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中央ゲートでの一件を何とか腹に収めると、アカシャは日が傾かないうちにと急いで街に出た。
向かう先はモイライ東地区の商人街である。
「おう、お嬢ちゃん。さっそく来てくれたか!」
目的の店の扉を開けると、しわがれてはいるが威勢のいい声が響いた。
昨日行き倒れかけたアカシャを拾ってモイライまで連れてきてくれた老人、ロジャーは笑顔で出迎えてくれた。
「ロジャーさん、こんにちは。お恥ずかしながら、早速お世話になりに参りました……!」
ぺこりと一礼して店の中へと足を運ぶ。
機構軍に完膚なきまでの門前払いを食らってしまったのだ。他の面会理由を考えるにしろ、他の手段を探すにしろ、今のアカシャには手札が殆ど無い。
この都市に来たそもそもの目的を果たすまで、どのくらい時間が掛かるかも推し量れない。
ならばまず、先立つものの確保が必要になる。お金は大事だ。
「……ふむ、なるほど。石詠み以外にも、合間を見て出来そうな仕事があれば挑戦したい、ってことでいいかい?」
「はい。働いた経験は豊富ではないので、やれる事は限られるかもしれません。でも自分が今、何が出来るのか知り、何が出来ないのかを知りたいのです」
仕事を紹介してもらうべく相談していると、ロジャーはにやりと笑った。
ロジャーは普通にしていると白髭をたくわえた優し気な老人だが、その笑みを浮かべると一転して商人の顔つきになる。
「いいだろう。とは言え、うちで扱う仕事の幅は大して広くは無いんだが、小さいのからこつこつやって信用と伝手を築ければ話は変わる。そこはお嬢ちゃんの努力次第だな」
アカシャは真っ直ぐに頷いた。
モイライに滞在するための資金だけでなく、伝手を、今何よりも欲していた。それに様々な仕事をこなせば情報量も増え、知識もつけられる。
──闇雲にあれこれ試すのは本当は非効率なのだろうけれど、今はそんな事、気にしてられない。
手段を考えるのには何もかもが不足している。頼れる伝手は一切ない。そんな状況を脱するには行動するしかなかった。
非効率なのは仕方がない。取捨選択して近道を探すにも、知識と情報と伝手が必要不可欠だ。
「さて、それじゃあ本格的に仕事の話をしよう。まずは”石詠み”からだな」
「はい、お願いします」
真面目な表情になったロジャーに、アカシャは背筋を伸ばした。
”石詠み”とは、石に宿る魔力を視覚で捉える事の出来る能力と、それを生業とする者の総称だ。
古くから伝わる言葉で、”石の記憶を詠む”から”石詠み”と呼ぶらしい。だが石に宿る魔力を”石の記憶”と呼称する理由はよくわかっていない。
魔力が視えるのは、個人差はあれど石に限らないのだが、魔導石の需要と、その長い歴史と共にあった言葉ゆえかもしれない。
魔導士であっても無機物に宿る魔力が視える者は少なく、逆に魔法が使えない者であっても石詠みは出来る事もある。
前者は視えてもそのまま魔導士として活躍するので、市井で石詠みといえば専ら後者を指す。
「石の採集系の仕事や依頼はモイライでは殆ど無い。近場はどこもかしこも採り尽くされちまってるからな」
「ですよね……」
魔導原石の買い値の高さを考えれば納得のいく話だ。
「代わりに、大陸じゅうから石の詰まった箱が届く。文字通りの玉石混交だが、わしら商人はその箱を買い付けて、石詠みに選別を依頼するんだ」
「まずはその仕事から、ですね?」
やる気に満ちた目で応えると、ロジャーは頷いた。
「地道な作業の繰り返しだが、もしも精度が良けりゃお嬢ちゃんの石詠みとしての評価や信用にも繋がるし、信用を積めば軍からの依頼が来ることもある」
「き、機構軍から……!」
軍からの依頼、という言葉に思わず大きく反応すると、ロジャーは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、軍の依頼は払いもいいし、気に入られりゃ専属で雇ってもらえる事だってある」
その言葉にアカシャはいよいよ目を輝かせた。
──そうか、そうだよね。魔法が使えないから機構軍はどうにもならないと思っていた。だけど言われてみれば確かに、事務官の女性は魔力が無かった。あれだけ大きな施設だもの、それを支える仕事をする人は大勢いる……!
無論、機構軍に多少関わる仕事に就けたとしても、最上位に居る魔導騎士に直接の接点を持つ事は不可能だろう。だが何かしらの手掛かりを得る機会はあるかもしれない。
少しだけ光明が差した気がして、胸が躍る。
それから他の仕事の説明を聞き、思い切って住む場所の相談にも乗ってもらった。流石に宿暮らしを続けるのは資金が心許ない。
初仕事の約束を取り付けて、ロジャーの店を後にする頃には、昼間の気鬱はどこかへ吹き飛んでいた。
ロジャーはアカシャに事情があることは察しているようだが、敢えてそれには触れないでいてくれた。
彼の口癖でもある”信用”という言葉を思い返してみる。
──例えば全てを覚悟した上で本当の事を公にしてしまうのは、近道に見えるけれど、今の私が誰に語っても滑稽な作り話だと思われかねない。信じてもらえない可能性の方がずっと高い。……証明する手立てが、何もないから。
夕暮れの街を歩きながら、ぐっと拳を握り込む。
──真実を明かすのは、本当にどうしようもなくなった時の最後の手段と思っていたけれど、信用を築き信頼し合える相手を作らなければ、それすら叶わない。
そうして、明日から出会い、積み重ねていく数多のものに想いを馳せて宿へと戻った。
向かう先はモイライ東地区の商人街である。
「おう、お嬢ちゃん。さっそく来てくれたか!」
目的の店の扉を開けると、しわがれてはいるが威勢のいい声が響いた。
昨日行き倒れかけたアカシャを拾ってモイライまで連れてきてくれた老人、ロジャーは笑顔で出迎えてくれた。
「ロジャーさん、こんにちは。お恥ずかしながら、早速お世話になりに参りました……!」
ぺこりと一礼して店の中へと足を運ぶ。
機構軍に完膚なきまでの門前払いを食らってしまったのだ。他の面会理由を考えるにしろ、他の手段を探すにしろ、今のアカシャには手札が殆ど無い。
この都市に来たそもそもの目的を果たすまで、どのくらい時間が掛かるかも推し量れない。
ならばまず、先立つものの確保が必要になる。お金は大事だ。
「……ふむ、なるほど。石詠み以外にも、合間を見て出来そうな仕事があれば挑戦したい、ってことでいいかい?」
「はい。働いた経験は豊富ではないので、やれる事は限られるかもしれません。でも自分が今、何が出来るのか知り、何が出来ないのかを知りたいのです」
仕事を紹介してもらうべく相談していると、ロジャーはにやりと笑った。
ロジャーは普通にしていると白髭をたくわえた優し気な老人だが、その笑みを浮かべると一転して商人の顔つきになる。
「いいだろう。とは言え、うちで扱う仕事の幅は大して広くは無いんだが、小さいのからこつこつやって信用と伝手を築ければ話は変わる。そこはお嬢ちゃんの努力次第だな」
アカシャは真っ直ぐに頷いた。
モイライに滞在するための資金だけでなく、伝手を、今何よりも欲していた。それに様々な仕事をこなせば情報量も増え、知識もつけられる。
──闇雲にあれこれ試すのは本当は非効率なのだろうけれど、今はそんな事、気にしてられない。
手段を考えるのには何もかもが不足している。頼れる伝手は一切ない。そんな状況を脱するには行動するしかなかった。
非効率なのは仕方がない。取捨選択して近道を探すにも、知識と情報と伝手が必要不可欠だ。
「さて、それじゃあ本格的に仕事の話をしよう。まずは”石詠み”からだな」
「はい、お願いします」
真面目な表情になったロジャーに、アカシャは背筋を伸ばした。
”石詠み”とは、石に宿る魔力を視覚で捉える事の出来る能力と、それを生業とする者の総称だ。
古くから伝わる言葉で、”石の記憶を詠む”から”石詠み”と呼ぶらしい。だが石に宿る魔力を”石の記憶”と呼称する理由はよくわかっていない。
魔力が視えるのは、個人差はあれど石に限らないのだが、魔導石の需要と、その長い歴史と共にあった言葉ゆえかもしれない。
魔導士であっても無機物に宿る魔力が視える者は少なく、逆に魔法が使えない者であっても石詠みは出来る事もある。
前者は視えてもそのまま魔導士として活躍するので、市井で石詠みといえば専ら後者を指す。
「石の採集系の仕事や依頼はモイライでは殆ど無い。近場はどこもかしこも採り尽くされちまってるからな」
「ですよね……」
魔導原石の買い値の高さを考えれば納得のいく話だ。
「代わりに、大陸じゅうから石の詰まった箱が届く。文字通りの玉石混交だが、わしら商人はその箱を買い付けて、石詠みに選別を依頼するんだ」
「まずはその仕事から、ですね?」
やる気に満ちた目で応えると、ロジャーは頷いた。
「地道な作業の繰り返しだが、もしも精度が良けりゃお嬢ちゃんの石詠みとしての評価や信用にも繋がるし、信用を積めば軍からの依頼が来ることもある」
「き、機構軍から……!」
軍からの依頼、という言葉に思わず大きく反応すると、ロジャーは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、軍の依頼は払いもいいし、気に入られりゃ専属で雇ってもらえる事だってある」
その言葉にアカシャはいよいよ目を輝かせた。
──そうか、そうだよね。魔法が使えないから機構軍はどうにもならないと思っていた。だけど言われてみれば確かに、事務官の女性は魔力が無かった。あれだけ大きな施設だもの、それを支える仕事をする人は大勢いる……!
無論、機構軍に多少関わる仕事に就けたとしても、最上位に居る魔導騎士に直接の接点を持つ事は不可能だろう。だが何かしらの手掛かりを得る機会はあるかもしれない。
少しだけ光明が差した気がして、胸が躍る。
それから他の仕事の説明を聞き、思い切って住む場所の相談にも乗ってもらった。流石に宿暮らしを続けるのは資金が心許ない。
初仕事の約束を取り付けて、ロジャーの店を後にする頃には、昼間の気鬱はどこかへ吹き飛んでいた。
ロジャーはアカシャに事情があることは察しているようだが、敢えてそれには触れないでいてくれた。
彼の口癖でもある”信用”という言葉を思い返してみる。
──例えば全てを覚悟した上で本当の事を公にしてしまうのは、近道に見えるけれど、今の私が誰に語っても滑稽な作り話だと思われかねない。信じてもらえない可能性の方がずっと高い。……証明する手立てが、何もないから。
夕暮れの街を歩きながら、ぐっと拳を握り込む。
──真実を明かすのは、本当にどうしようもなくなった時の最後の手段と思っていたけれど、信用を築き信頼し合える相手を作らなければ、それすら叶わない。
そうして、明日から出会い、積み重ねていく数多のものに想いを馳せて宿へと戻った。
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