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第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第八節:雪上の剣技、ゼス開眼のこと。(中)

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「ほー、その年でアランレオまで行ったか」
 ゼスの父は、感心した。無理もない、ゼンゴウの腕前から半年以内にアランレオまで行った人物は稀であり、さらに言えばゼスのような年齢でアランレオに行く人間も稀であった。それは、余程素質が無ければできないことであると同時に、ゼス自身が先ほどのように成長に驚いていることもあり、まぐれの可能性もあったが、認定された以上、この日をもってゼスはアランレオを名乗る資格を手に入れたのだ。それは、ゼスが今後剣だけで生きていこうと思えば、それも可能であることを意味する。
「うん、僕もびっくりした」
「……まあ、そりゃ武器に魔法が付与できる術を使えりゃアランレオまではいくか。で、それ以上に昇進する見込みはあるのか?」
「うぐっ」
 そして、アランレオが大陸中に多い理由の一つに、これがある。下手にアランレオの上であるミヅツの認定試験で落ち続けてミヅツ獲得へ意固地になるよりも、アランレオとして食べていく方がよほど効率的に収入を得られるのだ。さらには、もしその称号を得ても道場を構える場所や時期を間違えれば、そのまま夜逃げコースになることすらもあり得る。なればアランレオのままフリーランスとして生きていく方が、貯蓄して老後を過ごすことを考えなければそれなりに安定しているのだ。
「……ま、お前は先が長い。シャッタ先生を超すかどうかはさておき、死ぬまでにそういった称号を取れたものは相当少ないんだ、ましてや、一番上の称号など大陸を見渡してもいるかどうか。……しかし、剣の腕前でアランレオまで取れたとすれば、他の武器も試してみるか?」
 死ぬまでにそういった称号が取れるかどうかで、その人間が努力はもちろんのこと天性で武術に長けているかどうかは判断できると思っても構わない。何せ、死んだ後に称号を得た者は多数いるが、生前に称号を得て、一番上までの片鱗が見えた者は本当に歴史上でも屈指なのだから。一応書いておくが、ミヅツのうちの一部の称号を持っている者は、死んだときにその称号が追贈される仕組みなのだ。ゆえに、「生前の称号」が重要なのである。
「……どういう意味?」
「そりゃお前、弓や槍、他にも武器はいろいろある。種類が使えて損はないだろう」
「でも……」
「まあ、気持ちはわかる。だがなゼス、ショケンネズミがなぜ槍を使うかわかるか?」
 それは、なぜ槍や棍棒を使うモンスターが多いかということへの答えをゼスが理解できているかどうかの問いであった。無論、剣を持っているモンスターもいることはいるのだが、モンスターの武器と言えば槍と棍棒であった。そして、それに対してゼスはこう答えた。
「……間合いが広いから?」
「ああ、それもある。剣に比べ、槍は間合いが広い。だが、実は他にもあってな」
 そう、その他の理由。それこそがモンスターが槍や棍棒を使う理由であった。
「……軽い?」
「いや、持ったらわかるが、槍はそこまで軽くはない。穂先自体はそんなに重くはないんだが、長いからか重心が穂先の方に近くてな。それなりに重く感じる」
「……」
 ゼスは思案した。無理もない、槍の長所など考えたこともなかったこともあったのだが、彼にとって槍とはショケンネズミとの戦闘からリーチが長いことが長所であると思ったようだ。
「よく考えろゼス。ショケンネズミはなぜ槍を使うのか。一日たってわからなかったら教えてやる」
 珍しく、真剣みのある口調でゼスに問う父。いつもはふざけている姿しか息子に映していないその彼の真剣な口調は、ゼスの心に深く残った。
「はぁい……」
「たぶん、その答えが自力で分かれば、他の武器を扱うことが有利な訳がわかるぞ」
「……それじゃ、お休み父ちゃん」
「ああ、お休み」

そして翌朝、晴れやかな笑顔でゼスは父のもとに現れた。
「どうだゼス、答えは見つかったか?」
「うん、父ちゃん。……槍は、素人でも使える」
「その通りだ!……いいかゼス、槍という武器は素人でも使えて、なおかつ腰を据えて攻撃できる分威力が高い。その上、間合いが広いから恐怖心も薄れる。唯一の欠点は懐に入られたら最期、というのがあるが、巧みな槍使いはその弱点を克服しうる。おそらく、槍の穂先に切れ味の鋭い剣でも着けたら、まず手出しは難しいだろう」
「……じゃあ、なんでみんなつけないの?」
「考えてみろ、切れ味鋭い剣なんか、消耗品に付け加えることのできるもんじゃない。それに、切れ味っていうのは一流の鍛冶屋がなおも競っている分野だ、普通は、槍の穂先になんてつけないんだよ」
「そっかー……」
「その様子じゃ、剣以外の武器を使えた方がいい理由もわかったか?」
「うん、剣と違い、槍とか弓はその場で作れる」
「ふーむ、そっちに着眼したか。まあ、それも一理ある。とはいえ、俺が伝えたかったのは単に、その武器についてある程度知っておいたら、対策もしやすい、ということなんだがな。……ま、そういうわけで、だ。気が向いたらでいい、別の獲物も勉強しておいた方がいいぞ、ゼス」
「うん、わかったよ、それじゃ、行ってくる!」
「おう、気をつけてな!」
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