をするにしてもまず、活動資金を手に入れる事。

2 活動資金を得たら、娼館に居る「テルマさん」を救出すること。

3 脱走者である俺達の隠れ家を作ること。

4 馬車等の移動手段を確保すること。

5 1~4が完了すれば、首都ゲラニへ向かい、ブルナを探すこと。

6 ブルナを救出すれば、ドルムさんの自宅へ向かうこと。

7 1~6までの行動の合間に、ピンターの両親やルチアの兄弟を探すこと。

というものだった。
このうち1,3,4は完了していた。

残りは2,5,6,7だ。

残った課題の2については、金が解決してくれるはずなので、問題は無い。

既にドランゴさんにお願いして、娼館の経営者と交渉が始まっているはずだ。

テルマさんの身請けにかかる費用は、およそ金貨300枚と聞いている。

ドランゴさんには金貨500枚を渡しているので、十分なはずだ。

それと、計画にはないがドランゴさんとの約束

『ドランゴさんの魔剣造りのお手伝い。』

これを忘れてはならない。

ドランゴさんには言葉にならない程、お世話になっている。

もちろん金銭的なお礼もするつもりだが、ドランゴさんが自分の手で魔剣を造れるようになるまでは、ここを離れるわけにはいかない。

帰郷を急ぐはずのドルムさんも、そのことは了解している。

しかし、ここで問題が一つあった。

それは、俺の『魔力詰まり』という症状が治っていないことだ。

俺は魔剣を造るのに、出来合いの剣に魔力を注入してインスタント魔剣ともいえるものを作っているが、魔力量の少ないドランゴさんに、その真似は出来ないようだ。

ドランゴさんが、魔剣を作るには、素材を加工する時点から魔力を注入する必要があるそうだ。

しかし、先にも言ったように、ドランゴさんは、根本的な魔力量が少ない。

そこでマザーに教えられたのが

 『補助道具』

だ。

剣を鍛える時のハンマーや金床に俺の魔力を注入しておく。

その道具を使えばドランゴさんの魔力注入を補助できるはずだ。

その補助道具を造ろうとするが、「魔力詰まり」でうまい具合に作ることができないのだ。

歌手が風邪をひいて鼻詰まりのまま歌唱するようなものだ。

いいものが出来るはずもない。

タイチさんは言っていた。

『精神的なダメージが大きいと魔力が詰まることがある。ダメージの原因を取り除くか、他の要因で精神にゆとりが出来れば自然に治るだろう。』

俺の精神的ダメージって、やっぱりあれかな・・・

ヒナの顔が思い浮かんだ・・・・

胃が少し痛かった。

(やっぱり・・・)

そうなると完全回復は難しいな。

(あ、そうだ、症状を軽減する薬、)

初日にタイチさんから勧められた薬の事を思い出し、その薬を飲んでみた。

やや心が軽くなった気がした。

あらかじめ用意していたドランゴさん愛用のハンマーと金床に俺の一番得意な魔法。

ファイヤーボールを連想して魔力を込めた。

いつもなら1~2分で仕上がるが、怪我した体にドーピングして走っているようなもので、なかなか魔力を充填することができなかった。

それでも10分くらい唸っているとなんとか形にはなった。

全盛期の半分ほども魔力を込められなかったが、それでも道具から魔力を十分感じられる程度には仕上がった。

「いってきやしたよ~」

ドランゴさんが帰って来た。

「師匠、うまく取引できそうでやんす。娼館の経営者は街の金貸し『バルドー』でやんした。
あのやろう、足元を見やがって、金貨400枚を要求されたでがんす。なんとか値切ろうとしやんしたが、380までしか値切れやせんでした。勘弁してくだしあ。」

「何言ってんの予算500で380まで抑えたのなら上出来ですよ。ありがとう。それでいつ来ます?テルマさん。」

「それがでやんすね、奴隷譲渡の儀式をするのに使用者のバルドーではだめで、術者が直接解除するか、奴隷使用者の変更をする必要があるらしいんでがんす。明日になれば、術者が居るそうで、予約をとっておいたでやんす。」

テルマさんにドレイモンをかけたのはダニクじゃなかったのか?ダニクならほとんどの奴隷はリリースで解除されているはずだが・・・

「術者の名前はわかりますか?」

「なんでもヘレンとかヘルナとか・・」

(!!ヘレナだ。)

おそらくダニクが死んだあと、逃げ出した奴隷はどうしようもなかったが、娼館等で逃げ遅れた奴隷に再度ドレイモンをかけたのだろう。

ヘレナがかかわると危険だが、俺がヘレナに会うわけじゃないから、大丈夫だろう。

俺は、その時ヘレナの特異なスキルの事を完全に見落としていた。

「ドルムさん、その条件でテルマさんを受け取ってきてください。」

「ようがす。明日にはここへ、お連れするでがす。」

「お世話かけます。」

「ところで、ドランゴさん。前に話した補助機能のついた、金床とハンマー。試作品ができたので、持ち帰って使ってみてください。俺が傍にいればもっといいのだろうけど、今の状況じゃ鍛冶屋に戻ることは出来そうにないですからね。」

ドランゴさんの笑顔がはじける。

「おおお、ありがとうござりやす。明日、持って帰って試してみるでやんすよ。ワクワクでがんす。」

その日、ドランゴさんは鍛冶屋へは帰らず、隠れ家で泊って行った。

れいによって、ドルムさんとの酒盛りが始まったのは言うまでもない。

翌朝

「行ってきやす。」
「行ってくるぞ」

ドランゴさんがテルマさんを身請けするために出発した。

ピンターとルチアが手を振って見送る。

大金を所持しているので、護衛のためにドルムさんについて行ってもらうことにしたのだ。

「ドルムよう。」

「なんだ?」

「テルマって、どんな子でやんすか?師匠のお気に入りでやんすか?」

「知らん。なんでもピンターの村の村長の娘らしいが、俺は会ったことが無い。」

二人は船を漕ぎながら会話を続ける。

「ところで、そのテルマって子を身請けしたら、師匠もドルムも、ここを出るんでがしょう?」

「そうだが?ここを出て首都でピンターのねえちゃんを探し出して、その次には俺の田舎へ行くつもりだ。」

「そうでやんしたね・・・」

ドランゴの表情が少し曇る。

「なんだ、ドランゴ寂しいのか?アハハ」

「笑うことないでがしょ。一時とは言え同じ屋根の下で住んで、同じ飯くったし、ワッシはあまり役に立たなかったけど、一緒に戦ってきたんでやんすよ。・・・」

ドルムが真剣な顔になった。

「スマン、お前の言う通りだな。正直言うと俺もお前と別れるのは寂しいよ。・・・」

ドルムは「一緒に」と言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。

(ドランゴはこの街の人間で、この街に色々なしがらみがあるだろう。鍛冶屋も手放せないだろうしな・・・)

「つきやしたよ。」

船を川岸に係留して街中へ向かった。

「ここでやんす。」

娼館がいくつか立ち並ぶ街の繁華街の一角にその建物は在った。

レンガ造りの2階建てで、看板には

『貴方の生活をお助けします。』
『バルドー金融』

と書かれていた。

「ここが悪徳高利貸しバルドーの事務所か」
「知ってるでやんすか?」

「知ってるも何も、俺が奴隷落ちしたのも、バルドーの金を借りたからだよ。金貨10枚借りたら、一週間後には金利含めて金貨28枚になってやがった。ま、それがわかった上で借りた俺も俺だがよ。ガハハ」

「ドルムは男らしいでがんすが、馬鹿のお王様でやんすな。アハハ」

「そう、誉めるな。ワハハ。ということで俺の護衛はここまでだ。後は任せたぞ。」

「行ってくるでやんす。」

ドランゴは事務所の中へ入っていった。

「バルドーさん、約束通り金は持ってきたでやんす。身請けをお願いするでがんす。」

事務所の一階には事務机以外に何もなく、事務机の向こうで、坊主頭で、おでこが皺だらけ、キンキラのネックレスを首にかけた、いかにも金貸しといった風情の男が椅子に座り、反り返って葉巻をくゆらせていた。

「おう!ドランゴ、ちゃんと連れてきてるぜ。それにしても、おめー、羽振りがいいな。娼婦に400近くだすなんてよ。金鉱でも掘り当てたか?」

バルドーが、葉巻の煙をドランゴに吹きかけた。


「そんなに羽振りが良いわけじゃないでがんす。たまたま魔剣の良いやつを安く手に入れやんしてね。それが思惑高値で売れたんでやんすよ。それにワッシは見掛け通りの男でがんす。死ぬまでに嫁が欲しくてね。思いっ切って貯金をはたいたんでやんすよ。」

その時事務所の奥から、女が二人出てきた。
バルドーはその女に向かい、立ち上がって頭を下げた。

「ヘレナさん。お忙しいところをすいやせん。」

「いいわよ。ダニクが死んじゃったから、しかたないわよ。アフターサービスってものよ。」

ヘレナがチラリとドランゴを見る。

「それで、どうするの?奴隷のまま渡す?それとも奴隷を解除する?」

「あ、できやしたら、奴隷解除でおねがいするでやんす。女房が奴隷と言うのもなんでがんすから。」

「わかったわ。『リリース』。さぁ、これで貴方は自由よ。今夜はたっぷり可愛がってもらいなさい。」

ヘレナがドランゴに目を向ける。

「ありがとうでがんす。」

ドランゴがヘレナに頭を下げた。

「あ、そうそう。さっき貴方、魔剣がどうとかと言ってたけど、この辺りに魔剣持ちなんて、珍しいわね。誰から買ったの?」

ドランゴが少したじろぐ。

「えーと、ほら、あれでやんすよ。あれ。旅の冒険者が路銀に困ったそうで・・・名前は忘れやんした。」

ドランゴはソウの顔を思い浮かべてしまった。

(みつけたわよ~ウフフ)

「そうなの、まぁいいわ。もし今度、その冒険者と会ったら私にも紹介してね。」

ヘレナは事務所の奥でドランゴが「魔剣」と言ったのを聞き逃していなかった。

この辺境の地で魔剣を持つものは少ない。
先日ヘレナは、ソウの魔剣に苦しめられた。

(もしや・・)

と思ってドランゴの心を読んだのだ。

「それじゃ、これで失礼するでがんす。行くでやんすよ。」

ドランゴがテルマを促す。

テルマにはドランゴがソウの使いだということを娼館で事前に説明してあった。

ドランゴとテルマが、事務所の外へ出ると、物陰からドルムが現れた。

「うまくいったようだな。」

ドルムがドランゴの仲間だと悟ったテルマがドルムに挨拶しようとした。

「挨拶は後だ。すぐにこの街を出よう。」

ドルム達三人が事務所を離れて船着き場に向かった。

その後をいくつかの影が追うが、ドルム達は気が付かない。

その日の夕方、テルマはソウ達の隠れ家に到着した。
ソウは玄関でテルマを出迎えた。

「お帰りなさい。長らく待たせてしまいましたが、ようやく約束を果たせました。」

「ソウ様、ありがとうございます。まさか本当に助け出してくださるなんて。夢のようです。」

テルマが礼を言う。
意外と明るく元気だ。

「本当は、もっと早く身請けしたかったのですが、いろいろと困難な事が起こってしまい。遅くなりました。」

「いいえ、こうして自由にしていただいただけで十分です。それに思ったほど苦労はしていませんしね。ウフフ」

ソウは少し安心した。

ドランゴに魔剣を売った時点で、身請けの金はほぼ出来ていたが、ヘレナとの闘いやルチアの救出等でテルマの救出を後回しにしてしまい、心苦しく思っていたのだ。

(まぁテルマさんも意外と元気そうだし。なにはともあれ良かったよ。)

「さぁ、入ってください。ここがテルマさんの新しい住居ですよ。いずれクチル島へ帰りますが、少しの間ここで我慢してください。」

テルマさんの顔が少し曇ったような気がした。

「クチル島・・・そうですね。いつか帰らなきゃね。」

「テルマねーちゃん。お帰り」

ピンターが奥から出てきた。

「まぁピンター!! 元気だった?」

テルマさんがピンターを抱きかかえる。

「うん。兄ちゃんとずっと一緒だったから。元気だったよ。」

テルマさんの顔に笑顔が戻った。

「おめーら、ここじゃなんだ、中で飯食いながら話せよ。アハハ」

ドルムがにこやかに話しかける。

「そうでやんす。夕飯にするでがんす。」

その後

俺、テルマさん、ピンター、ルチア、ドルムさん、ドランゴさんの6人が揃って夕食を囲んだ。

6人で賑やかに食事を取る中、ドルムさんが俺の方を見て

「さて、これで計画の1~4までは完了したわけだ。次の計画5へ移るか?」

と問いかけた。

「そうですね、ブルナを探しに行く時期ですね。2~3日で、準備をして行動計画の5、ブルナを探しに行こうと思います。」

ピンターが俺の首っ玉にかきつく、何を思ったのかルチアも真似して俺にかきついてきた。

「そこで相談なのですが、俺と誰が首都へ向うかと言うことです。」

ピンターがきょとんとした顔をしている。

俺としては、首都ブテラへは、俺とドランゴさんの二人で向かおうと考えていた。

というのは、道中の危険を考えれば、ピンターとルチアをここへ残し、ドランゴさんとテルマさんに二人の面倒を見てもらうのが一番の安全策だと思えたからだ。

「ピンターとルチアの世話なら、ワッシがするでがんすよ。」

ドランゴさんの理解が早かった。
俺の意図するところを感じてくれたようだ。

「え?兄ちゃん、オイラを置いていくの?・・・」

ピンターが泣きそうな顔でこちらを見つめる。
ルチアは何も言わないが、俺にかきついた腕に力を込めている。

もちろん、ピンターを置き去りにするつもりは毛頭ない。

長時間離れるつもりもない。

タイチさんからもらったポータブルゲートがあるからだ。

ポータブルゲートについては、魔導車をお披露目した時、ついでで皆に説明をしてあった。

「ああ、大丈夫だよ、ピンター。俺とドルムさんは、首都へ行くが、毎日、この家に帰って来るよ。こないだ見せただろ?ポータブルゲート。あれなら、どれだけ離れていても、すぐここへ帰ってこれる。朝ごはんと、夕ご飯は毎日、ピンター達と一緒だ。」

ピンターが安どの色を浮かべる。
ルチアの腕の力も緩んだ。

「そうだな、その手があったな。よかったなドランゴ。アハハ」

なぜだかドルムさんがドランゴさんを見て笑っている。

その後の話し合いで出発は明後日ということになった。

夕食を終えて就寝した。

テルマさんには疲れをとってもらうため、二階の奥の部屋にベッドを用意して一人で寝てもらうことにした。

俺とピンタールチアは、その隣の部屋だ。

その夜、なぜだか寝付かれずに寝がえりをうっていたところ、隣の部屋から何か物音がするのに気が付いた。

「ウウウウ・・・」

テルマさんの苦しんでいるような声だ。

(どうしたのだろう?)

俺は寝床を抜け出してテルマさんの部屋の入り口に立ちドアの前でテルマさんの様子をうかがった。

「ううううう・・・」

「ああ・・・・」

(泣いているのか?)

「テルマさん、どうしたの?苦しいの」

俺はドアをノックした。

すると声は止まった。

「テルマさん、テルマさん。」

ドンドン

ドアをノックし続けた。

ドアの向こうからテルマさんの声がした。

「あ、すみません。夜中に・・少しお腹が痛くて・・・」

テルマさんが答える。

「そうですか、具合が悪いのなら薬がありますから、言ってくださいね。」

「はい。」



(俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。)

少し考えればわかることじゃないか。

年頃の女性が、無理やり娼館で働かされて、それも1年近く、自由無しに。

それで、平気なわけないじゃないか、何が「意外と元気そう」だ。

元気なはずないだろう!
テルマさんは、俺達を気遣って元気なふりをしていただけだ。

心の中はボロボロになっているに違いない。
こないだの俺以上に・・・

しかし、今はそっとしておいてあげるしかない。

(テルマさん。ごめんなさい・・)



自分の寝床に戻った時

『ビービービー!!!』

激しいアラーム音がした。

『警戒警報発令、警戒警報発令』

(なんだ?・・・)

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