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ヨクサル
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亡者が犇く地獄より脱出した悪魔、ジョシュアは不死鳥と天使の気配を感じ取る。
「ヨクサル、私の背中に乗るのだ」
「ですが……」
「お腹の子のためだよ」
「……はい、ご主人様」
遠慮がちに不死鳥のヨクサルが背中に跨ると、ジョシュアは漆黒の翼を羽ばたかせ凍空を翔ぶ。
不死鳥とも天使とも違う、禍々しい形と色合いをした翼。
しかしヨクサルが美しいと言ったように、ジョシュアの顔立ちは整っており、頭から生えし悪魔の象徴である二本の黒い角は高雅で雄々しかった。
それはジョシュアが元は、神に愛されし天使だったからかもしれない。
最も、今の彼に天使であった頃の記憶はないのだが。
(これは天使の血の匂い――)
風に乗って微かに百合の香りが漂ってきた。
ジョシュアは顔を顰める。
相対する天使と悪魔。
地上を治める神々はもういない。
信仰する人間が不死鳥によって抹殺されたため、神々は力を失い、ひっそりと姿を消した。
残された天使たちも同じ運命を辿る。
(最後の天使、か)
ジョシュアも他の悪魔のように天使を憎んでいた。
理由は分からないが、心の底から殺したい衝動に駆られるのだ。
(せっかくだから、この手で息の根を止めてやろう)
幼子のように寒さで震えるヨクサルを気遣いながら、ジョシュアは不死鳥と天使のいる場所へと急いだ。
♢♢♢
「いやっ!」
イーサンの硬化した翼がサミュエルの腹部を刺し、未玖は悲鳴を上げる。
少し前にはファロムの放った鋼鉄の矢が、テオの胸部を貫いた。
「こちらへおいで」
ダニールが怯える未玖を抱き寄せる。
同じ不死鳥である二人の行いを注視していたダニールは嫌悪感を覚え、そんな自分にひどく驚いた。
(天使を殺すことなど戯れに過ぎないのに)
「ダニール……?」
「ああ、すまない未玖」
不安そうな顔をした未玖がダニールを見上げる。
女性というのはいかなる状況においても、相手の些細な変化を絶対に見逃さない。
ましてや宇宙と意識を共有している未玖だ。
地球最後の人間は、厳密に言えばもう存在しない。
(太陽の光に包まれてからどうにも感覚がおかしい)
二人の足元でとぐろを巻く蛇のクロが、母親である未玖同様にダニールを黒く大きな瞳でじっと見上げた。
彼の魂の色がほんの僅かではあるが、明るくなっている。
(……)
「イーサンは未玖を狙っている。僕はヨルムンガンドを止めに地獄へ行くから、未玖はクロと少しでも遠くへ逃げるんだ」
「ダニールと離れるなんてできない……お願いだから側にいさせて」
以前のダニールならば、ひ弱な人間である未玖を思い遣ることなど決してしなかった。
イーサンのように、単なる駒としてどう使うかだけを考えていた。
けれど今は、未玖を守りたいと強く感じている。
愛しいと心が叫んでいる。
「未玖……」
「ダニール……」
しばし見つめ合う二人。
ダニールの方が先に目を逸らし、もう一度未玖を見た。
「分かった。ただし僕の背中から離れるんじゃないよ」
「ええ、絶対に離れない。でも先に天使を助けないと――」
「神々が去った今、天使もじきに消えてしまう。だから彼らのことは諦めるんだ」
「……そう、なのね」
未玖を背中に乗せ、ダニールは翼を羽ばたかせながら地獄の入り口へと向かう。
まさか乙女を連れて地獄に舞い戻るとは。
(仲間からなんと言われるだろうか。いや、それよりも未玖が危険な目に遭わないようにしなければ)
ダニールとクロは、燃える翼で亡者の首を次々と刎ねながら進行する。
(この先に入り口があるはずだ――)
いきなりダニールが止まったため、未玖は額を強かに打ってしまう。
だが自身の痛みよりもダニールのことを案じた。
「ダニール、どうしたの?」
「……」
「ねえ、ダニール?」
(未玖、向こうから悪魔がやって来る。気をつけて)
クロにそう教えられ、未玖は驚愕する。
なぜ地上に悪魔がいるのだろうか。
(もしかして亡者やヨルムンガンドから逃げてきたの?)
直に悪魔の姿が目に映る。
未玖は背中越しに、ダニールが震えているのに気づく。
「ヨクサル……?」
二メートルはありそうな巨体の悪魔が、空中で立ち止まる。
その背中には幼い不死鳥が――ダニールの愛する子ども、ヨクサルが乗っていた。
「父様……?」
「ヨクサル、私の背中に乗るのだ」
「ですが……」
「お腹の子のためだよ」
「……はい、ご主人様」
遠慮がちに不死鳥のヨクサルが背中に跨ると、ジョシュアは漆黒の翼を羽ばたかせ凍空を翔ぶ。
不死鳥とも天使とも違う、禍々しい形と色合いをした翼。
しかしヨクサルが美しいと言ったように、ジョシュアの顔立ちは整っており、頭から生えし悪魔の象徴である二本の黒い角は高雅で雄々しかった。
それはジョシュアが元は、神に愛されし天使だったからかもしれない。
最も、今の彼に天使であった頃の記憶はないのだが。
(これは天使の血の匂い――)
風に乗って微かに百合の香りが漂ってきた。
ジョシュアは顔を顰める。
相対する天使と悪魔。
地上を治める神々はもういない。
信仰する人間が不死鳥によって抹殺されたため、神々は力を失い、ひっそりと姿を消した。
残された天使たちも同じ運命を辿る。
(最後の天使、か)
ジョシュアも他の悪魔のように天使を憎んでいた。
理由は分からないが、心の底から殺したい衝動に駆られるのだ。
(せっかくだから、この手で息の根を止めてやろう)
幼子のように寒さで震えるヨクサルを気遣いながら、ジョシュアは不死鳥と天使のいる場所へと急いだ。
♢♢♢
「いやっ!」
イーサンの硬化した翼がサミュエルの腹部を刺し、未玖は悲鳴を上げる。
少し前にはファロムの放った鋼鉄の矢が、テオの胸部を貫いた。
「こちらへおいで」
ダニールが怯える未玖を抱き寄せる。
同じ不死鳥である二人の行いを注視していたダニールは嫌悪感を覚え、そんな自分にひどく驚いた。
(天使を殺すことなど戯れに過ぎないのに)
「ダニール……?」
「ああ、すまない未玖」
不安そうな顔をした未玖がダニールを見上げる。
女性というのはいかなる状況においても、相手の些細な変化を絶対に見逃さない。
ましてや宇宙と意識を共有している未玖だ。
地球最後の人間は、厳密に言えばもう存在しない。
(太陽の光に包まれてからどうにも感覚がおかしい)
二人の足元でとぐろを巻く蛇のクロが、母親である未玖同様にダニールを黒く大きな瞳でじっと見上げた。
彼の魂の色がほんの僅かではあるが、明るくなっている。
(……)
「イーサンは未玖を狙っている。僕はヨルムンガンドを止めに地獄へ行くから、未玖はクロと少しでも遠くへ逃げるんだ」
「ダニールと離れるなんてできない……お願いだから側にいさせて」
以前のダニールならば、ひ弱な人間である未玖を思い遣ることなど決してしなかった。
イーサンのように、単なる駒としてどう使うかだけを考えていた。
けれど今は、未玖を守りたいと強く感じている。
愛しいと心が叫んでいる。
「未玖……」
「ダニール……」
しばし見つめ合う二人。
ダニールの方が先に目を逸らし、もう一度未玖を見た。
「分かった。ただし僕の背中から離れるんじゃないよ」
「ええ、絶対に離れない。でも先に天使を助けないと――」
「神々が去った今、天使もじきに消えてしまう。だから彼らのことは諦めるんだ」
「……そう、なのね」
未玖を背中に乗せ、ダニールは翼を羽ばたかせながら地獄の入り口へと向かう。
まさか乙女を連れて地獄に舞い戻るとは。
(仲間からなんと言われるだろうか。いや、それよりも未玖が危険な目に遭わないようにしなければ)
ダニールとクロは、燃える翼で亡者の首を次々と刎ねながら進行する。
(この先に入り口があるはずだ――)
いきなりダニールが止まったため、未玖は額を強かに打ってしまう。
だが自身の痛みよりもダニールのことを案じた。
「ダニール、どうしたの?」
「……」
「ねえ、ダニール?」
(未玖、向こうから悪魔がやって来る。気をつけて)
クロにそう教えられ、未玖は驚愕する。
なぜ地上に悪魔がいるのだろうか。
(もしかして亡者やヨルムンガンドから逃げてきたの?)
直に悪魔の姿が目に映る。
未玖は背中越しに、ダニールが震えているのに気づく。
「ヨクサル……?」
二メートルはありそうな巨体の悪魔が、空中で立ち止まる。
その背中には幼い不死鳥が――ダニールの愛する子ども、ヨクサルが乗っていた。
「父様……?」
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