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第二章 奴隷編

第40話 軍事法廷 被告ヒナ・カワセ 

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ヒナは法廷に立たされていた。

ソウが逃走後、領主の城で軍事裁判が開かれた。
裁判内容は

『ヒナ・カワセに対する軍事行動中の利敵行為りてきこういに関する審理』

だった。

この世界にも裁判というものがあるようで、裁判所は領主の城の中にあった。

裁判長は、領主で、法廷の正面中央に座り、その周囲を4人の補佐官が取り囲んでいた。
裁判所の入り口から向かって左に検察的な立場の人間、今回はヘレナが座っている。

右側に弁護側の木村と清江が座っている。
そして中央の被告席にはヒナが立たされている。

ヒナは拘束されていなかったが、左右には、いつでもヒナを捕縛できるように武装した官吏が2名付き従っている。

カンカンカン!

木製の拍子木が3度打ち鳴らされた。

「それでは、只今より、ヒナ・カワセに対する『軍事行動中の利敵行為』についての軍事裁判を開始する。」

領主の声で裁判が始まった。

「それではまず、今回の軍事作戦指揮者、ヘレナ殿、ヒナ・カワセの罪状と、訴追要因そついよういん(犯人を裁判にかける理由)、求刑内容を簡単に述べなさい。」

ヘレナが立ち上がった。

「はい。ヒナ・カワセの訴追骨子そついこっしを述べます。

まずヒナ・カワセは我ゲラン国民ではありませんが、この街ブテラの要請により兵役を志願した志願兵であり、軍の規律を遵守すべき立場にありました。

軍の規律に基づいて私は部下であるヒナ・カワセに対して、ソウ・ホンダの足止めを命じました。

ソウ・ホンダを足止めし、その後我軍の総攻撃を予定していたのです。

しかしながら、ヒナ・カワセは、この街の最大の脅威である殺戮者、ソウ・ホンダに『ここは危ない』と軍事作戦の一部を漏らし、かつ『逃げて』とソウ・ホンダを逃亡させた『利敵行為』を行いました。

その結果、死者27名負傷者132名もの被害を出しながら、ソウ・ホンダを逃がす結果となったのです。

そこで軍事指揮を仰せつかった私としては、軍法に則り、ヒナ・カワセに『死罪』を求刑するものです。」

清江が思わず声を出す。

「死刑・・そ、そんな。・・・」

レンもイツキも立ち上がる。

「死刑なんてむちゃくちゃだ。」

「静粛にしたまえ。」

領主が場を鎮めた。

「ヒナ・カワセ、先ほどのヘレナ殿の訴追内容に異議はあるか?」

ヒナは震えていた。

ヒナがソウを逃がそうとしたことは事実だったが、軍事裁判にかけられるほどの行為だとは認識していなかった。

『帰ったら先生に叱られる。』

程度の認識しかなかったのだ。
まさか自分に死刑を求刑されるとは、夢にも思っていなかった。

無理もない、ほんのこのあいだまで豊かで平和な日本で両親に守られて穏やかな生活をしていた高校二年生なのだから。

「あの、あの、私、ソウちゃんを助けようとしました。でも、そのことが死刑になるほどのことなのでしょうか。」

領主が悲しそうな顔をした。

領主はヒナのことを気に入っていた。
この街に現れ、沢山の人をヒールして、住民からも慕われていた。

晩餐会で少し話したことがあるが、優しさにあふれたとても良い子だと思っていた。
それだけに残念だった。

ヒナが自分の罪を認めたことが・・

「被告は罪状を認めた。弁護したい者はおるか?」

ヒナが領主を見上げた

「え?どういうことです?」

領主が諭すように言った。

「ヒナ・カワセ、今、君は自分の罪状を認めたのだよ。ソウ・ホンダを助けようとした。つまりこの街の最大の脅威を助けて、この街を更に脅威にさらすことを故意に行ったと。」

「あ、あ、私、私、そんなつもりでは・・・」

ヒナの目から大粒の涙が零れる。

「待ってください。」

木村が立ち上がった。

「マナブ・キノシタ、弁護すべき事項があれば、発言することを許す。だが減刑嘆願げんけいたんがんであれば受け付けない。」

木村の顔が青くなった。
木村は、悟っていた。
この裁判でヒナが、訴追された行為そのものを認めてしまった以上、無罪を獲得するのは無理だと。

ヒナは自分の行為を認めたのだ。

『ソウを助けた。』

ヒナにとっての友情に基づく行為は、軍事作戦上最大の反逆行為なのだ。
そのことにヒナも同級生達、日本から来た連中は気が付いていない。

気が付いても過小評価している。
だからせめて減刑を求めようとした。

しかし、その減刑嘆願も発言すら認められなかった。

「発言しないのか?それならば・・」

領主が結審しようとした時

「待ってください。私にも発言の機会を下さい。」

傍聴席のイツキが立ち上がった。
領主はイツキのことを知っていた。

いつも、ふさぎ込んでいた領主の三女レイシアが、イツキと出会ってから、目を輝かせて将来を語るようになった。

「お父様、私、首都でたくさん勉強をして、良き人になりたいと思います。学問も音楽もたくさん勉強して、誰からも望まれる人間になろうと思うのです。」

レイシアは、領主からすれば美貌に恵まれておらず、不遇な人生を送るだろうと思われていた。
いつもふさぎ込んでいる様子で、友達も作らず元気もなかった。

そこで、気分転換にと留学の話を進めていたが、レイシアは乗り気ではなかった。

ところが、あの晩餐会の後イツキ・スギシタと仲良くなって、それまでのレイシアとは見違えるほど活発になった。
容姿さへも美しくなったような気がしていたのだ。

だから領主は部下に命じてイツキのことを探らせていた。
その結果、レイシアの言う通りの利発な好青年だと知っていたのだ。

「イツキ・スギシタ。発言を許す。前に出て発言せよ。」

イツキが弁護側の席へ移動した。

「まず発言をお許し下さった領主様に感謝申し上げます。私はヒナ・カワセの同朋でイツキ・スギシタと申します。

この法廷においてヒナ・カワセは、ゲラン軍事行動規則令第15条第1項の『利敵罪』で訴追されておりますが、いくつかの点で適用法令の解釈に疑義ぎぎがあり、私としてはヒナ・カワセの無罪を主張させていただきます。」

傍聴席の同級生達が一斉に目を輝かせた。
同級生の心が見えるようだ。

(イツキがんばれ!!)

イツキはどこから取り出したのか、ゲラン国軍事法典を手に持ち、朗々と自説を述べた。

疑問点その1
 
ゲラン軍事行動規則令第1条(この法律の目的、並びに適用範囲)

第1項(法の目的)

この法律はゲラン国軍隊の規律を保持し軍事行動を高度なものとし、もって国民の安全と平和の維持に貢献することにある。

第2項 (適用範囲)

この法律は全てのゲラン国民に適用するものとする。


つまりヒナは日本人で、この法律の適用範囲が及ばない異邦人であること。


疑問点その2 

ゲラン軍事行動規則令第15条

『利敵罪』

  第1項(構成要件)

    
軍事行動中、又は軍事作戦中、敵軍に対して自軍の軍事機密を漏らし、又は自軍の軍事行動を妨げ、若しくは敵軍の作戦を容易ならしめる行為を行いし者は利敵罪とする。

  第2項(罰則)

利敵行為を行いし者は、死罪又は国外永久追放するものとする。

但し、戦時下の裁判においては、裁判官の裁量により罪を減じ、兵力として復員させることができるものとする。

ヒナがソウに対して

  「ここは危ない、逃げろ。」

と言った行為が法の

1 軍事機密をもらした。
2 自軍の行動を妨げた。
3 敵軍の行動を容易ならしめた。

この3項目のいずれに該当するのか。

いずれの項目にも一見、抵触はすれども処罰の対象とするには、該当性を充足させうるに足りない。

疑わしきは罰せずで、限りなく白である。

更に第2項の罰条

利敵行為を行いし者は、死刑又は国外永久追放とする。

但し、戦時下の裁判においては、裁判官の裁量により罪を減じ兵力として復員させることができるものとする。


つまり、国外追放や兵士として復員の選択肢があるにもかかわらず死刑しか検討がなされていない。

万が一ヒナが有罪であるとしても過去の功績からして死刑はありえない。

国外追放か兵員として稼働させ、ゲラン国の利益につなげるべきだ。

イツキは、以上のことを流暢りゅうちょうに説明した。

領主の補佐官は、本物の法律家だろうが、その法律家を唸らせるほどの理路整然とした弁護だった。

一方ヘレナは嫌な顔をしていた。
ヘレナはヒナの死刑を要求していたが、本当の狙いは

   ヒナを自分の奴隷にすること

だった。

ヒナは一応ヒュドラ教の信者で、その信者を奴隷にすることは困難だった。
しかし、死刑囚となれば話は別だ。

あまり知られていないが、死刑囚は金で取引されることがある。
国が死刑にすべき死刑囚人を、国庫に代金を納めることにより私有化できるのだ。

ヘレナはヒナを一旦死刑囚人にして奴隷化するつもりだったので、国外追放などの選択肢があることをあえて言わなかった。
だからイツキの法知識に驚かされ、かつ落胆した。

「イツキ・スギシタの弁護内容を補佐官とも検討したが、審議する価値が充分にあるようだ。これより審議に入る。しばらくの間、休廷を命じる。」

領主と補佐官が法廷の奥へ消えた。

ヒナ達がイツキに駆け寄る。

「イツキ君、ありがとう。」

「イツキ、おめー、すごいなオイ。」

レンがイツキの頭をクシャクシャにする。

「まだ安心できませんよ。判決が降りるまではね。もし本当に有罪で死刑の判決が降りるなら、その時はまた考えましょ。何か手段をね。」

と言いながらレンを見つめた。

「そうだな。俺の取れる手段と言えば一つしかないが、やるよ。やるべき時にはな。オイ」

領主が退席して30分程経過した。

「随分と遅いな。」

木村がイラついている。

その時、領主と補佐官が現れ着席をした。

領主が立ちあがった。

「これより、判決を言い渡す。ヒナ・カワセ立ちなさい。」

法廷が静寂に包まれる。

「被告ヒナ・カワセを有罪とする。」

法廷中がざわめく

「そんなのあるか!」

「うそー」

「いやよ・・・」

あちこちから悲鳴に近い声が漏れる。

「静粛にしなさい!!」

領主が一喝する。

「これより、判決理由と量刑を申し渡す。被告ヒナ・カワセは、訴追された通り、利敵罪が適用され、有罪である。

弁護人イツキ・スギシタの申し立ての通り、ヒナ・カワセは異邦人であり、本法律の適応外とも言えるが、ヘレナ殿の申したてのとおり、当時ヒナ・カワセは志願兵とは言え正式に、我軍の指揮下で各種軍事規律を遵守すべき立場にあった。」

法廷にいる全員が領主の言葉に耳を傾けている。

「次にヒナ・カワセについての行為を検討する。

ヒナ・カワセは、『ソウ・ホンダを足止めしたうえ軍勢を整えて総攻撃をする。』という軍事機密を知りながら、あえて指揮官の命令に逆らい、『ソウ・ホンダがその場にとどまることは危険である。』という軍事機密を告げたうえ、さらには『逃げて』と命令に相反する行為を行った。これは紛れもなく『利敵行為』である。

従って、被告ヒナ・カワセを

ゲラン軍事行動規則令第15条『利敵罪』

に該当すると判断する。

最後にヒナ・カワセに対する処罰について説明する。

求刑は『死罪』であるが、弁護人イツキ・スギシタの弁護の内容にも一理あり、量刑については死罪を適用しない。

弁護人の申し立て通り、ヒナ・カワセは過去に多くの人命を救った功績があり、私自身もその功績を称えた事実がある。

したがってヒナ・カワセの罪を減じ、10年間の兵役を課する。被告は閉廷後、直ちに投獄し早期に軍本部へ移送され、一兵卒として最前線に送ることとする。」

法廷中の同級生に安堵の表情が浮かぶ。

「ヒナ・カワセ、君の行為は、かつての仲間を思っての行為だろうが、この戦闘では27名の死者と132人の負傷者が出ている。遺族の心に配慮して兵役を務めなさい。」

「はい。」

ヒナは素直に頭を下げた。

領主は、ヒナを死刑にしたくなかった。
しかし、この戦闘では多くの死傷者が出ている。
その遺族は全てこの街の人間だ。

戦闘の失敗がヒナだけにあるとは思っていなかったが、表向きヒナが最悪の戦犯になっていた。
だから、領主としてやむを得ず、有罪にしたが、イツキの弁護に乗って、兵役を課すことで死刑を回避したのだ。

領主はイツキに感謝していた。

(これでレイシアにきらわれずに済むな・・・)
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