渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 しかし渓谷へ戻り瘴気の中でただ過ごすのはもう嫌で、ソレは深い森に潜みながらニンゲンたちを観察し続けた。
 たまに糧を取りに来たニンゲンと鉢合わせてしまうことはあったが、ソレがニンゲンに構わず追わなければニンゲンたちがソレを煩わせる事はなかった。
 そうして付かず離れずの距離で見守っているうちに、ニンゲンたちが他の群れと諍いを起こした。
 どうやら糧だか縄張りだかで揉めたらしく、初めは小競り合いのようだったのにあっという間にお互いを傷付け合いだした。


 ソレの目に彼らの行動は奇異に映った。
 食べるわけでも無いのに相手を殺し、殺され、そうされて更に怒り狂って殺し、殺され。ニンゲンたちは自分たちの数を減らすことに躍起になっているように見えた。
 かれらは不幸にも力が拮抗していたようで、お互いを潰し、減らし合ってお互いが壊滅して、そこでようやく争いを止めた。僅かに生き残った者達は、既に争う余力はなく、散り散りに去っていった。

 ソレは観察する対象もなくしてしまったのだった。

 せっかく他の生き物を見つけたのに、また一人になってしまった。
 ソレは、いつもより重く感じる体を引き摺って、かつて追い払われた群れが住んでいた平野へと足を向けた。
 ニンゲンたちが住んでいた家は尽く焼け落ちて、残骸が地面に突き立っているだけとなっていた。
 大きいニンゲンも小さいニンゲンも、誰も居ない。。



 あの暗い谷からは這い上がってきたはずなのにーー。



 そこは瘴気に満ち、地面に撒き散らされた血と肉が腐ってヘドロになって腐臭を放ち、ソレ以外の命持つものはそこに居ることすら出来ないようだった。
 どこにいても瘴気の谷と同じならば、もう帰ろうかと思ったその時、微かな音が聞こえた。

 ソレは大きな耳を澄ました。

 確かに聞こえた。
 焼け落ちた残骸の中からニンゲンの声が聞こえてきていた。

「……ぁぁん……ふああぁぁん……」

 か細い鳴き声だった。
 ソレは恐る恐る残骸に近付き、焼けた木材が崩れ落ちないように慎重に障害物を退けた。
 地面に穴を掘って水と食料の貯蔵庫にしていたらしく、地面に石でできた扉があった。
 鉤爪を取手に引っ掛け、開けてみると、幸い焼け落ちることのなかったその空間で、小さな小さなニンゲンが布にくるまれて鳴いていた。
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