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第四章 首都ゲラニ編

第73話 ラジエルの計画 脱走

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キノクニ情報部で行われた晩餐会で、俺がラジエル公爵に俺とテルマさんが作ったアンパンを献上したところ、ラジエル公爵から、公爵の自宅屋敷に招かれた。

表向きはラジエル公爵の家族にもアンパンを献上するということだったが、実際は、宮中にとらわれているブルナの救出の相談だ。

あらかじめカヘイさんが、俺の困りごとをラジエル公爵に話してくれていて、ラジエル公爵が相談に乗ってくれることになったのだ。

俺は朝から市場へ行き、ラジエル公爵に献上するアンパンの材料を仕入れていた。

アンパンだけを献上するのも芸がないので、他にもいくつかお土産を作って持っていくつもりだ。

造りたかったお菓子の材料の一部は市場にもなかったので、最近仲良くなったマイヤ食堂で分けてもらった。
市場にもなかった材料は『寒天』だった。

俺は料理に詳しくなかったが、俺が作りたかった『栗ようかん』と『大福』のイメージをテルマさんに伝えると、試行錯誤の上、それは出来上がった。

テルマさんには『調理』のスキルがあるのかもしれない。
俺の『鑑定』スキルを使えば容易に判明するが、若い女性の全てを知ることは、はばかられた。

晩餐会から二日後の昼、ラジエル公爵からの使いがあって、ラジエル公爵が早急に会いたいとのことだった。
使者の伝言を受けて、すぐにラジエル公爵の屋敷を尋ねることにした。
予定では明日会う約束だったのに何かラジエル公爵側の都合が変わったようだ。

俺は、ラジエル公爵は王族なのだから、宮中で住んでいると勝手に思っていたが、そうではなかった。
ラジエル公爵の屋敷は宮殿のすぐ近くにあった。

大きな門構えで、衛兵が何人も門を守っている。
衛兵に要件を伝えると、屋敷の奥からサルトさんが出てきた。

「シン殿、先日は、お世話になりました。どうぞ中へお入りください。」

サルトさんは感じの良い人だ。
前回、麻薬事件で協力したとはいえ、平民の俺に丁寧に接してくれる。
屋敷の中の一室でラジエル公爵が待っていてくれた。

「シン。先日のアンパンは、まことに美味であったぞ。ワシは、酒はからきしだが、甘いものには目がない。舌も肥えておる。あのアンパンは見事であった。」

「おほめにあずかって、光栄です。今日も幾品かお持ちしました。」

俺はドランゴさんに作ってもらった重箱に詰めた栗ようかんや、大福、そしてアンパンをラジエル公爵に差し出した。

ラジエル公爵は栗ようかんを一口食べて目を丸くした。
お茶を一口すすった後、何も言わず、大福に手を伸ばしてほおばると顔が溶けた。
大福を飲み込んだ後、言った。

「うまい!!見事!!」

傍に控えていたサルトさんが興味深そうに見ている。

「サルト、お前も食べてみろ。」

サルトさんがためらっていると

「サルト、毒見じゃ。命令じゃ。この餅を食ってみろ。」

「はい。」

サルトさんの顔も溶けた。

「この菓子を食うて思った。カヘイの言うとおり、お前が異世界から来たというのは本当じゃろうなと。」

カヘイさんには、俺の全てを話していたが、その際、カヘイさんの信用できる人には、俺に関することを話してもかまわないと言ってあった。
しかし、俺が異世界から来たことを信用してもらうのに大福が一役買うとは思わなかった。

「さて、美味い菓子の話は置いて、本題に入ろうかの。お前の家族に等しい者が、宮中に居るという話は、カヘイから聞いておる。ブルナという娘じゃな。そのブルナについて調査させた。」

俺が話すまでもなく、ラジエル公爵は俺の悩みを理解していた。

「そのブルナじゃが、はっきり言うと救い出すのはかなり難しい。」

公爵と言う地位をもってしても難しいのだろうか・・・

「まずブルナはセレイナの傍仕えじゃ。傍仕えといっても実際は影武者に近い。セレイナに起きるであろう災難をブルナが一切引き受ける役どころじゃ。

セレイナが何か粗相をすれば、仕置きを受けるのがブルナ。セレイナの身に危険が及べば、その身代わりになるのがブルナじゃ。

ワシの地位を利用してブルナをセレイナから貰い受けることも、できんではない。しかし、お主も知っておろうが。セレイナの後見人ゼニス宰相とワシは敵対関係にある。

ブルナはゼニス側の用人だから、ゼニス側の不利な情報を持っているやもしれん。そうなるとゼニスはブルナを手放さんじゃろう。」

俺の胃はキリキリと痛み始めた。

「しかし、望みがないわけではない。もらい受けることは出来なくとも、無理に引き離すことは、できる。」

俺はラジエル公爵を見つめた。

「ここだけの話じゃが、宰相側は、春には聖戦と称して他国に攻め入ろうと企てておる。ゼニスの企てと言うより、教会の企てじゃがの。

その戦争に向けてまもなく徴兵令が発令される。第一段階は奴隷徴用じゃ。王族、貴族、平民を問わず、所有する奴隷を徴収して奴隷兵の強化を図るのじゃ。その徴兵名簿にブルナを載せてしまおう。ゼニスも自らの発案に文句を言うわけにいくまい。」

ブルナを兵士にする?

「ここからはワシのひとり事じゃ。」

俺は無言で頷いた。

「毎年、徴兵した兵士が脱走したり、戦場で行方不明になって困っておる。しかし、たかが奴隷兵数名が行方不明になったとしても、探し出す手間と資金がもったいない。困ったものようのう。」

なるほど、国の施策に乗って、ブルナを国有化し、その後に脱走させれば、戦闘してまで助け出す必要が無くなる。
しかも、たかが奴隷の脱走兵を探し出すのに大きな労力を使うほど国は暇ではない。
独り言に返事をするわけにいかなかったので、俺は、ただただ頭を下げた。
ラジエル公爵は俺の頭の中で上司にしたい人、ナンバーワンになった。

「ま、必ず成功するとはいえんが、ワシなりの努力はしよう。」

「ありがとうございます。しかしラジエル様は私ごときになぜ、そこまで。」

「礼を言うのは早い。ワシからも頼み事があるからな。」

ラジエル公爵の表情が険しくなった。
なんだろう?

「お主、極めて早い馬車を持つと聞いた。」

ウルフの事かな?

「その馬車を使うなりなんなりして、偵察業務をこなしてくれぬか?」

「はい。出来る事でしたら何なりと。」

「実は、この国の北東にあるワシの領地が音信不通になった。」

ラジエル公爵の話によると

ゲラニの北東800キロほどの場所にあるラジエル公爵の領地『セプタ』との連絡が3日前から全く取れなくなった。
800キロと言えば東京大阪間往復くらの距離だ。
それを往復するとなると速い馬でも一月はかかるだろう。

セプタには遠話のできる役人が2人居たのだが、その2人とも連絡が取れない。
遠話のスキルを持つ者が故障すれば、残った一人がゲラニへ報告する手はずになっていたが、それの連絡さへない。
3日間様子を見たがやはり連絡が取れない。

遠話スキルを持つ二人が同時に、もしくはセプタの街全体が何か事件に巻き込まれたに違いないというのだ。

ゲラニに遠話の出来る部下が3人残っているが、いずれも戦闘力は劣り、機動力も無い。

明日から調査隊を派遣する予定だが、できるかぎり早く情報が欲しい。
だから、ウルフを持つ俺に先行偵察を任せたい。
とのことだった。

「わかりました。すぐ準備をして出立します。だからといってはなんですが、ブルナの件よろしくお願いします。」

「うむ。やってみよう。なおこの案件は正式にキノクニの案件として扱うから、キノクニの力も使え。」

「わかりました。」

俺はラジエル公爵の屋敷を出て、その足でラジエル公爵の屋敷から近いキノクニ情報部へ立ち寄り、ケンゾウ部長に面会を求めた。

「ケンゾウ部長、ラジエル公爵の依頼で、セプタへ偵察に出ます。セプタ方面の地理に詳しい者を貸してください。」

「ああ、話は既に聞いておるぞ。人選もしてある。エリカ!」

「はい。」

エリカが物陰から姿を現した。

(俺の時にも、隠れさせるの、やめてよ。わかりきっているしね。・・)

「エリカ、お前たしか東の出身じゃったの?」

「はい。セプタの南、バルチの出身です。」

「シン相談役の案内係をせよ。」

「心得ました。」

エリカの表情が明るい。
何か良いことでもあったのだろうか?

「エリカすぐに出発だ。用意が済んだらキューブへ来てくれ。」

「はい。今すぐ出立できます。」

俺はエリカと共に馬車でキューブへ戻った。
キューブへ帰る馬車の中でエリカからある程度の情報を得た。

セプタの街は人口5000程度の街で主な産業は、農業だ。
街の東には小さな山脈があって金鉱山もある。

遠隔地なのに公爵領になっているのは、この金鉱山があるからだ。

山脈の南端から東に草原地帯が広がっていて、草原の先は魔獣地帯と言う魔獣の集落が点在する森や林が続いている。
セプタへ行くには、主にバリーツ大河沿いに東進しジュラ、ゲルン、バルチ等の街を経由してバルチの街から北進しなければならないそうだ。

直線距離で800キロ、道のりで1000キロほどだ。
通常馬で往復40日~50日、徒歩なら3か月以上かかる道のりだ。
俺はエリカを連れてキューブへ入るとドルムさんを探した。

「ドルムさーん。」

「ほいよ。何か用か?」

ドルムさんは台所に居た。
酔ってはいない。

「キノクニの仕事で東へ行くことになりました。手伝ってくれませんか?」

「いいぜ、何をすればいいんだ?」

「要件は、キューブ内で酒を飲まずに居て下さい。」

「何?たったそれだけ?」

「それだけですが、ドルムさんにとっては過酷な任務です。酒、飲めないからね。」

「うっ、確かに過酷だ。」

俺の立てた計画はこうだ。
ウルフを持ってキューブ内のゲートからアウラ様の神殿まで行く。

アウラ様の神殿から北の山脈を徒歩で踏破して、バリーツ大河沿いにエリカの故郷『バルチ』へ出て、そこから北進してセプタへ向かうつもりだ。
アウラ様の神殿からスタートすれば約300キロの距離を節約できるはずだ。
道中、何泊かする予定だが、女性連れなので、野宿はしたくない。

夜はポータブルゲートを使って、キューブへ戻るつもりだった。
しかし、ポータブルゲートを無人の場所に置きたくなかったので、俺達がキューブに居る間はドルムさんに交代してもらうつもりだった。

俺がドルムさんと話をしている間にテルマさんがコーヒーと栗ようかんを持ってきてくれてエリカに勧めている。
エリカは遠慮しつつも栗ようかんを口にして目を丸くしていた。

俺もコーヒーを飲みながらドルムさんとの打ち合わせを進めた。

「兄ちゃん、どっか行くの?」

ピンターが栗ようかんに手を伸ばす。
ピンターはまた背が伸びたようだ。

「ニイニ、ドコイク」
「「キュウ・キュウ(父ちゃんどこいく)」」

子供たちがまとわりつく。

「ちょっと仕事で出かける。夜には戻るよ。」

エリカが不思議そうな顔をしている。

(夜戻るとは?)

とでも思っているのだろう。

「「「いってらっしゃーい。」」」

子供達に見送られて、キューブのゲートをくぐった。

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