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第四章 首都ゲラニ編

第70話 家族の記憶 もう少し生きよう

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ソウ達一行がゲランの首都ゲラニへやってくる約一年前、ゲランの国王『サルエル・デルナード・ゲラン』は病の床に臥せていた。

病名は不明だ。
床に臥す半年くらい前から、視野狭窄しやきょうさく聴力障害、味覚障害、嗅覚障害、手足の震えなどが起こり始め、ここしばらくは精神錯乱もきたし始めていた。

これらの症状は、現代日本でもたまに見られた

水銀中毒だ。

視野狭窄、味覚障害、手足の震えは典型的な有機水銀中毒患者にみられる症状だ。

日本でも水俣病みなまたびょうとして有名な病気で、主に食物に含まれる有機水銀を長期かつ多量に摂取すると発病すると言われている。

しかし、この世界の医師にはサルエルの病気の原因が何であるかわからなかった。

毒を盛られた可能性も考えて、食事は宰相『ゼニス』が用意した特別食をあてがわれていた。
サルエルは長らく中毒症状に苦しんだうえ、周囲の看病もむなしく、崩御ほうぎょした。

サルエルが崩御した際に、宰相ゼニスが口頭の遺言だとして、サルエルの側室が生んだ第一王子ガブラルを王位に据えようとした。

この国ゲランの王室法典には、出生の時期を問わず、正室の男子が第一王位継承権を持つとされているにもかかわらずだ。

それでも宰相は前王の遺言を最も重くとらえるべきだと主張した。
王の遺言により、王位継承権順位が無視されたことは過去にもあった。
問題は遺言の信ぴょう性だ。

宰相の言う遺言を王から直接聞いたのは、王の世話役の執事2名だ。
執事は、確かに遺言を聞いたと証言した。

証言の信ぴょう性を確かにするため、『真偽判定』のスキルを持つ裁判官による審問も行ったが、執事二名の証言は『真』であると判定された。

そこに異を唱えたのが、前王サルエルの弟ラジエル公爵だ。
ラジエルは前王の正式な遺言書が王宮の宝物庫に厳重に管理されていると言い出した。

宝物庫の金庫は、正妻のミレイユと側室のエリイナの両名の手形がカギとなって開く仕組みだった。

生前のサルエルが、世継ぎ争いを予想していたのだろう。
側室の子第一王子ガブラル、正室の子第二王子カイエル、正妻ミレイユ、ラジエル公爵、側室エリイナ、宰相ゼニス他数名の立会いの元、遺言書が開かれた。

そこには、
後継者を法典のとおり、正室の子、第二王子カイエルとすること。

カイエルが成人するまでの間、カイエルの後見人をラジエル公爵とすること。
宰相ゼニスは、今後も宰相を続け、国勢が安定するまでは、その任を解かない事。

等が記されていた。

ゼニス側は、抵抗を試みたが、執事の証言より、遺言書の効力の方が高いとのカイエル側の主張が他の貴族に対する説得力を持った。

貴族諸侯は、戦争が間近な時に、勢力を二分して国力が衰えるのを避けたかったのだ。
争いが二分する時、より優勢な勢力に味方するのが、オーソドックスな保身方法だ。

この場合、王室法典をよりどころとし、両派が確認した遺言書を持つ第二王子派が優勢なのは間違いなかった。

こうしてカイエルが現王に就任し、現在のゲラン国体制が構築されたが、ゲラン国はカイエル現王派とガブラル第一王子派の二大勢力に分裂し、今でもその勢力争いが絶えない。

第一王子の妹がブルナの主人、『セレイナ』だ。
その第一王子ガブラルとセレイナが、王宮内で食事をしている。
セレイナの傍にはデルンとブルナが控えている。

「兄上、そんなにお召し上がりになると、またお洋服が合わなくなりますよ。ね、ブルナ」

ブルナは何も答えることができず下を向いている。

「いいだろ、べつに。太ってもセレイナに関係ないし。」

ガブラルは14歳、身長160センチ位、かなり太っている。
肥満という表現が合うくらいだ。
髪の毛はオカッパにしていて、豪華な飾りのついた衣服を着ているが、ベルトから上着が、はみだし、手に着いたソースを、はみ出した上着の裾で拭ったのか汚れている。
見た目も態度も愚鈍そのものだ。

「兄上がだらしないと、私まで、そのような目で見られます。王族らしくなさって下さい。(このブタが・・)」

「兄に対して、なんだ、その口の利き方。デルン、しつけがなってないぞ」

デルンが頭を下げる。

「はは」

食事が終わって、セレイナは自室へ引き上げるが、その途中ブルナは、別室でデルンから鞭打たれる。

「姫様、兄上様をからかうのは、よろしくありません。お仕置きしました。」

「もう、うるさいわね。好きなだけ鞭打てばよいでしょ。あのブタを見てると腹が立つのよ。あんなだから、他の貴族に見限られて、こんな窮屈な生活をしているのに、ちっともわかってないのだから。」

「いましばらくのご辛抱です。いずれは・・・」

デルンはそれ以上の事を口にしなかった。

3か月ほど前、宮中で現王の暗殺未遂事件が起こった。
現王カイエルが就寝中、何者かが寝室に忍び込み、カイエルを暗殺しようとした。

寝室の外で待機していたラジエルの部下が異常に気が付き駆け込んだ時にはベッドの上の少年はこと切れていた。
しかし、カイエルのベッドで寝ていたのは、替え玉の少年で、少年は命を落としたが、カイエルは無事だった。

暗殺者は、地上10メートルの窓から飛び降りたが、地上に死体は無く逃げられた。

その際、何人かの兵士が『バサバサ』と何かが羽ばたくような音を聞いたという。
結局、その事件は、誰の手によるものなのか、判らずじまいで、まもなく戦争相手国となるジュベル国の仕業だろうという事になった。

しかし、現王派は第一王子派の仕業だと睨んでいて、報復すべきだと唱える者もいた。

その噂を聞きつけた宰相が、報復を恐れて第一王子とセレイナの外出を制限しているのだ。
セレイナはそのイライラをブルナにぶつけているのかもしれない。

「ねぇ、ブルナ、貴方最近何も話さないけど、何か気に入らない事でもあるの?主人が退屈しているのがわからない?何か話しなさいよ。」

ブルナは返事以外の事を口にすれば、デルンに叱責されるので、自らセレイナに話しかけることは無い。

「はい。申し訳ございません。」

「誰が謝れといったかしら?何か話しなさいと言っただけよ。奴隷には人の言葉を理解するという能力がないのかしら?」

「はい。申し訳ございません。」

「んもう、ブタといい、お前といい、私の周りにはバカしかいないのかしら。」

セレイナは更にイラつきだした。

「そうだ、ブルナ、奴隷でも家族はいるでしょ?どんな家族なの?」

「はい。家族はおりました。優しい人ばかりでした。」

「もっと詳しく。両親は?兄弟は?どんな暮らし?」

「申し訳ございません。忘れました。」

ブルナはこの宮中に居る誰にも家族の事を話したくなかった。
父ブラニ、母ラマ、弟ピンター、そしてソウ。

ブルナは、家族の事を話せば、家族が汚れるように感じていた。
今のブルナにとって、心の支えは家族だけだった。

その家族の事をセレイナに話すことは、家族との幸せだった日々をセレイナに媚びて差し出すような気がしたのだ。

「ふーん。そうなの逆らうのね。デルン、命令して。ブルナに家族の事をしゃべらせて。」

「かしこまりました。」

デルンはブルナの頬を殴った。

「姫に逆らうとは愚かな。ブルナ、家族の事をしゃべれ。」

デルンはドレイモンという魔法の命令権者だ。
ブルナは逆らうことが出来ない。

家族構成や、クチル島での家族と共に過ごした楽しい日々の事をしゃべりつづけた。

家族との楽しい出来事をしゃべる時、ブルナは笑顔でしゃべるが、目からは涙がしたたり落ちていた。

しゃべりたくないのにしゃべる。
楽しい思い出を話すが、無理やりしゃべらされることで、楽しい出来事が、苦しい思い出に書き換えられる。

体は笑うが、心が泣く。
そんなアンバランスな状態に陥ってしまったのだ。
ブルナは話の最後につぶやいた。

「ソウ様・・・」

「何?その『ソウ様』って。家族は両親と弟だけでしょ?」

「いえ、ソウ様は家族です。」

「だからなんなのよ、そのソウって人。」

「いつか私を幸せにしてくれる人です。」

セレイナは自分が持っていたコーヒーカップをブルナの顔めがけて投げつけた。
ブルナの額が割れて、血が流れる。

「バッカじゃないの。奴隷のあんたに幸せなんて訪れるはずないでしょ。私でさえ幸せじゃないのに。奴隷は一生、奴隷なの。・・・デルン、食器壊したからお仕置きよね。」

「はい。はしたない行為でございますから、お仕置きさせていただきます。」

ブルナは別室で、セレイナがコップを割ったことのお仕置きを受けた。
鞭打たれても痛くはなかった。
それよりも、セレイナに自分の幸せだった記憶を踏みにじられたことの方が痛かった。

ここでの生活で、肉体的に痛めつけられるのは我慢できた。
しかし、家族との思い出というブルナだけが、見ることのできる宝物を、無理やりセレイナに覗き見られ、汚された。
ブルナの心は折れかかっていた。

宮中での夕食時前、夕食の準備をブルナが手伝っていたところ、一人の料理人が、ブルナに近づいてきた。

この宮中に来た最初の頃は、その料理人に何度か優しく声をかけられたこともあったので、その料理人の名前が『ウンケイ』だということはブルナも知っていた。
ウンケイが耳元でささやいた。

「ピンターとソウがこの街に居る。」

ブルナは目を見開いてウンケイの顔を見た。

ウンケイは笑顔で顔を縦に振った。
下僕同士が宮中で仕事以外の会話をすることは禁じられている。
だから、ブルナはあえて聞かなかった。

「ピンターとソウは無事なのか」
と。

ブルナがそれを聞くまでもなくウンケイの表情が雄弁に物語っている。

『ピンターとソウは、元気で、ブルナを助けることを考えている。』

今にも壊れそうだったブルナの心が少し回復した。

ピンターとソウが生きているだけでも嬉しかったのに、二人は自分と同じこの街に居る。

それだけで、ブルナは幸せな気分になれた。

ソウの性格なら、おそらくブルナを救出する計画を練っているはずだ。
ブルナは嬉しい反面、少し不安にもなった。
ソウが何か危険なことをしないだろうかと。

そこで、周囲の隙を見てウンケイに告げた。

「私は無事、無理しないでと伝えて。」

ウンケイは頷いた。
ブルナの心全体にかかっていた黒い霧が少し晴れた。

(もう少し生きていよう。苦しくても家族やソウ様に会うまでは生きていよう。)

ブルナの頬を涙がつたった。
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