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流星群
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なぜ人間である未玖が、不死鳥の自分と同じように翼を有しているのか。
「未玖さん……?」
天使とも悪魔とも違う、まるで女神のように美しく光り輝く翼。
間もなく地球と衝突する無数の火球から放たれる高熱に焼かれるのも構わず、ヨクサルは思わず見惚れてしまう。
「もう何も恐れることはないの」
優しく笑む未玖の豊かな胸に抱き寄せられる。
父親の温もりしか知らない彼は母なる無償の愛に包まれ、目を閉じると顔を埋(うず)めた。
すると焼け爛れた肌や髪の毛や翼が、たちどころに再生していく。
(母様……)
未玖はヨクサルを抱きしめたまま薄紅色の翼を羽ばたかせて大気圏を抜け、程なくして宇宙空間へ辿り着いた。
こうして宇宙に来るのは二度目だった。
最初は父親であるダニールと共に、天馬の住まう辺境の惑星から天の川銀河に属する太陽系の惑星、地球へと向かう時に。
『ご覧、宇宙はこんなにも美しい――辛い時はこの景色を思い出すのだよ』
別れ際にダニールと抱擁を交わしながら眺めた、どこまでも広がる無限の宇宙。
不死鳥は十二歳の誕生日を迎えると、主人となる悪魔へ仕える為、地獄に送り出される。
(父様……)
悪魔や悪魔の子から虐げられる、苦痛を耐え忍ぶ日々。
幾らか経つと不死鳥たちは偽りの自由を与えられる代わりに、他の種族との間に子どもを儲けることを強いられる。
主人の命令は絶対だ。背くことなど許されない。
彼らは一角獣や人魚を娶り、たくさんの子どもを産ませた。
ダニールにとってヨクサルは特別な存在だった。
古くから不死鳥の間では忌み子とされる、純粋な不死鳥ではない天馬との混血。
愛ゆえに母親の天馬を殺し、誰も立ち入ってこない森の中でひっそりとヨクサルを育てた。
『とうさま、おほしさまがおそらをはしっています!』
ダニールの腕に抱かれ、二人で見上げた流星群の夜。
手を伸ばせば届きそうな星々が降り注ぐ。
『次に観れるのは十年後だね』
『そうなのですか?』
『次の流星群もヨクサルと眺められたらどんなにいいか』
『ぼくはとうさまとずっとずっといっしょにいます!』
『ヨクサル……愛しているよ』
ダニールは幼いヨクサルのぷくぷくとした頬に、そっと口づけを落とす。
次の流星群が訪れる前に、ヨクサルは悪魔へ仕える年齢に達した。
大人でも子どもでもない、不安定な年頃。
両性具有だからこその葛藤。
女性性への目覚め。
(ご主人様……)
お腹に宿る、新たな命。
堕天し悪魔となったジョシュアとの子ども。
不死鳥の妊娠期間は約三ヶ月と、人間に比べてかなり短い。
ヨクサルも身籠ったばかりだが、既に胎動を感じ始めていた。
「大丈夫よ、私がみんなを守るから」
未玖の言葉に目を開けると、地球を見遣る。
青く美しかった星は、二匹の大蛇から流れ出た血によって赤黒く変色していた。
「ああ……」
火球が次々と衝突していく。
「他の幻獣……父様と一緒だったあの狼は……?」
「フェンリルも彼の子どもであるスコルとハティも、魂となって私たちのそばにいるの」
ヨクサルは辺りを見渡した。
しかし彼らの姿はどこにも無い。
「目に映るものが全てじゃないわ」
ついに地球が粉々となり、破片が宇宙空間を漂い始める。
地獄にいた不死鳥たちは無事だろうか。
「彼らは平気よ。何度だって灰の中から蘇るのだから」
「でも父様は……」
不死身であっても神に心臓を抉り出されては、不死鳥も死するのだ。
愛する父親を失った悲しみをいよいよ実感し、ヨクサルは嗚咽を漏らす。
「うぐっ……うう!!」
涙が鼻筋を伝い、宇宙へと散っていった。
未玖は何も言わず、背中をさすりながら彼を慈しむように見守っている。
「……すみません、僕だけが辛いわけじゃないのに」
愛する子どもであるクロが息絶える瞬間を、未玖は目の当たりにしていた。
手を下したのが他でもない巨人化した父親のダニールだったが、あの行いはダニールなりの救済であったのだと思い遣る。
忌むべき幻獣として神々に蔑まれていたヨルムンガンド。
兄のフェンリルも、ダニールと同じ思いだったのだろう。
(なぜ世界はこんなにも歪んでいるのでしょうか……?)
「だから私が救うの、この歪んだ世界を」
まるで心の内を見透かされたかのように、未玖が微笑みながら答える。
ヨクサルは彼女に畏れを感じた。
これまでの未玖とはまるで別人のような言動の数々。
そもそも外見が人間とかけ離れ過ぎている。
「ヨクサルは知らなかったわね。私は宇宙と意識を共有、一体化しているの」
「どういうことですか……?」
「夢で見たの。宇宙の全てを。不死鳥の全てを」
「宇宙と僕たちの全てを……?」
未玖は静かに頷く。
彼女の黒曜石のように輝く瞳の中には、もう一つの宇宙が広がっていた。
およそ百三十八億年という果てしない時間が目まぐるしい速さで進み、たくさんの銀河が衝突と合体を繰り返し、宇宙は更に膨張を続けていく。
星々が線を描きながら、加速度的に過ぎ去る。
今度は別の銀河の恒星が幾つかの惑星を従えて規則正しく終焉を迎え、新たな銀河へと発展していった。
「これは……」
「これは宇宙の記憶」
今、自分は宇宙と意識を共有していたのか。
ヨクサルは息を呑む。
未玖はもう人間ではない。
例えるならば――そう、新たな世界の神だった。
「未玖さん……?」
天使とも悪魔とも違う、まるで女神のように美しく光り輝く翼。
間もなく地球と衝突する無数の火球から放たれる高熱に焼かれるのも構わず、ヨクサルは思わず見惚れてしまう。
「もう何も恐れることはないの」
優しく笑む未玖の豊かな胸に抱き寄せられる。
父親の温もりしか知らない彼は母なる無償の愛に包まれ、目を閉じると顔を埋(うず)めた。
すると焼け爛れた肌や髪の毛や翼が、たちどころに再生していく。
(母様……)
未玖はヨクサルを抱きしめたまま薄紅色の翼を羽ばたかせて大気圏を抜け、程なくして宇宙空間へ辿り着いた。
こうして宇宙に来るのは二度目だった。
最初は父親であるダニールと共に、天馬の住まう辺境の惑星から天の川銀河に属する太陽系の惑星、地球へと向かう時に。
『ご覧、宇宙はこんなにも美しい――辛い時はこの景色を思い出すのだよ』
別れ際にダニールと抱擁を交わしながら眺めた、どこまでも広がる無限の宇宙。
不死鳥は十二歳の誕生日を迎えると、主人となる悪魔へ仕える為、地獄に送り出される。
(父様……)
悪魔や悪魔の子から虐げられる、苦痛を耐え忍ぶ日々。
幾らか経つと不死鳥たちは偽りの自由を与えられる代わりに、他の種族との間に子どもを儲けることを強いられる。
主人の命令は絶対だ。背くことなど許されない。
彼らは一角獣や人魚を娶り、たくさんの子どもを産ませた。
ダニールにとってヨクサルは特別な存在だった。
古くから不死鳥の間では忌み子とされる、純粋な不死鳥ではない天馬との混血。
愛ゆえに母親の天馬を殺し、誰も立ち入ってこない森の中でひっそりとヨクサルを育てた。
『とうさま、おほしさまがおそらをはしっています!』
ダニールの腕に抱かれ、二人で見上げた流星群の夜。
手を伸ばせば届きそうな星々が降り注ぐ。
『次に観れるのは十年後だね』
『そうなのですか?』
『次の流星群もヨクサルと眺められたらどんなにいいか』
『ぼくはとうさまとずっとずっといっしょにいます!』
『ヨクサル……愛しているよ』
ダニールは幼いヨクサルのぷくぷくとした頬に、そっと口づけを落とす。
次の流星群が訪れる前に、ヨクサルは悪魔へ仕える年齢に達した。
大人でも子どもでもない、不安定な年頃。
両性具有だからこその葛藤。
女性性への目覚め。
(ご主人様……)
お腹に宿る、新たな命。
堕天し悪魔となったジョシュアとの子ども。
不死鳥の妊娠期間は約三ヶ月と、人間に比べてかなり短い。
ヨクサルも身籠ったばかりだが、既に胎動を感じ始めていた。
「大丈夫よ、私がみんなを守るから」
未玖の言葉に目を開けると、地球を見遣る。
青く美しかった星は、二匹の大蛇から流れ出た血によって赤黒く変色していた。
「ああ……」
火球が次々と衝突していく。
「他の幻獣……父様と一緒だったあの狼は……?」
「フェンリルも彼の子どもであるスコルとハティも、魂となって私たちのそばにいるの」
ヨクサルは辺りを見渡した。
しかし彼らの姿はどこにも無い。
「目に映るものが全てじゃないわ」
ついに地球が粉々となり、破片が宇宙空間を漂い始める。
地獄にいた不死鳥たちは無事だろうか。
「彼らは平気よ。何度だって灰の中から蘇るのだから」
「でも父様は……」
不死身であっても神に心臓を抉り出されては、不死鳥も死するのだ。
愛する父親を失った悲しみをいよいよ実感し、ヨクサルは嗚咽を漏らす。
「うぐっ……うう!!」
涙が鼻筋を伝い、宇宙へと散っていった。
未玖は何も言わず、背中をさすりながら彼を慈しむように見守っている。
「……すみません、僕だけが辛いわけじゃないのに」
愛する子どもであるクロが息絶える瞬間を、未玖は目の当たりにしていた。
手を下したのが他でもない巨人化した父親のダニールだったが、あの行いはダニールなりの救済であったのだと思い遣る。
忌むべき幻獣として神々に蔑まれていたヨルムンガンド。
兄のフェンリルも、ダニールと同じ思いだったのだろう。
(なぜ世界はこんなにも歪んでいるのでしょうか……?)
「だから私が救うの、この歪んだ世界を」
まるで心の内を見透かされたかのように、未玖が微笑みながら答える。
ヨクサルは彼女に畏れを感じた。
これまでの未玖とはまるで別人のような言動の数々。
そもそも外見が人間とかけ離れ過ぎている。
「ヨクサルは知らなかったわね。私は宇宙と意識を共有、一体化しているの」
「どういうことですか……?」
「夢で見たの。宇宙の全てを。不死鳥の全てを」
「宇宙と僕たちの全てを……?」
未玖は静かに頷く。
彼女の黒曜石のように輝く瞳の中には、もう一つの宇宙が広がっていた。
およそ百三十八億年という果てしない時間が目まぐるしい速さで進み、たくさんの銀河が衝突と合体を繰り返し、宇宙は更に膨張を続けていく。
星々が線を描きながら、加速度的に過ぎ去る。
今度は別の銀河の恒星が幾つかの惑星を従えて規則正しく終焉を迎え、新たな銀河へと発展していった。
「これは……」
「これは宇宙の記憶」
今、自分は宇宙と意識を共有していたのか。
ヨクサルは息を呑む。
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