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第五章 獣人国編

第100話 清江の決断

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ヒナ達が所属するゲラン国第二師団第二大隊は、ジュベル国との開戦に備えて国境の町セプタを目指し、現在はジュラという集落で野営をしている。

ヒナは上官のセクハラに遭いながらも、いつか自由になりソウと出会うことを夢みて耐え抜いていた。
一年前までは平凡な女子高生だったのが、今や兵士としてまもなく始まるであろう殺し合いの場所へ向かっているのだ。

心の均衡を保つのが精一杯だった。
ヒナは看護兵であると共に雑用係でもあった。
階級こそ二等陸士だが戦争犯罪者という烙印は重くのしかかり他の二等陸士よりも数倍の量の雑役を与えられていた。

ヒナが炊事用の薪を両手にぶら下げて運んでいると、ふいに右手が軽くなった。
横を見るとレンがヒナの持っていた薪を取り上げていた。

「レン君。」

ヒナがレンを見上げる。

「よっ」

すると左手も軽くなった。

「イツキ君」

「やっ」

ヒナ、レン、イツキ、この三人は、小隊こそ違うが、同じ第二大隊に所属していた。

レンとイツキは本来、一年の訓練を終えなければ兵役に課せられないはずだったが、ゲラン国が緊急事態宣言を発し、臨戦態勢となったため、卒業を待たずに現場へ配置されたのだ。

ヒナにとっては元の世界から仲良しだったこの二人が同じ大隊に所属していることが、唯一の慰めだった。

「ヒナ、大丈夫か?」

レンは、戦争犯罪者として兵役に課せられているヒナのことをいつも心配していたが、訓練所を出てからはヒナと会う機会もほとんどなかった。

「うん。なんとかやっているわ。大丈夫よ、ありがとう。」

ヒナはぎこちない笑顔をレンに返した。

「レン君やイツキ君こそ、大丈夫?」

レンもイツキもこの世界へ迷い込みさへしなければ、高校生としての人生を謳歌していたはずだ。
3人とも今年17歳の青春真っ盛りなのだ。

レンは体力向上系のスキルをもっていたからさほど心配はいらなかったが、イツキは頭脳こそ発達したが、体力面はからきしだった。
イツキのそばにレンがいることがせめてもの救いだった。

「こんなもの気合いだ。気合い。生きてさえいればなんとかなるさ。アッハッハ。」

レンが明るく笑う。

「僕も大丈夫ですよ。レン君がいろいろ助けてくれるし。世の中悪いことだけじゃないですよ。」

イツキもけっこう明るい。

「あら、イツキ君、なんだか嬉しそうね、何かいいことでもあったの?」

レンがニヤリと笑う。

「あったよな~フフフ」

ヒナがイツキの顔をのぞき込む
「え?ナニナニ?」

イツキは照れ笑いをしながら答えた。

「その、あれですよ。あれ。手紙をもらったんです。」

「手紙?」

「そうです。あの人から手紙をもらいました。」

「あの人?あ・・・レイシアさんね。」

ヒナもイツキがレイシアと仲良くしていることは知っていた。
ブテラのレイシアの屋敷でイツキ達がレイシアとお茶会をしたことも、そのお茶会での出来事もウタから聞かされていた。

「うん。そうです。レイシアさんから手紙が届きました。」

イツキは頬を紅潮させながら嬉しそうに笑った。

「いいわね。で、なんて書いてあったの?」

「今度の出兵から帰ったら、僕達に職と住む場所を用意しておくから無事に帰ってきてと書いてありました。」

イツキは訓練所に居る間、レイシアと会うことは出来なかったが、手紙のやり取りは許されていたので、レイシアとは定期的に手紙のやり取りをしていたのだ。

「うわー、よかったわね。これで戦争さえ終われば普通の暮らしに戻れるわね。」

ヒナ、やイツキをはじめとする異世界移転組は、今でこそ緊急事態でゲラン国の兵士として徴兵されているが、戦争が終われば、この世界に生活の基盤はない流浪民なのだ。

それをレイシアが知って、イツキ達がこの世界で暮らせるように手配してくれているというのだ。
レイシアはブテラ領主の娘で、ある程度の力は持っている。
父親にお願いすれば何人かの職や住居を手配するのはさほど難しいことではないのだろう。

「そうですね。戦争さえなければ、また元のようにみんなで一緒に暮らせるかもしれないですね。」

「そうだよな。俺たちが兵士だなんて、ほんのこないだまでは想像もできなかったよ。楽しい修学旅行のはずだったのに、どうしてこんなことになったんだよ。まったく。」

3人はあの日のこと、飛行機が渦に巻き込まれ海岸に不時着したときのことを考えていた。

「そうね。またみんな一緒に暮らせればいいのに・・・」

その頃、キヨエは複数の女生徒を連れてゲラニにあるヒュドラ教会ゲラン本部の一室に居た。
目の前にはヘレナと白い衣服を身にまといフードをかぶりマスクをした男がいる。
男は豪華な椅子に座り金色の目でキヨエ達を見つめている。

「キヨエさん。こちらは枢機卿のラグニア様です。ヒュドラ教において枢機卿は俗世界でいう地域の王と等しきお方、失礼のないようにしなさい。」


キヨエはその場に片膝をつき胸に手をあてて挨拶をした。

「キヨエと申します。そしてここに控えているのは全員私の生徒です。この度は職を与えていただいた上に住むところまで手配くださるそうで、ありがとうございます。」

キヨエ達は訓練所を卒業してから予備兵として登録されたものの職業兵士ではないため衣食住を確保できない状態となっていた。

そこへヘレナが現れ、衣食住を提供しようかと持ちかけられたのだ。
ヘレナは、自分では力不足なので枢機卿にお願いして衣食住を提供するという。
そのような理由で、今キヨエ達はヒュドラ教会ゲラン本部にいるのだ。

「よい。さほどのことはしておらぬ。ヒュドラ様の僕として働けることを幸いと心得よ。今日からそなた達は、真のヒュドラ教徒として、これからの人生ををヒュドラ様に捧げるのだ。」

生徒達が顔を見合わせた。
生徒達の心の声が聞こえてきそうだ。

(聞いてないよ~)

それでも時計などの貴重品を売り払った金は全て使ってしまい、異国の空の下、身よりも金もないキヨエ達は運命に身を任すほかなかった。

ここにいる女生徒はキヨエ以外、みな17歳の子供、頼りに出来る大人はキヨエ以外に居ない。
自分で自分の運命を切り開く勇気を持つ者はおらず、大人のキヨエに付き従うしか生すべがなかったのだ。
そんな生徒の中でもキリコは少し違った。

キリコは外見の行動こそヒュドラ教の信者を装っていたが、心の中ではヒュドラ教など全く信じていなかった。

この世界で信じられるのは自分の力だけだと思っていた。
自分の『真偽判定』というスキル、今では心理眼とも言えるほどに成長していたスキルを自分のより所にして、いつかこの集団から離れて自立しようと以前から考えるようになっていた。

しかし、この場には自分のスキルよりはるかに高度なスキルを持つヘレナが居る。
だからキリコは自分の心を堅いコンクリートの壁で覆うように意識してヘレナに心を読まれないようにしていた。

「そこの娘。名はなんと申す。」

ラグニアが視線を集団後方のキリコに向けた。
キリコは左右を見るが、ラグニアの視線は間違いなくキリコに向かっていた。
ヘレナがキリコに言った。

「キリコ、早く答えなさい。」

全員がキリコに視線をやった。

「私ですか・・・キリコ・カワモトと申します。」

ラグニアは、マスクの奥で微笑んでいるようにも見える。

「そうか、キリコか、お前は良い加護、強い加護を持っておるな。これからも精進せよ。」

キリコはヘレナ等、のスキル持ちから心を探られると、それを感じることが出来るようになっていたし、それを防御する技術も持つようになっていた。

それなのに、今は全くその気配すら感じることができなかった。
キリコは身震いしながら答えた。

「はい。ありがとうございます。」

ラグニアは立ち上がった。

「お前達の人生がより良きものになるよう、ワシからも祈っておこう。」

ラグニアは椅子から数歩離れて膝をつき胸に手を宛てて何かを祈った。
キヨエ達もラグニアに習い、その場に膝をつき胸に手を合わせてヒュドラ教の祈りを捧げた。
祈り終わった後にヘレナがキヨエに告げた。

「キヨエさん、あなた方は先に建物の外へ出て下さい。私はラグニア様と貴方たちの今後のことを相談させていただいた後に追いかけます。」

「はい。先に出ています。よろしくお願いします。」

キヨエ達はヘレナに促されて部屋の外へ出た。
キリコはラグニア達が何を考えているのかラグニアの心を読んでみたい衝動に駆られたが、それを押さえるのに苦労をしながら建物の外へ出た。

「ヘレナよ。なかなかの逸材が揃っておるの。器の大きさも粒ぞろいだし、特にキリコという娘、それに名前は問わなかったが。まん丸顔の子もかなりの器じゃ。」

「はい。丸顔の子はウタと申します。あの子もヒナとまではいかないものの、今後更に成長するでしょう。それでいかがなされますか。器を取り出しますか?それとも・・・」

ラグニアは少し間を置いてから答えた。

「ワシは春には帰国する。ワシの後はグンターに任せようと思っている。グンターの置き土産にしてやっても良いな。」

グンターはゲランの植民地ブテラにあるヒュドラ教の牧師で、ヘレナの上司に当たる。
昔クチル島を襲ってブルナやピンター、そしてソウを奴隷にした男だ。

「かしこまりました。キヨエ達はグンター様の私兵として訓練しておきましょう。」

「うむ。ところでヒナを戦場へ向かわせたそうだが大丈夫なのか?」

「はい。ヒナの『蘇生』を発芽させるには多くの死を身近で経験させる必要があるかと、特に親しい者の死を目の前で見ることが発芽の条件になろうかと思われます。」

「その手はずは整っておるのだろうな。」

「はい。ヒナの護衛と親しい者の死を招くために『影』を同行させております。」

「うむ。吉報を待っておるぞ。」

「はい。お任せを」

ラグニアは元の椅子に腰掛け、ヘレナはキヨエ達を追って部屋を出た。


キヨエ達がヘレナに連れて行かれた場所はゲラニの城近くにある修道院だった。
ブテラにあったヒュドラ教会とはほど遠い質素な造りだ。

高い壁の中へ入ると、何もない庭、レンガ造りで赤い屋根の粗末な建物。
建物の裏手からは、女性のかけ声が聞こえる。
兵士訓練所で聞き慣れた剣を振るときに発するかけ声だ。

「さぁ、ここが貴方達の新しい家ですよ。ここで修道女としてヒュドラ様に祈りを捧げつつ暮らすのです。」

キヨエ達はお互いの顔を見る。
全員不安そうな表情を隠そうとしていない。
キヨエがヘレナを見る。

「あのー・・・・」

「なんですか?キヨエさん。」

「私達、ずっとここで暮らすんでしょうか?」

ヘレナは不機嫌な眼差しをキヨエに向ける。

「知りませんよ。そんなこと。貴方達の未来なんて私に判るわけ無いでしょう。私は、ここに居ても良いと許可を出しているだけです。嫌なら戦場へおゆきなさい。すぐに手配してあげます。」

「あ、いや、そんなつもりでは・・・」

「いいですか、もう一度言います。身よりも生活基盤も無い貴方達にラグニア様が暖かい食べ物と柔らかなベッドを提供して下さるのです。それが不満なら、今すぐ出て行きなさい。止めはしません。

しかし、今この国は戦時下です。浮浪者は奴隷兵士として戦場へ送られることを覚悟するのですね。さぁ最後の選択権を与えます。出て行きたい人は出て行きなさい。

留まりたい人はここで暮らすことを許可します。ただし一度修道女になると決意をしたなら、それを覆すことは出来ませんよ。」

キヨエ達はざわついた。
訓練所での鍛錬のせいで街の女子高生のような騒ぎ方はしなかったが、それでも動揺は隠せなかった。
浮浪者となるか修道女になるか選択をせまられているのだ。

女生徒達は飛行機が墜落してからジャングルで死の恐怖に怯え、飢餓にさいなまれ、彷徨した時のことを思い出していた。

おそらくここには自由はないだろうが暖かいベッドと食べ物はあるようだ。
女生徒の大多数はキヨエを見ている。
この期に及んでも自分の人生を自分で決める勇気がない者がほとんどのようだ。

(みんな、私を見ないで・・・)

キヨエは限界に達していた。
先生と生徒という関係を手放したかった。
キヨエは決意した。

「私は、ここに居させてもらいます。ヘレナさん。よろしくお願いします。」

返事は一人称だった。
生徒の誰にも相談せず、自分の人生を自分で選んだ。
他の生徒は少なからず動揺した。
キヨエが全員と相談して、より良い方向を示してくれると思っていたからだ。

「「「先生・・・」」」
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