不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
17 / 54

堕天使

しおりを挟む
 神に愛されし天使であるジョシュアの背中に生えた、白く清らかな翼が黒く染まっていく。
 ゆっくりと、だが確実に。


 ――ああ、父なる神よ。

 どうか愚かな私をお赦しください――


 ジョシュアの青い瞳から涙が溢れたが、もう虹色に輝くことはない。

「一体どうしたのだ?」

 兄であるサミュエルが、ジョシュアのただならぬ様子に怪訝な顔をした。

「兄上、私は天界を追放されるのです」
「追放? 純粋で汚れを知らないお前が、なぜ――?」

 サミュエルの青く澄んだ瑠璃色の瞳が揺れた。
 中性的な顔立ちに纏う勇ましさに、思わずうっとりしてしまう。


 ――ああ、父なる神よ。

 こんな時でさえ、私は兄を愛してやまないのです――


「仲間であるセオドアを妬んだからです」
「セオドアを――?」

 サミュエルは首を傾げる。

「兄上と親しいセオドアを密かに羨ましいと思っていました。ですが昨日別れの口づけを見た時、私の中で嫉妬心が芽生えたのです」
「ああ、何ということだ。ジョシュア――」

 嘆き悲しむようにサミュエルは項垂れた。
 そんな兄の姿を見て胸が痛むと同時に、瞳がより一層燃えるように熱くなる。


 ――もうすぐ、私は。


「兄上」

 ジョシュアはサミュエルの形の良い唇に、自身の唇を重ねた。

「っ……!」

 決して赦されない、禁断の愛。罪深き所業。
 だからこそ余計にもっと、と欲してしまう。

 背徳感に酔いしれる中、ジョシュアの翼は完全に漆黒へと染まり、瞳が黒く変容する。

 ついに堕天使となったのだ。
 唇を離すと、サミュエルを真っ直ぐ見つめた。

「兄上、あなたを愛しています。ずっとずっと」
「ジョシュア――」

 地獄への入り口が開け放たれ、ジョシュアを捉えると暗く冷たい闇へと引き摺り込んでいく。


 ――ああ、堕ちていく、どこまでも、どこまでも。

 兄上が私の名を呼んでいるが、二度と会うことは叶わないでしょう――


 ジョシュアは目を瞑り、頭から闇の中へと落下していった。

 ♢♢♢

 どのくらい経っただろうか。
 気がつくとジョシュアは、蛆のように蠢く人々を見下ろしていた。

 永遠の炎に焼かれ、終わりのない苦しみによってもたらされる終わりなき悪夢。
 ふと不死鳥フェニックスの存在に気がつくと、ジョシュアは手招きをした。

「何でございますか、ご主人様」

 あどけなさが残る、少年とも少女とも見分けのつかぬ不死鳥に加虐心が頭を擡げる。

「不死鳥よ、名は何と申す」
「ヨクサルと申します」

 まだ汚れを知らない赤く燃える瞳で、ジョシュアを見上げるヨクサル。
 在りし日の誰かと重なったが、どうにも思い出すことができない。

 ――私はいつから悪魔にのだろう?

 なった? 
 では、前は何者だったのか――


「あの、ご主人様……?」

 ヨクサルが心配そうに顔を覗き込んでいる。

「お前、私が怖くないのか?」
「はい。ご主人様はとてもお美しいのでちっとも怖くありません」

 その返答にジョシュアの中で何かが弾ける。
 ヨクサルが欲しい、と本能が告げていた。

「こちらへおいで、ヨクサル」
「はい、ご主人様――」

 ジョシュアはヨクサルのか細い手首を掴んで奥の部屋へ姿を消すと、彼を一方的に愛する。

 大切にしたいのに、傷つけてしまう。
 ヨクサルが苦痛に涙を流し叫び声を上げる度に、欲望が膨れ上がっていく。

「愛しているよ、ヨクサル」

 ジョシュアは荒々しく呼吸をしながら、耳元で優しく囁いた。

「ご主人、さま……」

 そして再び、彼を弄ぶ。
 深く深く、果てることのない快楽を貪る為に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...