49 / 54
流星群
しおりを挟む
なぜ人間である未玖が、不死鳥の自分と同じように翼を有しているのか。
「未玖さん……?」
天使とも悪魔とも違う、まるで女神のように美しく光り輝く翼。
間もなく地球と衝突する無数の火球から放たれる高熱に焼かれるのも構わず、ヨクサルは思わず見惚れてしまう。
「もう何も恐れることはないの」
優しく笑む未玖の豊かな胸に抱き寄せられる。
父親の温もりしか知らない彼は母なる無償の愛に包まれ、目を閉じると顔を埋(うず)めた。
すると焼け爛れた肌や髪の毛や翼が、たちどころに再生していく。
(母様……)
未玖はヨクサルを抱きしめたまま薄紅色の翼を羽ばたかせて大気圏を抜け、程なくして宇宙空間へ辿り着いた。
こうして宇宙に来るのは二度目だった。
最初は父親であるダニールと共に、天馬の住まう辺境の惑星から天の川銀河に属する太陽系の惑星、地球へと向かう時に。
『ご覧、宇宙はこんなにも美しい――辛い時はこの景色を思い出すのだよ』
別れ際にダニールと抱擁を交わしながら眺めた、どこまでも広がる無限の宇宙。
不死鳥は十二歳の誕生日を迎えると、主人となる悪魔へ仕える為、地獄に送り出される。
(父様……)
悪魔や悪魔の子から虐げられる、苦痛を耐え忍ぶ日々。
幾らか経つと不死鳥たちは偽りの自由を与えられる代わりに、他の種族との間に子どもを儲けることを強いられる。
主人の命令は絶対だ。背くことなど許されない。
彼らは一角獣や人魚を娶り、たくさんの子どもを産ませた。
ダニールにとってヨクサルは特別な存在だった。
古くから不死鳥の間では忌み子とされる、純粋な不死鳥ではない天馬との混血。
愛ゆえに母親の天馬を殺し、誰も立ち入ってこない森の中でひっそりとヨクサルを育てた。
『とうさま、おほしさまがおそらをはしっています!』
ダニールの腕に抱かれ、二人で見上げた流星群の夜。
手を伸ばせば届きそうな星々が降り注ぐ。
『次に観れるのは十年後だね』
『そうなのですか?』
『次の流星群もヨクサルと眺められたらどんなにいいか』
『ぼくはとうさまとずっとずっといっしょにいます!』
『ヨクサル……愛しているよ』
ダニールは幼いヨクサルのぷくぷくとした頬に、そっと口づけを落とす。
次の流星群が訪れる前に、ヨクサルは悪魔へ仕える年齢に達した。
大人でも子どもでもない、不安定な年頃。
両性具有だからこその葛藤。
女性性への目覚め。
(ご主人様……)
お腹に宿る、新たな命。
堕天し悪魔となったジョシュアとの子ども。
不死鳥の妊娠期間は約三ヶ月と、人間に比べてかなり短い。
ヨクサルも身籠ったばかりだが、既に胎動を感じ始めていた。
「大丈夫よ、私がみんなを守るから」
未玖の言葉に目を開けると、地球を見遣る。
青く美しかった星は、二匹の大蛇から流れ出た血によって赤黒く変色していた。
「ああ……」
火球が次々と衝突していく。
「他の幻獣……父様と一緒だったあの狼は……?」
「フェンリルも彼の子どもであるスコルとハティも、魂となって私たちのそばにいるの」
ヨクサルは辺りを見渡した。
しかし彼らの姿はどこにも無い。
「目に映るものが全てじゃないわ」
ついに地球が粉々となり、破片が宇宙空間を漂い始める。
地獄にいた不死鳥たちは無事だろうか。
「彼らは平気よ。何度だって灰の中から蘇るのだから」
「でも父様は……」
不死身であっても神に心臓を抉り出されては、不死鳥も死するのだ。
愛する父親を失った悲しみをいよいよ実感し、ヨクサルは嗚咽を漏らす。
「うぐっ……うう!!」
涙が鼻筋を伝い、宇宙へと散っていった。
未玖は何も言わず、背中をさすりながら彼を慈しむように見守っている。
「……すみません、僕だけが辛いわけじゃないのに」
愛する子どもであるクロが息絶える瞬間を、未玖は目の当たりにしていた。
手を下したのが他でもない巨人化した父親のダニールだったが、あの行いはダニールなりの救済であったのだと思い遣る。
忌むべき幻獣として神々に蔑まれていたヨルムンガンド。
兄のフェンリルも、ダニールと同じ思いだったのだろう。
(なぜ世界はこんなにも歪んでいるのでしょうか……?)
「だから私が救うの、この歪んだ世界を」
まるで心の内を見透かされたかのように、未玖が微笑みながら答える。
ヨクサルは彼女に畏れを感じた。
これまでの未玖とはまるで別人のような言動の数々。
そもそも外見が人間とかけ離れ過ぎている。
「ヨクサルは知らなかったわね。私は宇宙と意識を共有、一体化しているの」
「どういうことですか……?」
「夢で見たの。宇宙の全てを。不死鳥の全てを」
「宇宙と僕たちの全てを……?」
未玖は静かに頷く。
彼女の黒曜石のように輝く瞳の中には、もう一つの宇宙が広がっていた。
およそ百三十八億年という果てしない時間が目まぐるしい速さで進み、たくさんの銀河が衝突と合体を繰り返し、宇宙は更に膨張を続けていく。
星々が線を描きながら、加速度的に過ぎ去る。
今度は別の銀河の恒星が幾つかの惑星を従えて規則正しく終焉を迎え、新たな銀河へと発展していった。
「これは……」
「これは宇宙の記憶」
今、自分は宇宙と意識を共有していたのか。
ヨクサルは息を呑む。
未玖はもう人間ではない。
例えるならば――そう、新たな世界の神だった。
「未玖さん……?」
天使とも悪魔とも違う、まるで女神のように美しく光り輝く翼。
間もなく地球と衝突する無数の火球から放たれる高熱に焼かれるのも構わず、ヨクサルは思わず見惚れてしまう。
「もう何も恐れることはないの」
優しく笑む未玖の豊かな胸に抱き寄せられる。
父親の温もりしか知らない彼は母なる無償の愛に包まれ、目を閉じると顔を埋(うず)めた。
すると焼け爛れた肌や髪の毛や翼が、たちどころに再生していく。
(母様……)
未玖はヨクサルを抱きしめたまま薄紅色の翼を羽ばたかせて大気圏を抜け、程なくして宇宙空間へ辿り着いた。
こうして宇宙に来るのは二度目だった。
最初は父親であるダニールと共に、天馬の住まう辺境の惑星から天の川銀河に属する太陽系の惑星、地球へと向かう時に。
『ご覧、宇宙はこんなにも美しい――辛い時はこの景色を思い出すのだよ』
別れ際にダニールと抱擁を交わしながら眺めた、どこまでも広がる無限の宇宙。
不死鳥は十二歳の誕生日を迎えると、主人となる悪魔へ仕える為、地獄に送り出される。
(父様……)
悪魔や悪魔の子から虐げられる、苦痛を耐え忍ぶ日々。
幾らか経つと不死鳥たちは偽りの自由を与えられる代わりに、他の種族との間に子どもを儲けることを強いられる。
主人の命令は絶対だ。背くことなど許されない。
彼らは一角獣や人魚を娶り、たくさんの子どもを産ませた。
ダニールにとってヨクサルは特別な存在だった。
古くから不死鳥の間では忌み子とされる、純粋な不死鳥ではない天馬との混血。
愛ゆえに母親の天馬を殺し、誰も立ち入ってこない森の中でひっそりとヨクサルを育てた。
『とうさま、おほしさまがおそらをはしっています!』
ダニールの腕に抱かれ、二人で見上げた流星群の夜。
手を伸ばせば届きそうな星々が降り注ぐ。
『次に観れるのは十年後だね』
『そうなのですか?』
『次の流星群もヨクサルと眺められたらどんなにいいか』
『ぼくはとうさまとずっとずっといっしょにいます!』
『ヨクサル……愛しているよ』
ダニールは幼いヨクサルのぷくぷくとした頬に、そっと口づけを落とす。
次の流星群が訪れる前に、ヨクサルは悪魔へ仕える年齢に達した。
大人でも子どもでもない、不安定な年頃。
両性具有だからこその葛藤。
女性性への目覚め。
(ご主人様……)
お腹に宿る、新たな命。
堕天し悪魔となったジョシュアとの子ども。
不死鳥の妊娠期間は約三ヶ月と、人間に比べてかなり短い。
ヨクサルも身籠ったばかりだが、既に胎動を感じ始めていた。
「大丈夫よ、私がみんなを守るから」
未玖の言葉に目を開けると、地球を見遣る。
青く美しかった星は、二匹の大蛇から流れ出た血によって赤黒く変色していた。
「ああ……」
火球が次々と衝突していく。
「他の幻獣……父様と一緒だったあの狼は……?」
「フェンリルも彼の子どもであるスコルとハティも、魂となって私たちのそばにいるの」
ヨクサルは辺りを見渡した。
しかし彼らの姿はどこにも無い。
「目に映るものが全てじゃないわ」
ついに地球が粉々となり、破片が宇宙空間を漂い始める。
地獄にいた不死鳥たちは無事だろうか。
「彼らは平気よ。何度だって灰の中から蘇るのだから」
「でも父様は……」
不死身であっても神に心臓を抉り出されては、不死鳥も死するのだ。
愛する父親を失った悲しみをいよいよ実感し、ヨクサルは嗚咽を漏らす。
「うぐっ……うう!!」
涙が鼻筋を伝い、宇宙へと散っていった。
未玖は何も言わず、背中をさすりながら彼を慈しむように見守っている。
「……すみません、僕だけが辛いわけじゃないのに」
愛する子どもであるクロが息絶える瞬間を、未玖は目の当たりにしていた。
手を下したのが他でもない巨人化した父親のダニールだったが、あの行いはダニールなりの救済であったのだと思い遣る。
忌むべき幻獣として神々に蔑まれていたヨルムンガンド。
兄のフェンリルも、ダニールと同じ思いだったのだろう。
(なぜ世界はこんなにも歪んでいるのでしょうか……?)
「だから私が救うの、この歪んだ世界を」
まるで心の内を見透かされたかのように、未玖が微笑みながら答える。
ヨクサルは彼女に畏れを感じた。
これまでの未玖とはまるで別人のような言動の数々。
そもそも外見が人間とかけ離れ過ぎている。
「ヨクサルは知らなかったわね。私は宇宙と意識を共有、一体化しているの」
「どういうことですか……?」
「夢で見たの。宇宙の全てを。不死鳥の全てを」
「宇宙と僕たちの全てを……?」
未玖は静かに頷く。
彼女の黒曜石のように輝く瞳の中には、もう一つの宇宙が広がっていた。
およそ百三十八億年という果てしない時間が目まぐるしい速さで進み、たくさんの銀河が衝突と合体を繰り返し、宇宙は更に膨張を続けていく。
星々が線を描きながら、加速度的に過ぎ去る。
今度は別の銀河の恒星が幾つかの惑星を従えて規則正しく終焉を迎え、新たな銀河へと発展していった。
「これは……」
「これは宇宙の記憶」
今、自分は宇宙と意識を共有していたのか。
ヨクサルは息を呑む。
未玖はもう人間ではない。
例えるならば――そう、新たな世界の神だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる