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第三章 キャラバン編

第41話 スタンピート ドランゴは家族

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ウルフは荒野を快調に走行していた。

ヒナ達と別れてから3時間は経過している。
朝日が顔を出した。

「ナビ、首都までの距離を教えてくれ。」

『了解です。首都ゲラニまでの直線距離は12,382ギラルです。』

「知らない単位だな。ナビ、北極と赤道の子午線は、わかるか?」

『データにあります。』

「では、その距離の1000万分の1を『1メートル』として呼称する。これ以降俺が距離に関する質問をしたときは、その『メートル』を単位として答えてくれ。」

『了解しました。』

「ナビ、再度質問する。首都までの距離を教えて」

『はい直線距離87万6、785メートルです。』

「わかった。ついでに1メートルの千倍を1キロメートルと呼称しろ。」

『了解です。』

(首都まで約876キロ、東京、大阪間一往復といったところか、遠いな・・)

「ナビ、首都までウルフの走行のみで、たどり着けるか?走行できない場所はあるか?」

『道順にもよりますが、直線的に向かえば、2,000メートル級の山脈を徒歩で超える必要があります。山脈を迂回して砂漠を走行すれば、バリーツ大河まで乗車したまま旅を続けることができます。』

「1日8時間、余裕を持った状態で走行した場合の、それぞれの所要時間は?」

「一日8時間走行するとして山脈越えが3日間くらい。ただし山道を実質18時間は歩く必要があります。迂回すれば、約5日間位の行程が必要です。」

俺がどの道を行くか悩んでいたところ、ドルムさんが

「ソウ、山道は止めておけ。子供の足では無理だ。それに魔物が出る。迂回すると倍くらいかかるが安全だ。砂漠地帯は魔物も出るし、オアシスもほとんどないから危険ちゃぁ危険だが、ほれ、この馬車があれば大丈夫だろ?」

ドルムさんの話によると首都ゲラニは南北を大きな山脈で囲まれていて、首都の南側にはバリーツ大河という大きな川があり、その川は山脈の北側を通って、東の海ヘ流れ込んでいる。

ブテラからは、海路を経てバリーツ川を遡ることもできるそうだが、川の途中に幾つも難所があって、通常はその航路を使わないそうだ。

首都南側の山脈は標高2,000メートル位で然程険しくはないが、子供の足ではきついし、魔物も出るそうだ。

山脈の南側には広くて荒れ果てたゴブル砂漠があって、かつてはオアシスがある集落がいくつかあったが、最近ではオアシスも枯れ、大型の魔物の出現率も高くなり、小さなキャラバンでは踏破できないそうだ。

今は、その砂漠南端を北向け、首都南側の山脈方向へ走っている。

(やっぱり、安全性優先だな)

「ナビ、安全性を重視した順路を作成して表示しろ。」

『了解』

モニターには砂漠の中央を通って山脈の麓に至り、山脈の南側沿いに西進し、山脈の西端を回って、山脈の北側、大河の南側沿いに東へ走るルートが表示された。

走行距離 1,782キロメートル
所要時間 約44時間 (時速40キロ平均)

(これだな。)

「ナビ、表示どおりに走行しろ。」

『了解』

俺は運転をナビに任せて、さっきのことを考えていた。

ヒナの事だ。

てっきり俺は、ヒナが俺の事を敵視していると思っていた。

ところがさっきのヒナは、こう言った。

『ソウちゃん!私ソウちゃんのこと信じているから。ここは危ないわ。逃げて、すぐ逃げてー!!!』

この時のヒナの表情をハッキリと覚えている。

この世界に来る前の、優しいヒナ、俺のことをいつも庇ってくれるヒナ、その表情に間違いなかった。

(俺を信じているということは、俺がダニクを殺していない。俺は敵じゃないということを信じてくれたのだろうか?)

ヒナに何があったのか、どうして俺の事を信用してくれているのかは、いくら考えても判らない。
それでもヒナが俺の味方に戻ったということは、間違いないようだ。

その時、俺の心の中に詰まっていたドロドロしたものが、流れ出たような気がした。

「ソウ、何考えているんだ?」

ドルムさんが助手席から俺を覗き込んだ。

「あ、何でもないです。エヘヘ」

「お、何かいいことあったみたいだな。さっきのねえちゃんだろ。ガハハ」

図星だった。
ドルムさんは変に感が鋭い。
その時ナビが注意喚起した。

『警戒、前方1キロメートル付近で、大規模戦闘行為発生中』

「ナビ、モニターに出せ」

『了解』

モニターにはさっきの戦闘のように、人や馬がブリッツ表示された。

ブリッツは
青いブリッツ 30    騎馬
赤いブリッツ 28    馬車
黄色いブリッツ 50   歩兵

灰色の大きなブリッツ 70  魔物  
灰色の小さなブリッツ 580 魔物
だった。

ブリッツは赤や青のブリッツが円形をかたどり、灰色、つまり魔物がそれを取り囲んでいる。

キャラバンが魔物に襲われているようだ。

「ナビ、ドローンで偵察」

『了解』

屋根からドローンが飛び立つ音がした。

「ナビ、モニターをドローン視点に切り替え。」

『了解』

ドローンが戦場の様子を映し出す。

砂漠の中の開けた場所で20~30の馬車が円陣を組み、その中に騎馬や歩兵が籠って外敵の侵入を防いでいる。

外敵は大型のサソリや蛇だ。

サソリは大きいもので軽四輪自動車と同じくらい、今、実際にキャラバンを襲っているのは10匹くらいの大型種だが、その後ろに小ぶりのサソリが何百とうごめいている。

蛇は飛行機の墜落現場で見たウララウトというウミヘビに似ている。
大きさは電柱くらいで、数は5匹くらい。
サソリ同様、小型の蛇がうじゃうじゃとうごめいている。

ハッキリとは確認できないがクモ型の魔物もいるようだ。

キャラバンを守っているのは、兵士数名と日本の半纏はんてんのような上着を着た人が50~60人くらい。
守っている人の戦意は旺盛だが、いかんせん、魔物の数が多い。

死人、怪我人が段々増えている。
このままではおそらく全滅だろう。

「ドルムさん。」

俺はドルムさんの名前を呼んだ。

「わかってるよ、行けよ。」

俺は後部座席を振り返った。

「すまん。みんな、あの人達を見捨てられない。」

「兄ちゃん、イケー」

「ニイニ、イコ」

「師匠、助けにいくでがんす。」

「それでこそ、ソウ様」

今、俺達は追われる身、それでも、俺は窮地に陥った人達を見捨てることが出来なかった。

多くを語る暇がなく、目線だけで仲間の了解を求めたが、全員がすぐに理解してくれた。

「ナビ、お前の腕の見せどころだ。人間に危害を加えることなく、魔物を殲滅しろ。」

『了解』

屋根からドローン全機が飛び立った。

ミサイル発射管が仰角ぎょうかくになり、何発かのミサイルが飛び出した。
ウルフの前部機関銃が唸る。
クラスターミサイルがキャラバンから遠いところに着弾した。

着弾と同時にビー玉程度の大きさの鋼鉄球が多数かつ高速で打ち出される。

着弾点を中心として半径100メートル内の魔物の体のあちこちが吹き飛ぶ、魔物は緑色の体液をほとばしりながら、その場に崩れ落ちる。

ナビには人に被害を出すなと命じてある。
クラスターミサイルは、その子弾が馬車に届かない範囲に着弾している。
円陣を組む馬車の周囲8か所くらいでクラスターミサイルが破裂し、外周の魔物は壊滅状態になった。

俺はウルフをキャラバンに近づけながら、獣化を開始した。
ナビだけでは、円陣内部に入り込んだ魔物を倒せないだろうと判断したのだ。

おれの具合が悪い時、つまり魔力詰まりを起こしている時は、獣化できなかった。
獣化は魔力の消費もさることながら、微妙な精神コントロールが必要だった。

だから魔力が詰まって精神的に落ち込んでいる時には発揮できなかったのだ。
しかし、今は獣化できる気がする。

「ソウ様・・」

初めて俺の獣化を見たテルマさんが驚いている。

「後でね」

後でテルマさんには説明するつもりだ。

「兄ちゃん、治った!!」

ピンターはよく理解している。

『敵魔物、殲滅数607 残存数43 これ以上の攻撃は人間に危害を加える恐れがあります。続行しますか?』

「いや、ナビご苦労。後は俺がやる。ドローンで補助だけしろ。」

『了解』

「みんな、ウルフから絶対に出るな。」

そう言い残して

俺は獣化をしたまま、車から出たが、ドルムさんが、勝手についてきた。

「たまには運動させろ。ガハハ」

「いいけど怪我しないでよ。フフ」

俺が車から降りてキャラバンの円陣に近づくと、矢が飛んできた。

「バカヤロウ。味方だ味方だ。俺が魔物に見えるか。!!アホウ」

ドルムさんが大声で叫ぶ。

「魔物じゃないよ。この人は、悪魔だよ。」

俺が小声でつぶやいた。

「なんか言ったか?あん?」

地獄耳だ・・・

「打ち方やめー、味方だ。打つな。」

聞き覚えのある声だ。

俺達への攻撃を中止させた人は他の人と同様、半纏を着ている。
その半纏には

 『キノクニ』

と書かれていた。

(ブンザさんだ。)

俺とドルムさんは、ブンザさんに軽く片手を上げただけで、すぐに円陣の中へ入っていった。

円陣の中では数匹の魔物が暴れていたが、その魔物を取り囲む人の数が多く、ウルフの威力が大きい攻撃では、怪我をさせる恐れがあったのだ。

ドルムさんは、手にした魔剣で次々と蛇や蜘蛛を片付けていく。

ブンザさんの仲間5人が、一匹の大きなサソリを取り囲んでいるが、サソリは固くて人間の攻撃は通らないようだ。

俺は久しぶりに魔剣を取り出し炎をまとわせサソリの横からハサミのある腕向けて魔剣を振り下ろした。
ガツンという手応えと共に、サソリの腕が落ちた。

「おおー」

周囲から歓声があがる。

更に反対側の腕も落とし、とがった針を先端に持つサソリの尾っぽを切り落とした後、正面からサソリに向き合い、サソリの頭を上段の構えから切りつけた。

サソリの頭に深々と魔剣が食い込むと、サソリは痙攣しながらひっくり返った。

「うおーーー」

先程の歓声より更に大きな歓声が上がった。
その後もドルムさんと共闘して円陣内の魔物をほぼ、掃討した。

俺が一息ついた時

「キャー」

俺の後ろで悲鳴が上がった。

14歳~15歳の綺麗な女性が大型のサソリに腕のハサミで掴まれていた。

サソリの尻尾が少女を狙っている。

少女の右8メートルくらいの所に居た戦士が少女に目をやる。

間に合いそうにない。

俺から少女まで約10メートル、俺からも剣は間に合いそうに無い。

「パラライズ」

俺は、闇属性の魔法でサソリを攻撃した。
サソリは一瞬、動きを止めた。
その隙に戦士がサソリの尻尾を切り落とす。

俺がサソリの腕を切り落として少女を救出した。
少女は気絶している。

「間一髪だった。礼を言う。」

戦士が自分の胸に握りこぶしを充て、軽く頭を下げた。
戦士の礼式だ。

「間に合ってよかったよ。」

俺が戦士に目をやったところ、その顔には大きな古傷があった。

バシク班長だ・・・

(まずいな、この人、リザの酒場で会った兵隊だよ。俺の手配書見たかな?)

早々に、その場を離れようとしたが、少女が結構深手を負っていることに気が付いた。
少女の腕と頭に大きな傷がある。
流血も激しいようだ。

「誰か、誰かヒール使いを呼んでくれ、お嬢が・・」

戦士が叫ぶ。

俺は、少女の患部に手をあててヒールを施した。
流血は止まったが、傷跡が残っている。

俺は懐から、青いカプセルを取り出して、戦士に差し出した。

「ヒールの効果がある薬だ。俺を信用するなら、その子に飲ませろ。傷跡も消えるはずだ。」

戦士はだまって頭を下げ、俺から薬を受け取った。

「おーい、そ・・シン。こっちは終わったぞ。」

ドルムさんが俺の事を本名で呼びかけそうになった。
俺の手配写真が出回った時、俺は仲間に対して人前では絶対に「ソウ」と呼ぶな、「シン」と呼ぶようにお願いしていた。

おれはドルムさんに近づいて肘でドルムさんの脇腹をつっついた。

「スマンスマン。そ・・シン。アハハ。難しいぞ。・・」

俺達は周囲を見回して魔物の殲滅を確認した後、ウルフへ帰ろうとした。

「お待ち下さい。シン様」

ブンザさんだ。

「この度は、危ういところ、いや全滅の危機をお救い下さいましたこと。心より御礼申し上げます。ここでは何のお礼もできませんが、国に帰れば、キノクニとして最大限のお礼をさせていただきます。」

ブンザさんは深々と頭を下げた。

「いいですよ、とおりかかったら危なそうだったので、ちょっと手助けしただけですから。」

ブンザさんが俺の目を見て再度、礼を言った。

「いえいえ、このような魔物の大群、私共だけでは絶対にしのぎ切れませんでした。それを何の義理も無いシン様に命がけのご助力をいただいたのです。感謝のしようもございません。」

「ブンザさん。貴方はドランゴさんの親友でしょ。助ける義理はそれだけで十分です。家族の親友を助けないアホウなら、この世界で生きていく価値が無いです。」

「あのドランゴ・・・ドランゴはシン様の家族でありますか?」

「そうです。間違いなく俺の家族です。」

ウエーン、オンオンン・・・

不意に俺の後ろから泣き声がした。

ドランゴだ。

鼻水と涙でぐしゃぐしゃ。
その顔を俺に押し付け抱き着いてくる。

「師匠、師匠、ワッシはワッシは、・・・ウブゥ、ふう」

(泣くのかしゃべるのかどちらかにしてね。汚いし・・)

逃避行の道中、ドランゴは迷っていた。
住処を離れ、鍛冶屋を手放し、何の能力もない自分が、ソウについて行ってどうなるのか?

ドランゴには家族がなかった。

幼い頃両親を亡くし、ドワーフの街に来た行商人に拾われ、ゲランの国にやってきたが、職人として大した功績も残せず、流れ流れてブテラに来たものの、やはりさえない鍛冶屋だった。

そこに現れたソウが魔剣の作り方を教えてくれるという。

魔剣は憧れだった。
鍛冶職人として一生に一度は名のある魔剣を生み出してみたかった。

ソウについていこうと決めてはいたものの能無しの自分がソウについて行っても、いずれはお払い箱になるのではないかと。一抹の不安が絶えずドランゴの胸の中にあった

ブテラをソウと一緒に逃げ出して砂漠で魔物と戦闘になったが、やはり自分は役立てない。

戦闘が終わったので外に出てみたところ、遠くで親友のブンザとソウが話し合っている。

ブンザに挨拶をしようと近寄ったところ二人の声が聞こえた。

『あのドランゴ・・・ドランゴはシン様の家族でありますか?』

『そうです。間違いなく俺の家族です。』

ドランゴが

『ワッシにも家族がある。』

と生まれて初めて実感できた瞬間だった。

戦闘後、怪我人の治療をしたり、壊れた馬車の修理をしたり、忙しく働いていたところ、日が暮れた。

空には相変わらず、赤い月と青い月が並んでいたが、なぜだか青い月の輝きが増しているように感じられた。

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