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眠り
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赤々と燃える大槌が、二匹の大蛇を叩きつける。
ぐしゃり、と嫌な音がして胴体の一部が潰れた。
「クロ!!」
未玖が悲痛な叫び声を上げ、両手で口元を押さえる。
「なぜ父様が……?」
ヨクサルも突然の出来事に動揺を隠せなかった。
繊細で儚い美しさを誇っていたダニールの容姿は見る影もなく、どこまでも雄々しく気迫に満ちている。
ヨルムンガンドとクロはまだ生きていた。
裂けた腹部から内臓が露出し、ぬらぬらと光っている。
二匹は互いにダニールとフェンリルの姿を認めると、瞼のない瞳で睨め付けた。
「ガルルルルルルルッ!!」
フェンリルが獰猛な牙を覗かせ、重傷を負った弟であるヨルムンガンドの首元に噛み付き、食い千切ろうとする。
決して怒りや憎しみからではない。
同じ血を分け、赤子の頃から忌むべき幻獣として蔑まれる彼を救いたかったのだ。
だがヨルムンガンドは知る由もない。
数世紀振りに再会した、愛する兄より向けられた明確な殺意に憤り、低く唸りながら反撃に出る。
ヨルムンガンドは地球を取り巻くほどの大きな尻尾で、フェンリルの後頭部を強かに打ちつけた。
赤い血が迸る。
フェンリルはヨルムンガンドから口を放し、頭を振った。
「翔べ、フェンリル」
ダニールの掛け声とともに、フェンリルが宙へと跳ねた。
逃すまいとヨルムンガンドも跳躍し、フェンリルの右前足に鋭い牙を立てる。
クロも同様に内臓を引きずりながら、ダニールの左足に食らいつく。
二匹の攻撃にそれぞれの足が千切れ、凄まじい音を立てて地上へと落下した。
「――ふたりともすまない」
ダニールは一瞬だけ憐憫の表情を浮かべるが、すぐに冷徹な顔へ戻ると再び大槌を振り下ろす。
今度は尻尾を潰され、二匹は瘴気を吐き出しながら呻く。
「お願い、もうやめて……」
未玖は懇願するように呟き、ゆるゆると首を横に振った。
彼女を背中に乗せているヨクサルも信じられないといった様子で、眼前で繰り広げられる悪夢のような光景を傍観していた。
(なぜ父様が巨人になり、未玖さんの子どもであるクロさんを殺そうとしているのですか……?)
気高く優しかった父。
目一杯の愛情を注いでくれた父。
自分を女性性へと目覚めさせ、悦びを教えてくれた父。
『愛しているよ――ヨクサル。どうか幸せになっておくれ』
耳元で囁かれた言葉が脳裏をよぎる。
不意にダニールの温もりが恋しくなり、ヨクサルは瑠璃色の瞳を潤ませた。
(僕が泣いてる場合ではありません……)
すぐに目を擦り、じっと前を見据える。
お腹の子を守ると愛するジョシュアに誓ったではないか。
未玖を支えるとダニールと自分自身に誓ったではないか。
(ご主人様……どうか見守っていてください)
ヨクサルは燃える翼を羽ばたかせ、戦いの場から距離を置いた。
吹雪の中に広がる地上はどこまでも赤く、荒廃している。
生き物の気配は無い。
おそらく地獄にいた悪魔や悪魔の子も皆、命を落としているだろう。
ヨルムンガンドとクロは尚も生きていた。
大槌が纏う炎に皮膚を焼かれ、もはや瀕死の状態だ。
「ダニール、私の大切なクロを殺さないで……」
未玖の目から涙が溢れる。
しかしその声がダニールに届くことはない。
ダニールは三度)、大槌をヨルムンガンドとクロへ叩きつける。
ついに頭部を潰されてしばらくの間、反射的に鈍く蠢いていたが、やがて巨体を血の海に横たわらせ、二匹の大蛇は絶命した。
衝撃で津波が起こり、大地を飲み込む。
「いやああああああああああ!! クロ……クロ!!」
泣き叫びながら、未玖がヨクサルの背中から飛び降りようとする。
「落ち着いてください、未玖さん!」
「離して! クロ! ねえ、クロったら!!」
未玖は完全に理性を失い、静止しようとするヨクサルの腕に爪を立てた。
白い肌に鮮血がじわりと滲む。
「痛っ……!」
このままでは未玖が危ない。
ヨクサルが未玖を気絶させようと手に力を込めたその時、厚い雲に覆われし太陽が姿を消した。
何の前触れもなく訪れた暗闇に、未玖は正気を取り戻す。
「――君の子どもたちが太陽と月を飲み込んだようだね、フェンリル」
返り血を浴びて全身真っ赤なダニールは微笑み、フェンリルの頭を愛しそうに撫でた。
彼らと共に旅立つ時が来たのだ。
雷鳴が轟き、暗闇の中を無数の稲妻が駆け抜ける。
「心配しなくとも僕は逃げも隠れもしませんよ」
いつもの飄々とした口調とは裏腹の、全てを悟ったような顔。
雷神が大槌を貸した見返りとして、ダニールの心臓を貰うために姿を現した。
巨人化したダニールと同じ程の体躯と圧倒的な威厳に、未玖もヨクサルも言葉を失う。
『息を吐くように嘘をつくのがお前たち不死鳥である』
「なるほど、崇高な神が仰るのですからきっとそうなのでしょう」
左手に持っていた大槌が消失した。
雷神は冷淡な目つきで、ダニールとフェンリルを見下ろす。
『大槌の力を貸してやったというのに何という有様だ』
嘲笑する響きを隠そうともせず、雷神は大槌を懐にしまう。
ダニールは左足を、フェンリルは右前足を欠損していた。
全身を炎に包まれていたため、失血死せずに済んだのだ。
『スコルとハティも目覚め、新たなる終末が始まった。間もなく天から星々が降り注ぎ、この世界は終わるだろう』
雷神も自身が滅びることを知っている。
古き神々が待つ世界へ行く運命である、と。
ひときわ大きな雷鳴が響くと同時に、雷神はダニールの心臓を掴むと躊躇うことなく抉り出す。
ようやく死を迎えられる喜びに、ダニールは静かに涙を流した。
遠くの空で佇んでいる未玖とヨクサルとお腹の子の幸せを祈りながら目を閉じ、永遠の眠りにつく。
忌むべき幻獣たちと共に。
ぐしゃり、と嫌な音がして胴体の一部が潰れた。
「クロ!!」
未玖が悲痛な叫び声を上げ、両手で口元を押さえる。
「なぜ父様が……?」
ヨクサルも突然の出来事に動揺を隠せなかった。
繊細で儚い美しさを誇っていたダニールの容姿は見る影もなく、どこまでも雄々しく気迫に満ちている。
ヨルムンガンドとクロはまだ生きていた。
裂けた腹部から内臓が露出し、ぬらぬらと光っている。
二匹は互いにダニールとフェンリルの姿を認めると、瞼のない瞳で睨め付けた。
「ガルルルルルルルッ!!」
フェンリルが獰猛な牙を覗かせ、重傷を負った弟であるヨルムンガンドの首元に噛み付き、食い千切ろうとする。
決して怒りや憎しみからではない。
同じ血を分け、赤子の頃から忌むべき幻獣として蔑まれる彼を救いたかったのだ。
だがヨルムンガンドは知る由もない。
数世紀振りに再会した、愛する兄より向けられた明確な殺意に憤り、低く唸りながら反撃に出る。
ヨルムンガンドは地球を取り巻くほどの大きな尻尾で、フェンリルの後頭部を強かに打ちつけた。
赤い血が迸る。
フェンリルはヨルムンガンドから口を放し、頭を振った。
「翔べ、フェンリル」
ダニールの掛け声とともに、フェンリルが宙へと跳ねた。
逃すまいとヨルムンガンドも跳躍し、フェンリルの右前足に鋭い牙を立てる。
クロも同様に内臓を引きずりながら、ダニールの左足に食らいつく。
二匹の攻撃にそれぞれの足が千切れ、凄まじい音を立てて地上へと落下した。
「――ふたりともすまない」
ダニールは一瞬だけ憐憫の表情を浮かべるが、すぐに冷徹な顔へ戻ると再び大槌を振り下ろす。
今度は尻尾を潰され、二匹は瘴気を吐き出しながら呻く。
「お願い、もうやめて……」
未玖は懇願するように呟き、ゆるゆると首を横に振った。
彼女を背中に乗せているヨクサルも信じられないといった様子で、眼前で繰り広げられる悪夢のような光景を傍観していた。
(なぜ父様が巨人になり、未玖さんの子どもであるクロさんを殺そうとしているのですか……?)
気高く優しかった父。
目一杯の愛情を注いでくれた父。
自分を女性性へと目覚めさせ、悦びを教えてくれた父。
『愛しているよ――ヨクサル。どうか幸せになっておくれ』
耳元で囁かれた言葉が脳裏をよぎる。
不意にダニールの温もりが恋しくなり、ヨクサルは瑠璃色の瞳を潤ませた。
(僕が泣いてる場合ではありません……)
すぐに目を擦り、じっと前を見据える。
お腹の子を守ると愛するジョシュアに誓ったではないか。
未玖を支えるとダニールと自分自身に誓ったではないか。
(ご主人様……どうか見守っていてください)
ヨクサルは燃える翼を羽ばたかせ、戦いの場から距離を置いた。
吹雪の中に広がる地上はどこまでも赤く、荒廃している。
生き物の気配は無い。
おそらく地獄にいた悪魔や悪魔の子も皆、命を落としているだろう。
ヨルムンガンドとクロは尚も生きていた。
大槌が纏う炎に皮膚を焼かれ、もはや瀕死の状態だ。
「ダニール、私の大切なクロを殺さないで……」
未玖の目から涙が溢れる。
しかしその声がダニールに届くことはない。
ダニールは三度)、大槌をヨルムンガンドとクロへ叩きつける。
ついに頭部を潰されてしばらくの間、反射的に鈍く蠢いていたが、やがて巨体を血の海に横たわらせ、二匹の大蛇は絶命した。
衝撃で津波が起こり、大地を飲み込む。
「いやああああああああああ!! クロ……クロ!!」
泣き叫びながら、未玖がヨクサルの背中から飛び降りようとする。
「落ち着いてください、未玖さん!」
「離して! クロ! ねえ、クロったら!!」
未玖は完全に理性を失い、静止しようとするヨクサルの腕に爪を立てた。
白い肌に鮮血がじわりと滲む。
「痛っ……!」
このままでは未玖が危ない。
ヨクサルが未玖を気絶させようと手に力を込めたその時、厚い雲に覆われし太陽が姿を消した。
何の前触れもなく訪れた暗闇に、未玖は正気を取り戻す。
「――君の子どもたちが太陽と月を飲み込んだようだね、フェンリル」
返り血を浴びて全身真っ赤なダニールは微笑み、フェンリルの頭を愛しそうに撫でた。
彼らと共に旅立つ時が来たのだ。
雷鳴が轟き、暗闇の中を無数の稲妻が駆け抜ける。
「心配しなくとも僕は逃げも隠れもしませんよ」
いつもの飄々とした口調とは裏腹の、全てを悟ったような顔。
雷神が大槌を貸した見返りとして、ダニールの心臓を貰うために姿を現した。
巨人化したダニールと同じ程の体躯と圧倒的な威厳に、未玖もヨクサルも言葉を失う。
『息を吐くように嘘をつくのがお前たち不死鳥である』
「なるほど、崇高な神が仰るのですからきっとそうなのでしょう」
左手に持っていた大槌が消失した。
雷神は冷淡な目つきで、ダニールとフェンリルを見下ろす。
『大槌の力を貸してやったというのに何という有様だ』
嘲笑する響きを隠そうともせず、雷神は大槌を懐にしまう。
ダニールは左足を、フェンリルは右前足を欠損していた。
全身を炎に包まれていたため、失血死せずに済んだのだ。
『スコルとハティも目覚め、新たなる終末が始まった。間もなく天から星々が降り注ぎ、この世界は終わるだろう』
雷神も自身が滅びることを知っている。
古き神々が待つ世界へ行く運命である、と。
ひときわ大きな雷鳴が響くと同時に、雷神はダニールの心臓を掴むと躊躇うことなく抉り出す。
ようやく死を迎えられる喜びに、ダニールは静かに涙を流した。
遠くの空で佇んでいる未玖とヨクサルとお腹の子の幸せを祈りながら目を閉じ、永遠の眠りにつく。
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