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第三章 キャラバン編

第44話 ソウとレイシア 二度と近付くな

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レイシアを救う手術後、レイシアの執事達ともめた。

術後、安静が必要だったレイシアを今すぐ引き渡せという。

テルマさんが、説得しようとしたが、説得に応じるどころか、執事達はテルマさんが元娼婦だった事実を人前であざ笑い侮辱した。

俺は生まれてこの方あれほどの怒りを感じたことは無かった。

奴隷にされ、鞭打たれた時よりも昨日の怒りの方が大きかった。

俺はテルマさん、いやテルマさんだけでなく、今いる仲間達を実際の家族以上の関係だと思っている。

家族を侮辱されて怒るのは当然のことだ。

俺は、興奮していたのか寝付かれずにいた。

隣室に居るレイシアの様子も気になっていたので、時々様子を見に行っていた。

レイシアが眠るメディカルマシンの傍で、テルマさんがシーツを被って横になっている。

レイシアの執事に、あれだけ侮辱されたのに、レイシアの事が心配なのだろう。

俺が時々様子を見るからとテルマさんに別室で寝るように勧めても、その場を離れようとしなかった。

テルマさんといっしょに、レイシアを見守っていたブンザさんも、夜明け前には自分のテントへ帰って行った。

完全に夜が明けた。

そろそろ、レイシアが完治する頃だ。

俺はメディカルマシンの前でレイシアを見守っている。

レイシアはメディカルマシンの上で半透明のシールドに包まれている。

手足と胴、頭はレイシアが動かないようにベルトで固定されている。

両腕には点滴用の注射針がささっていて、下半身は金属性カバーがかけられ、カバーの隙間から、チューブがのぞいている。

おそらく排泄物の処理装置だろう。

上半身は裸で、小ぶりな胸が見えている。

顔は・・・

可愛い

昨夜は彼女の事を女性として見ていなかった。

『死にかけている人』

として扱っていたので、容貌など気にもかけなかったが、今落ち着いてよくよく観察すれば、アイドル級の可愛さだ。

俺の小鼻が、少し膨らんだかもしれない・・・

(こんな可愛い子の彼氏は幸せ者だろうな・・)

等と考えながらレイシアの顔を見つめていると。

パチリ

とレイシアの目が開いた。
視線が合った。

レイシアの目は左右に動く、最初は大人しくしていたレイシアだが、次第に意識がはっきりしてきたようだ。

まずは起き上がろうと試みるが、当然起き上がれない。

頭を振り、腕を振り膝を立てようとするが、ベルトで固定されているので全く動けない。

動けないどころか、レイシア(患者)の動きを察知したマシンが更に拘束を強くする。

「うー、何コレ、誰?いやあぁ、誰か、誰か、助けてー」

パニックに陥ったようだ。

「まて、暴れるな。今、自由にするから。なっ。暴れると危ないからね。たのむよ。」

俺自身がパニックになりそうだ。

それでもレイシアが暴れる。

「今、楽にしますから、暴れないで下さい。大人しくしてね。」

騒ぎに気が付いたテルマさんが起き上がり、助けに来てくれた。


「シン様、拘束具を外してください。」

と言った。

俺も慌てながら返事をした。

「あ、ああ、うん。」

「メディ、治療を終了して拘束具を外せ。」

メディというのは、このメディカルマシンの固有名だ。

音声入力命令の場合、命令の対象を明確にする必要があった。

ウルフのナビゲーションシステム「ナビ」のように俺が名付けた。

『了解しました。』

メディはまず、両腕の注射針を抜いた。

続いて下半身の排泄物処理装置を外してからシールドを解除し、最後に拘束ベルトを収納した。

「ゆっくり起きて下さいね。」

テルマさんが、レイシアの背中に手を充て、ゆっくりとレイシアを起き上がらせた。

レイシアは自分の状況を確認するように周囲を見渡した。

そして気が付いた。

全裸だった。

「キャー、キャー・・」

レイシアは腕で自分の胸を隠し、メディの上で丸くなる。

テルマさんが、シーツでレイシアの全身を覆う。

「落ち着いてください。大丈夫ですよ。」

とテルマさんが声をかけるが、レイシアは錯乱状態だ。

「何てことを、何をしたの私に・・バシクー! バシクはどこ?助けてー!!」

レイシアは自分の置かれた状況が理解出来ていないのだろう。

俺が詳しく説明しようと、レイシアに近づいた時

パシーン!

俺の左ほほに衝撃が走った。

レイシアが平手で俺の頬をぶったのだ。

もちろん俺はレイシアの攻撃を避けることは可能だった。

しかし思い切り力を込めて右腕を振り回すレイシアの攻撃をかわせば、メディに不安定に腰かけているレイシアが転落しかねないと判断して、あえて攻撃を受けたのだ。

物理抵抗が高いから、痛くないしね。

(これで2度目だな・・・)

俺は教会でダニクやヘレナと戦った後、キヨちゃんに殴られた時の事を思い出していた。

「なんという、卑劣な、私の意識の無い時に何をしたのですか・・私は・・私は・・生きていけない。生きていちゃいけない。・・・」

どうやらレイシアは壮大な誤解をしているようだ。

それは、仕方ないかもしれない。

気を失っていて、気が付けば何やらわからぬ台の上に縛られ、下半身には得体のしれぬ器具が付けられ、素っ裸にされている。

目を開けると得体のしれぬ男がまじまじと自分の顔を見ている。

しかも小鼻を膨らませてる。

(そんないやらしい顔じゃなかったぞ・・たぶん)

「レイシアさん。あんた誤解しているぜ。俺達は死にかけたあんたを治療しただけだ。」

痛くもなかったが、少し痒い左ほおを摩りながらレイシアに告げた。

「うそ、おっしゃい。死にかけの私が、これほど元気なわけないでしょう。そうだ。シンと言う人からもらった薬を飲んだ後に意識が無くなった。あなたでしょ!!」

確かに昨日バシクにヒール薬を渡してレイシアに飲ませた。

ヒール薬には沈静作用もあるだろうから、服用後に眠ったのだろう。

「ああ、私は、私は、こんな辱めを受けては、生きていけないわ・・・あぁぁぁぁ」

(こまった人だな・・・)

「ちょっと待っていろ。」

俺はレイシアをテルマさんに任せて、キューブの外へ出た。

(あった・・)

昨夜執事に投げつけたサソリの針を探し出した。

「ほれ、これだよ、あんたの腹の中に入っていた。」

キューブ内へ戻り、レイシアに手術で取り出したサソリの針を見せた。

レイシアは針をまじまじと見つめている。

「人を馬鹿にするのもいい加減にしてください。こんな物が体に入れば、生きているはずないじゃないですか。」

「だから、それを俺が手術して取り出したんだってば。」

段々、説明するのが面倒になって来た。

「あなたが手術?貴方の様な子供が?」

(あ、獣化するのを忘れていた。)

レイシアはシーツをめくって自分の腹部を確認している。

「やっぱり、嘘ですわ、私のお腹には傷一つありません。」

手術後メディに対して、

「できるだけ傷跡を残すな。」

と命じてあった。

若い女性に手術痕があるのは可哀そうだと、俺が配慮したのだ。

メディは点滴に回復薬を混ぜて、傷の修復をしたのだろう。

(もう、面倒、好きにしろ・・)

「ああ、そうかい、そうかい、好きにしろ。俺はもう、しらん・・・」

俺は部屋を出た。

「ドランゴさーん。」

となりの部屋からドランゴさんが出てきた。

「はい。なんでがしょう?」

「すみません。あのバカ娘のテントへ行ってくれませんか?あのバカ娘を迎えに来いと、但し、迎えの者は侍女かバシクにしろと。あ、着替えも持ってこいって。」

あの執事が来たらテルマさんが嫌な思いをするからね。

「ようがす。」

程なく、レイシアの侍女3人がレイシアの着替えを持ってやってきた。

獣化した俺を見て震えている。

(昨日は、ちょっとやりすぎたかな?)

着替えを受け取り、テルマさんに渡した。

部屋から着替えたレイシアが出てきた。

少しは落ち着いているようだ。

「おい、バカ娘、もうこれで、お前たちに用は無い。二度と俺達に近づくな。そう執事長に伝えろ。」

俺はテルマさんの事を考えて、執事達との接触を極力避けたかったのだ。

「それと、もう一つ。お前の周囲で、お前を一番、案じているのは、バシクだ。クビになったがな。」

レイシアは俺の事を不思議そうな顔で見ている。

「貴方が誰だか知りませんが、さっきの男に伝えてください。私の受けた屈辱は必ず晴らすと。」

レイシアがドアから出ていく。

侍女達が駆け寄る。

「お嬢様、よくぞご無事で・・」

3人とも泣きながらレイシアの無事を喜んでいる。

レイシアは、一度振り返ってから立ち去った。

「ソウ様、あれでよかったのですか?」

キューブの玄関に佇む俺にテルマさんが話しかけた。

「ああ、いいですよ、あれで。俺は誰かに恩を売ろうとしたわけじゃない。助かればそれでいいですよ。」

「そうでうすね。」

テルマが微笑む。

俺は元気になったレイシアより、テルマさんの方が心配だった。

昨日の出来事は、テルマさんの心の傷を広げたはずだ。

「さぁ移動の準備だ、みんな行くよ。」

仲間全員に支度をさせ、俺はブンザさんのテントへ向かった。

「これはシン様、昨日は、お疲れさまでした。どうぞお入りください。」

ブンザさん自身が出迎えてくれた。

「ブンザさんこそ、お疲れさまでした。世話をかけてすみません。妙なことに巻き込んでしまって。」

「いえいえ、キャラバンのメンバーを助けるのは、私の責任でもあります。こちらこそ、ありがとうございました。それで、どうですか?レイシア様」

俺は朝の出来事をブンザさんに説明した。

「それは、大変でしたね。ウフフ」

ブンザさんは面白そうに笑っている。

「ごめんなさい。その光景を想像すると、おかしくて。でもその誤解は必ず解けますからね。私が言っちゃいけないのかもしれないですけど。少し時間がたてば笑い話になります。」

俺も照れ笑いをした。

「そうですね。だから深く説明せずに返しました。それと、あの執事達をテルマさんに近づけたくないです。」

昨夜の出来事はブンザさんも目撃している。

「そうですね。あの態度は許せません。それにしても、あの時のシン様のお怒りはすさまじかったですね。

戦闘は素人の私でも、シン様の怒りや魔力を体で感じることができました。

あれを面と向かって浴びせられたら、立っていられませんよ。」

実際、執事達は小便を漏らして座り込んだ。

「ブンザさん、これからの予定を、お聞かせください。」

俺がブンザさんのテントを訪れた理由は今後の行動予定の確認だ。

「はい。このまま3日程で砂漠を走破し、砂漠の外れ、レニア山脈の南側の村で、一度休憩、補給をします。

その後レニア山脈南の街道を山沿いに通って、山脈の西端を東に折り返す道順を辿る予定です。」

ナビが立てた順路と同じだ。

「わかりました。俺達はキャラバンの殿しんがりを務めます。途中魔物が出ても俺の神器が知らせてくれるので、ブンザさん達は迎撃しなくていいです。怪我人を出したくないですからね。」

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。」

ブンザさんは俺達の戦闘能力を知っているので、素直に俺の提案を受け入れた。
ブンザさんは、

「シン様、少しお待ちください。」

といってテントの奥から大きめの箱を持ってきた。

「これを、おめしください。」

ブンザさんが差し出したものは「キノクニ」のロゴマークが入った法被はっぴだった。

俺はいくつかの法被を箱から取り出した。

それぞれサイズが違う。

「皆様全員の分です。」

法被の袖には金の刺繍線が2本入っているものと、赤の刺繍線が3本入っているものがある。

「金袖は幹部の印、赤袖は下士官の印です。シン様には勝手ながら金二本の副隊長をお任せしたいと思います。よろしいでしょうか?」

断る理由もなかった。

「しかし、他の幹部の方が納得しますか?俺が副隊長で。」

「先任の副隊長は1名おりますが、先日のシン様の活躍を見ているので、大賛成でした。その他の幹部にも説明してあります。いずれ幹部にひきあわせます。」

「わかりました。改めて、よろしくお願いします。ブンザ隊長。」

「はい。よろしくお願いします。シン副隊長殿」

お互いに頭をさげた。

法被を持ってキューブへ帰るとピンターとルチアが真っ先に法被を着て走り回った。

「みんな聞いてくれ。俺達は、しばらくの間、キノクニキャラバンの一員として行動する。

このキャラバンが終了するまでは、ブンザ隊長や幹部の命令にしたがって欲しい。窮屈きゅうくつかもしれないが、ゲラニへ入るまでの辛抱だ。」

「おう。わかってるって。」
「ようがす。」
「わかりました。」
「わかった兄ちゃん」
「ウン、ニイニ」

その日は何事もなく1日の行程を終えた。

日暮れ前にキャラバンは円陣を組んで、野営に備えた。

俺達も円陣の中にキューブを出して休むことにした。

本当はキューブを他人に見せたくはなかったが、一月近く行動を共にするのだから、今更隠してもしょうがない。

ということで、円陣の真ん中、ブンザさんのテントの隣にキューブを出した。

「いつ見ても不思議ですね。この建物。」

ブンザさんがキューブを見上げている。

「ええ、すごい先祖を持ちました。アハ」

二人でキューブの外で話をしていると、二つの人影が近づいてきた。

バシクとレイシアだった。

「先日は、世話になった。恩を仇で返してすまなかった。俺からも深く謝罪をする。」

バシクが頭を下げた。

「おう、バシク。クビになったんじゃないのか?」

「姫が気付いてから、クビは取り消された。なんでもお前が助言してくれたそうだな。」

「知らんね。」

俺はそっけなく返事をした。

「あのー・・・・」

レイシアがモジモジしている。

俺はレイシアを見ない。

「あのー・・」

レイシアは中々要件を切り出せない。
ブンザさんが横で笑いながら俺の肘をつっつく。

「あのー・・・」

「何だ、要件があるなら、さっさと言え。」

レイシアがビクついた。

「先日は、大変、失礼しました。本当に本当に失礼なことをしてしまい。なんとお詫びをして良いのやら。

あの後執事達から聞きました。シン様という方が私の命を救ってくれたと。本当に、私のお腹にサソリの針が入っていたと。本当なら助からない命だったと。

それを、それを、私ったら・・・本当にごめんなさい。」

「わかった。礼は、もういいから帰れ。」

「いえ、シン様にお詫びとお礼を申し上げねば。私、シン様に大変失礼なことを・・シン様はどちらに・・・」

(失礼な事って、ビンタのことね・・・)

「シンは俺だが・・」

「え、え、?私が見た、私が失礼なことをしたシン様は、もっとお若かったですが?」

「手術後、目が覚めたばかりで、何か勘違いしたようだな。お前がビンタしたのは、俺だ。俺がシンだよ。」

「そ、そうなのでしょうか?」

「そうだよ。」

「あ、あ、すみませんでした。勘違いとはいえ、男性を平手打ちするなんて。本当にごめんなさい。」

レイシアの横にいたバシクが驚いている

(シンを殴ったのか?)

とでも言いたいようだ。

「何にせよ、もう終わったことだ。礼はよいから、お前らは二度と俺達に近づくな、約束しろ。」

「え、え?しかしそれでは・・」

「何度も言わすな。俺達に近づくな。いいな。」

「はい・・・・」

レイシアとバシクは、引き返した。

「テルマさんの為ですね。」

ブンザさんが問いかけた。

俺は軽く頷いた。


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