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小学生編
第1話
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世界はさまざまな性で溢れている。
男と女。α、β、Ω。そしてDom、Switch、Sub。
第1の性である男と女は5:5の割合でいるが、第2の性であるα、β、Ωは1:7:2の割合だ。
第2の性を簡単に説明すると、αは孕ませる側でありエリート体質。Ωは孕む側であり発情期のフェロモンでαを誘う。βはどちらにも属さない中間層だ。
αの女は卵子に加え精子も持っている。男のΩも同様に精子と卵子を持ち、そして子を孕む。第1の性に囚われない非常に複雑怪奇な性だ。
そして、第3の性にDom、Switch、Subがある。割合は2:6:2だ。
簡単に言えばSMプレイでの性の事で、DomはS側、SubはM側、Switchは両方の特徴を持つ。
DomはSubを支配したい欲求を持ち、Subに対する保護欲が強く、逆にSubはDomに支配されたい欲求を持ち、Domに尽くし褒められたい。
それぞれの欲求は本能的なもので、一定期間プレイをしなければ体調不良を引き起こす。そのため、第3の性に関しては幼少の頃よりパートナーをつくる事が多く、パートナーが居なくとも決まった友人知人と関係を持っている事が多い。
つまりなんだ、異世界に転生してきた俺にとって、この世界は混沌としていて、同時に刺激的で魅力のある世界だったわけだ。
────────────────────────
この世界の性のあり方が元の世界と違うことに気付いたのは、俺の母が男だったと知った瞬間だった。
母は綺麗な人だった。体型は華奢で性格は優しく、聖母マリアの如く母性的。胸の膨らみは小さいものだったが、確かに俺は母の母乳を飲んでいたし、この世界で最初に目にしたのも母だ。
何故だかよく分からないものの、転生したのならもう一度人生を楽しもうと思っていた矢先。一緒にお風呂に入ろうと母が服を脱いだそこにあった、一物。
当然目を疑ったし、もしかしたら二形というやつなのかもと疑った。しかし、成長するにつれ、あらゆる証言や物的証拠が男だと確定させた。
この世界において、母は男であり、Ωであり、Domである。毎日のように母とイチャつく父は、男であり、αであり、Subだ。
─────なんだそれ。
この世界の性に対する常識を学ぶ度に、気が遠くなりそうになる。
聞いた話によれば、母と父は幼馴染で、幼稚園の頃からずっと一緒にいたらしい。DomやSubが目覚めたのは小学校高学年の頃。仲の良かった2人は流れるようにパートナーになったそうだ。
そして、中学3年のダイナミクスの検査において、父がα、母がΩであることが判明。恋心を抱き始めていた2人はそのまま付き合い始め、高校卒業と同時に父からプロポーズ。結婚し、そして俺が誕生した。
この世界においては、これが1番いい流れなのだとか。中にはαとΩで結婚したものの、SMのパートナーは別でそれがトラブルの種になる等よくある話なのだそう。
だからと言って、それがこの世界における常識なのだから、君もそれに則りなさいと言われ、すぐに「はい」とは頷けない。
まずもって、SMプレイからして俺はあまり受け入れられていないのだ。
─────なんというか、気恥ずかしいし…。
顔を赤らめ、潤んだ瞳で相手を見つめ、Domが命令した『Kneel』というコマンドに従い、床に座るSubの男の子。対し、「Good boy」「良い子」と惚けた顔で褒めるDomの女の子。
ここは小学校の校内で、今まさに教室で繰り広げられるそのプレイを目の当たりにすれば、幸せそうではあるものの、何故だか気恥ずかしくなってしまう。
まだ俺がSMの性に目覚めていないからそう思うのかもしれないが、こんなふうにプレイをしている瞬間をクラスメイトに見られる事に俺はおそらく耐えられない。
Domならまだいい。自身が命令するのだから、場所を変えるなりなんなりすればいい。だがSubだった場合、Subの性としてDomの命令に嫌でも従ってしまう傾向がある。
SubはDomに従い、尽くし、褒められたい。それが本能としてあるからだ。
あらかじめセーフワードというものを決め、Subがセーフワードを言えば中止するという取り決めはあるが、よっぽどの事でない限りSubはDomに尽くそうとする。
Domの命令であれやこれやさせられて、酩酊状態になって惚けたり時に官能的になる場面を
俺は友人知人に見られたくない。絶対に見られたくない。
俺にだってちっぽけなプライドというものがある。もしそんな場面を見られでもしたら、プライドはズタズタに引き裂かれて登校拒否をするだろう。
それに───、と想いを募らせていると、前の席に座っている男友達の速水洋介がこちらを向いた。
「なあ、シュウ。お前まだ目覚めてねーの?」
なにが───、とは言わない。このSMの性については、幾度となくクラスメイトみんなが話題にあげているからだ。
小学6年生の教室内、今月だけでもクラスメイト5人がSMの性に目覚めている。
「まだだよ。昨日も聞いただろそれ。そんなに俺の性が気になるか?」
「そりゃまあ。シュウがSubかSwitchなら俺とプレイ出来んじゃん?楽しみにしてんだけどな」
「ほざけ」
こいつは自分がDomだからと余裕綽々だ。俺がSubとしてプレイする事を嫌がっているのを知っているくせに、わざと挑発的な物言いをして揶揄ってくる。
それでも幼少期の頃から一緒にいて気の置ける間柄だから、怒ったりはしないが。
「ま、実際Subになったらなったで、お前の望むようなプレイをしてやるから安心しろよ」
「…有難いが、なんか腹立つ」
やっぱ一発ぶん殴ろうか、そんなことを冗談で考えた矢先だった。
─────ダァンッ。
教室の入り口の引き戸を殴ったような激しい音が響き渡った。みんなの視線が入口付近に立つ1人の男子生徒──掛水しげる──に集中する。
「ヒッ……」
誰かの引き攣った声が聞こえたと同時に、クラス内にいるSub数人が床に跪く。どうやら膝が震えて立てなくなったようだ。
───『Glare』か、と独り分析する。
Glareとは、Subが恐怖や威圧を感じるDomのみに出せるオーラのようなものだ。俺はまだ性に目覚めていないからよく分からないが、行き過ぎるとSub dropというSubの緊張や不安が高まり、疲労感や虚無感を覚え、最悪死に至るような現象を引き起こす。
「鬱陶しいんだよ!もう放っとけよオレのことは!」
「ご、ごめ…」
「あーもうイライラする!お節介なんだよ!プレイしようがしまいが、オレの勝手だろ!」
怒鳴られているのはクラスの委員長であるSwitchの一ノ瀬夏海だ。Sub寄りのSwitchである一ノ瀬は、掛水のGlareを直接浴びてSub drop寸前だった。
「おい、ちょっと待てよ」
俺の前の席に座っていたDomの速水が立ち上がって前に出る。
「なんで怒ってるのか知んねーけど、とりあえずGlareはやめとけ。Glareが弱いとはいえ、警察沙汰になんぞ」
「──ッ、こいつがお節介やいてくんのが悪いんだよ!こっちはプレイしないって何度も言ってんのに!数週間プレイしなくても体調不良になんてなってねーし!」
「…お前、まだプレイしてなかったのか。体調不良になってなくとも、そうやってGlareを撒き散らしてるの見ると、精神的にはだいぶキツかったんじゃねーの?」
「ッ、うっせぇな!オレの勝手だろ!」
「勝手でもなんでも、周りに被害が出てりゃダメだろうがよ」
でも──、と尚も言い募ろうとする掛水に、速水は睨みを利かせる。
「──ッ」
瞬間、掛水は喉を引き攣らせ、膝が震えたのか床に跪いた。
DomによるGlareの掛け合いだ。DomはDomでもランクというものがあり、より強いDom性によって放たれるGlareは、時にDomさえも跪かせる。
そうしてどちらが強いかを肌で感じ、Dom同士で支配され支配する。本来、支配したい欲求を持つDomにとって、支配されることは屈辱的な行為だ。Domの誰もが跪くことを嫌い、弱いDomはできる限りDom同士の争いを拒む。この世の中はそうやって出来ている。
「あんま人様に迷惑かけんじゃねーよ。委員長だって、お前の体調を気にかけて声掛けてただけだろ。そんなになるまでプレイを拒んだお前が悪い。とりあえずどっかでプレイして欲を発散するまで学校来んじゃねぇ」
そう言い捨てて、速水は委員長である一ノ瀬に声を掛けた。どうやらAfter careをするようだ。
After careとは、Domからお仕置きを受けたSubに対し、褒めてあげる等、Subが本能的に望むことをしてプレイの中で信頼関係を築き、Subのメンタルを保つ行為のことである。
「Good Girl。良い子だ」
掛水がクラスを出て行ってから数分。クラス内は落ち着きを取り戻しつつあり、ケアを終えた速水が席に戻ってきた。
「おつかれ」
簡単に労りの言葉をおくる。
「おう。昼休みで先生いないから焦ったぜ。なんでこんな時に限っていないかな、あの先生」
「いても先生Subだから、ほぼ意味なかったんじゃないか?」
「それもそうか。…うげぇ、焦ってたから俺が直接対応しちったけど、今となっては他のDomの先生呼びに行った方が良かったんじゃ…」
「…まあ、そのあたりはなるようになるだろ」
「お前、他人事だと思って…」
恨めしそうに俺を見る速水を傍目に、この世界の性について改めて思う。
SMの性だけでも複雑怪奇なのに、これから先数年後には、第2の性であるα、β、Ωも絡んでくるという。
───めんどくせえ。
俺は心の内でそう独りごちた。
────────────────────────
「ねぇ、速水くん。今度一緒にプレイしてくれない?最近、欲求不満なの」
「もちろん、いいとも。いつにする?」
小学6年の冬休みを終え、3学期が始まった教室内。欲求を募らせた生徒同士がプレイをしようと声を掛け合っている中、俺はいまだに性に目覚めてはいなかった。
(ひょっとして、俺が転生者だからそういうのも無い、とか?)
変な憶測が頭をよぎるが、遅咲きである可能性も否定できない。世の中には中学生になってからSMの性に目覚める人もいるそうだから、きっと遅かれ早かれ目覚めは来るだろう。
(このまま目覚めなければいいのに)
そう何度も願ったが、この世は性と共にある。この世界で生まれた俺も、その性の枠組みに入るのは必然だ。
DomでもSubでもSwitchでも、なってしまえばそれに則るしかない。プレイを我慢をすれば体調を崩すし、Domであれば先の掛水のように精神が不安定になり周りに被害が及ぶ。
───もうどうにでもなれ、と最近は少し投げやりな気持ちが強くなっていた。
「なあ、シュウ。お前も行くだろ?」
そんな思考を断ち切るように、速水が俺に声をかけてくる。
「───…どこに?」
「お前、話し聞いてたか?今度、俺たちが進学する中学での交流会。中学には他の小学校から入学してくる奴もいるし、そいつらと今から交流しとくのも悪かないだろ?中学の生徒会の人らも来るみたいで、いろいろ話は聞けるだろうしな。もしかして忘れてたか?」
「そういや、そんな話もあったな」
「で、お前も行くだろ?参加は自由だけど、どんな奴らがいるか見ときてえし。今から仲良くなっとくのも悪かねえ」
「まあ、お前が行くなら一緒に行く」
「やり。じゃあ今度待ち合せて一緒に行こうぜ。掛水とか一ノ瀬たちも来るってよ」
「そうか」
掛水はあれから数日学校を休んだが、プレイによって精神的に落ち着きを取り戻し、再び学校にやってきた。
気まずそうな雰囲気を纏っていたが、あれだけの事があったにも関わらず、委員長として見かねた一ノ瀬が甲斐甲斐しく世話を焼き、いつの間にかクラスメイトとも打ち解けていた。
一ノ瀬様々だ。懐が大きくお節介焼きなところもあって、一ノ瀬はクラスの委員長を務めているし、クラスメイトは一ノ瀬を認めている。
まあ、一ノ瀬としては掛水に対し恋心の様なものを抱いている節があるから、それだけでもないようだが。
ちなみに、あの事件は先生とご両親からのお叱りのみで事なきを得た。先生はそれぞれのご両親への説明にだいぶ胃を痛めたそうだが、性において未熟な小学生が起こした事件だ。事をそう大きくするものではないし、それぞれのご家庭も理解を示してくれたそう。
あの事件から目の下に隈をこしらえ、死んだ魚のような目をしていた先生が、少しずつ回復に向かう様を見て、自分の事のように嬉しく思ったのはまだ記憶に新しい。
「ところで、まだなのか?シュウ」
「まだだよ」
何度目ともなるこのやり取り。既に100は超えているかもしれない。
「早く目覚めろよ。俺はいつでも待ってるからさ」
「待つな」
もしかしたら、この期待が俺が目覚めない原因なのでは。そんな事を冗談にも思っている事を知らず、速水は俺に笑顔を向けて言う。
「楽しみだな。交流会」
「そうか?」
「そうだろ」
そんな速水に、俺は薄く笑って返した。
男と女。α、β、Ω。そしてDom、Switch、Sub。
第1の性である男と女は5:5の割合でいるが、第2の性であるα、β、Ωは1:7:2の割合だ。
第2の性を簡単に説明すると、αは孕ませる側でありエリート体質。Ωは孕む側であり発情期のフェロモンでαを誘う。βはどちらにも属さない中間層だ。
αの女は卵子に加え精子も持っている。男のΩも同様に精子と卵子を持ち、そして子を孕む。第1の性に囚われない非常に複雑怪奇な性だ。
そして、第3の性にDom、Switch、Subがある。割合は2:6:2だ。
簡単に言えばSMプレイでの性の事で、DomはS側、SubはM側、Switchは両方の特徴を持つ。
DomはSubを支配したい欲求を持ち、Subに対する保護欲が強く、逆にSubはDomに支配されたい欲求を持ち、Domに尽くし褒められたい。
それぞれの欲求は本能的なもので、一定期間プレイをしなければ体調不良を引き起こす。そのため、第3の性に関しては幼少の頃よりパートナーをつくる事が多く、パートナーが居なくとも決まった友人知人と関係を持っている事が多い。
つまりなんだ、異世界に転生してきた俺にとって、この世界は混沌としていて、同時に刺激的で魅力のある世界だったわけだ。
────────────────────────
この世界の性のあり方が元の世界と違うことに気付いたのは、俺の母が男だったと知った瞬間だった。
母は綺麗な人だった。体型は華奢で性格は優しく、聖母マリアの如く母性的。胸の膨らみは小さいものだったが、確かに俺は母の母乳を飲んでいたし、この世界で最初に目にしたのも母だ。
何故だかよく分からないものの、転生したのならもう一度人生を楽しもうと思っていた矢先。一緒にお風呂に入ろうと母が服を脱いだそこにあった、一物。
当然目を疑ったし、もしかしたら二形というやつなのかもと疑った。しかし、成長するにつれ、あらゆる証言や物的証拠が男だと確定させた。
この世界において、母は男であり、Ωであり、Domである。毎日のように母とイチャつく父は、男であり、αであり、Subだ。
─────なんだそれ。
この世界の性に対する常識を学ぶ度に、気が遠くなりそうになる。
聞いた話によれば、母と父は幼馴染で、幼稚園の頃からずっと一緒にいたらしい。DomやSubが目覚めたのは小学校高学年の頃。仲の良かった2人は流れるようにパートナーになったそうだ。
そして、中学3年のダイナミクスの検査において、父がα、母がΩであることが判明。恋心を抱き始めていた2人はそのまま付き合い始め、高校卒業と同時に父からプロポーズ。結婚し、そして俺が誕生した。
この世界においては、これが1番いい流れなのだとか。中にはαとΩで結婚したものの、SMのパートナーは別でそれがトラブルの種になる等よくある話なのだそう。
だからと言って、それがこの世界における常識なのだから、君もそれに則りなさいと言われ、すぐに「はい」とは頷けない。
まずもって、SMプレイからして俺はあまり受け入れられていないのだ。
─────なんというか、気恥ずかしいし…。
顔を赤らめ、潤んだ瞳で相手を見つめ、Domが命令した『Kneel』というコマンドに従い、床に座るSubの男の子。対し、「Good boy」「良い子」と惚けた顔で褒めるDomの女の子。
ここは小学校の校内で、今まさに教室で繰り広げられるそのプレイを目の当たりにすれば、幸せそうではあるものの、何故だか気恥ずかしくなってしまう。
まだ俺がSMの性に目覚めていないからそう思うのかもしれないが、こんなふうにプレイをしている瞬間をクラスメイトに見られる事に俺はおそらく耐えられない。
Domならまだいい。自身が命令するのだから、場所を変えるなりなんなりすればいい。だがSubだった場合、Subの性としてDomの命令に嫌でも従ってしまう傾向がある。
SubはDomに従い、尽くし、褒められたい。それが本能としてあるからだ。
あらかじめセーフワードというものを決め、Subがセーフワードを言えば中止するという取り決めはあるが、よっぽどの事でない限りSubはDomに尽くそうとする。
Domの命令であれやこれやさせられて、酩酊状態になって惚けたり時に官能的になる場面を
俺は友人知人に見られたくない。絶対に見られたくない。
俺にだってちっぽけなプライドというものがある。もしそんな場面を見られでもしたら、プライドはズタズタに引き裂かれて登校拒否をするだろう。
それに───、と想いを募らせていると、前の席に座っている男友達の速水洋介がこちらを向いた。
「なあ、シュウ。お前まだ目覚めてねーの?」
なにが───、とは言わない。このSMの性については、幾度となくクラスメイトみんなが話題にあげているからだ。
小学6年生の教室内、今月だけでもクラスメイト5人がSMの性に目覚めている。
「まだだよ。昨日も聞いただろそれ。そんなに俺の性が気になるか?」
「そりゃまあ。シュウがSubかSwitchなら俺とプレイ出来んじゃん?楽しみにしてんだけどな」
「ほざけ」
こいつは自分がDomだからと余裕綽々だ。俺がSubとしてプレイする事を嫌がっているのを知っているくせに、わざと挑発的な物言いをして揶揄ってくる。
それでも幼少期の頃から一緒にいて気の置ける間柄だから、怒ったりはしないが。
「ま、実際Subになったらなったで、お前の望むようなプレイをしてやるから安心しろよ」
「…有難いが、なんか腹立つ」
やっぱ一発ぶん殴ろうか、そんなことを冗談で考えた矢先だった。
─────ダァンッ。
教室の入り口の引き戸を殴ったような激しい音が響き渡った。みんなの視線が入口付近に立つ1人の男子生徒──掛水しげる──に集中する。
「ヒッ……」
誰かの引き攣った声が聞こえたと同時に、クラス内にいるSub数人が床に跪く。どうやら膝が震えて立てなくなったようだ。
───『Glare』か、と独り分析する。
Glareとは、Subが恐怖や威圧を感じるDomのみに出せるオーラのようなものだ。俺はまだ性に目覚めていないからよく分からないが、行き過ぎるとSub dropというSubの緊張や不安が高まり、疲労感や虚無感を覚え、最悪死に至るような現象を引き起こす。
「鬱陶しいんだよ!もう放っとけよオレのことは!」
「ご、ごめ…」
「あーもうイライラする!お節介なんだよ!プレイしようがしまいが、オレの勝手だろ!」
怒鳴られているのはクラスの委員長であるSwitchの一ノ瀬夏海だ。Sub寄りのSwitchである一ノ瀬は、掛水のGlareを直接浴びてSub drop寸前だった。
「おい、ちょっと待てよ」
俺の前の席に座っていたDomの速水が立ち上がって前に出る。
「なんで怒ってるのか知んねーけど、とりあえずGlareはやめとけ。Glareが弱いとはいえ、警察沙汰になんぞ」
「──ッ、こいつがお節介やいてくんのが悪いんだよ!こっちはプレイしないって何度も言ってんのに!数週間プレイしなくても体調不良になんてなってねーし!」
「…お前、まだプレイしてなかったのか。体調不良になってなくとも、そうやってGlareを撒き散らしてるの見ると、精神的にはだいぶキツかったんじゃねーの?」
「ッ、うっせぇな!オレの勝手だろ!」
「勝手でもなんでも、周りに被害が出てりゃダメだろうがよ」
でも──、と尚も言い募ろうとする掛水に、速水は睨みを利かせる。
「──ッ」
瞬間、掛水は喉を引き攣らせ、膝が震えたのか床に跪いた。
DomによるGlareの掛け合いだ。DomはDomでもランクというものがあり、より強いDom性によって放たれるGlareは、時にDomさえも跪かせる。
そうしてどちらが強いかを肌で感じ、Dom同士で支配され支配する。本来、支配したい欲求を持つDomにとって、支配されることは屈辱的な行為だ。Domの誰もが跪くことを嫌い、弱いDomはできる限りDom同士の争いを拒む。この世の中はそうやって出来ている。
「あんま人様に迷惑かけんじゃねーよ。委員長だって、お前の体調を気にかけて声掛けてただけだろ。そんなになるまでプレイを拒んだお前が悪い。とりあえずどっかでプレイして欲を発散するまで学校来んじゃねぇ」
そう言い捨てて、速水は委員長である一ノ瀬に声を掛けた。どうやらAfter careをするようだ。
After careとは、Domからお仕置きを受けたSubに対し、褒めてあげる等、Subが本能的に望むことをしてプレイの中で信頼関係を築き、Subのメンタルを保つ行為のことである。
「Good Girl。良い子だ」
掛水がクラスを出て行ってから数分。クラス内は落ち着きを取り戻しつつあり、ケアを終えた速水が席に戻ってきた。
「おつかれ」
簡単に労りの言葉をおくる。
「おう。昼休みで先生いないから焦ったぜ。なんでこんな時に限っていないかな、あの先生」
「いても先生Subだから、ほぼ意味なかったんじゃないか?」
「それもそうか。…うげぇ、焦ってたから俺が直接対応しちったけど、今となっては他のDomの先生呼びに行った方が良かったんじゃ…」
「…まあ、そのあたりはなるようになるだろ」
「お前、他人事だと思って…」
恨めしそうに俺を見る速水を傍目に、この世界の性について改めて思う。
SMの性だけでも複雑怪奇なのに、これから先数年後には、第2の性であるα、β、Ωも絡んでくるという。
───めんどくせえ。
俺は心の内でそう独りごちた。
────────────────────────
「ねぇ、速水くん。今度一緒にプレイしてくれない?最近、欲求不満なの」
「もちろん、いいとも。いつにする?」
小学6年の冬休みを終え、3学期が始まった教室内。欲求を募らせた生徒同士がプレイをしようと声を掛け合っている中、俺はいまだに性に目覚めてはいなかった。
(ひょっとして、俺が転生者だからそういうのも無い、とか?)
変な憶測が頭をよぎるが、遅咲きである可能性も否定できない。世の中には中学生になってからSMの性に目覚める人もいるそうだから、きっと遅かれ早かれ目覚めは来るだろう。
(このまま目覚めなければいいのに)
そう何度も願ったが、この世は性と共にある。この世界で生まれた俺も、その性の枠組みに入るのは必然だ。
DomでもSubでもSwitchでも、なってしまえばそれに則るしかない。プレイを我慢をすれば体調を崩すし、Domであれば先の掛水のように精神が不安定になり周りに被害が及ぶ。
───もうどうにでもなれ、と最近は少し投げやりな気持ちが強くなっていた。
「なあ、シュウ。お前も行くだろ?」
そんな思考を断ち切るように、速水が俺に声をかけてくる。
「───…どこに?」
「お前、話し聞いてたか?今度、俺たちが進学する中学での交流会。中学には他の小学校から入学してくる奴もいるし、そいつらと今から交流しとくのも悪かないだろ?中学の生徒会の人らも来るみたいで、いろいろ話は聞けるだろうしな。もしかして忘れてたか?」
「そういや、そんな話もあったな」
「で、お前も行くだろ?参加は自由だけど、どんな奴らがいるか見ときてえし。今から仲良くなっとくのも悪かねえ」
「まあ、お前が行くなら一緒に行く」
「やり。じゃあ今度待ち合せて一緒に行こうぜ。掛水とか一ノ瀬たちも来るってよ」
「そうか」
掛水はあれから数日学校を休んだが、プレイによって精神的に落ち着きを取り戻し、再び学校にやってきた。
気まずそうな雰囲気を纏っていたが、あれだけの事があったにも関わらず、委員長として見かねた一ノ瀬が甲斐甲斐しく世話を焼き、いつの間にかクラスメイトとも打ち解けていた。
一ノ瀬様々だ。懐が大きくお節介焼きなところもあって、一ノ瀬はクラスの委員長を務めているし、クラスメイトは一ノ瀬を認めている。
まあ、一ノ瀬としては掛水に対し恋心の様なものを抱いている節があるから、それだけでもないようだが。
ちなみに、あの事件は先生とご両親からのお叱りのみで事なきを得た。先生はそれぞれのご両親への説明にだいぶ胃を痛めたそうだが、性において未熟な小学生が起こした事件だ。事をそう大きくするものではないし、それぞれのご家庭も理解を示してくれたそう。
あの事件から目の下に隈をこしらえ、死んだ魚のような目をしていた先生が、少しずつ回復に向かう様を見て、自分の事のように嬉しく思ったのはまだ記憶に新しい。
「ところで、まだなのか?シュウ」
「まだだよ」
何度目ともなるこのやり取り。既に100は超えているかもしれない。
「早く目覚めろよ。俺はいつでも待ってるからさ」
「待つな」
もしかしたら、この期待が俺が目覚めない原因なのでは。そんな事を冗談にも思っている事を知らず、速水は俺に笑顔を向けて言う。
「楽しみだな。交流会」
「そうか?」
「そうだろ」
そんな速水に、俺は薄く笑って返した。
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