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第五章 獣人国編

第139話 ドドンゴからの手紙

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ヒナは出撃中のゲラン軍指揮本部に居た。
ヒナは精神を集中している。

ヒナの全身が青く光りやがてヒナの手の先にその光が集まる。
ヒナが自分の手をゆっくりと下ろし、寝台に寝ている者の腕にその光を注ぐ。
患者の左腕は肘から先が欠損している。

ヒナが光を当てると、患者の肘から先の肉が少し盛り上がった。
その様子を見た宮廷医師のラナガが感心している。

「いや。いつ見てもすごいですね。ヒナさん。肉だけでなく骨も少し再生しましたよ。」

ヒナの側にいる同僚のリナルもヒナの顔を見つめている。
患者がヒナを見上げる。

「さすがヒナさんね。どう?再生だけで無く蘇生が育つ気配は無いの?」

患者は、ヘレナ・ドーベル。
ヒュドラ教の従軍司教だ。
ヘレナはかつてソウと戦いダニクを殺した女だ。

肘から先を欠損しているのはソウを救出に来たエリカと戦ったからだ。
ヘレナはエリカに極大ファイヤーボールを当て、エリカに大怪我を負わせたが、ヘレナ自身もウルフのミサイルで瀕死の重傷を負ったのだ。

そのヘレナの命を救い、今は欠損した腕を再生させようとしているのがヒナだ。

「再生も私の調子が良い時じゃないと発動しません。『蘇生』なんて、とても無理です。」

ヘレナは薄笑いを浮かべる。

「そうなの?残念ね。貴方の蘇生があれば、貴方の仲間、・・・なんといいましたか・・そうそう。イツキさんや、レンさん。あの方達が戦死しても生き返らすことができますのにね。」

ヒナは驚いてヘレナを見る。

「戦死だなんて、そんな。・・・私達まだ未・・・」

ヒナは「まだ未成年」と言いかけて言葉を飲み込んだ。
忘れているわけでは無いが、ついつい日本に居た頃の常識が表に出てしまう。

「あら、何を言っているのかしら。ここは戦場よ。戦士のあの子達が戦いに敗れて死ぬことは十分あり得るわよ。それとも自分たちだけは特別で、何があっても死なないと思っているのかしら?」

「いえ、そんなことは思っていません。ただ・・」

「ただ何?」

「ただ、もし怪我をしたら私が一生懸命治療しますし、出来るならその『蘇生』という加護も身につけます。」

ヘレナは内心ニヤリとした。

「そうね。それがいいわね。仲間思いの貴方に幸ありますように。」

ヘレナは衣服を身につけてテントから立ち去った。
ラナガがヒナを向く

「ヒナさん。」

「はい。」

「立ち入った事をお聞きするようですが、ヒナさんはヘレナ大司教と何か因縁がおありですか?」

「どういうことです?」

「いえ、大したことではありませんが、どうもヘレナ大司教に接するときのヒナさんは何かに怯えているように見受けられます。それに他の患者に対する治療の効果よりもヘレナ大司教に対するそれは、やや効果が薄いように感じます。」

ヒナは伏し目がちだ

「大司教様とは何も無いです。効果が薄いのはたまたまでしょう。」

ヒナとヘレナの因縁は深い。
しかしそれを説明するほどラナガとは信頼関係が出来ていない。

「そうですか。それなら良いのですが。もし何か悩み事があれば私にお話しくださいね。私はヒナさんの味方ですよ。」

ラナガは笑顔を向ける。
ラナガの笑顔は爽やかでヒナの心を少し癒した。

「はい。ありがとうございます。もしもの時にはお願いします。」

ヒナは頭を下げた。

「そうそう。ヒナさん。貴方が私の部下になっていただくこと。正式に許可が下りました。兵役は免除されませんが、歩兵としての軍務をかされることはありません。この先当分、私の部下として働いていただきます。よろしいですね。」

「ありがとうございます。お役に立てるよう努力いたします。」

宮中医師のラナガは従軍医師として中佐階級で正式に派遣されている。
従ってこの戦争の間、ヒナはラナガの直属の部下として働くこととなった。

「それと、リナルさん。貴方も私の部下になっていただきます。お二人ともゲラン軍のために頑張ってください。」

「「はい。」」

ヒナが医療テントを出るとレンとイツキがヒナを待っていた。

「ヒナ。」

「レン君。イツキ君。」

レンが言った。

「ちょっと話せるかい?」

ヒナは相方のリナルを見た。

「あ、ヒナさん。先に帰っているわね。」

リナルはその場を離れた。

「ごめん。リナルさん。」

ヒナはレン達を振り返った。

イツキがテントの影から手招きをしている。
ヒナがレン達に近づいた。

「何?どうしたの?」

イツキがヒナに耳打ちした。

「ヒナさん。逃げよう。ソウ君が迎えに来る。」

「え?今なんて言ったの?ソウちゃん?」

レンが答えた。

「ああ、俺達の親友ホンダ・ソウが近くまで来ている。」

ヒナは驚いた。
ヒナのせいでソウは重傷を負い、命からがらブテラを逃げ落ちた。
ソウを逃がすことで自らは戦争犯罪者として兵役を課せられてここに居る。

家族のような存在だったソウは今では恋しい異性へと昇華している。
ヒナの為に命まで捨てようとしたソウにヒナは心を打たれたのだ。
そのソウが近くに居るというのだ。

レンは手紙をヒナに見せた。

「よう!イツキ、レン、そしてもしかしたらレン達の側にいるヒナ!元気か?俺は元気そのものだ。沢山の仲間もできた。それに驚くなよ。今ではなんと俺の街、俺が作った街まであるんだぜ。そこは平和で敵も居ない。ヒュドラ教に迫害された人間やジュベル国の難民が暮らしている。お前達をその街に招待する。だから逃げろ。明後日には本格的な戦争が始まる。それまでに逃げろ。詳しいことは、無線機で話し合おう。イツキが持っている丸い球だ。それをポチッとすればお前達の位置がわかるし、通話もできる。誰にも悟られるな。ではまた後で。ドドンゴより。」

日本語で書かれていた。
ゲラン軍に見つかっても翻訳はできないだろう。
アキトやリュウヤ以外は。

「これ本当にソウちゃんなの?ソウちゃんの街があるって本当なの?」

イツキが答えた。

「これはソウ君の手紙に間違いありません。」

「どうしてわかるの?」

「手紙の最後に『ドドンゴより。』ってあるでしょ。このドドンゴっていうのは日本に居た時にやっていた怪獣育成ゲームでソウ君が育てていた怪獣の名前です。このことはレン君と僕しかしらないはずです。」

「本当なのね。本当にソウちゃんが助けに来てくれているのね。・・・」

ヒナの目から大粒の涙がこぼれる。

「ヒナ、まだ泣くな。誰かに見つかったら怪しまれる。泣くのはソウとあってからにしろ。オイ。」

レンがうずくまるヒナを抱き起こす。

「そうね。そうよね。もっと、しっかりしなくちゃ。ソウちゃんに笑われる。」

ヒナは泣き止んだ。

「それで、実際にどうするかだけど、まず今夜遅くにテントを抜け出してソウと連絡をとってみる。今通話すれば誰かに聞かれるかもしれないしね。」

イツキが続ける。

「そして集合場所を決めてソウ君に迎えに来てもらう。その手はずだよね?」

イツキがレンを見上げる。

「うん。そうだ。それと他の同級生にもこのことを知らせる。もちろんアキトとリュウヤは別だ。ツネオにこのことを知らせてやれば大喜びするに違いない。あいつ最近モノも言わなくなるほど落ち込んでいるからな。」

「そうですね。アキト君とリュウヤ君以外には声をかけましょう。」

イツキは先日アキトからの嫌がらせを受けている。
レイシアからの手紙を軍律に反すると言いがかりをつけて取り上げたのだ。
レイシアの手紙をどうするつもりなのか知らないが、手紙のやり取りは軍律違反ではないはずだ。

アキトの嫌がらせ以外の何物でも無い。
リュウヤも同罪だ。

だからイツキはこれ以上アキト達と行動を共にしたくなかった。

「わかったわ。計画が決まったら教えて。私もソウちゃんの街へ行ってみたい。」

「わかった。明日の朝には計画できると思う。それまで待っていて。」

「うん。」

ヒナの心は久しぶりに明るくなった。
この地獄のような日々から抜け出せるかも知れない。
ソウに会えるかも知れない。
そう思うだけで心が躍る。

「どうしたの?ヒナさん。なんだか嬉しそうね。」

同僚のリナルがヒナの明るさに気づいた。

(いけない、顔に出てたかしら・・)

「え?そんなことないわよ。ああ・・患者さん、あの女の子が明るくなって来たので嬉しかったのかも知れない。」

「あの火傷の子?そういえばケロイドがほとんど無くなったわね。そりゃうれしいわよねぇ。ウフフ。」

「医者にとって患者の回復はなによりのご褒美ですからねぇ。その気持ちわかりますよ。」

背後にいるラナガにヒナは気づいていなかった。

(いけない。用心しなくては。あと少しよ。)

「そうですね。ラナガ先生。私の力が人の役に立つのは嬉しいです。」

「ヒナさんは立派な医者になれますよ。・・というか今でも私より優れた医者ですけどね。あはは。」

その場の雰囲気は明るい。
しかしヒナは気づいていない。
自分の心に魔力の触手が伸びていることを。

レンとイツキはヒナと別れてから部隊の中程にいるはずの歩兵部隊へ向かった。
歩兵部隊にはツネオの他5名の同級生がいる。

皆、遭難以来、苦労を共にしてきた仲間だ。
この地獄から抜け出せるのなら一緒に抜け出したい。

歩兵部隊の居る場所まではけっこう距離がある。
しかも途中にはアキトやリュウヤの居る指揮本部がある。

怪しまれないようにレンとイツキはありふれた世間話をしながら歩兵部隊方向へ歩いていた。

「どこ行くんだ。」

振り返ればリュウヤが居た。

「あ・・リュウヤ君。」

「リュウヤ君じゃねぇ。少佐殿と呼べ。」

イツキの言葉にリュウヤは言葉荒く反応する。

「これはこれは少佐殿、ごきげんうるわしゅう。明後日には無くなるかもしれない命。死ぬ前に友人達に挨拶しようと思ってね。」

レンが皮肉めいた返事をした。
リュウヤは地面につばを吐いた。

「ふん。なにが友人だよ。友情だよ。そんなものあるもんか。この地獄によ。」

「リュウヤにも親友がいるだろ。」

「ツネオのことか?何が親友だ。あいつ心の中では俺を嫌っていたよ。ツネオの心を覗いたら、俺に対する感情は憎悪だけだったとよ。」

「それはお前自身が見たのか、お前自身が感じたのか?」

「ヘレナさんだよ。あの人は他人の心がのぞける。」

「そうだろうな。でもヘレナさんが嘘を言っている可能性だってあるぞ。俺には関係ないけどな。オイ。」

「ふん。ま勝手に友達ごっこやっていろ。ふん。」

そういうとリュウヤは立ち去った。

イツキがレンを見上げる。

「どうする?」

「リュウヤのことか?」

「うん。」

「連れていくかどうするかは・・・ツネオに任せよう。」

「そうだね。」
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