渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 ああ、己はこのまま死ぬまで一人で生きるのか。誰かに慈しまれることなく、守られることもなく、糧を分け与えられることもなく、抱擁されることもなく気の遠くなるような年月を過ごすのか。

 ソレは絶望した。

 ニンゲン達のように自分も誰かと、と衝動に駆られてニンゲン達が群れて暮らす平野に駆け入った。
 大きく硬い無数の脚は地面を抉り、地響きを立てた。黒い鱗で覆われた巨体は陽光を反射して鋭く光り、太く長い毛に覆われた尾は地面を叩いて土煙を上げた。


 ソレはただ、ニンゲン達の輪に入れてもらおうとしただけだった。


 糧を分け与える習性の人間たちに習って、森で見つけた白い鹿を手土産に、これ以上なく友好的に群れに近づいたつもりだった。

「渓谷の悪魔の襲撃だ!」
「化け物だ!」
「守護聖獣の白鹿樣が殺された!」
「逃げろ!」
「剣を持って戦え!」
「勝てるわけがない逃げるんだ!」
「女子供を逃がせ!」

 しかしソレに幾度となく蹴散らされていたニンゲン達は畏れ、自分と違う姿の巨大な存在を厭った。
 ニンゲンの群れは大騒ぎになった。
 ソレの大きな耳には彼らの甲高い鳴き声は騒々しすぎて、苛立った。だから少しだけ、軽く尾を振って彼らを驚かせ黙らせようと思った。彼らが黙りさえすれば、自分の言葉を聞いて納得し、糧を分かち合うことが出来るのだと、そう思ったのだ。
 ソレが一本の尾を持ち上げようとしたその時、大騒ぎしているニンゲンの群れの中から石礫が飛んできた。
 石は硬い甲殻にあたってソレが傷付くことは無かったのだが、

「あっちへ行け! 化け物!」

 小さなニンゲンの手から放たれた石が明確な拒絶を現していて、ソレは大いに打ちのめされた。

「やめろトム! 危ないだろう!」

 石を投げつけたニンゲンは大きなニンゲンに抱きかかえられ、ソレから隠された。

「だって父さん、あいつのせいで村のみんなが」
「それでお前が食べられでもしたらどうするんだ!」
「悪魔を刺激するな!」
「逃げろ!」

 ニンゲンたちはまだ大騒ぎを続けた。
 ソレは唐突に虚脱し、群れに背を向けて森に隠れた。
 ニンゲン達の中に己が入ることは出来ないのだとソレは理解した。
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