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第三章 キャラバン編
第42話 キャラバン 運の良い少女
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魔物に襲われているブンザさんのキャラバンを助けた夜、俺達一行はブンザさんのテントへ招かれていた。
「今日は、本当に危ないところを助けていただきまして、ありがとうございました。改めてお礼申しあげます。」
ブンザさんが畳の上で正座し三つ指をついて頭を下げた。
俺は、その姿を懐かしく思いながら
「いいですよ、さっきも言った通りドランゴさんの親友を助けただけですから、それにブンザさんには良い取引をしてもらっていますしね。」
と応えた。
ドランゴさんが身を乗り出した。
「そうでがんすよ。師匠は困っている人を見つけたら、捨て置けない人でやんすから。ここに居る全員が師匠に助けられた経験があるでがんす。」
「あ、そうそう、ブンザさんに俺の家族を紹介します。ピンター、ルチア、ドルムさん、テルマさんです。ドランゴさんもね。」
「俺の家族」という言葉にピンター以外が反応した。
ルチアは、俺の首っ玉にまとわりつき、喉をゴロゴロ鳴らしている。
テルマさんは、少し顔を赤らめながら会釈をした。
ドルムさんも少し照れくさいようだ。
ピンターだけは、当たり前だと思っているのか何も反応しない。
「まぁ大家族ですのね。ドランゴ、お前幸せ者だね。こんな素敵な家族に巡り合えて。」
ブンザさんはドランゴさんの身の上を知っているのだろう。
「そうでがすな。幸せ者でやんす。ウヒヒ」
「それにしても今日の魔物の大群は、すごかったな。俺もあれほどの大群は初めて見たぜ。」
ドルムさんが昼間の戦闘に話題をふる。
「そうですね。この砂漠でも『スタンピート』と言われる魔物の暴走がたまに起こりますが、あれ程の規模のスタンピートは、私も生まれて初めてです。」
長年この砂漠を行き来しているブンザさんでも初めての体験だそうだ。
「その大群をいとも簡単に殲滅したシン様は、驚きのお力です。」
「いえいえ、俺の先祖が残してくれた武器・・・いや神器の性能が良かっただけです。」
この世界にたまに現れる古代の武器や道具、タイチさんの時代の機器を今の時代の人は
『神器』
と呼んでいる。
「あの馬車、あれほど大きくて頑丈。しかも馬無しで走るなんて。あれほどの神器は見たことがありません。取引したダイヤ同様、出所は詮索しませんが、うらやましい限りです。」
それから宴が始まった。
昼間の戦闘で死者も出ているので不謹慎だとも思ったが、ブンザさんの話によるとキャラバンで死傷者が出るのはやむを得ないこと。
死者の弔いも兼ねて陽気に飲むのがこの世界の習わしのようだ。
亡くなった方の死を悼みつつ、生存者の幸を祈願するそうだ。
「この酒は、美味しいですね。初めて飲みました。」
ドルムさんが、ウルフから持ち出した酒瓶を持ち上げてブンザさんが感嘆の声を上げている。
酒瓶には
「スコッチウィスキー」
と書かれている。
ドルムさんが答える
「おう、うめーだろ。ソ・・シンの酒蔵のとっておきだからな。」
(とっておきってあんた、もういくつか飲んだの?)
「ところでシン様。これからのご予定は?」
「ええと、これから全員でゲラニへ向かう予定です。」
「そうですか。失礼ですが、ゲラニへの通行許可手続きは、お済みですか?」
通行許可手続きなど、初めて聞いた。
よく考えればブテラのような田舎町でも、街の入り口に検問所や番所があるのだから、首都に検問がないはずもない。
俺は少しあわてた。
「あ、えーと。ちょっと慌てて出発したものだから、手続きしてません。」
俺は正直に言った。
「そうですか、それならばどうでしょう。我キノクニキャラバンの一員になられては。
お急ぎなら無理にお勧めしませんが、そうでないなら、このキノクニの屋号は、このゲラン国においては、無制限自由行動の手形とほぼ同じ意味を持ちます。」
通常、通行許可手続きを取らずに他の領地へ入領するのは、犯罪者か逃亡者くらいのものだ。
そのことがわかっていながら、ブンザさんは、あえて「キノクニ」の名前を使うよう勧めてくれているのだろう。
「しかし、そんなことをすれば、ブンザさんに迷惑をかけてしまいます。それほど私達を信用していいものですか?」
俺は本心でそう語った。
キャラバンを救ったとはいえ、俺は『殺人犯』として指名手配されている身の上だ。
実際には人殺しなんてしていないが、表面上は凶悪犯なのだ。
もしそのことが発覚してしまうと、ブンザさんに大きな迷惑をかけてしまう。
「シン様、命を救って下さった貴方様だから、私の秘密を打ち明けます。私は
『真偽判定』
という加護を持っています。
この加護は、他人の嘘を見抜く加護です。
ですから、貴方様が「シン様」という名前以外の嘘をついていないことがわかっているのです。」
『真偽判定』というスキルは初耳だが、ここでブンザが嘘をつく必要はない。
ブンザは商人だ。
長らく商いを続けていて、他人の嘘を見抜く能力が磨かれているのは間違いないだろう。
俺は少し悩んだ、何と言うべきか。
しかし、よく考えれば、嘘がつけないのだから、本当の事を言うしかない。
事実、偽名以外の嘘はついてない。
ブンザさんには誠実に対応しよう。
「まず、偽名を使ったことをお詫びします。故あって嘘の名前を使いました。
私の本名はソウ・ホンダと申します。
そして私は『殺人犯』として指名手配を受けています。
しかし私は故意に人を殺めたことはありません。
敵の策略で殺人犯の汚名を着せられているのです。
そしてこれが私の本性です。」
俺は獣化を解いて本当の自分、16歳の高校生にもどった。
ブンザさんは驚いたようだが、すぐ冷静になった。
「只今のシン様・・いえソウ様のお話、全て真実であると確信しております。ご苦労なされたのですね。」
ブンザさんは、獣化を解いて16歳に戻った俺にも、丁寧な言葉使いで対応してくれた。
「すべてを正直に話しました。俺は、これからこのピンターの姉を探しにゲラニに侵入するつもりです。私事でブンザさんやキノクニの屋号を汚すわけにはまいりません。」
「何をおっしゃいますか、貴方は私共の命の恩人です。その恩人に報いるためなら、私の名やキノクニの屋号がいくら汚れようと、かまいません。
ソウ様あなたは、おっしゃいましたよね。
『家族の親友を助けないアホウなら生きる資格がない。』
今、その言葉をお返しします。私は親友ドランゴの家族を助けないアホウになりたくないです。」
(ブンザさん・・・)
「ブンザ、ワッシはお前の友達でよかった。ワッシは良い家族と、良い友に恵まれておりやす。」
ドランゴさんがポロポロと涙をこぼしている。
「シン・・じゃなくてソウ。ブンザはこれだけ本心をさらけ出して応えてくれているんだ。たまには誰かに甘えろ。なっ」
俺は泣くのをこらえた。
この世界に来て、これほどこの世界の人に信用され、これほど親切にされたことはピンターの家族以外に無かった。
ブンザさんは、俺が殺人罪で指名手配を受けていることを知りながら、自分の命とも言える『キノクニ』の屋号を俺の傘にしてくれるという。
万が一俺を庇ったことがばれると「キノクニ」の屋号は取り潰されるかもしれない。
それでも尚、手を差し伸べてくれるのだ。
「わかりました。ブンザさんの心意気に甘えたいと思います。よろしくお願いします。」
俺は畳の上に正座して畳に手を着き、頭を下げた。
「よろしゅうござんす。これ以降ソウ様一行は、キノクニの一員です。このキャラバンの頭であるブンザ・キノクニが命に代えてもお守りいたします。」
ブンザが見得を切った。
「といったものの、私達が守られそうですけどね。アハハ」
ブンザが笑った。
それにつられてこの場に居た全員が笑った。
和やかに宴は進む。
雑談途中、俺は自分の指名手配書のことが気になってブンザに尋ねたが、ブンザのキャラバンがブテラを出発したのは今から一週間前で、その時にはまだ、指名手配書が出されてなかったそうだ。
つまり、このキャラバンの参加者全員、俺が指名手配犯であるということを知らないということだ。
俺は少し安心した。
全員で飲み食いを楽しんでいたところ、テントの外から声がした。
「失礼する。ブンザ殿はおいでか?」
男の声だ。
俺はすぐに獣化した。
「はい。ここに居ます。どちら様でしょう。」
「バシクです。姫様の警護役バシクです。夜分にもかかわらず、まかりこしたことをお詫びする。だがことは急ぐ。入ってもよろしいか?」
「どうぞ、お入りください。」
バシクがテントの中に入って来た。
俺達を見渡し、俺の姿を見つけると軽く会釈した。
「ブンザ殿、キャラバンに医者はおらぬか?」
「ヒール使いは何名かおりますが、医者はおりません。どうなさいました?」
「実は姫が昼間の戦闘で負傷した。傷はそこの御仁のヒールと投薬で塞がり一時は意識も回復した。
ところが、先ほどから再び気を失い病状が悪化している。顔色も悪いし、脈も弱っている。危険な状態だ。」
「それは、困りましたね。しかしヒール使いしかおりませんし、街までヒールしつづけて街で医者に見せる他ないですね。ブテラまで引き返しましょう。」
ブテラまで引き返されると困る。
「バシクと言ったな。もしよければ俺が診察しようか、医術の心得が多少ある。」
「それは助かる、是非とも見てもらいたい。重ね重ね迷惑をかける。」
と言いながら、軍隊式礼をした。
実際のところ俺には医学的知識なんて全くなかったが、あてはあった。
困った時の・・・
(マザー聞こえるか?)
『はいソウ様、感度良好です。お久さしぶりですね。』
(久しぶり、会いたかったよ。ところでマザー、病人を診察できるか?)
『詳細な検査は出来ませんが、スキャンニングで患部を探すことは出来ます。』
(それで、十分だ)
「バシク、案内してくれ。」
俺はバシクに案内されて、他のテントより一際大きなテントへ入った。
そこには4人の侍女と3人の執事に囲まれ横たわっている少女が居た。
全員がこちらを見る。
「誰だお前は。」
身なりの整った執事の一人が詰問した。
「昼間、サソリから姫を救ってくれた御仁だよ。」
バシクが執事に告げる。
「それで、ここに何の用だ。」
「この御仁は医術の心得があるそうだ。」
「このような男が?」
俺は何時でも獣人化できるように、いつも大きめの鍛冶屋の作業着を着ている。
執事達には、その見た目が不審なのだろう。
(どの世界でも、見た目で判断するやつが、多いな)
俺はバシクを見て言った。
「どうするんだ。別に俺は頭を下げてまで診察するつもりはないが。」
バシクは少し困ったようだ。
「すまん。少し待ってくれ。」
バシクは執事の中でも一番の年寄りに詰め寄った。
「この御仁は、昼間、あの大量の魔物を、ほぼ一人で殲滅したお方だ。馬車の中で震えていたお前達には分からないだろうがな。その御仁が手を貸して下さるといってるんだ。何をためらっている。」
昼間の魔物騒ぎ、知らないはずもないが、怖くて隠れていたであろう者たちに、俺が魔物を殲滅したとは信じられないようだ。
初老の男が進み出る。
「わかった。診断してくれ。礼はする。治療が成功すれば大枚を払おう。」
(金なんて、いらねぇよ。ふん。・・・ちょっとは欲しいが、お前からは、いらないや。)
俺は少し気分を悪くした。
「それじゃ患者以外の人は外へ出てくれ。」
「なんと、それは無理じゃ、お嬢様を一人にするのは・・」
さっきの男、おそらく執事長であろう人が、俺の要求を蹴った。
うさんくさそうな目で俺を見ている。
俺は少女をスキャンするつもりだが、マザーとの通信を誰にも悟られたくなかった。
もしこの中に「遠話」の達人がいれば、察知されるかもしれないのだ。
「俺は、自分の加護を他人に見せたくない。俺の要求が認められんのなら、仕方ない。好きにしてくれ。」
もちろんブラフだ。
俺が立ち去る素振りを見せたところ、バシクがそれを制した。
「失礼した。貴殿のおっしゃることごもっともだ。しかし患者は妙齢の女性だ。侍女一人を付き添わせてもらえまいか。」
「わかった。付き添い一人おいて、他の者は出てくれ。」
侍女が一人残り少女に付き添った。
俺は横たわる少女の手を握った。
(マザー、スキャンして。)
『了解しました。』
(どうだ?)
『外傷はほぼ完治していますが、体内に異物があります。映像を見ますか?』
(見せて)
マザーは少女をスキャニングしたデータを映像として俺に見せた。
少女の頭部から足へ向けて映像がスクロールしていく。
頭は何の以上も無い。
口、喉、胸部、腹部へと映像は進む。
肺の下の腹部に黒い影が見える。
(その影を拡大して)
『はい。』
その影は『↑』の形をしていて、背部から肋骨の下を通って腹部に入っている。
矢印の根元は腹部内に埋没し、ギリギリ体外には出ていない。
おそらく小型のサソリに尻尾で刺されて、毒針のみが体内に残ったのだろう。
体内で折れて、外部からは発見できないかもしれない。
しかし少女の背面、肋骨の下に針が通った小さな穴が傷として残っているはずだ。
「そこの侍女」
「は、はい。」
「その女性の上着をめくれ、上半身を裸にしろ。」
「え、え、それは、恐れ多くて・・・私には・・」
侍女が泣きだした。
(あーもー、面倒だな。まったく)
俺は仕方なく外の執事達をテントに呼び入れた。
「今、診察をした。この子の体内に毒針のような物が残っている。それを取り除かなければ回復しない。」
侍女のうち一番年取って、一番太ったおばさんが俺をにらみつけた。
「どうして、そんなことが判るの。体内に針が残ってるなんて。私はお嬢様の体を隅々まで見ました。針なんて入ってないです。」
(うわー、この手のオバサン苦手だー・・・)
「それでは、この子の背面、左側のアバラの直下を見てみろ、おそらく小さな傷があるはずだ。ヒールしたから、痕跡は薄いが、かならず傷がある。もしかしたら針の根元が皮膚を破って外へ出ているかもしれない。俺は外へ出るから見てみろ。」
俺はテントの外へ出て結果を待った。
執事長が外へ出てきた。
「あった。小さな傷跡が、そこを少し切り開いたところ、黒い芯の先端が見えた。おそらくサソリの毒針だろう。」
(やっぱね、だからいったじゃないか、毒針だって・・)
「それで、どうする。お前達で、その針を引き抜くか?」
執事長は困っている。
「いや、サソリの針なら、先端に返しがついているので、無理に引き抜けば内臓を傷つけしまう。かといって街まで運べば、針が体を縫って内臓に穴を開けかねない。」
実際のところ、少女を救うのには開腹手術をするしかないと思う。
腹部正面を切開し、毒針の先端部分、返しのある部分から返しが掛からないように引き抜くしかないはずだ。
しかし、それを誰がするのか、手術道具は?
(タイチさーん。)
『何だ?』
(ポータブルハウス内に手術道具ってある?)
『メディカルマシンなら、あるぞ。盲腸炎くらいの手術なら自動でやってくれる。』
(おお、ばっちりだ。それって、誰でも使える?)
『人狼の血を引く者なら誰でも使える。患者を台に乗せてエンターキィ押すだけだ。』
この少女は運が良い、こんな広い砂漠で、たまたま俺達がキャラバン近くを通りかかった。
たまたま俺達とブンザさんが知り合いでキャラバンと合流した。
そんな幾つもの偶然が、おそらくこの少女の命を救う。
「今日は、本当に危ないところを助けていただきまして、ありがとうございました。改めてお礼申しあげます。」
ブンザさんが畳の上で正座し三つ指をついて頭を下げた。
俺は、その姿を懐かしく思いながら
「いいですよ、さっきも言った通りドランゴさんの親友を助けただけですから、それにブンザさんには良い取引をしてもらっていますしね。」
と応えた。
ドランゴさんが身を乗り出した。
「そうでがんすよ。師匠は困っている人を見つけたら、捨て置けない人でやんすから。ここに居る全員が師匠に助けられた経験があるでがんす。」
「あ、そうそう、ブンザさんに俺の家族を紹介します。ピンター、ルチア、ドルムさん、テルマさんです。ドランゴさんもね。」
「俺の家族」という言葉にピンター以外が反応した。
ルチアは、俺の首っ玉にまとわりつき、喉をゴロゴロ鳴らしている。
テルマさんは、少し顔を赤らめながら会釈をした。
ドルムさんも少し照れくさいようだ。
ピンターだけは、当たり前だと思っているのか何も反応しない。
「まぁ大家族ですのね。ドランゴ、お前幸せ者だね。こんな素敵な家族に巡り合えて。」
ブンザさんはドランゴさんの身の上を知っているのだろう。
「そうでがすな。幸せ者でやんす。ウヒヒ」
「それにしても今日の魔物の大群は、すごかったな。俺もあれほどの大群は初めて見たぜ。」
ドルムさんが昼間の戦闘に話題をふる。
「そうですね。この砂漠でも『スタンピート』と言われる魔物の暴走がたまに起こりますが、あれ程の規模のスタンピートは、私も生まれて初めてです。」
長年この砂漠を行き来しているブンザさんでも初めての体験だそうだ。
「その大群をいとも簡単に殲滅したシン様は、驚きのお力です。」
「いえいえ、俺の先祖が残してくれた武器・・・いや神器の性能が良かっただけです。」
この世界にたまに現れる古代の武器や道具、タイチさんの時代の機器を今の時代の人は
『神器』
と呼んでいる。
「あの馬車、あれほど大きくて頑丈。しかも馬無しで走るなんて。あれほどの神器は見たことがありません。取引したダイヤ同様、出所は詮索しませんが、うらやましい限りです。」
それから宴が始まった。
昼間の戦闘で死者も出ているので不謹慎だとも思ったが、ブンザさんの話によるとキャラバンで死傷者が出るのはやむを得ないこと。
死者の弔いも兼ねて陽気に飲むのがこの世界の習わしのようだ。
亡くなった方の死を悼みつつ、生存者の幸を祈願するそうだ。
「この酒は、美味しいですね。初めて飲みました。」
ドルムさんが、ウルフから持ち出した酒瓶を持ち上げてブンザさんが感嘆の声を上げている。
酒瓶には
「スコッチウィスキー」
と書かれている。
ドルムさんが答える
「おう、うめーだろ。ソ・・シンの酒蔵のとっておきだからな。」
(とっておきってあんた、もういくつか飲んだの?)
「ところでシン様。これからのご予定は?」
「ええと、これから全員でゲラニへ向かう予定です。」
「そうですか。失礼ですが、ゲラニへの通行許可手続きは、お済みですか?」
通行許可手続きなど、初めて聞いた。
よく考えればブテラのような田舎町でも、街の入り口に検問所や番所があるのだから、首都に検問がないはずもない。
俺は少しあわてた。
「あ、えーと。ちょっと慌てて出発したものだから、手続きしてません。」
俺は正直に言った。
「そうですか、それならばどうでしょう。我キノクニキャラバンの一員になられては。
お急ぎなら無理にお勧めしませんが、そうでないなら、このキノクニの屋号は、このゲラン国においては、無制限自由行動の手形とほぼ同じ意味を持ちます。」
通常、通行許可手続きを取らずに他の領地へ入領するのは、犯罪者か逃亡者くらいのものだ。
そのことがわかっていながら、ブンザさんは、あえて「キノクニ」の名前を使うよう勧めてくれているのだろう。
「しかし、そんなことをすれば、ブンザさんに迷惑をかけてしまいます。それほど私達を信用していいものですか?」
俺は本心でそう語った。
キャラバンを救ったとはいえ、俺は『殺人犯』として指名手配されている身の上だ。
実際には人殺しなんてしていないが、表面上は凶悪犯なのだ。
もしそのことが発覚してしまうと、ブンザさんに大きな迷惑をかけてしまう。
「シン様、命を救って下さった貴方様だから、私の秘密を打ち明けます。私は
『真偽判定』
という加護を持っています。
この加護は、他人の嘘を見抜く加護です。
ですから、貴方様が「シン様」という名前以外の嘘をついていないことがわかっているのです。」
『真偽判定』というスキルは初耳だが、ここでブンザが嘘をつく必要はない。
ブンザは商人だ。
長らく商いを続けていて、他人の嘘を見抜く能力が磨かれているのは間違いないだろう。
俺は少し悩んだ、何と言うべきか。
しかし、よく考えれば、嘘がつけないのだから、本当の事を言うしかない。
事実、偽名以外の嘘はついてない。
ブンザさんには誠実に対応しよう。
「まず、偽名を使ったことをお詫びします。故あって嘘の名前を使いました。
私の本名はソウ・ホンダと申します。
そして私は『殺人犯』として指名手配を受けています。
しかし私は故意に人を殺めたことはありません。
敵の策略で殺人犯の汚名を着せられているのです。
そしてこれが私の本性です。」
俺は獣化を解いて本当の自分、16歳の高校生にもどった。
ブンザさんは驚いたようだが、すぐ冷静になった。
「只今のシン様・・いえソウ様のお話、全て真実であると確信しております。ご苦労なされたのですね。」
ブンザさんは、獣化を解いて16歳に戻った俺にも、丁寧な言葉使いで対応してくれた。
「すべてを正直に話しました。俺は、これからこのピンターの姉を探しにゲラニに侵入するつもりです。私事でブンザさんやキノクニの屋号を汚すわけにはまいりません。」
「何をおっしゃいますか、貴方は私共の命の恩人です。その恩人に報いるためなら、私の名やキノクニの屋号がいくら汚れようと、かまいません。
ソウ様あなたは、おっしゃいましたよね。
『家族の親友を助けないアホウなら生きる資格がない。』
今、その言葉をお返しします。私は親友ドランゴの家族を助けないアホウになりたくないです。」
(ブンザさん・・・)
「ブンザ、ワッシはお前の友達でよかった。ワッシは良い家族と、良い友に恵まれておりやす。」
ドランゴさんがポロポロと涙をこぼしている。
「シン・・じゃなくてソウ。ブンザはこれだけ本心をさらけ出して応えてくれているんだ。たまには誰かに甘えろ。なっ」
俺は泣くのをこらえた。
この世界に来て、これほどこの世界の人に信用され、これほど親切にされたことはピンターの家族以外に無かった。
ブンザさんは、俺が殺人罪で指名手配を受けていることを知りながら、自分の命とも言える『キノクニ』の屋号を俺の傘にしてくれるという。
万が一俺を庇ったことがばれると「キノクニ」の屋号は取り潰されるかもしれない。
それでも尚、手を差し伸べてくれるのだ。
「わかりました。ブンザさんの心意気に甘えたいと思います。よろしくお願いします。」
俺は畳の上に正座して畳に手を着き、頭を下げた。
「よろしゅうござんす。これ以降ソウ様一行は、キノクニの一員です。このキャラバンの頭であるブンザ・キノクニが命に代えてもお守りいたします。」
ブンザが見得を切った。
「といったものの、私達が守られそうですけどね。アハハ」
ブンザが笑った。
それにつられてこの場に居た全員が笑った。
和やかに宴は進む。
雑談途中、俺は自分の指名手配書のことが気になってブンザに尋ねたが、ブンザのキャラバンがブテラを出発したのは今から一週間前で、その時にはまだ、指名手配書が出されてなかったそうだ。
つまり、このキャラバンの参加者全員、俺が指名手配犯であるということを知らないということだ。
俺は少し安心した。
全員で飲み食いを楽しんでいたところ、テントの外から声がした。
「失礼する。ブンザ殿はおいでか?」
男の声だ。
俺はすぐに獣化した。
「はい。ここに居ます。どちら様でしょう。」
「バシクです。姫様の警護役バシクです。夜分にもかかわらず、まかりこしたことをお詫びする。だがことは急ぐ。入ってもよろしいか?」
「どうぞ、お入りください。」
バシクがテントの中に入って来た。
俺達を見渡し、俺の姿を見つけると軽く会釈した。
「ブンザ殿、キャラバンに医者はおらぬか?」
「ヒール使いは何名かおりますが、医者はおりません。どうなさいました?」
「実は姫が昼間の戦闘で負傷した。傷はそこの御仁のヒールと投薬で塞がり一時は意識も回復した。
ところが、先ほどから再び気を失い病状が悪化している。顔色も悪いし、脈も弱っている。危険な状態だ。」
「それは、困りましたね。しかしヒール使いしかおりませんし、街までヒールしつづけて街で医者に見せる他ないですね。ブテラまで引き返しましょう。」
ブテラまで引き返されると困る。
「バシクと言ったな。もしよければ俺が診察しようか、医術の心得が多少ある。」
「それは助かる、是非とも見てもらいたい。重ね重ね迷惑をかける。」
と言いながら、軍隊式礼をした。
実際のところ俺には医学的知識なんて全くなかったが、あてはあった。
困った時の・・・
(マザー聞こえるか?)
『はいソウ様、感度良好です。お久さしぶりですね。』
(久しぶり、会いたかったよ。ところでマザー、病人を診察できるか?)
『詳細な検査は出来ませんが、スキャンニングで患部を探すことは出来ます。』
(それで、十分だ)
「バシク、案内してくれ。」
俺はバシクに案内されて、他のテントより一際大きなテントへ入った。
そこには4人の侍女と3人の執事に囲まれ横たわっている少女が居た。
全員がこちらを見る。
「誰だお前は。」
身なりの整った執事の一人が詰問した。
「昼間、サソリから姫を救ってくれた御仁だよ。」
バシクが執事に告げる。
「それで、ここに何の用だ。」
「この御仁は医術の心得があるそうだ。」
「このような男が?」
俺は何時でも獣人化できるように、いつも大きめの鍛冶屋の作業着を着ている。
執事達には、その見た目が不審なのだろう。
(どの世界でも、見た目で判断するやつが、多いな)
俺はバシクを見て言った。
「どうするんだ。別に俺は頭を下げてまで診察するつもりはないが。」
バシクは少し困ったようだ。
「すまん。少し待ってくれ。」
バシクは執事の中でも一番の年寄りに詰め寄った。
「この御仁は、昼間、あの大量の魔物を、ほぼ一人で殲滅したお方だ。馬車の中で震えていたお前達には分からないだろうがな。その御仁が手を貸して下さるといってるんだ。何をためらっている。」
昼間の魔物騒ぎ、知らないはずもないが、怖くて隠れていたであろう者たちに、俺が魔物を殲滅したとは信じられないようだ。
初老の男が進み出る。
「わかった。診断してくれ。礼はする。治療が成功すれば大枚を払おう。」
(金なんて、いらねぇよ。ふん。・・・ちょっとは欲しいが、お前からは、いらないや。)
俺は少し気分を悪くした。
「それじゃ患者以外の人は外へ出てくれ。」
「なんと、それは無理じゃ、お嬢様を一人にするのは・・」
さっきの男、おそらく執事長であろう人が、俺の要求を蹴った。
うさんくさそうな目で俺を見ている。
俺は少女をスキャンするつもりだが、マザーとの通信を誰にも悟られたくなかった。
もしこの中に「遠話」の達人がいれば、察知されるかもしれないのだ。
「俺は、自分の加護を他人に見せたくない。俺の要求が認められんのなら、仕方ない。好きにしてくれ。」
もちろんブラフだ。
俺が立ち去る素振りを見せたところ、バシクがそれを制した。
「失礼した。貴殿のおっしゃることごもっともだ。しかし患者は妙齢の女性だ。侍女一人を付き添わせてもらえまいか。」
「わかった。付き添い一人おいて、他の者は出てくれ。」
侍女が一人残り少女に付き添った。
俺は横たわる少女の手を握った。
(マザー、スキャンして。)
『了解しました。』
(どうだ?)
『外傷はほぼ完治していますが、体内に異物があります。映像を見ますか?』
(見せて)
マザーは少女をスキャニングしたデータを映像として俺に見せた。
少女の頭部から足へ向けて映像がスクロールしていく。
頭は何の以上も無い。
口、喉、胸部、腹部へと映像は進む。
肺の下の腹部に黒い影が見える。
(その影を拡大して)
『はい。』
その影は『↑』の形をしていて、背部から肋骨の下を通って腹部に入っている。
矢印の根元は腹部内に埋没し、ギリギリ体外には出ていない。
おそらく小型のサソリに尻尾で刺されて、毒針のみが体内に残ったのだろう。
体内で折れて、外部からは発見できないかもしれない。
しかし少女の背面、肋骨の下に針が通った小さな穴が傷として残っているはずだ。
「そこの侍女」
「は、はい。」
「その女性の上着をめくれ、上半身を裸にしろ。」
「え、え、それは、恐れ多くて・・・私には・・」
侍女が泣きだした。
(あーもー、面倒だな。まったく)
俺は仕方なく外の執事達をテントに呼び入れた。
「今、診察をした。この子の体内に毒針のような物が残っている。それを取り除かなければ回復しない。」
侍女のうち一番年取って、一番太ったおばさんが俺をにらみつけた。
「どうして、そんなことが判るの。体内に針が残ってるなんて。私はお嬢様の体を隅々まで見ました。針なんて入ってないです。」
(うわー、この手のオバサン苦手だー・・・)
「それでは、この子の背面、左側のアバラの直下を見てみろ、おそらく小さな傷があるはずだ。ヒールしたから、痕跡は薄いが、かならず傷がある。もしかしたら針の根元が皮膚を破って外へ出ているかもしれない。俺は外へ出るから見てみろ。」
俺はテントの外へ出て結果を待った。
執事長が外へ出てきた。
「あった。小さな傷跡が、そこを少し切り開いたところ、黒い芯の先端が見えた。おそらくサソリの毒針だろう。」
(やっぱね、だからいったじゃないか、毒針だって・・)
「それで、どうする。お前達で、その針を引き抜くか?」
執事長は困っている。
「いや、サソリの針なら、先端に返しがついているので、無理に引き抜けば内臓を傷つけしまう。かといって街まで運べば、針が体を縫って内臓に穴を開けかねない。」
実際のところ、少女を救うのには開腹手術をするしかないと思う。
腹部正面を切開し、毒針の先端部分、返しのある部分から返しが掛からないように引き抜くしかないはずだ。
しかし、それを誰がするのか、手術道具は?
(タイチさーん。)
『何だ?』
(ポータブルハウス内に手術道具ってある?)
『メディカルマシンなら、あるぞ。盲腸炎くらいの手術なら自動でやってくれる。』
(おお、ばっちりだ。それって、誰でも使える?)
『人狼の血を引く者なら誰でも使える。患者を台に乗せてエンターキィ押すだけだ。』
この少女は運が良い、こんな広い砂漠で、たまたま俺達がキャラバン近くを通りかかった。
たまたま俺達とブンザさんが知り合いでキャラバンと合流した。
そんな幾つもの偶然が、おそらくこの少女の命を救う。
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