異世界の片隅と彼らの物語

立花 Yuu

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第四章~フレイヤ国、北東領地、ヴァジ村、再び~

第八話

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「おいっ! ヴレイ、起きろって、いつまで寝てんだよ」

「ん!」とヴレイはパっと目が覚めた。
 サーっとカーテンが開けられ、強烈な朝日が目に飛び込んだ。

「うーん、ザイドか?」
「今日は祭典の準備だろ! 人手不足なんだから、お前も手伝えって言っただろ」

 掛布団が剥ぎ取られ、ブルッと冷たい空気に寒気が走る。

「ふあぁ、さむっ、そうだっけ」

 酷く頭がぼーっとする。眠くてくらくらする意識を何とか叩き起こす。
 台所から香ばしい香りがして急に腹が減った。

「パンが焼けたからザイド君も食べていって、ヴレイ! いつまでそうしてるの」

 急かしてくる母親の声が飛んできた。
 あれ、何故かすごく懐かしい、でも何かを忘れているような。酷い物忘れをしているかのような、スッキリしない思考が脳裏にモヤモヤと停滞していた。

「まぁいいや」と呟きながら大きく欠伸をした。

 寝間着のまま台所に行って、焼き立てのパンを呆然と口に入れた。

「うっめぇ、オバさんが焼くクルミパン、うめぇ」

 そうそうザイドはパン屋のクルミパンより、うちのクルミパンのほうが旨いと、いつも絶賛していた。おやつの時は砂糖をまぶして食べたりする。
 ホットミルクも一緒に食せば、もうほっぺたが落ちそうになる。
 パンを食べ終え、歯を磨いて、服に着替えると、ザイドに急かされながら寺院に向かった。

「そういえば、この間、隣町で出会った金髪の女の子、やっぱりお姫様だって、母さんに聞いたんだ」
「隣町で会った女の子? 誰だそれ」

 ザイドは首を傾げて、怪訝そうに眉根をひそめた。
 寺院に向かう途中の露店や酒場も祭りの準備で大忙しだった。荷物を運び入れたり、飾り付けをしたりと、何かの競争のように皆テキパキと動いていた。
 毎年見る光景のはずが、何故か新鮮に思えた。

「ほら、隣町の野外劇を観に行った時に、出会った女の子だよ」
「はぁ、いつ劇を観に行ったって? お前、夢でも見たんだろ」

 ついこの前の話をしているはずなのに、ザイドは嘲笑するだけで、何のことだかさっぱり分かっていない。

「いつまで寝ぼけてんだよ、ったくしょうがねえ奴だな」

 片方の口端を上げて笑ったザイドは、寺院までの並木道を走っていった。ヴレイも従いて走りながら、ふと思い出した。そういえば、村の様子が前と違う気がした。
 毎日見知ったはずの村なのに、まるで久しぶりに訪ねたような感覚を覚えた。
 立ち止まったヴレイは、右を向いて、砂利道の先の丘を眺めた。気付いたザイドが「おい」と呼びかけてきた。
 確か丘の向こうは畑が広がっているはずだ。分かっているはずの景色を、どうしても見に行きたくなった。糸で引っ張られるように、ヴレイは砂利道を進んだ。

「おい、ヴレイ! どこいくんだよ」
「見なくちゃいけないんだ、この先には畑があるだろ」
「はぁ、何言ってんだよ、その先は――」

 ザイドの言葉を振りきってヴレイは走った。
 丘の向こう側に見えた景色は、朝日を浴びて清々しく洗練された墓地だった。

「墓地だろ、前からそうじゃねえか」
「違う、畑だったはずだ。しかもどうしてこんなに沢山の墓石が」

 あーもおとザイドは心底呆れた声を放った。

「そりゃあ人が死ねば墓石も増える、そんなことより、早く行こうぜ」

 冷たい風が靡いて、足元の草花を撫でていく。
 半分苛立っているザイドはさっさと寺院へ向かった。いつまで眺めていても畑に変わるわけではないので、ヴレイもザイドの後を追った。
 寺院に着くなり、雑巾を持たされ、窓やら長椅子やらを拭かされた。要は大掃除要員として駆り出されたのだ。

「なあヴレイ、昼飯食い終わったら、隣町行こうぜ。ほら、先月から観に行きたいって言ってただろ」

 あれ、観に行ったんじゃなかったっけ。それともやっぱり夢だったのかな。

「でもまだ祭典の準備終わってないよ、抜け出したら怒られるよ」
「少し抜け出すだけだって、行こうぜ」

 幼い子供のようにザイドがせがんでくるのも珍しい。大抵はヴレイがザイドにせがむパターンが多いが、今日は逆になった。

「分かったよ、じゃあ早く飯食べちゃおうぜ」

 再び大掃除に没頭したヴレイとザイドは、昼飯をさっさと済ませ、「ちょっと出てくると」ザイドの母親に告げると、隣町までの一本道を競争で駆け下りた。

 褐色の瓦屋根は滑りやすかった。ヴレイは時々足を取られながら、前を走るザイドを懸命に追い駆けていた。ヴレイと同じ黒髪が、風でわさわさ動いているのが目についた。
 他の十五歳の子に比べるとザイドは長身だ。平均より低く、しかも二つ年下のヴレイはザイドの頭をいつも見上げていた。

 あれ、前にも見たような気がする。まるで正夢だと思った。
 屋根と屋根の間を飛び越え、密集している町の中心部へと近づく。
 町の小径からは、きゃあきゃあとはしゃぐ子供たちが、自分たちが向かっている方角と同じ方角へ走っていく。
 後ろからは大人たちも足早に、誰も彼もやたら楽しそうに同じ方角へ歩いていた。
 ザイドが屋根から屋根へ飛び移った。ヴレイも勢いに任せ塀の上へ飛び移る。

「おっと」とよろけてヴレイはバランスを立て直す。

「大丈夫か、もう直ぐだぞ」

 チラッと後ろを一瞥したザイドが走り出したので、ヴレイも従いて行く。
 今度は眼前に迫ってきた大人二人分の高さはある屋根へと、ザイドは飛び移った。
 少し高いなと、思ったヴレイは勢いに任せて、高く跳躍した。
 また滑りやすい瓦屋根のせいでヴレイは「おーっと」と今度こそ転びそうになった。が、瞬時にザイドがヴレイの手を掴んで引き寄せると、そのまま屋根の先端に掴ませてくれた。

「ふぅ、危なかった、ありがと、ザイド」
「お前は本当にドジだな」

 鼻で笑うザイドは本気で呆れていた。
 前にもこうやって呆れられた気がするが、毎度の顔だと思った。
 ヴレイとザイドの眼前には、薄茶色の煉瓦作りの建物に囲まれた広場があり、広場に描かれた絵柄が見えなくなるほどの群衆に埋め尽くされていた。
 広場の中央には劇場が作られ、今か今かと開演を待つ歓声に、自分の声さえも聞こえないほどだ。

「見たいって言ってただろ、お前の十三歳の誕生祝だ。すっげぇ、特等席だろ!」

 自慢げにザイドは口端を吊り上げてニッと笑ってみた。

「ありがと、さすがザイドだよ」声が震えて、動揺しているのが分かる。
「なんだよその不服そうな顔はーぁ」

 唇を尖らせたザイドがヴレイの頬を摘まんできた。

「いてててぇ、不服じゃないよ、本当に嬉しいって、よくこんな場所があるなんて知ってたな」
「だろ! 村から何度も通って、探したんだぜ」

 ザイドは得意げに笑って見せた。
 最近、学校が終わって早々、どこかに行っていた先はここだったのかと、ヴレイは納得した。
 あれ? やっぱりだ。前にも同じ会話をした気がする。

「ザイド、本当にありが――」
「おや? 先客がいたとは、君たちはこの町の子か?」

 突如訊ねられて、「えっ」と二人は声を揃えて振り返った。変な言葉遣いが耳についた。
 もしかして、と過った予感が見事に目の前にいた。
 黄金色の長い髪が印象的な、少女が立っていた。
 春を告げる強い横風が靡き、黄金色の髪を耳元で押さえた。
 花の刺繍がされたワンピースの下には、騎士のような動きやすい格好をしていた。上等そうな織物だという雰囲気は見れば分かる。
 二人は同時に言葉を失った。

「ん? どうしかたか? 訊ねておるのだが」
「え、ああ! 違うよ、この町の近くにあるヴァジ村から来たんだ。君は? ここの子?」

 ザイドが静止したままだったので、ヴレイが答た。
 珍しくザイドが大人しかった。いつもなら我先にと、相手に立ちはだかる性分の持ち主なのだが、不思議な現象だ。

「私はジェムナス都からだ。もうすぐこの北東領地に越すから、下見も兼ねてじゃ」
「じゃ? へぇ本国から来たんだ、俺はヴレイ、こっちはザイド、君は――」

 君は、ルピナだ。そうだ、君を知っている。と言うとした、ヴレイの言葉を遮り、劇場の舞台から花火が吹き上がった。
 昼の空に高々と吹き上がった花火は光の粒となって、太陽光を乱反射させた。
 花火に見とれている間に、いつの間にか舞台には純白のドレスを身に纏った女性が立っていた。女性は胸の前で手を合わせ、甲高い声色でのびやかに歌った。

 話の元は、実際に存在した魔獣族の王が、強大な『妖源力』を秘めた石を作ってしまい、その石を巡って各国が戦争を繰り広げた時代。石を手に入れた勝者が魔獣化して、世界を焼き尽くす。自分を責める魔獣族の王に、手を差し伸べる姫が登場する。

「なあ、この話に出てくる、力を秘めた石って、『魔獣の卵』のことじゃないか」
「ん? 何だそれ、あの石のことか? おとぎ話だろ、これ」

 困ったように眉毛を歪めたザイドの顔を見て、ヴレイも同じように困惑した。

「今日のために本でも読んだのか? お前、本好きだしな」
「そうじゃなくて、だからあれは――」言葉が出て来なくなった。

 最後に花火が舞台上から吹き上がり、喝采を浴びながら舞台は閉幕した。
 眼下では、割れんばかりの拍手が劇団員を送っていた。

「わぁ! すごかったの! また観られるのかの?」

 隣に座っていたその子は、物凄い速さで拍手を送っていた。

「また来年かな、劇ばかりじゃないよ、サーカスだってやるし」
「サーカス! 是非観たい! また一緒に観よう」

 キラキラ輝かせた碧眼で見つめられ、返事を飲み込んでしまった。

「ルピナ様! そんな所にいらしたのですかぁ!」

 歓声の中から声がすると思ったら、屋根の下から一人の女性が、こちらに向かって声を張り上げていた。周りの歓声やら雑音やらで、掻き消されまいと必死そうだ。

「皆が心配しておられます、降りて来てくださいませ」
「はいはい、分かっておる、今行く。それではな、彼の者たち。またいつか」

 ルピナは軽やかに屋根を駆けてゆくと、ふわっと髪を靡かせて、姿を消した。
 騒々しく去っていったルピナを見送った後、ザイドを見た。

「おい、ザイド、いつまで人形みたいに黙ってるんだよ」

 いつまでも静止状態のザイドの腕を「ねえ」と肘で突いた。

「おおっ、何だよ、聞いてるよ。俺たちも帰るぞ」

 よくよく見てみれば、ザイドの頬は風呂上りでもないのに火照っていた。
 ハッと気付いたヴレイは真相に気付き、「なるほどねぇ」とわざとらしく呟いた。

「なにがなるほねだ、ヴレイのくせに生意気だぞ」

 瓦の上で胡坐を掻いていたザイドは腕を組んだまま、スッと立ち上がった。

「あの子のこと、気になってるんだろ。好きになっちゃったとかぁ」
「何言ってんだ! このチビで、よわっちいヴレイのくせに」

 さっきまで固まっていたくせに、素早く動いた腕はヴレイの首を遠慮なく締め上げた。

「んん――」とヴレイは声にならない声で叫んで、ザイドの腕を叩いた。

 気絶寸前のところで開放され、瓦の上にヴレイは腕を突いて咳き込んだ。

「ったく相変わらず本気で締めるなよ、ルピナは皇女だぞ」

 残念だが、自分たちの身分であの子に手が届く日は、一生ないだろうとヴレイは悟る。

「それがなんだ。いつ何が起こるか分からねえだろ! ていうか皇女に対して呼び方が慣れなしいぞ」
「へぇ? そう? 気付かなかった」

 予想もしなかった言葉が返され、唖然と視線を落とした。

「俺はまた会いに行く、お前も来い」
「そうだな、行こうぜ、いつか。――いつかじゃない、今すぐ行こう」

 立ち上がったヴレイはザイドの腕を掴んで、「なあ」と促した。
 薄紺色の山々の峰には薄っすらと雪が被っていた。
 乾いた風が屋根の上を吹き抜け、ヴレイとザイドの黒髪を靡かせた。

「今すぐは無理だろ、もし行くとしても、俺の洗礼が終わってからだな。祭司継げるのは俺しかいねえし」
「ダメだ、洗礼はするな。村にも戻らない!」

 胸騒ぎがする。このまま村にいたら良くないことが起きる。
 さらに強く握ると、ザイドが拒絶するかのように、ヴレイの手を振りほどいた。
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