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第五章 獣人国編

第123話 エリカとおばあちゃん。

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俺がバルチの街に到着して2日目の朝を迎えた。
その日早くから俺はウルフをバルチ郊外からゲラニ方向へ走らせていた。

ウルフの運転はヘレナに任せて俺はモニターを注視していた。

ウルフの運転は本来、人狼族しかできない仕組みだが、オーナーである俺がエリカに使用者権限を与えている。

「ナビ。多数の人的反応があれば教えろ。スキャン範囲をできるだけ広くしろ。」

『了解しました。』

ウルフを人目にさらすのが嫌で、今は街道を避けて雪の残る草原を走っている。

操縦は音声操縦では無く、エリカのマニュアル運転だ。
エリカが助手席にいる俺をチラリと見た。

「どうしたエリカ?」

「いえ。なんでもありません。ウフフ。」

へんなやつ・・

バルチを出て30分くらい南に走るとナビが反応した。

「南方約30キロ、街道上に多数の人馬を発見しました。その数およそ1万。」

「わかった。ナビ偵察ドローン発射。映像をモニターに出せ。」

『了解』

ヒュン!

ウルフの上部から偵察用のドローンが飛び立った。

10分くらいでモニターに映像が映し出される。
間違いない。
ゲラン軍第三師団だ。

(この中にブルナがいるんだ。)

しばらくの間、遠距離から一人一人歩兵の姿を映し出したがブルナらしき姿を発見することは出来なかった。

いずれにしても昼間にブルナを救出するのは困難だ。
もちろん力ずくでも救出をすることはできるが、それでは罪のない兵士を傷つけることになるし、場合によってはラジエル侯爵に迷惑をかけてしまうかも知れない。

俺は安全策を取ってバルチの街で夜間、闇に紛れてブルナを救出することにしていた。

「よし今日中にはバルチに到着する。一度バルチまで帰るぞ。」

「はい。シン様。」

エリカはハンドルを切ってバルチ方向へUターンした。

「それで、シン様。どのような作戦ですか?」

エリカには今回の行動の目的をおおまかに話してあったが、詳細な作戦内容は伝えてなかった。

詳細な作戦と言っても、軍の野営地でブルナを見つけて連れ出すだけのことなのだが。

「詳しくは考えていない。とにかくブルナを見つけ出して連れ戻すだけだ。」

「そうでしょうけれど、お話を聞く限りではブルナさんは、奴隷兵なのでしょ?となると野営地から抜け出すことは命令違反になって体が動かないと思いますが?」

俺も奴隷だった時代があるからわかるがドレイモンの術にかかってしまうと、命令権者の命令を無条件に聞いてしまう。

例えば鍵の無い檻に入れられていても『その檻から出るな。』と命令されると、いくらそこから逃げ出したくても『檻から出るな』という命令のために体が『檻の外へ出る』という行動に対して拒否反応を起こしてしまうのだ。
エリカはその絶対的命令のことを言っているのだ。

「ああ、それなら大丈夫だ。俺はドレイモンを単独で解除できる。」

ドレイモンは魔法の一種だ。
術者の魔力より強い魔力を持つ者ならドレイモンを強制解除できる。

そのことは自分自身の体で試しているし、ピンターのドレイモンを解除できたことからも明らかだ。

「え?ドレイモンって強制解除出来るんですか?」

「ああ、精神系の魔法を操ることが出来る者で術者の魔力を上回る魔力の持ち主なら解除できるよ。それとドレイモンをかけた者を殺しても解除はできる。」

「そうですか。私達の常識ではドレイモンは術者以外には解除できないものだとされています。」

「そうなの?実は俺とピンターも元奴隷だよ?俺が自ら解除したけどね。」

「ええー、そうだったんですか。・・苦労なされたんですね。」

「ちょっとだけね。アハハ」

俺はクチル島で奴隷にされ塩田工場で苦役くえきを強いられていた頃を思い出していた。
ブルナは、あの苦労を今も強いられているのだ。
少しでも早く助け出したい。

バルチの手前でウルフを収納しエリカと二人、並んでバルチの検問所を通った。

「シン様、良い日和で良かったですね。フフフ」

顔なじみの門番がニコニコしながら俺に声をかけてきた。

(何が嬉しいんだろう?)

エリカも少し、モジモジしている気がする。

さすがの俺も、エリカが俺に好意を寄せていることには気がついていたが、今までにも『この子はひょっとしたら俺に気があるんじゃないの?』と思って痛い目に遭ったことが何度かあるので、今もその程度に考えている。

「エリカ、このバルチで軍が野営をするならどこらあたりになる?」

「はい。以前の駐屯場所は代官屋敷近くの河川敷でしたから、今回も同じ場所かと。」

代官屋敷なら知っている。
バルチの街の北外れだ。
バルチの街の東に中規模の川が流れているが、その河川敷がかなり広い。

将校は町中や代官屋敷で宿泊するとして、ブルナのような下級兵が野営するとしたら、その河川敷だろう。

エリカを伴い河川敷を下見することにした。
俺一人がこの街をうろついていれば少し怪しいかも知れないが、エリカと二人なら怪しさは薄れる。

河川敷へ行くには街の中央部を通るが、道行く人が微笑みながら俺達二人に会釈する。
以前、獣人軍の侵攻に備えてこの街の人々をアウラ神殿に避難させた時の記憶がまだ街の人々に残っているのだろう。

街の広場を通り過ぎ住宅街の北にある代官屋敷まで来た。
この代官屋敷には見覚えがある。
以前ジュベル軍侵攻の際に急ぎ代官に知らせようとしたところ、女遊びをしていた代官にけんもほろろの扱いを受けた場所だ。

代官屋敷の北東側には広い空き地を経てこの街の側を流れる河川がある。
おそらく第三師団はこの川の西岸に野営をするはずだ。

自国領内とはいえ野営には見張り番が付くだろうから野営地に潜入するには川の東岸から川を渡り陣内に入るのがいいかもしれない。

「エリカ、ここの川は深いのか?」

「いえ、子供の頃、この川でよく遊びましたが、この付近に深い場所はありません。せいぜい腰の高さまでです。対岸にウルフが通れるくらいの山道があるのでそこを拠点にすればいいかもしれませんね。」

俺は戦闘を予定していないが、万が一ブルナ逃亡が発覚した場合はウルフで逃走することも想定しておいた方がいいだろう。

俺はエリカを伴って川辺まで歩いた。
川縁で大きめの石に腰を下ろすとエリカもそれにならって俺の横に座った。

今日は晴天で気温もそこそこ高く、イオンたっぷりの自然の風が心地よかった。
久しぶりに穏やかな気分だ。

「エリカ、この世が毎日平和ならいいのにな。」

川面を眺めていて自然と出た言葉だ。

「ええ。そうですね。このまま時の流れが止まればいいのに。」

エリカは遠くを眺めている。
エリカの髪の毛が風になびいてキラキラ輝いている。

(綺麗な人だな・・・)

俺は立ち上がった。

「さ、向こう岸へ回るぞ。案内してくれ。」

「はい。」

川下へ下ると街の東外れに木製の橋があった。
その橋を渡ると北の山へ通じる道がある。
道の左は川、右は里山だ。

人通りは無く雪が残り穴ぼこだらけだがウルフなら容易に通行できる道幅がある。

上流を向いて左側には雑木があり野営地から道は見えない。
代官屋敷の対岸に少し開けた場所がありウルフで待機するにはもってこいだ。

待機場所から河原に降りてみたが川幅は狭く水深も膝あたりまでしかない。
夜間、静かに渡れば番兵に見つかることも無いだろう。

「エリカ今夜の作戦だが、この場所にウルフを展開するからエリカは車内で待機、ドローンで偵察してくれ。」

俺はエリカにインカムマイクを渡した。

「これは?」

「遠く離れていても会話が出来る神器だよ。」

俺がエリカの後ろからインカムマイクを装着した。
その時エリカの髪の匂いがした。
良い匂いだ。

このインカムマイクはウルフの備品で『ナビ』との交信が可能だ。
俺はマザーを介してウルフのナビゲーションシステム『ナビ』と通話可能だ。
つまり「遠話」のスキルを持たないエリカとも交信が可能になると言うことだ。

俺は口を開かずに遠話でナビに話しかけた。

「エリカ聞こえるか?」

エリカは驚いている。

「はい。聞こえます。とても明瞭に。」

エリカの声も俺にしっかり届いた。

「よし準備OKだな。一度おばあちゃんちまで引き返そう。」

今度は正面からエリカが装着しているインカムマイクを取り外した。
意識したわけで無いが、俺が両手をエリカの頭に伸ばしたことでエリカの顔が目の前に迫った。

エリカの小鼻が少し膨らんだように見えた。
俺も少しドキドキした。

(いかん。そんなつもりじゃないし。そんなこと考えてる場合じゃ無い。)

そんなことってどんなことよ?

エリカに惹かれる俺が居た。


エリカとおばぁちゃんちへ戻ったところ、おばあちゃんが昼食の支度をしていた。

「お帰りなさい。エリちゃん。シン様。」

「だたいま、おばあちゃん。」

「ただいまもどりました。おばあさん。」

おばあさんには作戦の事は話せないので、二人で散歩してくるとだけ言ってあった。

「お昼の支度出来たわよ。シン様も食べていって下さいませんか?」

お昼には戻りますとキューブ側には言ってあったので、テルマさんが昼食の用意をしてくれているかも知れない。

それでも、おばあちゃんのせっかくの好意を無にするのは嫌だったのでドルムさんを通じてテルマさんに詫びを入れた後、エリカと一緒におばあちゃんの手料理を戴くことにした。

テーブルにはパンと少しの肉が入ったスープ、野菜の煮物、干し魚の焼き物が載っていた。

「いただきます。」

俺は両手を合わせて拝んだあとパンに手をつけた。
おばあちゃんが俺を見て微笑んでいる。

「シン様の故郷の礼儀作法ですか?」

「え?」

おばあちゃんは俺を真似て両手を合わせ、頭を軽く下げた。

「ああ、そうです。俺の古里では食事前に両手を合わせて料理を作ってくれた人に感謝の気持ちを伝えます。」

食事前に両手を合わせる日本の作法。
この作法の本当の意味など知らないが俺自信はそんな風に考えていた。

するとエリカも両手を合わせて一礼した。
パンをかじった。

少し堅いが美味しい。
スープも薄味で俺好みの味だ。
豪華な料理ではないが、おばあちゃんの心のこもった料理は、とても美味しく感じられた。

俺の本当の祖母はとっくに亡くなっているが、その祖母を思い出させる、心の暖まる料理だ。

「美味しいです。うん。本当に美味しいです。」

俺は本心で言った。

「まぁ、ありがとうございます。田舎料理でお口に合うか心配でしたの。うふふ」

おばあちゃんは70歳代だろうか、それでも笑うと可愛い。
エリカを連れてきて良かった。

その日の夕刻、ゲラン第三師団が到着した。
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