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第四章 首都ゲラニ編

第82話 ブラックドラゴンの恐怖 停戦決裂?

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バルチの北の原野で小川を挟んで、友軍1万と敵獣人軍5,000がにらみ合っている。

敵側上空にはブラックドラゴンが悠然と周回している。
バルチの街で獣人王族の安否を確認するために、今は停戦状態だ。

しかし、どちらの軍もお互いを信用していない。

獣人側からすれば、宣戦布告も無しに突如自国の領土を襲い、王族の子供たちをさらった卑怯な人間族。

人間からすれば、数千人を虐殺し、未だに領土の一部と住民を不法に占拠している獣人族。
元はと言えば、ヒュドラ教の宣教活動という侵略行為が原因なのだ。

人間側からすれば、聖なる行為。
獣人側からすれば、侵略。
お互いに理解しろというのが無理なのだ。

小川の手前、友軍側陣地で俺とミューラー、ミューラーの部下2名が軍から少し前方に出て、獣人側のセトと呼ばれていた竜人、オーク、猫人の3名と向かい合っている。

セトが話しかけてきた。

「今から、この3名で王族の安否確認に行く、もし俺達に指一本でも触れたら、お前ら皆殺しだ。」

ミューラーが一歩前に出た。

「殺せるものなら、殺してみろ。お前達なんか俺の鼻息で吹き飛ばせるぞ。」

と言ったが、顔は引き攣り、足と、虚勢を張った声は震えている。

(なんなの、この人?バカなの?)

ミューラーの様子を見たセトが薄ら笑いを浮かべた。

「それは、楽しみだな。もし戦いになったら、真っ先にお前の相手をしてやるよ。グハハ」

俺はミューラーとセトの間に入った。

「前哨戦はその位にして、さっさとお互いの仕事を済ませよう。」

俺がミューラーの背中を軽くたたくとミューラーは震える足で、敵陣地に向かった。

セト達は俺に続いてバルチの街へ入った。
ミューラー達は、セト達が人族側に居る間、獣人族側で人質になるという事前の取り決めだ。

セト達を案内したのはバルチの村長の家だ。
そこには、ルチア達兄弟6人と、ルチアの同郷の獣人15名、合計21人の獣人が待っていた。

セト達が村長の家へ入ると、すぐにルチア達がセトの連れてきた猫人に駆け寄って来た。

「「「おばさん。」」」

ルチアの姉、レイアが猫人の手を握る。
猫人の目から涙が落ちる。

「あんた達、無事だったんだね。よかった。本当によかった。」

セトがこちらを向いた。

「どうやら、本当だったようだな。」

セトが連れてきた猫人はルチアと同郷の者のようだ。
セトの部下が、ルチア達の名前を確認した後、村長の家を出て、自軍に帰ろうとした。

俺とセト達が、街を出て、原野に向かっていたところ、上空を旋回していたブラックドラゴンが獣人軍側の前に着陸して人族側の軍勢と対峙した。

ブラックドラゴンと友軍の間は約10メートル。
ブラックドラゴンの鼻息が人にかかりそうな距離だ。
実際にブラックドラゴンの鼻息が人族に届いているかもしれない。

ブラックドラゴンを面前にした人族は、恐怖に顔を歪めている。

「何の真似だ?」

俺はセトに問いかけた。

「攻撃は命令していない。ドラゴンが勝手に降りたのだろう。」

嫌な予感がした。
確かにブラックドラゴンは、獣人軍側に居て、何の攻撃態勢も取っていない。

しかし、威嚇をしているのは明らかだ。
ブラックドラゴンの敵意がここまで伝わって来る。

(はやく終わらせなければ・・)

セト達が自軍に帰り、ミューラー達が、こちらに向かい始めた時。

ドガーン!!

と大きな音がした。
振り向くと、ブラックドラゴンが大きな炎で包まれていた。
誰かが、ファイヤーボールでも撃ったようだ。
その音を合図に、ブラックドラゴン向けて一斉に魔法攻撃が放たれた。

攻撃しているのは人族だ。
獣人軍にも魔法攻撃が届いている。

「止めろー。止めろー攻撃するなぁぁー」

俺は大声で叫んだが、両軍の歓声にかき消された。
ブラックドラゴンが上空に羽ばたく。
ブラックドラゴンの口からは青い炎が漏れている。

「逃げろー、ブレスが来るぞ―」

その声も興奮した軍勢には届かない。
ブラックドラゴンは十分に息を溜めて、極大のブレスを放出した。

アウラ様と戦った時には、一方向にエネルギーを集中させていたが、今のブレスはできるだけ広範囲に効果が及ぶように調整されたブレスだった。

ブラックドラゴンのブレスは半径100メートルの人間を全てなぎ倒した。

最前列の人間は黒焦げになっている。
一度に千人以上の兵士が死傷したようだ。
ブラックドラゴンは二度目のブレスを吐くため、息を深く吸い込んだ。

人族の軍隊は、一度目のブレスを見て、完全に戦意喪失して、こもごも逃げ始めている。
しかし、ブラックドラゴンは人の密集している方向に、顔を向けて次のブレスを吐こうとしている。

俺はマジックバッグから『龍神の盾』を取り出した。
アウラ様から貰った盾だ。

この盾は、『自分が守ろうと意識した者を守ってくれる。』とアウラ様から教わっていた。
どこまで守れるかわからないが、何もしないわけにはいかなかった。

俺がブラックドラゴンの前まで走り、ブラックドラゴンの口に向けて盾を翳した。

盾を翳すと同時にブラックドラゴンがブレスを吐いた。
強烈な衝撃が俺を襲う。
自分の足が地面にめり込んだ。

盾を見ると盾の四方からシールドが広がって半透明なドームが出来ている。

ドームの中には、多くの兵士が入っており、ブレスの影響を受けていない。

ブレスを受けきったが、俺の魔力は、そこでほぼ尽きた。
獣化を維持するのがやっとだ。

守る対象が多い程、大きい程、魔力を消費するようだ。
俺がブレスを防ぐ間に、兵士達は街へ逃げ込んだ。
しかし、次のブレスは防げない。

ブラックドラゴンが街目掛けてブレスを吐こうとした。
その時

「止めろ、街を攻撃するな。王族が居る。」

ライジンの声だ。
ライジンが俺に歩み寄る。

「この落とし前、どうやってつける。人狼よ。」

俺はその場にしゃがみこんでいたミューラーと共に獣人軍へ連行された。

ミューラーを置き去りにして俺だけ逃げようとすれば逃られたかもしれないが、ミューラーを見捨てることは出来なかった。

それよりなにより、この出来事の解決方策を獣人達と話し合わなければならない。

俺とミューラーはライジンのテントへ連行され、俺は鉄製の鎖で、ミューラーは縄で縛られた。

鉄製の鎖など変形スキルで容易に外すことが出来たが、ここは敵意を見せるべきではないと考えて、縛られたままでいた。

「ドラゴンのブレスを一人で防ぐとはな。驚いたよ。フフ」

ライジンが俺を見て笑っている。

「道具が良いだけだ。」

俺はライジンを見返した。

「その道具、差し押さえる。今ここに出せ。」

「差し出してもいいが、条件がある。」

「なんだ?」

「先ほどの出来事は、偶発的な事故だ。そちらのドラゴンに怯えた誰かが、恐怖に負けて撃った魔法だ。それに他の者がつられて、攻撃を仕掛けた。だから、このまま停戦を続けて欲しい。」

ライジンが俺を睨む。

「ほほう。事故だから獣人が何人か死傷したのは無かった事にしてくれと?」

「こちらは千名単位の死傷者が出ている。」

「自業自得だろうが。」

セトが口を挟む。
それをライジンが手で制した。

「人狼よ。お前の力は相当なものだ。いつか剣を交えてみたいよ。たぶんその鎖も自力で解き放ち、そこの人間を捨て置けばお前ひとりで脱出するくらいのことは容易なのだろう。」

ライジンはミューラーを見て話を続けた。

「だが、先に仕掛けたのは人族だ。そしてその結果こちら側にも死傷者が出た。その落とし前が盾一つと言うわけにはいかぬ。時間をやるから、ゲラン国と話し合え、条件次第で元の停戦に応じよう。」

俺は無言で鉄の鎖を変形スキルで変形し、足元に落とした。
その様子を見た周囲の兵士が攻撃態勢を取ったが、ライジンが止めた。

「わかった。まずは、この盾を渡そう。」

俺はマジックバッグから『龍神の盾』を取り出し、傍に居たセトに差し出した。
セトは盾を受け取り、盾の表裏を眺めた。

「こ、これはもしや。龍神様の・・・」

盾の表には龍神の彫刻が施されている。

「ああ、そうだ。アウラ様から貰った盾だ。」

セトは盾を両手で頭上にささげ何かつぶやいた。
そして片膝をついて盾を敷物の上に置いた。

「お前は、龍神様と知り合いなのか?」

もしかしたら・・・セトはアウラ様に敬意を払っているかもしれない。

「ああ、知り合いどころか、アウラ様のお子様二人の養育係を仰せつかっている。人々からは、龍神の使徒様と崇められている。」

嘘ではない。
ライジンがこちらを見て言った。

「嘘ではないようだな。」

真偽判定スキルでもあるのだろうか?
セトが片膝をついた。

「ライジン将軍が、そういうのなら、誠だろう。ワシは竜族、族長セトだ。竜族を代表してアウラ様の使徒に敬意を表する。これまでの無礼、平に容赦願いたい。」

どうやらアウラ様効果は抜群にあるようだ。

「わかった。アウラ様には良しなに伝える。そのアウラ様の盾だ。それを差し出すのだから、俺にとっては大きな犠牲だ。アウラ様に叱られるやもしれない。その盾だけでも落とし前になると思うが。だめか?」

盾を失ってもアウラ様は怒りはしない。
何しろアウラ神殿には、同じような盾がゴロゴロ転がっていたのだから。

セトがライジンを見ている。
ライジンがセトを見返した。

「ふー。仕方ないな。人狼よ。龍神様に感謝しろ。セト達にとって龍神様は自分の命より大切な存在。竜族のご先祖様でもあるからな。今回はセト達と龍神様のため停戦を続けてやろう。」

大昔、ドラゴンの一部種族が竜族と龍族に別れて進化したという事をアウラ様から聞いたことがある。
ドラゴンは竜族にとって、神であり、ご先祖様なのだろう。

「ありがとう。」

俺はライジンに頭を下げた。
ライジンは少し驚いたようだ。

「人族の為に頭を下げる獣人も珍しいな。ハハ」

俺は人狼だが、ライジン達にとってみれば人狼も猫族も竜族も同じ獣人だ。
人族においてもそれは同じだろう。

「それでは、街に帰って停戦を伝える。こちらから手出しはしないと約束するが、できるならばブラックドラゴンを見えない場所に配置してくれないか?」

ライジンが頷いた。

「いいだろう。」

俺がライジンのテントを後にしようとしたところ

「うーうー」

という声が聞こえた。
猿轡をされ、縛られているミューラーだ。
存在感が薄いので忘れていた。

「これも、もらって帰っていいか?」

ライジンは笑っている。
俺はミューラーの縄をほどいて立たせた。
ライジンのテントを出た時に視線を感じた。

視線の方向に目をやるとフードを被り口元を布で覆った人物がこちらを見ていた。

顔は隠しているが、人間、それも女性のようだ。
匂いと気配でわかる。

俺がその女性に近づこうとすると、その女性は踵を返してキャンプの奥へと立ち去った。

俺は直感した。

(もしかしたら、あれがドラゴン使い?)

俺の勘は良く当たる。
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