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第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第七節:雪上の剣技、ゼス開眼のこと。(前)

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 ルーチェが、ロベンテにお悩み相談をしている、そのころ。雪の降りしきるビダーヤ村でゼスはシャッタ・フォウより引き続き剣技を教わっていた。しかも、今度はゼスの弟子、つまりはシャッタ・フォウの孫弟子が見学している状態である。いかにシャッタ・フォウからつけられた弟子だとはいえ、粗相は許されなかった。
「やっ!」
「甘いっ!」
 ……そして、なんとゼスが教わっている剣技は、訓練用として刃を潰してあるとはいえ真剣を使ったものであった。無論、この地方の剣はそこまで切れ味の鋭いものではないのだが、それにしたって鉄の棒を振り回しての訓練は危ないと言えた。だが、これはゼスが志願して課した条件であった。

「刃をつぶした剣で訓練したいぃ!?」
 フォウはゼスの申し出に驚いた。無理もない、刃をつぶした剣での訓練は本来彼のようなゼンゴウの腕前ではまだ許されることではなく、またそれは未熟な使い手が迂闊にそういった剣で訓練すると、怪我どころか死にかねない部分もあったからだ。だが。
「はい、ショケンネズミとの初戦闘、普段使っている木刀と、実際の剣の差が出ました。よろしくお願いします!!」
「しかし……」
「…………」
 ……ゼスの決意は、本物だった。ショケンネズミとの戦闘で打ち合った結果、彼はたった数分、十数合打ち合っただけで疲弊し、またゼンゴウの記念にもらった小太刀もかなりくたびれていたから、ということもあったが、彼はそもそも木でできた練習用の木刀と本物の剣では重量に雲泥の差があることをそれなりの実戦経験から導き出したことによる、刃をつぶしている剣での訓練志願であった。
「……本来ならば、刃をつぶしている剣の訓練はかなりの上級者にしか許されないのだが、今回だけ特別だぞ?弟子も見ていることだしな」
「ありがとうございますっ!!」


(……しかし)
「やあっ!」
 真っ直ぐ、その性根のような太刀筋を見せるゼス。それに対して、フォウはそれを軽く捌き、
「阿呆、ここで、こうだ!」
と、それなりの力加減で訓練のために刃をつぶしている剣をたたきつける。殺傷力のある刃こそ訓練用なので潰してあったのだが、力加減を間違えると本当に死にかねない訓練内容であり、だからこそかなりの剣豪以上でないと認められないものであった。
「ぐっ……」
「(……若い、否、幼いのにいい筋をしている。天性のものか、あるいは……)そこだっ!」
 そして、勝負はあっさりと決まった。彼とてそういった武術者を教える身であり、称号に落選し続ける身であった、ゼンゴウ相手に力を加減して立ち回るのは、いともたやすいことであった。
「ぐはっ」
 気を失いかけるゼス。目の前がぼやけ、立っていられたのは気力のなせる業ではあった。だが。
「……分かったか、ゼス。確かに実戦に即した訓練は重要だが、それで体を壊しては元も子もない。ひとまずは、木刀で……?!」
「まだ、まだあぁっ!!」
 なおも、ゼスはフォウの訓練を受けようとした。それは、類まれな気力であったが、同時に危ういとも言えた。
「……まったく、倒れるまでやめる気はないようだな。根性だけは褒めてやる。だが、世の中根性だけではどうにもならん!」
 と、ゼスに喝を入れるや少し強い力で刃をつぶしている剣の比較的刃がつぶれているところで当て身をするフォウ。
「かはっ」
 たまらず、ゼスはついに倒れた。
「……よし、本日ここまで!」
 ゼスに聞こえていないことを承知で、訓練の終了を告げるフォウ。無論、ゼスは昏倒しており、聞こえるはずもなかった。


 そして、ゼスが覚醒したことを確認したフォウは、ある現象を見つけ、ゼスが魔法を使えるようになっていたことを思い出した。
「……ところでゼス」
「はいっ!!」
 ひとしきり意識を飛ばした後なのか、比較的しゃきっと目覚めるゼス。筋肉痛などの表情を見せておらず、あるいはこれも成長の糧となったのだろうか?
「お前、剣見てみろ」
 それに対して、気にする風でもなくゼスが先ほどまで持っていた剣を指さすフォウ。その剣は、炎をまとっていた。
「……はい……!?」
 先ほどまで自身を守っていた刃をつぶしている剣を見たゼスは、驚愕した。剣が燃えている、だがその炎はどうやら物理的なものではなさそうだった。
「……その顔は、気付かなかったみたいだな。……確かに、それを再現するにはただの木刀ではまずい、か……」
「……師匠、これ、なんですか?」
 フォウに尋ねるゼス。無論、鉄が燃えていることもさることながら、それが周りに延焼していないこともまた、不思議な様相に見えた。
「……炎に決まっているだろう。お前は、知らないうちに剣に炎を載せる技法を身に着けたんだ」
「えっ」
「……何を驚いている。触れてみろ、熱くはない。お前自身の魔力で編んだ炎なのだから、熱いはずがないだろ」
 ……それは、ゼスが成長した証であった。ゼスのように魔力が豊富な人間は、たまに自身の魔力が武器に流れ出て自動的に魔法が発動することがあるのだが、それを実現するためには最低限の魔法の知識と、豊富な魔力、そしてその武器に対しての技量が存在しなければ初回の発動はまず難しいものであった。
「えっ、これ僕が出したんですか!?」
 驚くゼス。剣から出ている炎を見たその顔は、喜びではなく驚きといった方が類似していた。一方で、
「……さっきから、そう言ってるだろーが……。まあ、そういうわけで、だ。まだ、さっきの訓練を日常的に行うまで届くわけではないが、ひとまずはアランレオの称号をやろう」
とあきれ果てるシャッタ・フォウ。彼からすれば、その現象を初回に発動させる際に苦労してきた人間を知っているだけに、ここまで若い初回発動者は珍しいとも言えた。
「あ、ありがとうございますっ!」
「さすがにまだ、上級者の称号まで行くのは難しいだろうが、俺を超える気ならそれもとれるよう頑張れよ」
「はいっ!!」
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