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小学生編

第3話

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「──父さん、また仕事?」

深夜1時を過ぎる頃。リビングの物音で目覚めた俺は、寝そべっていた布団からゆっくり起き上がる。眠気眼でリビングへの扉を開けば、スーツを着る父がいた。

「ああ、職場から連絡があってな。行ってくるよ」

口早に答えて、荷物を持って玄関に向かう父。

「秀斗、いい子にしてるんだぞ。頼むから問題だけは起こしてくれるな。職場に迷惑はかけられん」

「──…分かってる。行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」

ドアが閉まる音と同時に、父の急ぐ足音が遠ざかっていく。

シン──…、と静まり返る室内。



いつからか、父は仕事にのめり込むようになった。

家に帰ってくるのは2、3日に1度。それも数時間のみだ。その他の時間は全て仕事に宛がっているため、家事や育児は家政婦の紗枝さんに任せ切り。

別に俺はそれを寂しいとは思わないし、育児放棄だと怒ったりもしない。



時計を見て、再度眠りにつく事に決める。ベッドにもぐり、リモコンで電気を消せば真っ暗だ。



───まあ、あれだ。

寂しいとは思わないが、───ただ、父の精神がもがき苦しむ姿が透けて見えて、自分の事のように少し苦しく思うのだ。



───────────────────



「おはよ」

「おう、シュウ。おはようさん」

教室に入ってすぐ、クラスの女子と話していた速水を見つけて挨拶を交わす。

んじゃ、後でな──、とプレイの約束でもしていたのか、女子に手を振って俺に付いてくる。

「昨日はおつかれさん」

「……ほんとにな」

クラスの視線が俺たちに集まっているのを感じる。Domが1人増えているのを肌で感じたのだろう。時間が経てば落ち着くだろうし、あまり気にすることはない。

「それが昨日言ってたやつか」

俺の右手首のブレスレットに視線を送りながら速水が言う。

速水には昨日の事を電話で全て話していた。

「で、1週間に1度行くって?」

「ああ、そうした方が俺の為でもあるんだと」

「ほーん」

つまんねぇ、とでも言うような顔で俺を見る速水。

「あーあ、恥ずかしがるSubのお前を弄ぶDomの俺っつープランがコレでおじゃんだ」

「お前サイテーだな」

メソメソと泣くフリをする速水に俺は冷ややか視線を送っていると、一ノ瀬と掛水が近づいてきた。

掛水に関しては、一ノ瀬に引っ張られて来た、の方が正しいが。

「やっほ。夏目くんってDomだったんだね」

「…ああ。一ノ瀬は、掛水引っ張って来てどうしたんだ?」

「あー、なんか夏目くん見てビビってたから…」

一ノ瀬の言葉にチラッと掛水に視線をやれば、ビクッと方を震わせる掛水。

「し、仕方ないだろ?な、夏目のDom強すぎんだよ……」

声を震わせて訴える掛水に、一ノ瀬が呆れた目をして言う。

「別に人が変わった訳じゃないんだから、気にしなくていいんじゃない?そういうの」

「そ、そうだけど…ビビるもんはビビるんだって…」

掛水のDomの本能が、敵対するな、近寄るなとでも叫んでいるのだろうか?

俺は掛水の様子を見て、冷静に考えを巡らせる。

「あーもうシャキッとしなよ。Domが情けない」

「ぐっ──」

情け容赦ない一ノ瀬の言葉に、掛水のHPが大幅に削れたようだ。

───これじゃどっちがDomか分からんな。

そんな二人のやり取りに速水と苦笑していると、遠巻きに見ていた女子生徒の1人が俺たちの元へとやってきた。

「ねえ、夏目くん」

声をかけてきたのは、速水と並びこのクラスのカースト上位にいる西野香にしのかおりだ。黒髪のショートボブで、クラスの女子の中でも一番可愛いと言われているBランクのSub。

このクラス内では1番Subのランクが高い。

「どうしたんだ、西野」





「あのさ、良かったら今度プレイしない?」





その言葉に、ザワッ、と教室が少し揺れた。

「えっ、お前俺としかプレイしないんじゃなかったのか?」

近くにいた速水が少し驚いたように問う。

その気持ちは分かる。このクラス内では有名な話で、西野は速水としかプレイをしないと公言していたからだ。

他のDomやDom寄りのSwitchからの誘いは全て断わっていた所を何度か目にしている。

なんの風の吹き回しか知らないが、俺の目の前には確かに西野がいて、西野は俺を見てそう言った。

「まあ、何となく、かな。夏目くんとならプレイしてみるのも良いかもって思ってさ」

そう言って微笑む西野対し、「なんじゃそら」と豆鉄砲を食らったような顔で速水は返す。

西野は俺に熱い目線を送ってきた。

「えっと、ダメ?」

「いや、別にいいが……」

そう答えるや否や、「やった!ありがとう。楽しみにしてるね」と西野は喜びの感情を表す。

「でも、教室でするのは勘弁してくれ。せめて人がいない別室がいい」

「もちろん。私は何処でだって良いから、また何時でも声かけてよ」

それじゃ、と笑顔で手を振って友達の元へ行く西野。さっそく俺とのプレイの話題で友達と花を咲かせているようだった。

「あの西野がねえ……。どういう風の吹き回しだよ」

「知らね」

どこか怪しむような速水の言葉に、俺はあまり深く考えないようにして端的に答えた。



─────────────────



「ぁ……もぅ……ぃっぱ……」

酩酊状態で自分の身体すら支えられなくなり、しなだれ掛かってくる西野を抱きしめる。

「Good Girl。……もうやめようか」

「は……あぅ……ンんっ……」

もはや意味のある言葉すら発せなくなった西野の髪を撫で、身体を横にしてやった。



───正直、西野を相手にプレイして、欲情を全て発散させられたかと言われれば、答えは否だ。

幸せでいっぱいの西野の顔を見ながら、最低な事を考える。

三島さんの言うとおりだ。俺の強すぎる欲情は、どうやら西野たちには重すぎるようで、欲求不満のままプレイが終了してしまう。

プレイ中はもちろん相手を愛しく思うし、コマンドに従ってくれれば強い快感を得られる。だが、こうも不完全燃焼だと、俺から相手にプレイをしようと声を掛ける気持ちにはどうしてもなれなかった。

「ぁ……な、つめくん……」

少し休んで酩酊状態が冷めてきたのだろうか。西野は俺を惚けた状態で見つめる。

「すっ……ごく、気持ち良かった……ぁりがとう」

「いや、こちらこそ」

欲求不満ではあるが、プレイ中は俺も気持ち良かったのに変わりはない。

西野の頭を優しく撫でて、俺は西野の額にキスを落とした。

西野は擽ったそうに目を閉じて、笑みをこぼす。

「ふふ……また、今度、プレイしてくれる……?」

西野の言葉に、俺は一瞬言葉を詰まらせたが、プレイした相手を愛しく思う気持ちも俺の中に確かにあった。

「ああ、もちろん」

薄く笑んだ俺の顔を見て、「ありがとう」と西野は嬉しそうに笑った。




──────────────────




西野香にとって、プレイをする相手のDomはステータスの1種だった。

クラス内でも高いSubとしての誇りは、ランクの低いDomを相手にすることを良しとはしない。

これは西野がまだSubとして目覚める前の話だ。

西野は今でこそクラスのカースト上位に君臨しているが、Subとして目覚める前は中間層がせいぜい。あまり目立つような事もなく、平均的な生徒であった。

幼い頃から承認欲求というものが強かったが、勉強が得意な方ではなかったし、身体能力だって平均的。

唯一顔だけは良かったが、それだけだ。

頑張っても褒めてもらえるような事は少なく、家族はαとして優秀な姉に付きっきり。

誰からも認めて貰えない。そんな風に感じることが多く、西野の承認欲求は満たされずにいた。

それがどうした事だろうか。高ランクSubとして目覚めた瞬間から、西野に向ける周りの視線が明らかに異なって見え始めた。

Subはランクが高ければ高いほど、庇護欲を刺激する。それを実感したのは、目覚めてからそこまで月日が経っていない頃だ。

周りが西野をチヤホヤと甘やかし始め、果てには今まで見向きもされなかったのに、クラスのカースト上位にいる速水からプレイへのお誘いが来たのである。

西野は歓喜した。高ランクSubとして目覚めるだけで、こんなにも周りから可愛がってもらえる。認めてもらえる。守ってもらえる。

それが何より嬉しく、同時に、それは西野の自尊心を高く高く育てて行った。

もともと承認欲求が高い西野である。他のSubと同じような扱いは当然のごとく我慢ならないし、庇護してくれるDomにとって、西野が1番価値のあるSubでありたい。他の誰よりも西野を守って褒めて可愛がって、そして支配欲を向けてほしい。

西野は高位ランクのSubだ。放っておいても他のSubの子より庇護欲を駆り立てる事は出来るが、自分より高いランクのSubが現れればその地位も揺らいでしまう。

そう考えた西野がとった行動は、“価値のある私をつくる”という事だった。

ランクが低いDomには身を委ねず、クラスでもランクが1番高いDomのみにプレイする事を許す。そうする事で、相手になるDomは西野に対する独占欲を感じるし、誰彼構わずプレイする人より、確実に可愛がって守ってもらえることは必然。

ランクの低いDomはダメだ。より高位のDomが出てきた時、必ず守ってもらえる保証は無いからだ。

そうして西野は計画を実行した。すると、どうだろう。速水との関係を続けていると、副産物として、いつの間にかクラスのカースト上位の位置に立っている事に気付いた。

速水が元より、カースト上位にいる生徒だった為である。

西野が速水との関係を繰り返す内、自然と周りは“速水に近しい人物”として西野を認識していた。

カースト上位の人物の周りにいる生徒は、必然、クラス内のカーストが引き上げられる。

その事に気付いた西野は、より自尊心を加速させることになる。

周りがカースト上位にいる西野に一目を置き、西野が何か意見を言えば、その意見は尊重されるし、意見の殆どがクラスの総意として認められた。

支配する側のDomさえも、高位ランクのDomと特別な関係を持つ西野にはあまり強く言えず、西野の意見に流されてくれる。

西野はこれが嬉しかった。今までの認めてもらえない自分とは違って、何をするにも西野中心で、周りに認めてもらえて、尊重されて、大事にされる。

それが今の西野であり、西野にとって、これは絶対に手放すことが出来ない価値のあるものとなったのだ。

カースト上位を維持し、そして高位のDomと特別な関係を築く。それこそが西野の生きる道なのである。






だから、西野は夏目という高位ランクのDomにプレイを求めた。

肌で感じる、速水より高位のDom性。逃すなんてもっての他。必要なら速水との関係を切ってもいい。

これ以上ない程の高位のDomが特別視するSubは、きっと誰からも一目置かれ、そして大事にされるだろう。




それに───…、と夏目をプレイに誘った直後、西野は思う。

(隠してるつもりだろうけど、やっぱりみんな高位ランクのDomの庇護が欲しいんじゃん)

クラス内にいるSubやSwitchの熱い視線が、夏目に注がれている。



DomはGlareを放つことが出来る。それによるSub dropはSub側の人間が1番警戒している事だ。

よっぽど仲が良くなければSubはいつもDomのご機嫌を伺い、Domの不興を買うことのないように接する。

そして、その奉仕の先に待つDomからの庇護を得たいと願うのがSubという生き物である。

もし、Domから危害が加えられた時、その相手を打ち負かして守ってくれる絶対的高位のDomの庇護が得られたなら──。

それはドラマでもよくある展開で、特別に庇護を受けているSubヒロインが、他のいじめっ子Domからより高位のDomに守られて幸せになる。

そんな夢物語が量産される程に、Sub側の人間にとって、Domはランクが高ければ高い程価値があるのだ。



(───絶対に負けたくない。夏目くんの特別は、私が貰う)

西野は決意する。夏目秀斗というDomと特別な関係になり、そして誰にも負けない1番の庇護を得て、誰からも認めて可愛がって貰えるSubになるのだと───。



──────────────────



「ねえ、夏目くん。このあと一緒に写真撮ろ?」

俺の左腕に抱きついて、西野が甘えたような声で言った。



時が流れるのは早く、俺たちは本日付けで小学校を卒業する。

西野はあれから俺に対するスキンシップが増え、事ある毎に俺と一緒に居るようになった。

速水は少し鬱陶しそうにしているが、別に悪い事をしている訳じゃないから、西野が一緒にいることを甘んじて許してくれている。

「ああ、どこで撮る?速水も一緒に撮るだろ?」

「おう。やっぱ校門前が良いんじゃね?」

「えー?!速水くんも入るの?まあ別にいいけど。私、夏目くんとのツーショットも撮りたいから、速水くんは離れたところに居てよね」

「いやいや、俺とのツーショットは撮らねえのかよ」

「撮って欲しかったら撮るけど?」

「なんだその上から目線」

速水と西野はここ最近いつもこんな感じのやり取りをしている。

昔からよく知っている仲だからこその会話だ。最近はずっと俺とプレイしているが、速水と何かトラブルがあった訳でもなく、友達としての関係は依然としてそのままである。



俺はあれから、1週間に1度施設に赴き、日乃莉との関係を続ける傍ら、望まれれば西野とのプレイも継続していた。

不思議と他の奴らから声をかけられる事もなく、俺が関係を持っているのは日乃莉と西野だけ。

クラス内でも他の生徒から遠巻きに期待の籠った目を向けられる事はあるが、見ているだけで声はかけて来ないし、俺から声をかけるような事はこれから先も1度としてない。

速水は自分から声をかけることもあるし、まあ軽い奴だから誘いやすいのだろう。みんなそっちに流れていた。



「来月からは、私たち中学生だね」

感慨深気に西野が言う。

「そうだな」

俺は短く返す。

「中学に行ってからも、よろしくね。私、夏目くんに見合うように頑張るから」

見合う───?

どういう意味だか分からないが、「あんまり気負いすぎるなよ」とだけ言っておいた。

春の日差しが優しく俺たちを照りつける。

「とりま、卒業式終わったらみんなで写真撮って、んで一緒に遊ぼうぜ。どうせお前ん家の父さん、今日も仕事なんだろ」

「ああ。……速水はいいのか?こんな日に家族と過ごさなくて」

「別に。何処にも行く予定とかねえし、卒業式だからってあんま気にする必要ねえだろ」

「そうか」

学校終わりにはいつもと同様に遊ぶ約束を取り付ける。

小学校を卒業したからと言って、俺の周りの人間関係はきっとそう変わりないだろう。

「私も一緒に遊ぶ!」

西野が元気よく訴える。そうして、俺たちは桜の木の元、3人で何をして遊ぶか話し合ったのだった。
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