渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 火を通していない肉は、どうしてもニンゲンの身体は受け付けないようで、トムは栗鼠を囓ったその夜から嘔吐と下痢をするようになった。
 上から下から中のものを出し続けるせいで衰弱し始めたのか、小さなトムは便所に行く以外は寝床から動かなくなった。
 好きな粉付き肉も、ソレがはじめに齧って見せても口にいれられなくなった。すぐ吐き出してしまうのだ。
 ソレは焦った。
 小さいトムが萎びてもっと小さくなってしまうと思ったのだ。
 とにかく何かを腹に入れさせなくては、とソレは森から果物を採ってきた。
 
「トム、これなら食べられるだろう?」

 ピンク色の果物が実る季節ではなかったので、その次にトムの好物である紫色の粒が集まって房になっている果物だ。
 粒を一粒指でもぎ取り、閉じていたトムの唇に寄せた。
 緩慢な動きだったが、トムはソレが差し出した果物を口に含む。

「……美味しい……」
「そうか! よし、もっと食え!」

 ソレはトムの小さな口再び粒を寄せた。

「ありがと、とーさ」

 薄く微笑み、口を開けようとしたトムが再び嘔吐した。仰向けのまま食べたものを吐いたからか、苦しそうに咳き込みはじめる。

「トム! 大丈夫か!?」

 ソレは慌てて抱き起こして胸をしたにさせ、触手で口の中のものを掻き出した。
 トムの口からは何も出てこないのに、体を痙攣させるようにして何度も嘔吐くその姿に、ソレは恐慌した。

「全部出すんだトム! それから果物を……」

 粒のまま食べさせて嘔吐させてしまった先程を思い出し、肉が剥き出しになった指で果物を潰し、その果汁をトムの唇の上に滴らせる。
 こくり、と細い喉は嚥下した。しかしトムは意識を失ってしまったようで、目を閉じてがっくりと脱力してしまった。

 ソレは我を失った。

 ソレはこの世に存在し始めてから病を得たことがなかった。
 なので今、トムがどれほど痛い思いをしているのか、苦しいのか、ちゃんと元気になって緑色の輝く瞳を己に見せてくれるようになるのか、見当がつかなかったのだ。
 ソレは一本の尾と触手でトムの体を包み、自分の腹の下、急所である心臓の前に抱き込み洞穴から走り出た。
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