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第四章 首都ゲラニ編

第72話 チョロとピースケ 希望のともし火

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キノクニ情報部で行われている晩餐会は、立食形式だった。
テーブルに肉料理や魚料理、サラダ、装飾の草花などが所狭しに並べられている。

料理が置かれているテーブルの周りにはメイドとウエイターが居て、トレイに酒の入ったグラスを乗せ、客に勧めている。

宴会が始まって早々、エリカが俺のところに来た。

「カヘイ様がお呼びです。」

俺はエリカの案内で、カヘイさんの元へ来た。
カヘイさんの隣には、さきほどすさまじいオーラを放っていた大男がいる。

「ラジエル様、これが、先ほどからお話ししておりまするシンにございます。」

俺は右足を一歩引いて膝を着き、右手の平を左胸に付けて頭を深く下げた。
貴族に対する、平民の挨拶だ。

「うむ、君がシン相談役か、中々の活躍だそうだな。カヘイ殿やサルトから聞いているぞ。ワシからも礼を言おう。」

ラジエル公爵が、軽く頭を下げた。

俺は驚いた。貴族と言う人種は、偉そうな人ばかりだと思っていた。
平民を虫けらのように思う人ばかりだと。

レイシアの執事でさえ平民や奴隷を馬鹿にし、テルマさんの心を傷つけた。
それなのに、このラジエル公爵は現王の叔父と言う高貴な身分でありながら、平民の一商人に過ぎないこの俺に、頭を下げたのだ。

それだけで、この人物が『信用できる』と思えた。

「初めまして。ラジエル公爵様、私、縁あってキノクニに仕えることとなりました。ソウ・ホンダと申します。故あって人前ではシンを名乗っております。偽名を使う無礼をお許しください。」

「うむ。全て聞いておる。その件は、いずれなんとかしてやろう。キノクニをよろしく頼むぞ。」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いしたします。」

学校の校長先生と話す以上に緊張した。
それだけラジエル公爵の雰囲気、オーラに圧倒されたのだ。

「ところで、シンよ。」

「はい。」

「おぬしは、アンパンというものを作ったらしいが、このワシに献上する気はないか?」

ラジエル公爵はニコニコしている。
ラジエル公爵の手にはグラスではなく、湯呑があった。
お茶の香りがしている。
甘党なのだろうか?

「え?」

「ブンザから聞いたぞ、この世の物とは思えぬほど、甘くて美味しいパンを作ったそうな。ブンザから話を聞いただけで、よだれが出そうじゃった。」

俺がアンコを作ってテルマさんが焼いたアンパンをブンザさんにも食べさせたことがある。ラジエル公爵はそのアンパンの事を言っているのだ。

確かマジックバッグに1~2個アンパンが残っていたはずだ。

俺はマジックバックからアンパンを取り出し、皿にナプキンを敷いて、その上にアンパンを乗せて、差し出した。

マジックバッグの中は時間経過が無いので、アンパンはまだ温かかった。

「これがアンパンです。どうぞ。」

ラジエル公爵は皿ごと受け取り、アンパンを手に取ってアンパンの表裏を見ている。
そして、豪快にアンパンにかぶりついた。

咀嚼している。
ラジエル公爵の表情が徐々に変化する。
アンパンをかみしめる度にラジエル公爵の小鼻が膨らんでゆく。

目じりが下がり、口元が上がる。
アンパンを飲み込むと、笑い始めた。

「あーはっはっ。これは見事じゃ。ワシの家族にも食べさせてやりたい。どうじゃ、今度ワシの屋敷にも遊びに来ぬか?」

「はい。よろこんで。」

俺は頭を下げた。
おそらくラジエル公爵は、ブルナの事を屋敷まで相談しに来いと言ってくれているのだろう。

そうでなければ、アンパンだけの為に、自宅まで招くはずもないからだ。
人が大勢いるこの場所で、話せるような事ではないので、ラジエル公爵が気を利かせてくれたのだろう。

カヘイさんをみたところ、頷いている。
やはり、先にブルナの問題をラジエル公爵に話してくれていたのだろう。
俺は、貴族式の礼をした後、その場を離れた。

ラジエル公爵から離れた場所で一息ついていると、レイシアが近づいてきた。

「シン様、よくお似合いですよ。その制服。」

レイシアは軽く頭を下げた後、社交辞令だろうが、俺の姿を誉めてくれた。

「レイシア様も、そのドレスよくお似合いです。綺麗なお顔立ちによく合っています。」

俺だって、これくらいの美辞麗句は言える。
実際にレイシアは美しかった。

銀色の長い髪の毛を額の上から二筋、後ろへ流し、細かく細工の入った金のティアラで飾っている。

まつ毛は長く、カールしていて緑色の瞳が輝いている。
鼻筋が通っていて、こぶりな鼻だが小さめの唇とバランスが取れている。

淡いピンクのドレスで、胸には真珠のネックレス、レイシアが近づくと、甘いバラの香りがが漂う。

「まぁ、シン様のお口から、そのような言葉が出るとは驚きですわ。それにしても今日は紳士ですのね。うふふ。」

俺が「バカ娘」と言った事への皮肉だろうか。
俺は微笑みながら答えた。

「業務用の言葉使いですよ。でも綺麗だと言ったのは業務用じゃないですよ。」

レイシアは少しほほを赤らめた。

「お世辞でも嬉しいですわ。」

「ところで、レイシア様、このあいだのピアノの話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」

レイシアは、ブテラで出会ったイツキ達のことを話し始めた。

レイシアによると、俺の同級生達は、ブテラの教会に庇護されているうち、アキトやヒナ等何名かは加護つまりスキルが発動し始め、負傷者の救護等で活躍した。

特にヒナは、この世界ではいまだかって発動したことのない『範囲治癒・エリアヒール』を発動し、一度に複数人の負傷者を救助した。

そのことがブテラ領主、レイシアの父の耳に入り、その功績を称えて晩餐会が開かれた。

その晩餐会でレイシアはイツキ達と知り合い、個人的にお茶会などへも招いて仲良くなった。

ということだった。

「それが、イツキ様は、お話がお上手で、ついつい聞きほれ時間を忘れてしまうほどです。それにピアノがとてもお上手で、いつまでも聴いていたい気持ちにさせられます。

いえ、お上手などと言う言葉では間に合わないくらい、素敵で、心が大きく動かされます。どうしてあのように人の心を動かす演奏ができるのでしょう。

めったに動くことのなかった私の心がイツキ様の演奏で大きく動きましたわ。

・・・あら、ごめんなさい。私一人でしゃべって。うふふ。」

イツキのことを話すレイシアは上機嫌を通り越して、有頂天といった感じだ。
目の前の俺を無視してイツキと語らっているようだった。

「それで、そのイツキ君は、ずっとブテラに留まる予定なのでしょうか?」

「いいえ、いずれこのゲラニへやってくると、おっしゃっていました。シン様はイツキ様をご存じなのですか?」

嘘は尽きたくなかった。

「ええ、知り合いです。昔お世話になりました。」

イツキと共に拾った捨て猫の事を思い出していた。

「そうですか、優しい方ですよね。イツキ様は。」

鈍感な俺でもレイシアの態度を見ていればわかる。
レイシアはイツキの事が、好きだ。
いや恋する乙女だな。

(イツキ、ちょっとうらやましいぞ。このヤロウ。)

俺は親友に恋焦がれる女性が出現したことが嬉しかったし、ちょっとうらやましかった。

(イツキ、レン、ヒナ・・・どうしているだろう。)



キノクニキャラバンのキンタ隊は清江達や囚人のヒナ、ヘレナ達教会の宣教部隊と共にブテラの街を出て、砂漠地帯を縦断し、ガルダの村を経てからレグラ村へ到着しようとしていた。

レグラの村は、龍神川が流れる龍神由来の地だ。

キンタ隊の最後尾には紐で縛られたヒナが歩かされている。

砂漠地帯を通る時など人目のないところでは、部隊の進行速度も考えて、ヒナを馬車に乗車させていた。

ラグダ村や、ここレグラ村へ入る直前には、馬車から降ろされて、見せしめのために徒歩で行進させられているのだ。

最後尾を歩くヒナに3人の人影が近づく、ウタ、イツキ、レンの3人だ。

「ヒナ。大丈夫?水は?」

ウタがヒナの顔を覗き込む、ヒナはやせ衰えていた。
体だけでなく精神にも陰りが見える。
親友のウタが話かけても反応が薄い。

「ウタ、ありがとう。大丈夫よ。水も飲んだわ。」

ヒナは無理して笑顔を返す。
そこへ馬に乗ったヘレナが近づく

「あら、仲良しさん。ヒナさんのお見舞いですか?皆さんからも言ってあげてください。食事と水分はしっかり補給しなさいと。」

ヒナの治癒能力は非常に高い。
何と言っても、今だかって誰にも発現しなかった『エリアヒール』つまり範囲効果を持つヒールがヒナに発現したのだから。

戦場におけるヒナの価値は計り知れないものがある。
それだからこそ、ヘレナはヒナのことを肉体的には大切にしてきた。

栄養価の高い食事を与え、人目のない場所では十分に休養を取らせてきた。
しかし、ヒナの精神は衰弱して、食べ物を受け付けなかった。
当然やせ細る。

ウタたちも心配して励ましの言葉をかけるが、今のヒナには効果が薄いようだ。

イツキの弁護により、死罪を免れ、一度は元気になった。

しかしブテラの街を出る時に、仲良くなれたと思った果物売りのおばさん達に石を投げられ、罵られたことが、心に大きな負担を与えていた。

(ソウちゃんや、私のせいでオバサンの息子さんが死んだのかしら・・・)

実際は違う。
アキトが無分別に大魔法を放ったことが死傷者を出した第一の原因だ。
しかし、ソウがミサイルを放ったこと、そのソウをヒナが逃がしたことは、事実だ。

それに、ヒナは負傷者を救う能力がありながら、果物売りのおばさんの息子を救えなかった。
おそらくヒナの見た、ヒナが嘔吐しそうになった黒焦げの死体の一人が、その息子だったのだろう。

ヒナは黒焦げの死体の事を思い出すたびに罪悪感に蝕まれた。
ヒナに責任は無いのに、ヒナの優しい性格がヒナ自身を追い込んだ。

「そうよ。ヒナ、ゴハンはちゃんと食べて。お願い。」

ウタの目に涙がにじむ。

「ありがとう。ウタ。ちゃんと食べるわ。」

ヒナ自身も食事を取らなければという気持ちはあった。
だが、どうしても食欲がわかないのだ。
食べても戻してしまうことが多い。
まるで、心が生きることを拒否するように。

ほどなくキンタ部隊が、レグラの街の検問所についた。
キノクニキャラバンは、ほぼ素通りだ。

検問所を過ぎて、街の広場に差し掛かった時、それが目についた。

広場の中央に一体の銅像が立っている。
銅像の両肩には小さなドラゴンが止まり、銅像の人物は右手に大きな杖を持っている。
ヒナはその銅像を見て、銅像のモデルが誰だかすぐにわかった。

「ウタ、ウタ、ね、ね、ウタ」

ヒナは興奮気味にウタを呼ぶ。

「あれ見て、あの銅像。あの人よね。絶対そうよね。」

ウタも銅像を見上げる。

「うん。よく似ているわね。」

ウタも獣化したソウを見ているが、その銅像がソウだと言い切ることは出来ない。
それに銅像のプレートには

『龍神様の使徒シン様』

と書かれている。

更にそのプレートには人物名の下に

「元気なチョロとピースケ。」

と書かれている。
何も知らない人が見たら、人物像の両肩に止まっている小さなドラゴンのことだろうと思うかもしれない。

ヒナはその文字を読んだ途端、両目から涙を溢れさせた。

(ソウちゃん・・・)

昔、ヒナ達が中学生の頃、ソウが捨て猫を何匹か拾ってきた。
ソウの自宅では一匹しか飼えないからヒナに一匹貰って欲しいという。

ヒナも猫が好きだったので、両親に頼んで、一匹の捨て猫を飼うことにした。
その時の子猫の名前が『チョロ』と『ピースケ』、どちらもソウがつけた名前だが、『チョロ』はソウが引き取り『ピースケ』はヒナが引き取った。
だから、この銅像に書かれている

『元気なチョロとピースケ』

と言う意味は

「ソウは元気だ、いずれ迎えに行くから、ヒナも元気でいろ」

という意味に受け取れる。
いや、そういう意味だとしか思えない。

(ソウちゃん・・・)

ヒナの心に、小さな灯りが灯った。
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