異世界の片隅と彼らの物語

立花 Yuu

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第五章〜フレイヤ国、エルム総督府〜

第一話

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 手に文を持った従者が足早に廊下を歩いていた。
 総督の執務室のドアを強めにノックすると、中から側近の返事があった。
 ドアを開けて、素早く中に入る。
 書類に目を通していたルピナは、傍で待っていた官吏に印を捺した書類を渡した。
 ドアの傍に立っていた従者に目を配ったルピナは、「参れ」と声を張った。
「はっ」と短く返事をした従者が側に寄ると、持っていた文を跪いて差し出した。

「本国のフレイヤ陛下からでございます。お急ぎルピナ総督のお耳に入れたい出来事があったようです」
「兄上から? 急ぎとは珍しい」

 受け取ったルピナは折り畳まれた手紙を開いた。
文を受け渡した従者は素早く立ち上がり、部屋から出て行った。
 簡単な前置きにさらっと目を通した後、掛かれていた本文に目を通すなり、ルピナは「まさか」と声が漏れた。まさか、こんなにも早く。

「ルピナ様、どうか致しましたか?」

 部屋の扉の側で待機していたルヴィが近寄って訊ねてきた。
 手紙を机の上に置き、ルヴィにも読ませた。

「ロマノ帝国の新王が即位されたのですね、やっとですね。ですが、まだ玉座を狙う者はいるかもしれませんね。政もまだしばらくは落ち着かないでしょうし――」
「それもそうじゃが、玉座に就いた者が、ザイド皇子なのじゃ。奴は『魔獣の卵』を手中に収めておる。つまり、大臣も官吏も反対勢力も、奴の前では跪くしかないのじゃ」

 事の重大さがやっと理解できたルヴィは白い顔をさらに青白くさせた。

「もしや『魔獣の卵』を脅しに使い、玉座を手に入れたと。ルピナ様の仮説では、『魔獣の卵』はとんでもない破壊力を秘めているとか」

『魔獣の卵』が秘めた『妖源力』はとんでもなく強大で、力を解放した際の威力は国一つが焼失しかねない程のエネルギーだと、ヴレイの上司に聞かされた。
 やはりザイドは『魔獣の卵』を盾に、皆を平伏させ玉座までも手に入れたのだ。

「そう遠くはないと思うておうたが、早かったな」
「しかし『魔獣の卵』は諸刃の剣も同然、そう易々と力を解放させるとは思えませんがーー」

 ルヴィは眉根を険しく寄せて、新王の動向を探ろうとしていた。だが、探るにもルヴィはザイドがどんな人物かを知らなすぎた。人のことは言えないなとルピナは、鼻で軽く笑った。
 背後の大窓に表を向けたルピナはエルムの町を眺望した。
 穏やかに生活を営むこの町が好きだ。この町をこれからも平穏に保つためには、上に立つ者が真っ先に民を守らなくてはいけない。

 ベフェナ国の残党が、ジルニクス帝国に『魔獣の卵』狙いで攻撃された意趣返しを、同盟国のフレイヤ、しかも北東領エルムに仕掛けられた惨劇は市民には申し訳なく思った。
 死者は出なかったものの、ロマノの新王即位は対岸の火事ではない。

『魔獣の卵』を保有しているザイドが相手だからこそ警戒しなくてはいけない。
 ロマノ帝国は隣国でもあり、ヴァジ村の近くに国境ゲートが設けられている。ロマノ帝国は商業国家でもあり国益も法も確立しているので、玉座が空席の間も、国政が荒れ、貧困で苦しむ民が国境ゲートから流入する事態はなかった。

「ザイドはもうこの世に未練がないのかもしれぬ。『魔獣の卵』を解放させ、『那托』と共にこの世から消える、ただそれだけを見ているのかもしれぬ」
「なら多くの人間を巻き添えにする必要はないのでは、ロマノの隣国である北東領地のエルムまで巻き沿いになってしまいます」

 訴えたい気持ちは分かるが、ここで訴えられても、どうにもならんけどなぁと腕を組んで苦い香草を奥歯で噛んだような気分でルヴィに笑顔を向けた。
 南中に差しかかろうとする陽射しに眩しさを覚えた時、ヴレイの顔を思い出した。
 ヴレイはザイドが玉座に就いた事実を把握しているのだろうか、ヴレイならザイドの行動をどう読むだろうか。

「そうじゃ、フレイヤ支部に行ってくる。確か王都ジェムナスの沿岸じゃったな、今から出れば明日の夜には着くであろう」
「えっ、ですが、何しに行かれるのですか、フレイヤ支部に」

 困惑するのも無理はないが、あたふたするルヴィをすり抜けようとしたが、立ちはだかれては強引には進めなかった。

「フレイヤ支部にはヴレイがおる。あ奴ならザイドの行動を分析できるかもしれん」
「本当にそれだけですか? ヴレイは軍人でありながら、ルピナ様を連れ回し――」
「そうではないと、申したじゃろ。あ奴がいなかったら、私もベフェナの攻撃にケガをしておったかもしれぬ。ルヴィ――」

 どうにか首を縦に振ってくれと、ルピナは懇願する想いでルヴィを見つめた。
 ルヴィのほうが肩の位置も高く、彼女の顔を見る時はいつも視線が上がる。

「ヴレイの件は、今回は目を瞑ります。ルピナ様を信じております」
「感謝する。ザイドがロマノの玉座に就いた以上、防衛のためにも先にできる策は打っておきたいのじゃ」

 ルヴィが道を開けてくれた。だが顔はまだ納得していないようで、眉間に皺を寄せていた。

「ルピナ様、急にそう言われましても、侍女に支度させます、それと午後からの接見はどうなされます」

 仕事柄口うるさい性分なのは仕方ないが、もう少し融通を効かせてほしいものだ。だがいつもそうして、傍から見守ってくれているルヴィの存在は、少々頼り切ってしまう癖がある。

「こんな場合の側近だろ、今後の対処はルヴィに任せる。侍女も護衛も要らぬ、私一人で行ってくる。安心せよ、君考案のローブを羽織ってゆく」

 クローゼットに歩み寄ったルピナは、勢いよく扉を開き、正面に掛けられたローブを取り出した。
 見た目は革製のローブだが、革以上のずっしりした重みがあった。内側が見えるように開いて、ルピナはローブの内側を飾る獲物に惚れ惚れした。

「これがあれば十人力じゃな、こんなこともあろうかと私のために精魂込めて作ってくれたのじゃろ? 優しいなルヴィは」
「そのように褒め称えてもこれ以上は何も出ませんよ」

 ルヴィは唇を尖らせ、眼を背けた。だが照れ隠しが丸見えで、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいだ。
 ローブの内側には、掌ほどの小刀がビッシリと張り付けられていた。短銃が収納されたガンホルダーは革製ベルトにくっ付けられ、ルピナはそのベルトを太腿に締めた。
 愛用の長剣は腰のベルトに下げ、ロングブーツに履き替えた。

「くれぐれも危険な真似はしませんように」
「分かっておる、エルムの国境ゲートからは鉄道を使う。ここまで装備しなくてもいいと思うが、君が心配するじゃろ」

 不意を突かれたという感じで、ルヴィは撫で下げていた眉をハッと持ち上げた。

「良くぞお分かりで」
「後は頼んだぞ」とまだ不安げなルヴィの肩を軽く叩き、部屋の扉を開けた。

 足取りが軽い。いつもの偵察で外出する時の気分より遥かに高鳴っていた。
 遠出をするから、ルヴィが外出許可を認めたから、どれとも当てはまらない。たぶん、理由は分かっているのだ。はやる想いを胸の中に押し込めた。
 軽く荷支度を済ませ、今度は金銭も忘れずに。ルピナは総督府を出て、町で一つしかない鉄道駅に向かった。
 葡萄と枯葉の香りが漂う風に背中を押され、煉瓦畳の道を駅に向かって足早に歩いた。

 エルムから出ている列車に乗り、途中で乗り換え、本国フレイヤの王都ジェムナスまで直通の夜行列車で向かう段取りだ。
 笑ってしまいそうな程良い道のりに、頬がにやけてしまいそうになった。
 いかんいかんと気を取り直して、見えてきた駅に向かって、ルピナは駆けた。
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