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第五章 獣人国編

第104話 進化 獣王

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ガラクとの決闘中、自分のうぬぼれによって敵の実力を見誤ったことと、徹夜でホビットを看病したことなどから、敗色濃厚となっていたが、助っ人マザーのおかげで、五分の勝負に持ち込むことが出来ていた。

マザーの力を借りて、ガラクの持つ『未来予測』を手に入れたのだ。

未来予測を手に入れたものの、本家のガラクは、おそらく数秒先まで見通しているのに対して俺は、0コンマ何秒くらい先までしか見通せていない。

未来予測の基礎的な能力は得ているが、習熟度が足りず、本家にはどうしても劣ってしまうのだ。
それでも五分まで持ち込めているのは、以前にも増して俺の戦闘能力が高くなっているからなのだろう。

しかし、五分では勝負が付かない。
魔力が底をつきかけている俺には不利だ。

『マザー・・・・』

『わかっています。次の手を打ちましょう。』

『何が出来る?』

『強くなりましょう。』

『ん?』

『今、ソウ様は、ご自分でお考えになっている『人狼Ⅱ』といった体型、状態で、人間の姿で居るときの数十倍の能力をお持ちです。』

『そうだな。魔力の消費は大きいが戦闘能力はかなり高い。体型も人とは言いがたいな。』

『ですから、もう一段ギアを上げましょう。』

『人狼3?』

『いえ、獣王化するのです。』

『ジュウオウ?』

俺の頭の中でアフリカのサバンナを連想させる音楽が鳴り響いた。

『そうです。ジュウオウ化です。人狼3といってもいいですが、より明確にイメージするには獣王と言う言葉の方が、ソウ様のイメージ化が楽だと思います。』

この世界の魔法は

「自己のイメージした現象を具現化すること。」

だ。

火をイメージして魔力を練り込み、それを現実世界で発現させる行為はオーソドックスな魔法の原理だ。

スキルも同じ理屈で、自己のイメージする現象をこの世界に具現化することなのだ。
だから、人狼3をイメージするよりも、『獣王』ケモノの王をイメージする方がより強くなれそうな気がする。

マザーは俺の心全てを読んでいるから、そう助言してくれたのだろう。

『マザー獣王化って、そんなに簡単にできるのか?』

『ほんの少し前には無理でした。しかし、今ソウ様には獣王化するための条件が整っています。後はソウ様のイメージ力次第です。』

『条件とは?』

『身体能力、精神力、魔力、神の種、そして人々のソウ様に対する信仰心、ソウ様をあがめる心の強さです。神になる前身とも言えるでしょうね。』

『俺に対する信仰心なんて、ほぼないでしょ?』

『そんなことはないですよ。観客席をご覧なさい。貴方が治療を施した患者何千人もが貴方の勝利を願っています。他にも龍神川を復活させたガルダ地方や飢餓を救ったネリア村周辺にも、貴方を信仰する人が大勢居ます。未だ神の領域には届きませんが、ジュウオウになら進化可能だと思います。』

最近、俺の体に変化があったことは俺自身も感じていた。
以前までは、自分の体力や精神力、魔力が回復するのには、食事、睡眠、青い月と赤い月からのエネルギー吸収を主たる補給源としていたが、ここのところ俺の体や心を支えるもう一つの力を感じていた。

それは、俺に対する他人からの思いやりだ。

親が子を思う心は子供を強く健康にする。
それは単なるイメージだと思っていたが、この世界へ来て少し考えが変わった。

親が子を思う心、恋人が相手を思いやり、いたわる心、それはイメージすることにより、物理的に作用するのだ。

母親が赤ん坊を抱き、慈しみ、頭をなでることで赤ん坊は実際に健康になる。
慈しみを受けた赤ん坊は精神的に癒やされると共に、身体的にも癒やされるのだ。

この世界では、『自己がイメージしたことを具現化できる。』つまり、愛する対象を「健康にしたい。」「病気から救いたい。」「強くしたい。」という気持ちは具現化できるものなのだ。
ただし、ヒールなどのスキルを持つ者以外は、その思いを目に見えるほど発現させることができない。

信仰も同じだ。
今ヒュドラ教がやろうとしていることは『ヒュドラの復活』これは、理論的には実際に起こりえる。

ヒュドラ教の幹部は、本当にヒュドラの復活を目指して各国を侵略し、信者を増やし復活を願う心を大きくしようとしているのかもしれない。
物事を願う心が多いほど、強いほど、その願いは叶えられるのだ。

俺の事を崇めてくれる人が居て、俺に対する信仰心が多ければ多いほど、その信仰心は俺の力になる。

もしかしたらマザーの言うとおり、俺はいずれ神になるのかもしれない。
俺は神になんてなりたくないが、俺の家族を守るためには力が欲しい。

家族や仲間を守るための力が、神になることによって得られるのなら、俺は神になろう。
獣の王にだってなってやるさ。

『マザー、ジュウオウになるにはどうしたらいい?』

『はい。ソウ様の心の中に『神の種』という領域があるはずです。見えますか?』

俺は自分の心を覗いた。
マザーのいうとおり、俺の心の中に一段と光り輝く部分がある。

もちろん、「神の種」などという文字が書かれているわけではないが、その光り輝く部分が神の種だと直感でわかる。
なにしろ自分自身の心なんだからね。
イメージ的には「拳くらいのクリスタルが回転しながら輝いている。」といった感じだ。

『うん。わかるよ。神の種』

『では、その神の種に意識を集中して、自己が進化する姿を具体的にイメージしてください。』

『わかった。』

とはいったものの、ジュウオウなんてなかなかイメージできない。
それに今は戦いの最中だ。
ガラクの攻撃をかわしながら、自分も攻撃をして、そのうえ自己が進化する姿を具体的に想像するのはかなり困難な作業だ。

俺は、ガラクからの攻撃を防御するだけにして攻撃は休止、ジュウオウのイメージ化に専念することにした。

「ありゃ?ソウのやつ、また守備一辺倒になりましたよ。調子悪いんですかね?」

「ドルムよ。それはちゃうで。ソウはまたまた何か新しいことしてるみたいや。魔力が内側にこもりつつある。攻撃に使ってた魔力を体の内側に流しこんでる。なんかオモロイことがおこりよんで。アハハ、こりゃオモロイ」

「アウラ様、兄ちゃん大丈夫なの?」

「ピンター、大丈夫や。安心して見ときソウはいずれ神になる男や、こんなところで負けたりせぇへんわ。」

ピンターの顔に笑顔がともる。

「本当?兄ちゃん神様になるの?オイラ神様の弟になるの?」

「ああ、そうやで、ピンターはいずれ神様の弟になる。だから一生懸命ソウを応援するんやで。」

最近、アウラ様とピンターは獣人語で会話をしている。

「うん。一所懸命応援する。兄ちゃん!頑張って!!」

ピンターが立ち上がって声援し始めた。
それにつられて、ライチ一家も、シゲル一家も、商工会メンバーや、ソウに治療を受けた下町住民も大声でソウを応援し始めた。

(兄ちゃん負けないで、ソウ様負けないで、神は強いはずだ。神様・・)

観客席の応援、歓声が高くなるにつれ、俺の心の中の神の種が一層光り輝き始めた。

俺はジュウオウをイメージすることに意識を集中した。
最初に俺の背中のタテガミが反応した。

タテガミは一層強く長くなり衣服を突き破って外に伸びた。
本当のタテガミと言えるほどに。
俺の背中から伸びたタテガミは、日の光を受けて銀色にまばゆく輝きタテガミそのものに意思があるかのように動き、ガラクの攻撃を防御しはじめた。

「ほりゃ、はじまったぞ。なんやしらんがソウが進化し始めた。」

俺の変化をアウラ様が最初に見つけた。
俺の体は人狼Ⅱの体型からほぼ変わっていないが、よりシャープになって敏捷性が増したようだ。
タテガミ以外の体毛も伸びてその強度が増している。

顔面も銀色の体毛で覆われた。
頭髪も伸びてタテガミと一体になっている。
頭髪も体毛も銀色で、わかりやすく例えれば「ギンロウ(銀狼)」という表現が一番しっくりくる。
顔つきは人狼Ⅱの時より精悍になって、さらには牙が生えた。

眼孔も金色めいて鋭くなり、威圧感が増しているようだ。
見かけも変化したが、一番大きな変化は心だ。

魔力、精神力も心の一部だが、心、つまり俺の精神そのものが大きく成長した気がする。
心の変化を表現するのは難しいが、あえて表現するとすれば、心の器が大きく頑丈になって、心の動きも鋭く速くなった。
というべきだろうか。

魔法やスキルを発動するときに使用する魔力は青い月と赤い月から得られるエネルギーだが、それを行使するには、その二つのエネルギーを心の中で混ぜ合わせ、精錬する作業を必要とする。

俺は、その作業のことを

「魔力を練る」

と表現しているが、その魔力を練る作業が今、飛躍的に向上している。
また、魔力を月から吸収する作業もタテガミが勝手にやってくれているような感じで、いままでの倍くらいのスピードで魔力を吸収しているようだ。

魔力の貯蔵場所は心の中だが、その貯蔵領域も飛躍的に増えた。
今までの魔力の最大貯蔵量をヒール1000回分だと仮定すると、今の貯蔵量はヒール3000回分に相当すると思う。

それらの進化の中心になっているのが「神の種」だ。
今は「種」だがいずれ発芽するかもしれない。

俺は見かけも心も大きく進化した。
進化することで、それまであった戦闘に関する焦りや不安が、一度に吹き飛んで、心に安寧が訪れた。
戦闘中にもかかわらずだ。

俺の体全体から青い光がゆるやかに放出されている。
服から飛び出た体毛の銀色とあいまって、「美しい。」とさえ言える外見になった。
観客は声援を忘れて俺の姿に見惚れているようだ。

ガラクの動きが止まった。

「ど、どうなっている?」

ガラクは強者だけあって、おれの変化が自分の手には届かない領域にまで達したのを悟ったのかもしれない。

「どうもしないよ。強くなっただけだ。」

俺は、雷鳴剣をマジックバッグに収納した。
決闘前、ガラクの力を見誤って窮地に陥ったが今は、はっきりとわかる。
俺はガラクより数倍強い。

鑑定を使わなくても、そのことに間違いないという自信がある。
ここで雷鳴剣を本気で使うと、ガラクを殺しかねない。
決闘の相手とは言え、できるならば無益な殺生をしたくない。
武器など使わずともガラクに勝利できることは明らかだった。

格闘技を習得している大人が、小学校低学年の子供と向き合っているようなものだ。
刃物はいらないだろう。

「何のつもりだ?」

武器を仕舞った俺に対してガラクがつぶやいた。

「わかるだろう?殺したくないんだ。」

「侮辱するな!決闘の最中だぞ。殺せるなら、殺せよ。手加減されるのは死よりもつらい。」

そう言いながら、ガラクは重力波をまといながら金棒を振りかぶってきた。
俺は未来予測を使うまでもなく、身体能力のみで、ガラクをかわし、すれ違いざまにガラクのみぞおちへ拳をめり込ませた。

ガラクは俺の右腕の中で意識を手放した。
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