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第三章 キャラバン編

第43話 ドクター・ソウ 溢れ出る怒気

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砂漠の中のキャラバン隊。その中に居る少女が命を落としかけている。

魔物に襲われ、体内に毒針が残った。
助かるには開腹手術しかない。

少女の護衛役や執事達は死にゆく少女を前に何もできず、ただなげいている。

「執事長。俺がやろう。」

執事長であろう初老の男性が驚いて俺を見つめる。

「何を?まさかお前が開腹手術を?」

「そうだよ。誰もやらなければ、この少女は間違いなく死ぬ。俺には医術の心得がある。

それに医術に関する特殊な加護を使うことが出来る。

絶対に成功するとは言えないが、何もしなければ、死ぬのは間違いない。おそらくお前が責任者だろう。判断は任せる。」

「少し時間をくれ。」

執事達が輪になって話し合っている。

普通の声で話すから、聞き耳をた立ててないのに会話の内容がわかってしまう。

「あんなみすぼらしい男に・・大金を・・それよりもしもの時は・・・あの男の・」

(お前ら人に聞こえてまずい話は、もっとひそひそやれよ。・・まったく)

俺は人狼化して聴力が高くなっているのを忘れていた。

「シンさん、と言ったか。手術の成功率はどのくらいだね。」

バシクが話しかけてきた。

「ちょっと待て、計算する。」

(タイチさん、さっきマザーが取ったデータ送るから、見て。この手術成功する?)

『あーん?ちょっと待てよ。・・・・ははーん。こりゃ簡単じゃ。盲腸の手術より簡単じゃな。

今なら内臓に損傷がない。内臓に損傷がなければ、イモの皮を剥くよりかんたんじゃな。
しかし、時間が経過して針が内臓に届けば別じゃ。相当困難になる。』

(ありがとう)

「待たせた。成功率だったな。今ならイモの皮を剥くくらいの難易度だ。失敗のしようがない。

ただし何かの振動や彼女の寝返り等で、針が内臓に刺さると、かなり難しくなる。というか、まず死ぬな。」

「今なら、それほど簡単なのか?俺にはそう思えないが。」

「実際は簡単ではないだろう、だが俺には特殊な加護がある。その加護を使えばの話だ。」

「ふむ。」

バシクは俺がヒールを使えることを知っている。
だったら、他の加護を使うと言っても不審には思わないだろう。

「待たせた。お前に任せる。ただし手術に私達が立ち会う。万が一の時には、私たちもお嬢様の後を追うことになるだろう。」

(うひゃー、家来の殉死?何時の時代だよ。・・・今の時代か)

「それは無理な話だ。先ほども言った通り、俺の加護は他人に見られたくない。

しかし、お前達の心配もわかる。だから、こうするのはどうだ?このキャラバンの責任者、ブンザ・キノクニに立ち会わせる。ブンザなら俺も文句は言わない。」


メディカルマシンのあるポータブルハウス(キューブ)は、既にキャラバン近くに出現させていたが、他人に中を見られたくなかったし。
なにより手術は人狼の俺でなくちゃ出来ない。

メディカルマシンの操作権限が俺にしかないのだ。

俺は今、人目を欺くために人狼化しているが、これは疲れる。

手術をする時には素の俺に戻りたいのだ。

執事達は、また話しあっている。

そこへバシクが割り込んだ。

「何を自分達の心配ばかりしてやがる。姫の状態は一刻を争うんだ。いいかげんにしやがれ。」

執事長が言い返す。

「な、なにを偉そうに、傭兵の分際で。バシク、身分をわきまえろ。」


「たしかに俺は、しがない傭兵だがな。俺の雇い主はてめーらじゃねぇ。そこで死にかけてる姫様と、その父親の領主だよ。

おめーら責任逃れしてーだけだろうが。何が我らも後を追うだ。その気なんてさらさらないくせによう。そこにいる侍女達に聞かせたかっただけだろうがよ。後の言い訳にな。」

「な、な、なんという暴言、貴様、許さんぞ。」

「ああ、許さなくていいよ。責任も全部俺が取ってやる。だから、その姫さんを、その御仁に渡せ。時間がないんだよ!!」

執事長は少し考えてこう言った。

「わかった。全てお前の責任で、お嬢様をこの男に託す。だが手術の結果いかんにかかわらず、お前はクビだ。残金は払わない。手術が終わったら出ていけ。」

「へん!お前らなんてこっちから、お断りだ。」

(バシク・・)

結局、ブンザさんの立会いの元、俺が少女を手術することとなった。

キャラバンの端に設置したキューブの前まで執事達が静かに少女を運び、キューブの中へは、俺達とブンザさんが運び込んだ。

執事達は砂漠の中で白く光っているキューブを見て驚いてはいたが、何も質問しなかった。

ブンザさんには事情を説明して手伝ってもらうことの了解を得ていた。

俺はタイチさんの説明を受けてキューブの地下室から『メディカルマシン』を取り出し一階の居間で、それを展開した。

アタッシュケース風のメディカルマシンに手を添え魔力を流しこむと、5メートル四方位のスクリーンが現れ、そのスクリーンから自動でメディカルマシンが横滑りして全体像をあらわにした。

メディカルマシンは幅2メートル長さ3メートル高さ1メートルくらいで、俺達の世界のCTスキャン装置のような外見だ。

CTと少し違うのはスキャンする装置の両脇にロボットアームが片方8本、両側合計で16本あり、それぞれの先端に義手やレーザー等の手術用具が備わっているところだ。

マシンの頭の位置に、キューブの壁にもあるようなB5程の少し出っ張った平面があったので、そこに俺の手を載せた。

すると音声案内が始まった。

『ユーザー、ソウ・ホンダを確認しました。』

タイチさんがユーザー登録してくれていたようだ。

『患者を全裸にして手術台へ載せてください。』

(え?全裸?・・・・)

それはそうだ。着衣のまま手術なんて出来るはずがない。

俺はブンザさんとテルマさんにお願いした。

もちろん男性陣は退出だ。

マシンの前には、術者の俺と、助手としてブンザさん、テルマさんが残った。

少女の全裸は否が応でも目に入るが、不思議と、いやらしい気持ちにはならなかった。

(ホントだって。・・)

医者の気持ちが少し解るような気がした。

命が懸かっているのだ。いやらしい気持ちになんてなるはずがない。

(だからホントだって・・・)

少女を寝台の所定の位置に乗せると、少女の手首、足首、胴体、額が自動的に固定された後、体全体を何かのシールドが覆った。

『スキャン開始』

シールドの内部が頭から足に向けて光った。

『スキャン完了。体内の毒物の循環を確認。腹部に異物を発見しました。麻酔後、毒物浄化と異物排出の開腹手術を行います。手術による致死率は0パーセントです。実行しますか。』

その場の全員が安堵した。

「メディカルマシン、実行しろ。」


俺が命令するとシールドの一部が開き、少女の腹部が見えた。

幾つかのアームが腹部に伸びて開腹手術をしている。
ブンザさんは、それを見つめているが、テルマさんは目を背けている。

俺は術者として手術を注視していた。

ものの5分もしないうちに少女の腹部が切開され、アームが伸びて腹部から長さ8センチくらいの黒い棒が取り出された。

その黒い棒は先端が尖って矢尻のようになっていた。

棒の部分は無数のとげが龍のうろこのように生えている。

先端方向の力には抵抗が少ないが、根本方向に力を加えれば、棘の傘が開いて引き抜けないような構造になっていた。

もしこの棘の付いた棒を背中側から引き抜けば、内臓を大きく傷つけていただろう。

また内臓に刺さっていれば、内臓ごと切除するしかなかったはずだ。

この少女は運が良い。

針が、あれだけ深く刺さっていたのにかかわらず、奇跡的に内臓と内臓のわずかな隙間を貫いていたのだ。

黒い棒が取り出されてから腹部が閉じられて、目には見えないくらいの細い糸で縫われた。

『術式終了。手術は成功しました。ただし毒素が完全に浄化されるまで8時間は必要です。毒素が消えるまでの間、このままの状態で安静にすることをお勧めします。』

「わかった。ありがとうメディカルマシン、回復の為の措置を続けてくれ」

メディカルマシンは音もたてずに少女全体をシールドで覆った。

少女の腕に刺された注射針に液体が流れる。
回復薬の点滴だろう。

少女の顔を見たが、顔色は手術前に比べてはるかに良くなっていた。

毒が消えれば元どおりになるだろう。

「ふー、それにしてもシン様には驚かされます。サソリの毒針が体内に残れば、ほぼ死にます。

体を突き抜ければ助かる場合もありますが、体内に残れば取り出すことは不可能ですから。この子は運が良かったですね。シン様が居合わせて。」

ブンザさんが、俺を見て微笑む。

「そうですね。助かって良かったです。ところで、このお嬢さんはなぜ、このキャラバンに?」

そもそもこの少女は誰なのだろう?どうしてここに?

「このお嬢様はブテラ領主の三女、レイシア様です。留学のため、ゲラニへ向かう予定で、領主からキャラバンへの同行を求められたのです。人数が多い方が安全ですからね。」

「ところが予定外の魔物の暴走に巻き込まれたと・・・」

「そういうことです。」

「私、外で待っている人に無事を伝えてきます。」

テルマさんが気を利かせてくれる。

「あ、お願いします。」

テルマさんが外へ出て、少しすると、玄関でバタバタと物音がした。

何事かと思って、ドアを開けた。

「だから、顔を見るだけだといっているだろう。そこをどけ、下賤の女。」

若い執事がテルマさんを怒鳴っている。

執事3人の後ろでは侍女4人が何かをささやきあっている。

バシクも居るが、少し離れた場所から、その様子を見ている。

「なんだ、騒々しいな。」

俺は怒気をあらわに男に立ち向かった。

「手術が成功したなら、お嬢様を渡せ。いつまでもこんなところに居る必要はない。」

まるで俺に敵対するかのように凄む。

甲高い声で凄むこの男の風貌はツネオに似ていた。

テルマさんは、執事にののしられても引かない。

「だから、説明しているではないですか。お嬢さんは、安静にする必要があると。今動かしてはいけないのです。」

「なにを、医者でもない、お前が命令するな。俺達はお嬢様の身を案じているだけだ。どけ、下賤の女」

「どきません。お嬢さんの身を案じるなら、言うことを聞いてください。」

テルマさんは、譲らない。
元村長の娘だけあって、道理を心得ている。

「なんだと・・」

ツネオもどきが前に出ようとした時、もう一人の若い執事がツネオもどきに何かをささやいた。

「そうか・・そういうことか・・いくら欲しいんだ?娼館を抜け出して金が無くなったか?金が欲しいのか?ん?」

テルマさんはもう一人の執事の顔を見て

「あ!」

と言ったまま青ざめた顔で下を向いた。

どうやらもう一人の執事は、テルマさんが娼館に沈んでいる時の客のようだ。

テルマさんの様子を見て俺の体中の毛が逆立った。

心の中で「プチン」と何かが切れた。

体中から溢れる魔力と怒気を抑えることなく、なすがままに解き放った。

かつて経験したことのない程の魔力、今までの戦闘でも使ったことが無い程の魔力が、俺の全身を包んだ。

体から溢れた魔力が勢いよく放射されている。

周囲の草木が揺れる。
例えではなく実際に揺れた。
空気がビリビリと震える。
周囲の虫や小動物が慌てて逃げ出した。

俺は静かに言った。

「おい、お前。オレノカゾクニ、ナニヲシタ・・・」

侍女達は、その場にしゃがみこんだり倒れたりしている。

何人かは気絶しているかもしれない。

バシクは腰の剣に手をかけているが、動こうとはしない。

執事のうち若い二人は小便を漏らしながら、その場に尻もちをついて震えている。

残る一人、初老の男は、膝をつきながらも、なんとか俺の怒気に耐えている。

「俺は、お前らの大切な者を、俺の秘密を他人に明かしてまで、助けた。その礼がこれか?

 俺の家族を傷つけることが、お前らの礼なのか?ならば、俺のやったことを元に戻そう。」

俺は、手術後のサソリの針をピンター達に触れさせてはいけないと思い、マジックバッグに格納していた。

そのサソリの針、8センチくらいの黒い棒を執事達の前に放り投げた。

カラン・・

毒々しく黒い棒が執事達の前に転がる。

「これがお前らの大切な人の中に入っていた物だ。俺のやり方が気に入らないようだから、これを元に戻そう。

そうすれば、何の問題も無いだろう?全て元通りだ。後は、ドウナロウト、シラナイ・・・」

俺の怒気と魔力は益々膨れ上がる。

「お許し下さい。まことに申し訳ございませんでした。数々の無礼、この私の首一つで何卒、ですからお嬢様は、お嬢様は・・・」

初老の執事長が俺の目の前で土下座をした。

ふと目が合ったブンザさんは、ウンウンと首を縦に振っている。

つまり執事長は本気で言っているということだ。

執事長は、自分の首、命と引き換えにしてでもレイシアを助けたいと言っているのだ。

俺の怒りが少し納まった。

俺はテルマさんの肩に手を回し、無言でキューブの中へ入った。

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