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ドラゴンクエスト編
23話 ヒビキ、人間界へ
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国王が封印されたと聞き、ずっと気になっていた。
魔界の人々は魔王が封印された事を知り、住人達は戸惑い焦り不安を隠せずにいた。
街中で手を震わせながら情報の記した紙を、お猿さんから受け取っていた住人も大勢いた。
戸惑いを隠せない冒険者達が魔王封印の情報を求めてギルドに押し寄せた。
城を囲むようにして状況を把握しようとしている者もいた。
戸惑いを隠せない魔界の住人達と同じように人間界でも国王、封印の知らせを聞いた人々は戸惑い焦り不安を抱いているのだろうか。
銀騎士達はどうしているのだろうか。
街中や各国に出向いて国王封印についての情報を集め回っているのだろうか。
銀騎士団隊員の中には喜怒哀楽を表に出す事が苦手な国王に対して、苦手意識を持っている者も少なくはない。
国王が封印された機会に銀騎士団を止めてしまおうかと考える者もいるのだろうか。
一度考え出すときりがない。
このゲートが人間界に繋がっているのなら、ここを通れば疑問を確認する事が出来る。
激しく戸惑うヒビキは正常な判断が出来なくなっていた。
魔王城の玄関ホールに設置されているブラックホールは魔界の住人に許可を得てから足を踏み入れるべきところヒビキは、ふらふらと覚束ない足取りでゲートに向かって歩きだす。
魔王やリンスールと同じように、国王も光の柱によって身体を包み込まれて時を止めてしまっているのだろうか。
決して人に弱みを見せる事なく、威風堂々として何事にも動じないでいる、そんな国王のイメージ像を崩したく無い気持ちが全く無いわけではない。
しかし、自分の親が現在どのような状況に陥っているのか知りたい気持ちの方が勝ったヒビキは一歩、二歩と足を踏み出した。
「お、おい!」
慎重になって物事を考えていた鬼灯が、突然ブラックホールに飲み込まれてしまったヒビキに向かって驚きと共に声を上げる。
後の事を考えているだけの気持ちの余裕も無かったヒビキとは違って、鬼灯はブラックホールを抜けた先が全く分からない状況である事や、初めて足を踏み入れる魔王城の中で好き放題に動き回っても良いものだろうかと多角的に考える。
ゲートの行き先が人間界に繋がっておらず、見知らぬ土地に降り立ってしまう可能性は無いだろうか。
SSSランクのモンスターが多く生息している空間に弾き飛ばされたら、なす術も無くなぶり殺されるだろう。
ブラックホールは複雑な術式と空間を無数に歪めるため、どのような効果を及ぼすのか人体に影響は無いのか未知数。
時空が歪んでいて過去や未来にタイムスリップをしてしまう可能性すらある。
目の前のブラックホールを眺めていた鬼灯が、さまざまな考えを思い浮かべているのに対してヒビキは、あっさりとブラックホールの中に足を踏み入れてしまうのだから頭の中は封印を受けて時を止める国王の事で、いっぱいいっぱいなのだろう。
魔界から人間界へ。
国王が魔力を激しく消費して作った闇属性のゲートが何の前触れも無く、グニャリと空間を歪めて中から狐耳フード付き白色のケープを身に纏った少年が姿を表した。
黒色のブーツは太ももまで長さがあり暖かそう。
狐耳付きのフードを深々と被っているため容姿を確認する事が出来ないけれども、少年の身に付けている洋服は魔界の住人が好んで身に纏っているものに似ている。
魔界と人間界を繋ぐ闇のゲートが出来あがる事は事前に国王から知らせを受けていた。
しかし、何の前触れも無くゲートの中から魔族が現れる事は、騎士達も想定していなかった。
闇のゲートを調査するために国王の寝室内へ足を踏み入れていた銀騎士達が肝を冷やす。
寝室内が緊迫した雰囲気に包み込まれる中でゲートの中から姿を現した少年の体が、ぐらりと大きく傾いた。
体調が悪いのか両手と両膝を床に付き顔を俯かせる。
「吐きそう……」
弱々しく囁くようにして呟かれた言葉に覇気はない。
闇のゲート内は複雑な歪みが生じているため身体は空間内で何度も回転したうえで、ヒビキは目蓋を開いたままゲート内を移動したため、その強すぎる刺激に気分を悪くする。
急な魔族の登場に驚き、警戒心と恐怖心を強めていた騎士達が、あたふたとして互いに声を掛け合い騒ぎだした。
武器をおさめて右往左往する騎士が殆どである。
しかし急な吐き気を何とか沈めようと試みるヒビキは深く顔を俯かせているため、騎士達を焦らせている事に気づかない。
冷静さを保っている女性騎士がヒビキの元へと歩み寄る。
「水場に運んだ方がいいかな?」
魔族とは言え身に纏っているものは狐耳フード付きケープと可愛らしい。
まるで子供に声をかけるように金髪の女性騎士が優しく声をかける。
「運んでる間に吐くだろ! ほら、これに吐け!」
金髪の女性騎士の言葉に返事をする、ひげ面のおっさん騎士はヒビキの目の前に無造作に壺を置く。
金色の模様が施された見るからに高級そうな壺である。
城の中には世界各国から取り寄せられた高級な壺が幾つも存在する。
閉じていた目蓋をうっすらと開いて壺に描かれている模様を確認するヒビキは、ビクッと大きく肩を揺らして動揺する素振りを見せた。
決してぞんざいに扱ってはいけない壺である。
顔面蒼白のまま放心状態に陥ったヒビキの目の前で、白髭の老人騎士が壺を取り上げて元の位置へと戻す。
いくら取り乱しているとはいえ、ひげ面のおっさん騎士は城の中にある壺の中で一番、高価な物を差し出していた。
ひげ面のおっさん騎士の行動により激しく動揺したのは、白髪の老人騎士も同じ。
フォッフォッフォッフォッと笑い声を上げる白髪の老人騎士は、とりあえず心落ち着かせようと試みる。
一瞬の沈黙後、老人騎士の顔から笑みが消えた。
「ばかもん。先を見て行動するようにと何度も言っているだろう」
ひげ面の男性騎士に拳骨を振り下ろす。
国王に仕える騎士、銀色の鎧を身に纏い人間界に現れたモンスターを倒すために奮闘する彼らは優れた逸材だけを集めた精鋭部隊である。
銀騎士団は国民達の憧れであり子供達の将来の目標として上げられることの多い職業であるため、入隊の条件は非常に厳しく定められている。
人前で決して醜態を見せることのない騎士達が、あわてふためく姿を横目に見つめながらヒビキは血の気が引き真っ青になった顔を俯かせる。
老人騎士からの思わぬ攻撃を受けて何とも奇妙な奇声を上げた髭面のおっさん騎士は、再び頭に強い衝撃を受けることが無いように両手で頭を抱えこみ、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。
老人騎士はひげ面のおっさん騎士に少しの間だけ口を開かずに静かにしているようにと指示を出す。
ヒビキの前にしゃがみ込むと、体に手を添えて治癒魔法をかけた。
老人騎士は狐耳フード付きケープを身に纏った見た目だけでは種族の分からない少年、蹲《うずくま》り怯えた様子のヒビキの身を案ずる。
優しくヒビキの背中に手を添えて撫でてみるけれど、老人騎士の心配もむなしく既にヒビキの吐き気は激しい動揺と恐怖心に支配されたため、すっかりとおさまっていた。
ひげ面のおっさん騎士が良かれと思ってヒビキの目の前に差し出した壺。
金色の細やかな模様が施され、その中央に白色の竜をモチーフにした複雑な紋様が描かれている。
ヒビキの父親である国王が寝室に飾り大事にしていた物だった。
その壺を髭面のおっさん騎士は片手で軽々と持ち上げて無造作に床に置いたため、無表情のまま怒りを表す国王の姿を思い浮かべてしまったヒビキは恐れ戦いてしまう。
ヒビキの顔からは血の気が引き顔面蒼白になっていた。
ひげ面のおっさん騎士の衝動的な行動のお陰で吐き気は治まったけど心臓に悪すぎる。
激しく脈打つ心臓を落ち着かせるために大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出したヒビキは一呼吸おいた後に白髪の老人騎士に視線を向ける。
「ありがとう」
ヒビキの体調を心配して背中を撫でてくれた老人騎士は、少しでも少年の体調が落ち着くようにと願いをこめて回復魔法の発動も行っていた。
狐耳フード付きケープを身に纏っているため、騎士達にはヒビキの容姿は全く見えていないのだろう。
第二王子として騎士達と接する時は、一定の距離を開けて互いに言葉を交わすため騎士達が間近に迫る状況は非常に珍しい。
ヒビキは騎士達に、ぽつりと礼を言う。
回復魔法の発動を止めてフォッフォッフォッフォッと声を上げて笑う白髪の老人騎士に手を貸してもらい、ヒビキがゆっくりと腰を上げて立ち上がる。
激しい吐き気が治まりヒビキの顔色が元に戻った所で、国民の様子を調べに街へ出ていた調査隊が汗だくで城内に戻ってきた。
「国王が封印された事が国民に知れ渡っています。街は混乱した者達で溢れかえっていました」
街から城内まで全力で走って移動したのだろう。
調査隊の青年は激しく取り乱しているのか、誰もいない空間に向かってピシッと敬礼をする。
調べてきた情報を大声で話した青年に対して咄嗟に反応することが出来なかった騎士達が、ぽかーんと間の抜けた表情を浮かべたまま固まってしまう。
国王が不在の今、国民の混乱を取り除き騎士達に指示を出す事の出来る者がいない。
国民達は国王の急な封印の知らせを受けて不安を抱いているのだろう。
このような場合どのように対処するべきなのか、問いかけたくても国王は光の柱に閉じ込められて意識のない状態である。
銀騎士の顔から血の気が引く。
どうすれば国民の不安を取り除くことが出来るのか。
改善策を考えるヒビキの視界に、ふと女性騎士が大事そうに両手で抱えこむ金色の王冠が入り込む。
そして、ある方法を思い付く。
国王が封印された情報が国民に知れ渡ったため、街で混乱が起きている。
だったら、国王が封印を受けている間だけ自分が国王の影武者を演じればいい。
国王は人前に滅多に姿を現さない人だったから、国民達が影武者を演じるヒビキが国王とは別人であると認識する事は難しいだろう。
国王は無事だったと国民の前に姿を現そうと考えたヒビキが、考えを実際に行動に移すために王冠を持つ女性騎士の元へと歩み寄る。
ヒビキは不思議そうな顔をする女性騎士の目の前で狐耳付きフードを取り外した。
「その王冠を貸して欲しい。俺が国王のふりをする。国民の前に姿を見せるから」
真面目な顔をした少年が王冠に向け両手を伸ばす。
柔らかそうなクリーム色の髪の毛が印象的な少年は淡々とした口調で考えを話す。
銀騎士達も良く知る人物が姿を現した。
狐耳フード付きのケープを身に付けていたため全く気づく事が出来なかった。
目の前に佇んでいる少年がボスモンスター討伐隊の壊滅と共に行方不明になっていた第二王子であることに。
予想外の展開に驚き素早く一歩、二歩、三歩と足を引いた騎士達が真剣な眼差しを浮かべてヒビキから距離を取る。
王冠を持つのは調査隊副隊長を務める女性である。
突然の王子の登場に驚き奇妙な顔をする女性騎士は声にならない叫び声を上げる。
ヒビキから距離を取ることも忘れて震え上がる女性騎士は目を白黒させる。
「え?」
両手を差し出しているのに王冠がなかなか差し出されない。
目の前に佇む女性騎士と視線が合わないため、ヒビキが不安を抱く。
眉を潜めたヒビキが、ぽつりと声を漏らす。
じっくりと調査隊副隊長を務める人物の顔を観察していたヒビキの目の前で、ぶるりと大きく身震いをした女性騎士が極端な反応を示す。
きゃぁああああああ!
いきなり悲鳴をあげた女性騎士は真っ赤に染まった頬を両手で押さえて、じたばたと暴れだす。
王冠を持っている事を、すっかり忘れてしまった女性が王冠から手を離してしまったため、支えを失った王冠が床に向け一直線に落ちる。
周囲で状況を眺めていた騎士達が落ちていく王冠を見て、顔を真っ青にした。
「あっ……ぶない」
地面すれすれで王冠を手に取ったヒビキが肝を冷やす。
実は国王が封印された際に王冠が弾き飛ばされて一度、地面に激しく打ち付けられていた。
そうとは知らないヒビキは、王冠を落としたら国王の怒りに触れると思っている。
ヒビキの心配をよそに、何度も悲鳴を上げてヒビキの目の前から立ち去ろうとした女性に、近くにいたひげ面のおっさん騎士が突き飛ばされる。
ぐえっと壁に激突をして間抜けな声を上げたおっさん騎士が、逃げ惑う女性を眺めてクククッと肩を震わせる。
普段は何事にも動じることのない女性騎士の取り乱す姿。
そのギャップに面白さを感じていた。
混乱し激しく暴れまわる女性を止めるために騎士が彼女を取り囲み始める。
そして、ヒビキもある事に気付き悲鳴をあげそうになっていた。
逃げ回る女性を目で追っていたから気がついた。
本当は国王が大事にしている壺を目の前に差し出された時に気づかなければいけなかった。
大切な客人が来る時以外は壺は国王の寝室にあるのだから。
自分達がいるのが国王の寝室だと言う事に。
国王は息子のヒビキが自分の寝室に入る事を決して許さなかった。
それはヒビキの子供の頃の肖像画が大量に棚の上に飾ってあるから、それを見られたくないと国王が考えていたためだけど。
理由を知らないヒビキは顔を真っ青にする。
沢山の肖像画を背後にする形で、佇んでいるヒビキが調査隊副隊長に続いて部屋を抜け出そうとした。
しかし、金髪が印象的な特攻隊隊長を務める女性騎士に呼び止められてしまう。
背後を振り向いたヒビキに向かって、放られた服を両手いっぱいにして抱え込む。
もこもこのマントは国王の私物である。
国王を演じるヒビキに必要なものを素早く手渡した女性騎士は、素早く身を翻して自分の寝室に向かうヒビキを見送った。
封印されている国王の様子を見るために魔界から人間界に足を踏み入れたのに結局、光の柱に包まれている国王の姿をヒビキは一度も見る事なく国王の寝室を後にした。
ヒビキが自分の寝室で着替えを始めた頃、魔界からゲートを抜けてギフリードが人間界に足を踏み入れた。
国王の寝室に足を踏み入れたギフリードが辺りを見渡すけど、先にゲートを抜けたはずのヒビキの姿は見当たらない。
国王を守る立場である銀騎士の姿も見当たらない。
ゆっくりと辺りを見渡したギフリードの視界に、それはすぐに入り込んだ。
「ベッドがあるということは、まさか国王はゲートを自分の寝室に繋いだのか?」
白を基調としたベッドが部屋の中央に設置されており、室内を見渡せば国王の私物が所々に置いてある。
服の入っている棚は開きっぱなし。
棚の上には沢山の肖像画があり、クリーム色の髪をした子供が満面の笑みを浮かべる姿が描かれていた。
他にも少年が赤ん坊の頃の肖像画もあり、父親である国王が赤ん坊を抱き上げてあやす姿が描かれている。
沢山の肖像画を一通り眺めたギフリードが、ぽつりと考えを口にした。
「国王の考えは分からんな」
自分の寝室にゲートを繋いだ国王はゲートの完成後、隣の部屋に自分の寝室を移すつもりでいた。
しかし、行動を実行する前に国王は封印を受け時を止めてしまったため、ギフリードが疑問に思うのも無理はないけど。
やはり国王も弾き飛ばされた衝撃で空中に浮かんだようで、宙に浮いたままの状態で時を止めていた。
王冠が外れてしまったため柔らかそうな髪の毛は広がりを見せる。
目蓋を閉じて微かに唇を開く国王は、眠っているだけのように思えた。
国王の横を通りすぎて寝室を抜け出したギフリードは、許可を得る事もなく城内を歩き回る。
先にゲートを抜けた少年の姿を探す。
もしかしたら白いケープを羽織った少年を敵と見なした銀騎士に追われているのかもしれないと考えるギフリードの歩くスピードが徐々に早くなる。
城の出入り口に向かったのかもしれないなと考えて、下の階へ降りる階段を探しはじめる。
城の中は幾つも部屋がある。
広い敷地の中を歩き回ってみるものの狐耳フード付きのケープを身に纏った少年の姿は見当たらない。
すぐに少年を見つけ出して魔界へ連れ戻す事が出来るだろうと考えていたギフリードは小さなため息を吐き出した。
無事に少年と出会うことが出来るのか。
もしも、少年が既に城内から足を踏み出していれば見つけることは非常に難しい。
突き当たりを右に曲がった所で、ガチャッと音を立てて開いた扉から現れた人物に不意に姿を見られてしまった。
足を止める事になったギフリードは仁王立ちのまま立ち尽くす。
無言のまま目の前に現れた人物を見つめるギフリードは密かに混乱していた。
扉にもたれ掛かって、じっくりとギフリードを観察する人物に見覚えがあったから。
「国王?」
眠るようにして時間を止めている国王を見てきたばかりである。
光の柱に閉じ込められていた国王の姿は幻だったのかと疑問を抱きながら声をかける。
実は自分の寝室に移動したヒビキは、すぐに着替えに取りかかっていた。
髪を手櫛で整える。
クリーム色の髪を手で豪快にかきあげて右耳にかける。
宝石や金の装飾品が多数、縫い付けられた服を身に付けて、その上に白色のファーの付いた真っ赤なマントを羽織る。
頭に金色の王冠を被ったヒビキがギフリードの前に姿を現した。
高さが7センチほどある銀色の靴を履き歩くためには普段は使う事の無い足の筋肉を使う。
一歩足を踏み出すだけでも転びそうになり苦戦をしていたヒビキが、扉を開いた所で力尽きた。
休むために扉にもたれ掛かっている。
目の前に佇んでいるギフリードを眺めて、彼もゲートを通って人間界に来たのかと呑気に考える。
ヒビキはこのまま扉にもたれ掛かっている訳にも行かず。
ハァと小さなため息をつき、渋々と姿勢を立て直す。
「国王の影武者か?」
無表情で考え込んでいたギフリードが、素直に思ったことを口にした。
魔界の人々は魔王が封印された事を知り、住人達は戸惑い焦り不安を隠せずにいた。
街中で手を震わせながら情報の記した紙を、お猿さんから受け取っていた住人も大勢いた。
戸惑いを隠せない冒険者達が魔王封印の情報を求めてギルドに押し寄せた。
城を囲むようにして状況を把握しようとしている者もいた。
戸惑いを隠せない魔界の住人達と同じように人間界でも国王、封印の知らせを聞いた人々は戸惑い焦り不安を抱いているのだろうか。
銀騎士達はどうしているのだろうか。
街中や各国に出向いて国王封印についての情報を集め回っているのだろうか。
銀騎士団隊員の中には喜怒哀楽を表に出す事が苦手な国王に対して、苦手意識を持っている者も少なくはない。
国王が封印された機会に銀騎士団を止めてしまおうかと考える者もいるのだろうか。
一度考え出すときりがない。
このゲートが人間界に繋がっているのなら、ここを通れば疑問を確認する事が出来る。
激しく戸惑うヒビキは正常な判断が出来なくなっていた。
魔王城の玄関ホールに設置されているブラックホールは魔界の住人に許可を得てから足を踏み入れるべきところヒビキは、ふらふらと覚束ない足取りでゲートに向かって歩きだす。
魔王やリンスールと同じように、国王も光の柱によって身体を包み込まれて時を止めてしまっているのだろうか。
決して人に弱みを見せる事なく、威風堂々として何事にも動じないでいる、そんな国王のイメージ像を崩したく無い気持ちが全く無いわけではない。
しかし、自分の親が現在どのような状況に陥っているのか知りたい気持ちの方が勝ったヒビキは一歩、二歩と足を踏み出した。
「お、おい!」
慎重になって物事を考えていた鬼灯が、突然ブラックホールに飲み込まれてしまったヒビキに向かって驚きと共に声を上げる。
後の事を考えているだけの気持ちの余裕も無かったヒビキとは違って、鬼灯はブラックホールを抜けた先が全く分からない状況である事や、初めて足を踏み入れる魔王城の中で好き放題に動き回っても良いものだろうかと多角的に考える。
ゲートの行き先が人間界に繋がっておらず、見知らぬ土地に降り立ってしまう可能性は無いだろうか。
SSSランクのモンスターが多く生息している空間に弾き飛ばされたら、なす術も無くなぶり殺されるだろう。
ブラックホールは複雑な術式と空間を無数に歪めるため、どのような効果を及ぼすのか人体に影響は無いのか未知数。
時空が歪んでいて過去や未来にタイムスリップをしてしまう可能性すらある。
目の前のブラックホールを眺めていた鬼灯が、さまざまな考えを思い浮かべているのに対してヒビキは、あっさりとブラックホールの中に足を踏み入れてしまうのだから頭の中は封印を受けて時を止める国王の事で、いっぱいいっぱいなのだろう。
魔界から人間界へ。
国王が魔力を激しく消費して作った闇属性のゲートが何の前触れも無く、グニャリと空間を歪めて中から狐耳フード付き白色のケープを身に纏った少年が姿を表した。
黒色のブーツは太ももまで長さがあり暖かそう。
狐耳付きのフードを深々と被っているため容姿を確認する事が出来ないけれども、少年の身に付けている洋服は魔界の住人が好んで身に纏っているものに似ている。
魔界と人間界を繋ぐ闇のゲートが出来あがる事は事前に国王から知らせを受けていた。
しかし、何の前触れも無くゲートの中から魔族が現れる事は、騎士達も想定していなかった。
闇のゲートを調査するために国王の寝室内へ足を踏み入れていた銀騎士達が肝を冷やす。
寝室内が緊迫した雰囲気に包み込まれる中でゲートの中から姿を現した少年の体が、ぐらりと大きく傾いた。
体調が悪いのか両手と両膝を床に付き顔を俯かせる。
「吐きそう……」
弱々しく囁くようにして呟かれた言葉に覇気はない。
闇のゲート内は複雑な歪みが生じているため身体は空間内で何度も回転したうえで、ヒビキは目蓋を開いたままゲート内を移動したため、その強すぎる刺激に気分を悪くする。
急な魔族の登場に驚き、警戒心と恐怖心を強めていた騎士達が、あたふたとして互いに声を掛け合い騒ぎだした。
武器をおさめて右往左往する騎士が殆どである。
しかし急な吐き気を何とか沈めようと試みるヒビキは深く顔を俯かせているため、騎士達を焦らせている事に気づかない。
冷静さを保っている女性騎士がヒビキの元へと歩み寄る。
「水場に運んだ方がいいかな?」
魔族とは言え身に纏っているものは狐耳フード付きケープと可愛らしい。
まるで子供に声をかけるように金髪の女性騎士が優しく声をかける。
「運んでる間に吐くだろ! ほら、これに吐け!」
金髪の女性騎士の言葉に返事をする、ひげ面のおっさん騎士はヒビキの目の前に無造作に壺を置く。
金色の模様が施された見るからに高級そうな壺である。
城の中には世界各国から取り寄せられた高級な壺が幾つも存在する。
閉じていた目蓋をうっすらと開いて壺に描かれている模様を確認するヒビキは、ビクッと大きく肩を揺らして動揺する素振りを見せた。
決してぞんざいに扱ってはいけない壺である。
顔面蒼白のまま放心状態に陥ったヒビキの目の前で、白髭の老人騎士が壺を取り上げて元の位置へと戻す。
いくら取り乱しているとはいえ、ひげ面のおっさん騎士は城の中にある壺の中で一番、高価な物を差し出していた。
ひげ面のおっさん騎士の行動により激しく動揺したのは、白髪の老人騎士も同じ。
フォッフォッフォッフォッと笑い声を上げる白髪の老人騎士は、とりあえず心落ち着かせようと試みる。
一瞬の沈黙後、老人騎士の顔から笑みが消えた。
「ばかもん。先を見て行動するようにと何度も言っているだろう」
ひげ面の男性騎士に拳骨を振り下ろす。
国王に仕える騎士、銀色の鎧を身に纏い人間界に現れたモンスターを倒すために奮闘する彼らは優れた逸材だけを集めた精鋭部隊である。
銀騎士団は国民達の憧れであり子供達の将来の目標として上げられることの多い職業であるため、入隊の条件は非常に厳しく定められている。
人前で決して醜態を見せることのない騎士達が、あわてふためく姿を横目に見つめながらヒビキは血の気が引き真っ青になった顔を俯かせる。
老人騎士からの思わぬ攻撃を受けて何とも奇妙な奇声を上げた髭面のおっさん騎士は、再び頭に強い衝撃を受けることが無いように両手で頭を抱えこみ、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。
老人騎士はひげ面のおっさん騎士に少しの間だけ口を開かずに静かにしているようにと指示を出す。
ヒビキの前にしゃがみ込むと、体に手を添えて治癒魔法をかけた。
老人騎士は狐耳フード付きケープを身に纏った見た目だけでは種族の分からない少年、蹲《うずくま》り怯えた様子のヒビキの身を案ずる。
優しくヒビキの背中に手を添えて撫でてみるけれど、老人騎士の心配もむなしく既にヒビキの吐き気は激しい動揺と恐怖心に支配されたため、すっかりとおさまっていた。
ひげ面のおっさん騎士が良かれと思ってヒビキの目の前に差し出した壺。
金色の細やかな模様が施され、その中央に白色の竜をモチーフにした複雑な紋様が描かれている。
ヒビキの父親である国王が寝室に飾り大事にしていた物だった。
その壺を髭面のおっさん騎士は片手で軽々と持ち上げて無造作に床に置いたため、無表情のまま怒りを表す国王の姿を思い浮かべてしまったヒビキは恐れ戦いてしまう。
ヒビキの顔からは血の気が引き顔面蒼白になっていた。
ひげ面のおっさん騎士の衝動的な行動のお陰で吐き気は治まったけど心臓に悪すぎる。
激しく脈打つ心臓を落ち着かせるために大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出したヒビキは一呼吸おいた後に白髪の老人騎士に視線を向ける。
「ありがとう」
ヒビキの体調を心配して背中を撫でてくれた老人騎士は、少しでも少年の体調が落ち着くようにと願いをこめて回復魔法の発動も行っていた。
狐耳フード付きケープを身に纏っているため、騎士達にはヒビキの容姿は全く見えていないのだろう。
第二王子として騎士達と接する時は、一定の距離を開けて互いに言葉を交わすため騎士達が間近に迫る状況は非常に珍しい。
ヒビキは騎士達に、ぽつりと礼を言う。
回復魔法の発動を止めてフォッフォッフォッフォッと声を上げて笑う白髪の老人騎士に手を貸してもらい、ヒビキがゆっくりと腰を上げて立ち上がる。
激しい吐き気が治まりヒビキの顔色が元に戻った所で、国民の様子を調べに街へ出ていた調査隊が汗だくで城内に戻ってきた。
「国王が封印された事が国民に知れ渡っています。街は混乱した者達で溢れかえっていました」
街から城内まで全力で走って移動したのだろう。
調査隊の青年は激しく取り乱しているのか、誰もいない空間に向かってピシッと敬礼をする。
調べてきた情報を大声で話した青年に対して咄嗟に反応することが出来なかった騎士達が、ぽかーんと間の抜けた表情を浮かべたまま固まってしまう。
国王が不在の今、国民の混乱を取り除き騎士達に指示を出す事の出来る者がいない。
国民達は国王の急な封印の知らせを受けて不安を抱いているのだろう。
このような場合どのように対処するべきなのか、問いかけたくても国王は光の柱に閉じ込められて意識のない状態である。
銀騎士の顔から血の気が引く。
どうすれば国民の不安を取り除くことが出来るのか。
改善策を考えるヒビキの視界に、ふと女性騎士が大事そうに両手で抱えこむ金色の王冠が入り込む。
そして、ある方法を思い付く。
国王が封印された情報が国民に知れ渡ったため、街で混乱が起きている。
だったら、国王が封印を受けている間だけ自分が国王の影武者を演じればいい。
国王は人前に滅多に姿を現さない人だったから、国民達が影武者を演じるヒビキが国王とは別人であると認識する事は難しいだろう。
国王は無事だったと国民の前に姿を現そうと考えたヒビキが、考えを実際に行動に移すために王冠を持つ女性騎士の元へと歩み寄る。
ヒビキは不思議そうな顔をする女性騎士の目の前で狐耳付きフードを取り外した。
「その王冠を貸して欲しい。俺が国王のふりをする。国民の前に姿を見せるから」
真面目な顔をした少年が王冠に向け両手を伸ばす。
柔らかそうなクリーム色の髪の毛が印象的な少年は淡々とした口調で考えを話す。
銀騎士達も良く知る人物が姿を現した。
狐耳フード付きのケープを身に付けていたため全く気づく事が出来なかった。
目の前に佇んでいる少年がボスモンスター討伐隊の壊滅と共に行方不明になっていた第二王子であることに。
予想外の展開に驚き素早く一歩、二歩、三歩と足を引いた騎士達が真剣な眼差しを浮かべてヒビキから距離を取る。
王冠を持つのは調査隊副隊長を務める女性である。
突然の王子の登場に驚き奇妙な顔をする女性騎士は声にならない叫び声を上げる。
ヒビキから距離を取ることも忘れて震え上がる女性騎士は目を白黒させる。
「え?」
両手を差し出しているのに王冠がなかなか差し出されない。
目の前に佇む女性騎士と視線が合わないため、ヒビキが不安を抱く。
眉を潜めたヒビキが、ぽつりと声を漏らす。
じっくりと調査隊副隊長を務める人物の顔を観察していたヒビキの目の前で、ぶるりと大きく身震いをした女性騎士が極端な反応を示す。
きゃぁああああああ!
いきなり悲鳴をあげた女性騎士は真っ赤に染まった頬を両手で押さえて、じたばたと暴れだす。
王冠を持っている事を、すっかり忘れてしまった女性が王冠から手を離してしまったため、支えを失った王冠が床に向け一直線に落ちる。
周囲で状況を眺めていた騎士達が落ちていく王冠を見て、顔を真っ青にした。
「あっ……ぶない」
地面すれすれで王冠を手に取ったヒビキが肝を冷やす。
実は国王が封印された際に王冠が弾き飛ばされて一度、地面に激しく打ち付けられていた。
そうとは知らないヒビキは、王冠を落としたら国王の怒りに触れると思っている。
ヒビキの心配をよそに、何度も悲鳴を上げてヒビキの目の前から立ち去ろうとした女性に、近くにいたひげ面のおっさん騎士が突き飛ばされる。
ぐえっと壁に激突をして間抜けな声を上げたおっさん騎士が、逃げ惑う女性を眺めてクククッと肩を震わせる。
普段は何事にも動じることのない女性騎士の取り乱す姿。
そのギャップに面白さを感じていた。
混乱し激しく暴れまわる女性を止めるために騎士が彼女を取り囲み始める。
そして、ヒビキもある事に気付き悲鳴をあげそうになっていた。
逃げ回る女性を目で追っていたから気がついた。
本当は国王が大事にしている壺を目の前に差し出された時に気づかなければいけなかった。
大切な客人が来る時以外は壺は国王の寝室にあるのだから。
自分達がいるのが国王の寝室だと言う事に。
国王は息子のヒビキが自分の寝室に入る事を決して許さなかった。
それはヒビキの子供の頃の肖像画が大量に棚の上に飾ってあるから、それを見られたくないと国王が考えていたためだけど。
理由を知らないヒビキは顔を真っ青にする。
沢山の肖像画を背後にする形で、佇んでいるヒビキが調査隊副隊長に続いて部屋を抜け出そうとした。
しかし、金髪が印象的な特攻隊隊長を務める女性騎士に呼び止められてしまう。
背後を振り向いたヒビキに向かって、放られた服を両手いっぱいにして抱え込む。
もこもこのマントは国王の私物である。
国王を演じるヒビキに必要なものを素早く手渡した女性騎士は、素早く身を翻して自分の寝室に向かうヒビキを見送った。
封印されている国王の様子を見るために魔界から人間界に足を踏み入れたのに結局、光の柱に包まれている国王の姿をヒビキは一度も見る事なく国王の寝室を後にした。
ヒビキが自分の寝室で着替えを始めた頃、魔界からゲートを抜けてギフリードが人間界に足を踏み入れた。
国王の寝室に足を踏み入れたギフリードが辺りを見渡すけど、先にゲートを抜けたはずのヒビキの姿は見当たらない。
国王を守る立場である銀騎士の姿も見当たらない。
ゆっくりと辺りを見渡したギフリードの視界に、それはすぐに入り込んだ。
「ベッドがあるということは、まさか国王はゲートを自分の寝室に繋いだのか?」
白を基調としたベッドが部屋の中央に設置されており、室内を見渡せば国王の私物が所々に置いてある。
服の入っている棚は開きっぱなし。
棚の上には沢山の肖像画があり、クリーム色の髪をした子供が満面の笑みを浮かべる姿が描かれていた。
他にも少年が赤ん坊の頃の肖像画もあり、父親である国王が赤ん坊を抱き上げてあやす姿が描かれている。
沢山の肖像画を一通り眺めたギフリードが、ぽつりと考えを口にした。
「国王の考えは分からんな」
自分の寝室にゲートを繋いだ国王はゲートの完成後、隣の部屋に自分の寝室を移すつもりでいた。
しかし、行動を実行する前に国王は封印を受け時を止めてしまったため、ギフリードが疑問に思うのも無理はないけど。
やはり国王も弾き飛ばされた衝撃で空中に浮かんだようで、宙に浮いたままの状態で時を止めていた。
王冠が外れてしまったため柔らかそうな髪の毛は広がりを見せる。
目蓋を閉じて微かに唇を開く国王は、眠っているだけのように思えた。
国王の横を通りすぎて寝室を抜け出したギフリードは、許可を得る事もなく城内を歩き回る。
先にゲートを抜けた少年の姿を探す。
もしかしたら白いケープを羽織った少年を敵と見なした銀騎士に追われているのかもしれないと考えるギフリードの歩くスピードが徐々に早くなる。
城の出入り口に向かったのかもしれないなと考えて、下の階へ降りる階段を探しはじめる。
城の中は幾つも部屋がある。
広い敷地の中を歩き回ってみるものの狐耳フード付きのケープを身に纏った少年の姿は見当たらない。
すぐに少年を見つけ出して魔界へ連れ戻す事が出来るだろうと考えていたギフリードは小さなため息を吐き出した。
無事に少年と出会うことが出来るのか。
もしも、少年が既に城内から足を踏み出していれば見つけることは非常に難しい。
突き当たりを右に曲がった所で、ガチャッと音を立てて開いた扉から現れた人物に不意に姿を見られてしまった。
足を止める事になったギフリードは仁王立ちのまま立ち尽くす。
無言のまま目の前に現れた人物を見つめるギフリードは密かに混乱していた。
扉にもたれ掛かって、じっくりとギフリードを観察する人物に見覚えがあったから。
「国王?」
眠るようにして時間を止めている国王を見てきたばかりである。
光の柱に閉じ込められていた国王の姿は幻だったのかと疑問を抱きながら声をかける。
実は自分の寝室に移動したヒビキは、すぐに着替えに取りかかっていた。
髪を手櫛で整える。
クリーム色の髪を手で豪快にかきあげて右耳にかける。
宝石や金の装飾品が多数、縫い付けられた服を身に付けて、その上に白色のファーの付いた真っ赤なマントを羽織る。
頭に金色の王冠を被ったヒビキがギフリードの前に姿を現した。
高さが7センチほどある銀色の靴を履き歩くためには普段は使う事の無い足の筋肉を使う。
一歩足を踏み出すだけでも転びそうになり苦戦をしていたヒビキが、扉を開いた所で力尽きた。
休むために扉にもたれ掛かっている。
目の前に佇んでいるギフリードを眺めて、彼もゲートを通って人間界に来たのかと呑気に考える。
ヒビキはこのまま扉にもたれ掛かっている訳にも行かず。
ハァと小さなため息をつき、渋々と姿勢を立て直す。
「国王の影武者か?」
無表情で考え込んでいたギフリードが、素直に思ったことを口にした。
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