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第五章 獣人国編

第164話 僕を殺そうとした男です。

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ドランゴさんを蘇生させるべくヒナの行き先を探していたところ、ヒナはヒュドラ教国にいるらしいということがわかった。

俺はヒュドラ教国へ行くことにしたが出立前にライベルに立ち寄った。
ドランゴさんのことが最優先だが、自分自身の参加した戦争の後始末も気になる。

俺の目の前にはレギラ、ガラク、セト、ライジンが居る。
レギラが俺に向って言った。

「すまなかった。ソウ」

「何が?」

「その、ドランゴ・・お前の仲間のことだ。」

「ああ、」

「俺達が、お前をこの戦に引き込んだようなものだからな・・」

セトもライジンも伏せ目がちだ。

「ああ、でも、それは俺の意思だ。俺が俺の意思でこの戦に加わった。誰も責めることはできないよ。責めを負うとすれば俺自身だ。俺自身の甘さから仲間に被害を出した。」

俺はアキトを殺すことを一瞬躊躇した。
その結果がドランゴさんの死に繋がったと今でも思っている。
ガラクが俺の肩に手を乗せる。

「でもな。まだ終わったわけじゃない。今からでも間に合う。そうだろ?」

ガラクの言葉を聞いて心が少し軽くなった。

「ああ。そうだ。まだ間に合う。」

笑顔を3人に向けた。
少し引きつった作り笑いだったかもしれないが場の雰囲気は少しだけ和んだ。

「ところでライベルはどうなんだ?復興しそうか?」

レギラが答えた。

「人的な被害は、お前のおかげでごくわずかだが、街はほぼ壊滅。人が住めるような状態じゃ無い。そこで虫のいい話だが、もうしばらく預かってくれないか?」

レギラのいう預けたいものは、いうまでもなくライベルの住人だ。
最初は女子供を戦争被害から守るためにオオカミへ避難させていたが、今では大人のライベル住民もオオカミに避難している。

ライベルの生活よりも豊かで文化的な生活を避難と言えるかどうかは別にして、今ではライベルの人口の60%はオオカミで避難生活を送っている。

「いいよ。ただし食料はそっち持ちだからな。」

「ああ、もちろんだ。助かるよ。それでな、今回のことで兄上・・獅子王様がソウに直接会って礼を言いたいそうなんだが、今は無理だよな?」


「うん。すまない。ドランゴさんの件を優先させたい。それとルチアの事も、それらの問題が解決したら挨拶に行くと、伝えてくれ。けっしてお前の兄をないがしろにするわけじゃないとな。」

「わかっている。それとな、俺達に何か出来ることは無いか?お前に頼ってばかりで少し居心地が悪い。」

「あるぞ。沢山。」

セトとライジンが俺の顔を見つめた。

「なんだ?」

「ルチアだ。ルチアを探してくれ。俺は今手一杯だがルチアの事も、とても気になっている。おそらくラーシャに居るだろうから探してくれ。ルチアは、俺がラーシャを攻め落としてでも探し出したいんだ。」

ガラクの表情が引きつる。

「ソウならやりかねないな。・・・」

セトとライジンがうなずく。
ガラクも少し顔を引きつらせながら

「わかった。俺の従姉妹だからな。そっちは任せておいてくれ。今回の戦争責任も追及するつもりだからな。」

ラーシャはゲランとの共闘でライベルを攻めたが俺がラーシャの魔物部隊10万を壊滅させた。

あの日ラーシャからの宣戦布告はなかったらしいが、ラーシャの戦争責任は明らかだ。
後日ジュベル国獅子王の元へラーシャからの使者が訪れ

「軍の一部がゲランにそそのかされて暴走したがラーシャの全体意思では無い。」

との意思表明をしたが使者は、その場で、獅子王に切り裂かれたそうだ。

(獅子王とは友達になっといた方がいいかもね・・・)

「それで、ヒュドラ教国へは一人で行くのか?」

「いや、俺はヒュドラ教国のことを何も知らないからキノクニの従業員と俺の仲間何人かを連れていく。」

ガラクが頭をかきながら行った。

「俺も行きたいが、この姿じゃなぁ・・」

ガラクの見かけは、そのまま日本の赤鬼だ。
角も生えている。

「ガラク、気持ちだけもらうよ。ありがとな。」

「じゃ、行ってくる。後はまかせたぞ。」

「「おお」」

「まかせとけ。」

俺は出立前、ヒュドラ教国に関してある程度の情報を得ていた。
ヒュドラ教国はゲランの西、ドルムさんの故郷グリネルの南に位置する人口35万ほどのヒュドラ教信者を中心とした宗教国家だ。
住民の1割は協会関係者、6割は信者、残りの3割は異教徒で構成されている。
異教徒とは俺やピンターと同じように武力で従わされた他民族や獣人で、早い話が奴隷のことだ。

ヒュドラ教の一番の権威者はヒュドラ教会で、そのトップは教皇、その下に複数人の枢機卿がいる。
憎きグンターやヒナを連れ去ったラグニアもその一人だ。

教会以外にも行政機関や軍隊があるが、いずれもヒュドラ教信者だ。
主な産業は農耕と製材、それに一部工芸品の輸出も行われている。
農作業や製材業の労力は奴隷によるところが大きい。

ヒュドラ教が宣教という名目で行う奴隷狩りは国の産業を支える基盤となっているのだ。

ヒュドラ教の究極の目的は教祖であるヒュドラの復活だ。

俺はヒュドラが何者なのかよく知らないが姿形は見たことがある。
ヒュドラ教会にあるヒュドラの彫像だ。

ヒュドラの身長は160センチくらい。
小太りで見た目は中年のオッサンといった感じだ。
ヒュドラは、けっしてハンサムとは言いがたい顔の作りと体型だ。
もっとはっきり言うとヒュドラは醜男だ。

しかし、なぜだかこの世界の女性はこのヒュドラの容姿を褒め称える。
俺達の居た世界とこの世界では人の容姿に関しての評価は逆転しているように思う。
少し悔しいが、俺はこの世界で女性にもてる。
何でくやしいかというと、さっきもいったようにこの世界では醜男がハンサムと評価されるからだ。

男として女性にもてるのは嬉しいが、それが価値観が反転しての評価だと思うと、なんだか複雑な気分だ。

俺がキューブで身支度をしていると、あの笑い声が聞こえてきた。

「ウェヘヘヘ」

姿を見ずとも正体はわかる。

「ソウ様。私のソウ様。ウェヘヘヘ♪」

俺は少し眉間にしわを寄せて振り向く。

「おい。アヤコ。いつから俺はお前の物になったんだ?」

アヤコが掌をこちらに降って体をくねらせる。

「やっだぁー。軽い冗談ですよ。冗談。ウェ」

アヤコは乗馬ズボンに半纏を羽織ったキノクニ従業員の旅姿だ。
腰には俺がやった雷鳴剣モドキをぶら下げている。

「用意できたのか?」

「はい。準備できました。いつでもお供できます。」

俺はヒュドラに関する知識に乏しい。
そこでキノクニで情報を求めたところアヤコがキャラバンで、過去に何度かヒュドラ教国へ行ったことがあるとわかった。

アヤコなら気心も知れているし見かけよりしっかりしているので、ヒュドラへの同行を求めたのだ。

アヤコは気軽に・・・いや、喜んで・・・飛び上がって同意してくれた。

「さすが、ソウ様。見る目を持っています。他にもヒュドラへのキャラバン経験者は沢山いるのに私を選ぶなんて。・・・何か他の目的が?ウェヘヘ。」

「他の目的?」

「やっだぁ~わかってるくせにぃ。」

(わからねぇよ!!)

アヤコの他にはレンとイツキを連れて行くことにした。
レンにはアヤコの護衛をしてもらい、イツキには、その豊富な知識を提供してもらうことにした。

レンはアキトやリュウヤに比べれば劣るが体術に優れていてアヤコの護衛役なら十分務まる。

アヤコも強いがやはり女性だ。
俺の私的な要件で外国に連れ出すにはそれなりの責任を負わなければならない。
エリカの二の舞はゴメンだ。

イツキは俺と別れてから、この国の書物を片っ端から読んだらしく、その知識量は現地の人間よりもはるかに多い。

ヒュドラ教国でも役に立ってくれるはずだ。

アヤコと話しているうちにレンが帰って来た。
イツキと一緒のはずだがイツキの姿は見えない。

「イツキは?」

俺がレンに訪ねるとレンはニヤニヤしている。

「ちょっと挨拶を済ませてから来るそうだ。オイ」

「挨拶って?」

「ゲラニに居るイツキの知り合いは一人しかいないと思うぞオイ。」

(ああ、レイシアね。)

「ああ、でも大丈夫なのか?」

イツキもレンもこのゲラニにおいては脱走兵扱いのはずだ。
ラベルを攻めているはずのゲラン兵士がゲラニにいては、おかしい。

「戦争も終っているし、大丈夫じゃ無いの?それにレイシアさんの方から下町へ来てくれると言っていたからね。」

レイシアは俺達が不時着したブテラ領の領主の三女だ。
俺とも面識がある。

レイシアがブテラからゲラニへ旅する途中、魔物のスタンピートで怪我をした時に俺が助けたことがあるのだ。

イツキとレイシアの関係について詳しくは知らないが、どうやらレイシアの方がイツキにぞっこんらしい。


イツキはキノクニ社屋から遠くない下町の食堂に居た。
テーブルの向には若く美しい女性が座っている。

その女性は金色の巻き髪を胸まで垂らし銀の髪飾りとイヤリング。
地味なブラウスの上に灰色の外套を着ているが、どうみても貴族の出で立ちだ。
足下は庶民なら履かないであろうロングブーツ。

女性から少し離れた場所には顔に大きな傷のある兵士風の男が女性を見守っている。

「レシシア様、呼び出して申し訳ありません。」

イツキは薄汚れた作業服姿、髪の毛は元々長めだったのを切りそろえて坊ちゃんがり風のヘアスタイル。
普段はかけないメガネをかけている。
変装しているつもりなのだろう。

「いえ、とんでもないです。私もイツキ様にお会いしたいと思っていました。連絡を戴いて嬉しゅうございます。」

レイシアの顔は少し紅潮している。

「レイシア様にはどうしてもお話ししておきたいことがありまして・・・」

レイシアの頬が更に紅潮した。

「何でしょう。」

「僕は一度・・・」

と言いかけて途中で言葉を飲み込んだ。

(一度死んだといっても信じてもらえないだろうな・・・)

「僕は、ライベルの戦いで大怪我を負って生死の境を彷徨いました。それを友人の加護により助けられました。本当に死にかけたんです。」

イツキは少し胸元をはだけてアキトに刺された傷跡を見せた。
レイシアが眉をひそめる。

「まぁ・・・おかわいそうに。でも生きていてくださって嬉しゅうございます。」

「その時にゲラン軍を離脱して、今は脱走兵とも言えます。だから脱走兵になったことをお知らせしておかなければと。もしこの件でレイシア様にご迷惑がかかるいようなら、それこそ死んでも死にきれません。」

イツキはブテラでレイシアと知り合ってからレイシアに恋心を抱き、レイシアもいイツキのことを想っていた。

イツキが戦場へ駆り出された時も父親のブテラ領主にかけあい、イツキが無事帰還すればイツキに住まいや職業を斡旋するてはずは整っていた。

「戦場で何があったか存じませんが、私の一番の願いはかなっています。」

レシシアがイツキを見つめた。
イツキもレイシアを見つめ返す。

「よくぞ生きていてくださいました。よくぞ私の目の前に現れてくださいました。私はそれだけで十分です。おかえりなさい。」

イツキの目は潤んでいる。

「ありがとう。レイシア様。」

「こちらこそありがとう。イツキ様。」

イツキは人目が無ければレイシアを抱きしめたい気持ちで一杯になった。
せめてとテーブルの上のレイシアの手を握りしめた。
レイシアもイツキの手を握り返した。

しばらく手を握り合っていると、顔に大きな傷のある男が

「ウホン!!」

と咳払いをした。

ここは町中の食堂だ。

イツキはレイシアの手を離しながら言った。

「それと、もう一つだけ。」

「はい。」

「いずれ貴方の目の前に現れるアキトという男に十分注意してください。」

「その方は?どういう・・」

「アキトは僕を殺そうとした男です。」
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