渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 あくる日には、

「トム! この池には入るなといっただろう!」
「父さんは入ってた!」
「池の中には尖った石や木端が沈んでいる。父さんは硬い殻があるがトムにはないから駄目だ。体が傷だらけになってしまう」
「ヤダヤダ! トムも入る! 父さんと一緒に入るー! うわああああああああん!」
「……」

 トムは段々とソレの言うことを聞かなくなってきていた。
 駄々を捏ね、聞き入れられなくて鳴いて拗ねて、疲れて寝る。
 そんなことを繰り返すトムに困り果て、ソレは若干の苛立ちを覚えた。
 しかし頭くらいしか毛皮が生えていない無防備で弱いトムに本気で怒りをぶつけるのは馬鹿らしく思え、ソレは苛立ちを飲み込んで日々を過ごした。
 いつものようにトムが駄々を捏ねて鳴いて騒いで疲れて寝たある日の夜。
 ソレはトムに寄り添っていた巨体を起こし、静かにーー出来るだけ音を立てないように寝床を離れた。
 野晒しでも何の痛痒もないソレと違い、毛皮も外殻も鱗も無いトムのため、ソレは森の奥の山を抉って洞穴を作っていた。洞穴周辺のトムを襲うような獣は全て狩り尽くしていたので、寝ているトムを置いて外に出ることへの不安はなかった。トムはどこが危ないか、何をしたらいけないかちゃんと理解しているのだ。


 ただソレの言うことを聞かないだけで。



「ふう」

 ソレはこの世に生まれて初めて疲労を覚えた。
 肉体的にはこの世でおそらく最強の部類に入るだろうソレだからこそ、疲労とは無縁だったというのに。しかし精神的な疲れは無限のスタミナの持ち主にもいかんともしがたかった。
 足音を立てないように草の上を踏むのを狙って歩き出し、十分洞穴から離れるや、ソレは思い切り駆け出した。
 鋼鉄のように硬い殻で覆われた無数の脚を我武者羅に動かして地面を掘り返すように駆け、触手で木々をもぎ取り、二本の尾で進路を邪魔する大岩を薙ぎ払い、森を滅茶苦茶にして、ソレは爽快な気分になった。思い切り体を動かすことで鬱憤が晴れたのだ。
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