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第三章:ン・キリ王国、モンスターの大攻勢を受けるのこと。

第九節:雪上の剣技、ゼス開眼のこと。(後)

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 今日も鎧を磨いて整備しているゼスの耳に、正体不明の美女の噂が舞い込んだのはその日の午後のことである。なんでも、スターナという東の国から親戚に逢いにン・キリ王国の王宮へ寄る途中で体調を崩し、村長の家である宿屋にて床に伏しているらしい。そして、その容貌は如何にも美女といった様相であったという。娯楽の少ない村である、皆が一も二もなく見に行こうとする一方で、ゼスは特に何もアクションをせず普通の日常を過ごしていた。
 ゼスがその「美女」の噂に裏があると勘づき始めたのは、直接目を合わせてからである……。


(なんだ、あれ……)
 ゼスの目に映る「美女」、その印象は人間と言うには難しいものであった。彼の印象が正しければ、その印象は「悪魔」、よく、たとえ話で「悪魔のような」というものがあるが、彼は何せ数十日前にアイバキップ襲撃に遭遇したのである、「悪魔のような人間」と「本物の悪魔」の区別くらいはついていた。その、ゼスが印象として受けたのが「悪魔」である。そして、その勘は正しかった……。
「おう、どうしたゼス、息を切らせて」
 アランレオに昇進したばかりだろうに、と笑いかけるはゼスの父、ドゥパ。彼は若いころ、七つの海を渡り歩いた武芸者であったが、ある事情により一線を退いていた。
「父ちゃん……」
「……ああ、例の美女と会ったな。どうだ、別嬪べっぴんさんだろう」
 からかうようにゼスをおちょくるドゥパ。それは、強者としての余裕の表れであり、同時にゼスの次の言葉によっては説教でもしてやるかと思っていた顔であった。
「父ちゃん、あの人、本当に人間かな……」
 一方で、不気味な予感を隠そうともせずに、謎の美女の正体を探り始めるゼス。それは、弱者としての焦燥感であると同時に、まだ自分では悪魔には勝てないと思っている、慢心のない良好な精神状態であった。
「ははは、そんなに美しかったか」
「違うよ!」
「……ま、そこまでわかってるなら話は早い。逆に考えろ、ゼス。お前はもうそこまで技量が高くなっている、と。だが、ただの村人にはあれがただの異様な美しさを持つ美女に見える。くれぐれも、感づかれるなよ」
 そして、ようやく真剣な顔になるドゥパ。彼は、ゼスの成長が順調である旨を喜び、同時に若いうちに芽を摘まれないように警戒すべきだと考えた。
「……感づかれると?」
 一方で、余裕がないのかゼスはドゥパに聞いてみた。だが、返事は以下の通りだった。
「さて、な。その辺りも、自分で考えてみる頃合いだ」
「……そっか……」
 ……悪魔アムネヒが、村を襲うおよそひと月以上前のことであった。
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